72 黒歴史はこうして紡がれる
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王子と殿下とお父さんの不幸が苦手な方はブラウザバックです。
お好きな方はどうぞお進みください。
早々に部屋に閉じこもった王子のせいで、あの姿を見ていなかったイリアス殿下とリヨウさんだったけど、翌日、もう一度あの格好をさせられた王子と再会して、二人とも物凄く何とも言えない雰囲気になった。
特にイリアス殿下がおかしい。
「今日から旅の仲間になりました『オレリア』ちゃんです」
そう朗らかに紹介するセシルさん。
どこかで聞いたことのある名前だと思ったけど、イリアス殿下の凄まじい絶望感のある顔を見て思い出した。
王子が10歳で王宮に引き取られた時、リュシーお母さまが二人の顔合わせの前にイリアス殿下に教えた王子の名前が、確か女性名のそれだった気が……。
セシルさん、お母さまから聞いたんだね、イリアス殿下の黒歴史。
当時、多感なお年頃だったイリアス殿下は、王子の事を妹姫だと思って最初は大切にしようとしたらしい。
初対面の際のくたびれた様子だった王子を憐れに思って、甘いお菓子やぬいぐるみやドレスを贈ったそうだけど、王家全員の顔合わせの時に王子が王族男子の正装をしてきたことで、リュシーお母さまに騙されたことに気付いたとのこと。
「イリアスってとってもセンスがいいのよ!今でもその時のぬいぐるみとドレス、取っておいてあるわ」
と、ベースキャンプに遊びに来た際に、お茶飲みの時にとても楽しそうに言っていたお母さまを、私は悪魔だと思った。
今、イリアス殿下の性格が歪んでいるのは、恐らく多くがお母さまのせいだと思われる。
まあ、その後、正妃と愛妾という互いのお母さんの立場からいろいろあって、王子をいびり抜く現在のイリアス殿下の仕様になってしまったみたいだけどね。
あ、殿下が目を逸らした。そして何も言わない。きっと墓場まで秘密を持って行くつもりなんだろう。
でも、ここにいる人、王子も含めて最低5人はそれ知ってるよ。
心に傷を負った王子だったけど、イリアス殿下のその表情を見て、何かが吹っ切れたらしい。
ああ、自分よりも傷を負った人間を見て、留飲を下げたのか。さすがリュシーお母さまの息子というか、王子もなかなかに残酷な性格をしている。
ちょっと元気になった証拠に、またフラフラと近寄るラハンさんに、「気安く近寄らないでちょうだい」と悪役令嬢風に言って、扇子でラハンさんの手を叩いていた。なり切り具合がすごい。
こうなると、面白……気の毒なのを通り越して、とても頼もしいよ。
「さ、さて、それでは新しい仲間も増えたことですし、出発しますか?これからよろしくお願いしますね、オレリア殿」
そういった雰囲気の中、すぐに立ち直ったリヨウさんが、号令を掛けるべきイリアス殿下に代わって、みんなに出発を促した。適応力高いね。
昨日は、目立つ、というか街に入れないお父さんと朱雀さんは外にいてもらったけど、スコルとハティは一緒の宿に泊まった。スコルは、昨日の野宿では私とお布団に入ったので、今度はユーシスさんの所にお泊りしたけど、ハティは私と一緒の部屋だった。でも、「ちょっと散歩」と言って朝早くに出かけてしまったけど、まだ帰ってきていなかった。
外に出ると、宿の外でなんか見覚えのある後ろ姿が、お母さんと子供たちに囲まれていた。小っちゃいサモエドが、みんなに餌をもらっている。マフラーないけど遠目でも分かる。
「ハティ、ちゃん?」
私が呼びかけると、気付いたハティが駆け寄って来た。お口には貰ったらしいパンを咥えて。
その後ろ姿に子供たちがべそを掻いている。
「ほらぁ、やっぱり飼い犬だったでしょ。あんなに綺麗な子なんだから。それにほら、兄ちゃんかお姉ちゃんもいるみたいだから、ね」
「ぅぅ、ワンちゃん、バイバイ」
五、六歳くらいの男の子とそれより少し大きな女の子と男の子が、悲し気な顔つきでハティにバイバイしていた。ハティは一度子供たちを振り返って「キャン」と鳴いた。お兄ちゃんかお姉ちゃんって、ああ、ガルとスコルのことか。隣に座るガルたちを見て納得したみたい。
「ハティ、お友達ができたの?」
私が尋ねると、ハティが尻尾をぶんぶん振って報告してくれた。
『ハティね。人間のまち?が好きなの。みんな優しくて遊んでくれるしご飯もくれるの』
『ああ、ハティは、たまに普通の犬のフリして、街で遊ぶんだよ』
なるほど。こんな天使、私だったら絶対ご飯あげるわ。なんなら連れて帰る。きっとあの親子も、ハティが迷子だったら飼ってくれようとしていたのかも。
『人間好き。でも、ハルが一番好き!』
「ハティちゃん!」
もう、可愛さに思わずグリグリしちゃうよね。服が汚れるのもなんのその。
やっぱりハティの愛らしさは、魔獣どころか世界の宝だね。ちなみに、私の今の服は、あの可愛い服だ。
私とハティの抱擁に、遠くのセリカ側から「……尊い」と誰かのつぶやきが聞こえた。ラタトスクさんの時も聞こえたけど、セリカの人はどうやら可愛い生き物が好きみたいだ。
いやぁ、うちの子世界一可愛いから、分かる!
