73 売られた喧嘩は即買いです
良い子は真似しちゃダメですよ。
国境を抜けてからの旅は順調すぎるほど順調だった。
唯一起こった問題は、南からの交易ルートの合流点の街で、レアリスさんがコーヒー豆らしきものを見つけて買い占めようとしたので、全力で止めたことくらいかな。
もうスキル解禁になって、堂々とコーヒー出せるようになったのに、レアリスさんの飽くなき探求心は凄い。
王子は国境を越えた後、「クソが!」と言って女装を解いてしまった。それを密かに残念に思っている人も多かったけど、王子の食が細くなって、牛丼を三回しかおかわりしなかったので、そっと黙っていることにした。
その代わり、何かを吹っ切るように、精力的に仕事に打ち込んでいるようだった。その日によって、レンダールの馬車に乗ったり、セリカの馬車に乗ったり、セシルさんを交えたりしていろいろ動き回っている。
そう言えば、王子ってある意味密入国だと思うんだけど、後からバレて大変じゃない?と聞いたら、リヨウさんが、「私はこれでも皇族ですので」と意味深に笑っていた。
なるほど?どうやら、何か権力的なものを使った何かの手段があるみたいです。
イリアス殿下は、一見何事もなかったかのように振舞ってはいるけど、たまにスコルを馬車に入れて、なでなですることがあった。もしかして、結構精神的なダメージが残っているのかもしれない。
どうやら殿下は、ハティ推しからスコル推しになったようだ。
お父さんはと言えば、一応気遣って、住民の人が騒ぎにならないような人気のない所を狙って、私たちと二回ほど合流した。その時は、淋しがり屋が爆発しないようにみんなで野宿になったけど、クルーエルの時みたいな危険はなかったから楽しかったよ。
野宿ご飯は、アズレイドさんご所望の牛肉チャーハンと、辛いカレーライスが大好評だった。
あと三日で、州都のアスパカラに入るという所まで来て、何とか言う山脈の中腹にある風光明媚な湖畔の街に入った。まだ日が高かったけど、私たちの馬車に、青地に赤い差し色が入った小鳥が飛んできたからだ。
「あ、びんちゃん!」
「ぴぴぴ!」
私の手に止まって挨拶をしてくれて、指を出すと嘴をスリスリしてくれた。可愛いなぁ。
そして、王子を見つけると、飛んで行って肩に止まって、王子の髪をもぐもぐする。やっぱり王子の髪がお気に入りになったんだね。
「良く来たな、迦陵頻伽」
王子もびんちゃんのほっぺを指で撫でて挨拶している。
びんちゃんは、その後で、子供たちにも挨拶をしていた。ベースキャンプでは一緒にお泊りしたから仲良しだ。
「レンダールの人は、こんな魔獣天国をいつも味わっているのか!」
ラハンさんが、王子を羨ましそうに見て、何故か歯噛みしている。子供たちにラタトスクさん、おまけにびんちゃんときたら、それは小動物好きには堪らないよね。
びんちゃんは、ハティの頭の上に止まって、何かを一生懸命話している。それをガルが聴き取って、私たちに通訳してくれた。
どうやら、朱雀さんが言っていたお使いを、びんちゃんが仰せつかったようだ。確かにびんちゃんなら、街に居ても大丈夫だね。
『約束の件は話が付いたってさ』
その言葉に、普通の従者姿に戻ったリウィアさんが、ホッとした溜息を吐いた。
『……え?マヨ?杏仁豆腐?……ああ、なるほど』
喜ばしい雰囲気だったけど、まだ続いていたびんちゃんの通訳に、ガルから不穏な単語が聞こえて来て、ちょっと疲れたような声になった。
『ハル。この間渡したタコ焼きに付けたマヨあるだろ?あれ、フタ開けられなかったって』
「……チューブのやつか。魔獣の手じゃ、確かにな……」
マヨネーズ愛好家の王子が頷いた。
どうやら朱雀さんが、無理に口で開けようとしてブシャッといって、マヨは全滅したらしい。あと、青のりと鰹節も袋を開けようとして、風に散ったとのこと。
本体は問題なく食べられたけど、「そうじゃない」感の物悲しい結果になったと。
ごめんなさい。全ては配慮の足らなかった私の咎です!