そんなやり取りの後、私たちはその街を出た。馬車には私と王子とリウィアさんとイリアス殿下の四人で、セシルさんは馭者席に収まった。
何やら、私たち女性(?)組と殿下は固まっていた方がいいそうだ。
出発前に、セシルさんが何かをイリアス殿下と王子に耳打ちしていたけど、その事と関係があるみたいだ。その時の王族二人の顔は悲愴だった。
ちなみに、フェンリル三兄妹は走りたいと言って、馬車の横を走っている。
辿り着いた国境の砦の前の人気のない街道で、お父さんたちと合流した。今は私たちが国境を越えるまでは、例のクルーエルとかを撃退した所の整備の関係で、人の流出入を止めていたので、周りには私たちしかいない。
『そなた、オーレリアンか?』
変わり果てた姿の王子を見て、お父さんが尋ねた。どうやら匂いで分かったらしい。
そこで私たちは、笑い転げるレジェンドという珍しい光景を目にすることになったけど、そんな光景は見たくなかったよね。朱雀さんがちょっとショックを受けている王子を気遣って、お父さんの頭にブスッと嘴を突き刺すまでそれは続いた。
頭を押さえながら、別の意味で地面を転げまわるお父さんをみんなで冷ややかな目で見た後、朱雀さんが自分の羽を一本プツッと抜いて、王子に渡した。掌くらいの大きさの羽毛だ。
『これ、あげる。あんたに必要無いかもしれないけど、魔力を増幅させる媒介になるから』
「いいのか?」
『だって、迦陵頻伽のお礼、何もあげてなかったし』
「……ありがとうな、朱雀」
最後に朱雀さんに頭をもしゃもしゃされて、王子の昨日からの不機嫌が一気に吹き飛んだみたい。さすが本物のレジェンドだ。
『あたしはそろそろ行くわ。用事が済んだら、適当に誰か使いに出すから、あんたたちの迷惑にならない場所を指定してちょうだい』
微に入り細を穿つ素晴らしい気遣いだ。
私もお礼を言って、亜空間収納に保存していた熱々のタコ焼きを、白虎さんの時のように風呂敷に包んで首に下げてあげた。鰹節や青のり、マヨネーズは後乗せするように、タコ焼きとは別に入れてあげたよ。冷めてもそれなりに食べられるけど、温かい方が美味しいと伝えたら、『あたし、火を司る霊獣なんだけど』と言って、保温はバッチリだと請け負ってくれたよ。それなら一安心だ。
『あ、そだ。ハル、左手出して』
思い出したかのように朱雀さんが言ったので、私が手を差し出すと、手首のブレスレットにちょんと嘴を付けた。
『あたしから、おまけの加護。あたしも呼べるようにしたからね。困ったら使って』
「……朱雀さん、好き」
思わず嘴に縋りついてしまったけど、朱雀さんは小さく笑ってくれた。
『じゃあ、またねぇ』
朱雀さんは、微風を伴って空へ飛び立った。はあ、また会うのが楽しみ。
私と王子が満足してニコニコしていたら、ちょんちょんと裾を引っ張る感覚。
『ああ、ハル。毎度悪いが、父さんがダメみたいだ』
お兄ちゃんがため息を吐きながら、私に報告を入れてくれた。
私の視界には、朱雀さんに突き刺された所を前足で押さえながら、地面に沈むお父さんが入って来た。いつぞや、唐辛子スプレーを受けた時のガルそっくりだ。
「お父さん。どうしたの?」
『私が贈った腕輪なのに……』
なるほど。朱雀さんが勝手にお父さんの贈り物に加護を付与したのが面白くなかったようだ。なんか、親戚の子が似たような反応したことあったなぁ。その子、6歳だったけど。
「拗ねないで。このブレスレットは、お父さんが厳選して持ってきてくれたんだよね。普通はお父さんの凄い魔力を付与したら満杯なのに、朱雀さんの加護も受けられるんだもの。そんな凄いものをくれてありがとう」
ちょっとお父さんが前足をどけて私をチラ見した。
「それにね。朱雀さんも呼んでいいと言ったけど、多分一番最初に呼ぶのはお父さんだよ」
『そうか。いや、そうだろうそうだろう。ハル、一番は私を呼ぶのだぞ!』
お父さんはピョンと起き上がって、ブンブンと尻尾を振った。