『で、どうやら玄武が拗ねて、杏仁豆腐も寄越せと言っているらしい』
「すぐ準備します!」
杏仁豆腐は、びんちゃんがベースキャンプに拉致られてきた時にデザートに出したから、多分びんちゃん経由で知ったんだろう。こうなったら、聖女ユウナさんの粉系呪いのお好み焼きとたい焼きも付けてあげよう。
という訳で、予定にはなかったこの街に滞在することになったんだ。
ここはとっても景色が美しい場所だから、皇族の避暑の為の離宮みたいなのがあって、そこに間借りすることになった。もちろん、リヨウさんの顔パスだ。
お屋敷のメンテナンスのために、使用人さんや管理人さんは常駐していて、食事は自分たちでどうにかするし、庭先でいいからと言ったら快く貸してくれたよ。何でも近いうちに皇族の方がお見えになるみたいで、リヨウさんを受け入れるだけの準備は出来ていたらしいからね。
サルジェさんがどなたなのか尋ねると、誰が来るかはセキュリティ上言えないらしい。ダメ元で聞いたようだから仕方ない。どうせ私たちは明日までしか滞在しないからね。
そんな感じでぬるりと決まった豪華宿泊地ですが、問題は誰に食事を届けてもらうかだ。びんちゃんではさすがに持って行けないもの。
『ハティがお使いする!』
この短時間でびんちゃんと仲良くなったハティが、お使いを申し出てくれた。ありがとう、ハティちゃん。
この青青コンビ、眼福を飛び越えて凶器になるほどの愛らしさだ。ほら、アルジュンさんとラハンさんが、膝を突いて拝んでいる。
さて、じゃあ、メニューは何にしようかな。みんなに聞いてみたら、お好み焼きは豚玉とモダン焼きと餅明太、たい焼きはあんことカスタードの定番で。タコ焼きは、スタンダードとお父さんで練習したチーズ入りになった。
そうして、ワイワイと夕飯に突入した。
本当は、今晩はもうちょっと先の街で、そこの郷土料理を食べる予定だったけど、それは帰りの楽しみになった。
何だか、旅行みたいに、この旅自体を楽しめるようになったよ。どうしてかな?大事な用事はこれからなんだけど、何となく全部が上手くいくような気がして、緊張はしなくなった。
ご飯を食べ終わったら、ハティは元気に旅立って行った。もうちょっとゆっくりしていけばいいのにと思ったけど、楽しそうだからまあいいか。
びんちゃんも、またお使いですぐに来ると言っていたので、ちょっと寂しいけど仕方ない。
そんなバタバタも収まり、就寝前に私は王子とリヨウさんとイリアス殿下に呼ばれて、リウィアさんと一緒に会議場のような場所に行った。何事かと思ったけど、行ってみたらセシルさんとサルジェさんもいたので、更に驚いた。
「疲れているところ済まない。アスパカラに入る前に、確認しておきたいことがあってな」
イリアス殿下の声とともに円卓に就くと、セシルさんが玄米茶に近い香りのお茶を出してくれた。それをコクッと一口飲むと、ちょうどいい熱さでびっくりするほど美味しかった。
「レンダール内で、お前が薬で眠らされたことがあっただろう?」
まあ、あれはちょっと感慨深いというか、リウィアさんへのセクハラの記憶も新しい私は、忘れたい思い出だった。その後の処理をセシルさんに任せて私たちは先を急いだので、あの後何がどうなったか、私たちは知らなかった。
あの睡眠薬はかなり強力で特殊な薬だったみたいで、侯爵位とはいえ、令嬢が手に入れるにはかなり無理がある代物だったらしい。父親である侯爵その人は直接の関りは無いと判明したけど、だからこそ誰か他の権力ある人間が関与していたことが明らかだった。
そしてそれは、リウィアさんのお父さんであるファビウス公爵の手によるものと分かっていたけど、その入手先がどこであるかの特定が困難だったそうだ。
私は思わずリウィアさんを見た。リウィアさんは少し困った顔で私に頷いて見せる。お父さんのことを殿下たちに知らせたのは、やっぱりリウィアさんなんだね。
クルーエルの襲来後、リウィアさんは殿下の許しを得て、殿下たちの考えをお父さんに伝えたんだって。もう、白陵王さんの言いなりになることは無い、だから白陵王さんとの繋がりを断とうと。
そして、ようやく公爵が折れて、その睡眠薬を証拠として渡してくれたとのことだ。
公爵も流石に政治の中枢にいるだけあって、唯々諾々と従うのではなく、白陵王さんが裏切った時のために、彼との繋がりを示すものは慎重に集めていたみたい。
その証拠をしてでも、直接的な関与を証明出来なさそうだったけど、セシルさんがその睡眠薬の成分を鑑定させたところ、面白いことが分かったようだ。
「で、ハルちゃんを呼んだわけなんだけど」
そこで何で私なのか分からなかったけど、セシルさんがその睡眠薬を入れた小瓶を私に、わざわざ「あげる」と言って渡してきたので、ちょっとピンときた。
「……鑑定、するんですね」
「当たり。別の人間の鑑定では、『黒亀』っていう謎成分が出たの。で、ハルちゃんの鑑定なら、詳細が分かるんじゃないかって」
了解です。
私は早速、セシルさんから受け取った小瓶を収納に入れた。するとすぐに結果が出る。
〝魔獣「玄武」の睡眠薬(粗悪品) 200万P〟
やっぱり、「黒亀」っていかにもって名前だものね。でも粗悪品で200万って凄いね。
で、詳細が見られるみたいなので開けてみると、「玄武の鎧甲により「浸潤」の効果のある睡眠薬」となっていて、また「浸潤」を展開すると、「薬や毒の成分が体に溶け込み、浸透させる効果」となっていた。
「これはまた、何という能力か……」
私の鑑定を初めて見たサルジェさんが、ちょっと呆然と呟いた。
でもこれで分かった。致死毒でも防ぐ王子のお守りをスルーして、人体に影響なし判断したのは、この「浸潤」の効果が影響していたのか。リウィアさんのお父さんが穏便な方法で済ませようとして、睡眠薬にしてくれてよかった。毒だったら、今頃私は……。
「でも、これが証拠になるんですか?」
震えながら私が尋ねると、サルジェさんが深く頷いた。
「左様です。この『玄武の鎧甲』というのは、白陵王殿下の母君のご生家である、セイ家の重宝です。その昔、玄帝の願いを叶えた褒美として与えられたと聞いております。本来セイ家の家長が所有するものですが、今代は殿下のお手元にございます」
なるほど。玄武さんが、お父さんみたくほいほい自分の素材をあげる人じゃなければ、持っているのは白陵王さんだけっていうことね。
それにしても、何故かサルジェさんの私に対する態度が、王族と変わらない程恭しくなってしまった。
トントンと話は進んで、私とリウィアさんは退出することになった。部屋に戻る私たちを、この離宮を知るサルジェさんが送ってくれた。その静かな回廊で、私はふと尋ねた。
「サルジェさんもリウィアさんも、大切な人を告発するの、辛くはないですか?」
この旅で、いろいろなことが分かってから、ずっと思ってきたことだ。失礼かもしれないし、余計なことに踏み込んでいるのかもしれないけど、物事の解決のために、二人の気持ちを犠牲にすることが良いこととは思えなかった。
リウィアさんは、お父さんとは分かった袂が一つになったけど、サルジェさんはこれからだ。私がサルジェさんを見上げると、男らしい顔に優しい笑みが浮かんでいて、そっと私の頭を撫でてくれた。
「思うに、子も臣も、従うばかりが『孝』や『忠』ではないと。私は、それが分からずにいたのです。本当の臣ならば、諌めることこそしなければならなかった」
サルジェさんは、リウィアさんを見て、「それを若い方に教わるとは」と苦笑するように言った。リウィアさんは、その視線に照れて俯いてしまう。
「それに、イリアス殿下やオーレリアン殿下を知り、リヨウ様に仕えた今だから分かりました。愚かだった私ですが、これからの私の忠節は、あなたたちへの罪の分まで国や民へ捧げるもので在りたいのです」
だから、主と戴いた人と道を違えても、辛くはあっても大丈夫だと。
イリアス殿下が、サルジェさんを勧誘していた気持ちが分かる。こういう人に忠誠を誓ってもらえたら、それは上に立つ人にとってどれほど心強いことか。
リウィアさんやサルジェさんを見ていると、私も頑張らなくちゃと思う。でも、私はどう頑張っても二人のようなことはできない。やってることと言えば、みんなにご飯を作ったり、お父さんを叱ったり、魔獣をモフモフしていることくらいだ。
複雑な思いが顔に出たのか、考え込んでいると、サルジェさんがまた笑った。
「あなたにはあなたにしか出来ない事があります」
「私にしか、できないこと……」
「ええ。あなたの価値は、その類まれなスキルではなく、人や魔獣を繋ぐ力だと思います」
「私もそう思います」
サルジェさんの言葉に、リウィアさんが賛同した。
王子たちを通じて、人の輪が広がった。ガルたちを通じて、魔獣の繋がりがたくさんできた。その両者を通じて、人と魔獣が心を通わせられる存在だとみんなが知ってくれた。
サルジェさんたちは、それを私の価値と言ってくれた。
この世界に来た時に、スキルで切り捨てられそうになった経験から、スキルではないところを認められて、ようやく何かが吹っ切れた気がした。王子やユーシスさんたちのように、無条件に私を庇ってくれる人たち以外が言ってくれたから、私の価値と言ってもいいのかな、と思うことが出来た。
「そうかな。……そうだと、いいな」
この世界で、ずっとフワフワと感じていた私という存在が、ちょっとだけ、この世界に根を張れたと、そう思えた。
二日後にハティが帰って来たけど、びんちゃんは別便で来るらしい。
ハティに何かあったのか聞いたけど、『なんかねぇ、楽しかった!』とだけ。うん、楽しかったのは伝わった!