「チョロすぎるだろ、フェンリル」
王子から呆れたような声がしたけど、お父さんは上機嫌で聞こえていなかったようだ。
「「「「魔獣使いか」」」」
前にも聞いたことがあるツッコミがセリカ側から入ったけど、魔獣のみんなを使ったことないってば。これは完全にお父さんのお世話係だと思うよ。
一しきりお父さんを構った後、もうすぐ砦が見えるという所まで移動すると、じきにガル以外のフェンリル一家とはお別れになる。悲しい。
何かを打ち合わせていたらしいリヨウさんとイリアス殿下が、悲し気にくぅんと鳴いているスコルとハティに話しかけた。
「スコルとハティよ。我々と一緒に行くか?」
え?今、何て言った?
「お前たちならば、この団にいても不自然ではないし、ハルの安全も強固になろう」
何か、急に理解ある人みたいなことを言いだした。
『ホント?イリアス大好き!』
ハティちゃんが殿下に駆け寄って飛びついた。殿下も天使を抱っこして満更でも無い顔をしている。ベースキャンプで一緒にお昼寝してから、殿下は絶対ハティ推しだ。
ああ、ハティ。騙されてるよ。殿下が何も無くてそんなこと言う訳ないもの。現に、私をダシにしてハティに対するお株を上げている。策士だ。
「何か言いたそうだな」
「……いいえ。気のせいです」
バチバチとした視線で殿下と私が闘っていると、トコトコとスコルが殿下に近付いてきた。そして、殿下を見上げると、ジッと見つめた。殿下は、ハティを私に預けると、スコルに目線を合わせるようにしゃがむ。
「どうした」
『イリアスは、もうハルに意地悪しない?』
それを受けて、殿下と私は思わず視線を交わした。うわぁ、殿下の罪悪感に固まった顔、初めて見た。
実際スコルは、少し殿下とは距離があったから、スコルが自分をどう思っているのか薄々殿下も気付いていたと思う。あの王子宮の騒ぎの時に、スコルに見せた姿に感じるものがあるのかもしれない。
殿下は、伸ばし掛けた手をちょっと躊躇うようにしたけど、察したスコルが自分から殿下の手の中に頭を入れた。スコルはハティのような天真爛漫な子ではなくて、ちょっとお姉さんでふんわりとした優しい子だ。少し殿下は驚いたけど、遠慮がちにスコルを撫でた。
「私は、後悔などしないと思っていたんだがな……。大丈夫だ、スコル。もうハルを傷付けないと約束しよう。だから、お前も私に手を貸してくれないか」
『うん!わかった』
わぁ、うちの子、本当に天使なんじゃないかな。その証拠に、イリアス殿下が微笑んでいる。それも、すごい優しい顔で!イリアス殿下も人の子だったんだね。
『よし!では私も、同道して手を貸して……』
「何どさくさに紛れて付いて来ようとしてるんだよ。どう考えてもあんたはダメだろ」
『ここからは別の国になるんだから、この国の王族みたく柔軟に対応してくれないぞ』
「よく言った、ガル!そろそろ俺たちの苦労を思い知れ、フェンリル」
シレッと付いて来ようとするお父さんに、王子と息子が釘を刺した。その格好で王子が力説するの、すごい違和感だけどね。
とりあえず、お父さんが地面にめり込む姿は見飽きたので放置しよう。お父さんが付いて来たら、この国の役人とか住民が大騒ぎになっちゃうって、何回も言ってるんだけどね。
またね、と背を向けて俯きながら、チラチラとこちらを見るお父さんに挨拶して、私たちは馬車に乗り込んだ。いよいよ国境越えだ。
馬車の中は、何故か進行方向にイリアス殿下と奥側に王子が並んで座る。で、王子の向かいに私で殿下の向かいがリウィアさんだ。これはセシルさんの指示みたい。
そんな訳で、レンダール側の砦は、ユーシスさんが先行して手続きをして、あっという間に通過できたけど、セリカ側の少し離れた砦に入ると少し時間が掛かった。
こちらは味方に戻ってくれたサルジェさんが手続きをしたんだけど、どうやら担当者が州侯の息のかかった人だったみたいで、普通は外交官特権みたいなのでレンダール側みたいに通過できるはずが、少し足止めをされてしまったようだ。