そして、一晩寝たら、いよいよ州城入りする日になった。
州城は行政府であるので、ここに白陵王さんの住まいは無い。北に旧都があり、そこに宮城みたいな住まいがあるらしい。
とりあえず、ラスボスとの邂逅は保留でホッとする。
「オレリア」ちゃんは、公式には物品扱いなので、州城入り後に別ルートでリヨウさんのテリトリーに収容。私たち正規メンバーだけ身支度して、州侯に挨拶するらしい。オレリアちゃんには、スコルとハティとリウィアさんが付き添っているよ。
州侯は少しメタボな人で、王族以外眼中にないという姿勢が清々しい感じだった。
魔獣のガルのことは、眉を顰めて一瞥して、上辺だけと分かる定型的な挨拶をしただけだった。ガルがいなければ、と内心思っているんだろうな。うーん、想定内かな。
あと、報告で「オレリア」ちゃんのことを聞いていたみたいで、キョロキョロしたけど、女性が私だけって分かると、がっかりした顔して溜息を吐いた。ごめんね、傾国の美女じゃなくて、こんな感じで。衆目がある場所で、秘密のお土産は出せないよ。
その後、つらつらといろいろ話されたけど、要約すると、出来の悪い皇族にしてはまあまあだったんじゃない。この後ウェルカムパーティ開くから、殿下は必ず参加してね。その時、特別なお客さんいるから、お前ら下っ端は粗相すんなよ。という感じだ。
異世界転移特典の翻訳機能があっても、何を言っているのか理解するのが大変だった。
やっと終わった使節団入城の儀と報告会。もう一度、今度は晩餐のための正装をするのに、さっき着替えた場所に行くのに、広い廊下を歩いていたら、向こう側から煌びやかな団体がやってきた。
リヨウさんとファルハドさんが「うえぇ」って顔をする。まあ、リヨウさんはすぐに穏やかな笑顔に戻ったけどね。まだ相手が遠くにいるうちに、ササッと教えてくれた。
「兄の第七皇子のリエンです」
なるほど。州侯が言ってた特別ってこれね。
あの人が白陵王さんのお孫さんですね。リヨウさんより少し体格が良くて、髪型は似ているけど、頭に重そうな飾りを付けている。顔は、あんまり似てない。貴公子風なのは同じだけど、リヨウさんみたく爽やかな笑顔が似合う感じじゃない。どちらかというと嘲笑が似合う感じというか、あれだ、出会った時のイリアス殿下風だ。
お互いがすれ違う寸前まで来て、それぞれが足を止めた。でも、そのままだ。
確かこういう時って、受け入れるホスト側が先に挨拶するんじゃないんだっけ?
どうやら相手は、先に挨拶するのは身分が低い方っていう慣例の方に従って、リヨウさんに先に挨拶させたいようだ。兄弟のマウントよりも、外交の方を大切にしてほしいな。
「兄上、ご無沙汰をしております。ただいま帰還いたしました。こちらは、今回の白虎の件を受けて、わが国のためにわざわざ遠路はるばるお越しいただきました、イリアス・デュセ・レンダール殿下にございます」
リヨウさん、何気に、「あなた失礼ですよ」と言外に言って紹介してくれました。でも、どうやらお兄さんの方は気にしていない様子。
「これは、ようこそお越しくださいました、イリアス殿下」
って、挨拶おしまい?名乗らないの?客なら自分のことくらい知っておけってこと?
リヨウさんのお兄さん、アウト!
下っ端のこっちは胃が痛いよ。あちらのお付きの人たちも何も言わないでニヤニヤしているし、もうヤだなぁ。リヨウさんに通用することでも、お客さんにはやらないでほしい。
隣のユーシスさんに助けを求めるように見上げたら、とってもいい笑顔で相手を見ていた。いや、こっちも臨戦態勢だった!
とうとうこの空気に耐えかねたサルジェさんが、口火を切ろうとしたら、サッとイリアス殿下が手でそれを制した。
よし、殿下の稀にある常識人ぶりを見せて!
「失礼だが、貴殿はどなただろうか。生憎と、セリカの末端まで人間を記憶していないもので申し訳ないのだが」
ダメだった!「お前みたいな下っ端知らないよ」って言っちゃった。
一番沸点低かったの、うちの殿下だった!
どうするの、これ?
作者の今週の合言葉は、「やるのかい、やらないのかい」もしくは「パワー!!」(なかやま〇んに君)です。それが、作品に滲み出いますでしょうか。出ていませんね。
また、不定期更新になりそうな予感ですが、なるべくがんばりマッスル!
(寝不足テンションでお送りしております)