馬車の外で、サルジェさんとファルハドさんが何かを説明している声がするけど、埒が明かなかったみたいでセシルさんの声も聞こえた。王族とリウィアさんを除けば、レンダール側で一番身分が高いのがセシルさんだものね。
馬車の出入り口と反対側の窓ガラスを開けて、ユーシスさんが報告してくれたのには、レンダール側の人数が合わない事への確認が難航しているとのこと。
スコルとハティのことは、「マーナガルムの妹」と説明したら、諦めてくれたみたい。さすがに最上位魔獣とやり合う気力はなかったようだ。
「ミルヴァーツ殿から、『例の作戦』を決行するとの伝言です」
ユーシスさんがセシルさんの言葉を報告すると、王子と殿下が滅茶苦茶嫌そうな顔をした。そして、「何を見ても、絶対に騒ぐな」とだけ言われた。
いったいどんな作戦なのか、かえって気になるよ。
「じゃあ、ご自分で確かめれば納得されるとおっしゃるか?」
少し声を荒げたオネエ言葉じゃないセシルさんの声が聞こえ、遠慮がちに馬車のドアをノックする音がした。そして状況を説明するセシルさんに、殿下が「開けろ」と応えた。
目が合ったセシルさんが、バチンとウインクをしたので、さっきの声が演技だったと分かる。女優だ。
「これは、イリアス・デュセ・レンダール第二王子殿下。ご尊顔を拝す光栄に浴すこと……」
「心にもない長口上はいらん。さっさと用件を言え」
この砦の一番偉い人と思われるセリカのお役人の言葉を、イリアス殿下はバッサリと斬り捨てる。ああ、偉い人の顔が引き攣った。
「では、元の報告よりも使節団の構成が違われるため、確認をさせていただきたく」
「ああ、これのことか」
そう言った次の殿下と王子の行動に、私とリウィアさんは悲鳴を飲み込んだ。
イリアス殿下が王子の肩をグイッと抱き寄せると、王子が殿下の胸にしな垂れかかった。
「白陵殿は大層美術品がお好きと伺ったのでな、レンダールの宝玉を持参したのだが?」
殿下の言葉に、王子が小首を傾げながらお役人さんに微笑む。ここにも女優が……。
すると、責任者のお役人の人が、呆けたように王子を見つめ、ハッと我に返った。そうだね、王子は今、紛れもなく傾国の美女だ。
ああ、そうかぁ。白陵王さんって、綺麗な女性がお好きなのね。するとアレだ。私たちが綺麗な格好をさせられたのも、王子の付属品として偽装したってことね。お役人さんからは、王子と綺麗なリウィアさんが見えるし、だからこの配置なのか。納得!
「どうだ?白陵殿のお目に適うだろうか」
殿下が悪い笑みを浮かべて、王子の顎を掴んで、お役人さんに見せつけた。め、名演技。
何か、見てはいけないものを見た気分になったのは、きっと私だけではない。リウィアさんも、気配を断って空気のようになっている。
すると、お役人さんの目が何かを計算するように見えた。そして、急ににこやかになる。
「我が国への多大なるご配慮に感謝いたします」
こうして、何事も無く国境を越えることができた私たちだった。
軽快に道を進む馬車の中には、座席の隅に寄り掛かり、光の消えた目で窓の外を見る王子と、膝に肘を突いて深く顔を沈み込ませた殿下がいた。
二人から、サラサラと灰が飛んで行くマボロシが見えた。
「……今すぐ、消えたい」
「……私もだ」
二人とも、息ピッタリ。仲良く(?)なれて良かったね。
私たちのセリカ入りは、レンダール王族の多大なる犠牲の上に成った。
黒歴史って、こうやって積み重なっていくものなんだね。
3連休、外で仕事してたら、日焼けしてマレーバクのようになりました。
仕事のストレスを作品にぶつける作者。王族とお父さんの涙は、作者の涙の数でもあります。
〝涙の数だけ強くなれるよ〟
そんなエールがテーマの1話でした。
さて、書籍化も表紙ラフができまして、思わず椅子から転げ落ちました。
まいったね!こんなお話なのに、可愛すぎます。作者は瀕死です。




