71 これが、わたし……
これが、わたし……?
女性が一度は言ってみたい言葉なのではないでしょうか。
10/3 6:45レアリスの変態っぽさをちょっと軽減しました。
本編に何ら影響ありません。
強制フェンリルライダーの行きと違って、帰りは王子の転移で野営地に戻って来たけど、疲れ果てた私は、もう就寝したいことを提案した。
取りあえず、明日お日様が昇ってから、全部考えよう。深夜テンションで考えたことは、碌なことが無い。
お父さんは、私の中のドロドロとした感情に気付かずに、『先に帰っているぞ』と言って私たちに割り当てられた天幕に入って行った。私も寝たいけど、その前に一仕事。
王子は多分、今日はほとんど寝ないだろうな。夜が明ける前に、ユーシスさんとレアリスさん、あとイリアス殿下に大まかな説明が必要だろうから。
これはその措置だ。
王子が自分の天幕に帰る前に、私の天幕に来るように言う。それに王子は目を背けながらも「行っていいのか?」と言って、素直について来た。で、天幕に着くと一緒に入って来ようとする。
リウィアさんがいるし、フェンリル一家が寝ていて狭いのに、なんで?
進入を止められて驚いている王子を私の天幕の前で待たせると、ガルを呼び出して、王子に預けた。
ガルを小脇に抱え、王子が何故か悄然として呟く。
「……いや、分かってたけどな」
『ホント、何だよ、これ』
「ガル君、君に王子の世話を任せた。必ず寝かせるように」
ガルのモフは、冷えた夜気には打ってつけの安眠材だ。
疲れているのか、ガルを抱えて光を失った目をしている王子を帰して、私はスコルとハティ、先に戻っていたリウィアさん、あと薄目を開けているお父さんの所にそっと入って行った。
「お帰りなさい、ハル。大丈夫でしたか?」
「大丈夫じゃないけど大丈夫だよ。また朝になったら話すね」
元凶が枕の方に陣取ってるけど、取りあえずは寝るのが優先だ。
「はい。おやすみなさい、ハル」
「おやすみ」
いっぱい泣いて疲れたのか、リウィアさんはスゥッと眠った。安心したのもあるだろうけど、眠る姿はあの捨て身だった姿からは想像もつかないほど天使だ。まだ、これからが本番だけど、とにかく良かった。
「お父さんもおやすみ」
『ああ。このような夜もいいものだな』
そう言って、私の頭にもそもそと鼻先を寄せてきた。
あの役目を思い出して、少しお父さんの見方が変わった。普段は迷惑ばかり掛けるけど、でもどうしても憎めないね。
お父さんの鼻先を撫でていると、私はいつの間にか眠っていた。
翌朝目覚めると、天幕で身支度を整えて外に出た。どうやらまだ半分くらいの人しか起きていない。その中でファルハドさんに会った。
「昨夜はいろいろありがとうございました。ちゃんと眠れましたか?」
「ああ。2時間は仮眠が取れたからな」
少ないと思ったけど、みんな3徹くらいだったら余裕だそうだ。さすが軍人さん。体力は私の何倍もありそうだ。
どうやらあの後の王子の話合いに参加したらしく、大まかなことは聞いているとのこと。
「フェンリルに拉致されたから心配していたが、想像以上の大事だったな」
「ははは。ご迷惑をお掛けしました」
私が乾いた笑いを浮かべていると、ガルと王子とレアリスさんが合流した。今日もやっぱり王子はガルを小脇に抱えている。
「はぁ、ハル。もうお前のスキル解禁だ。美味い朝飯を作ってくれ」
なんか、王子は物凄く疲れた感じだ。
「コーヒーも頼む」
ガシッとレアリスさんに二の腕を掴まれた。圧が凄い。
「……了解です。で、何食べたい?」
『「「唐揚げ」」』
「朝から重くない?」
まあいいけど。
確か、前に作った時に、一緒に大量の鶏肉を下ごしらえしたのがあったはず。揚げた後のを保存しておいても良かったけど、大量の揚げ物はちょっと気持ち悪くなっちゃうからね。
あとは揚げるだけだから手間はないけど、やっぱり白米はいるよね?
「早炊きでご飯を炊くけど、最短で30分は掛るよ」
『「「問題ない」」』
三人のシンクロ率が怖い。
「よぉし、じゃあレアリスさん、千切りキャベツを!」
私の号令に、レアリスさんが力強く頷いた。
天幕群から離れた場所に行って、遠慮なくキッチングッズを取り出す。
最初にお米を洗う。お水に浸しておく時間はカット。で、一升炊き炊飯器3つをフルセット。多分この人数なら3周以上すると思う。アウトドアテーブルにまな板を出して、レアリスさんに千切りを託す。
お肉を取り出して、油が温まって来た辺りで、ユーシスさんが顔を出した。まだ身支度の途中だったみたいで、久しぶりの前髪下りてるオフショットだった。
「何かと思えば。すぐ来るから待っていなさい」
そう言って、唐揚げを投入する前に、エプロンを持って調理に参戦してくれた。何か、ベースキャンプにいる時みたいで、ちょっと懐かしい感じだね。
ユーシスさんの揚げ物参戦で私の手が空いたので、その間に玄武さんへお届けするタコ焼きも作ってしまおう。レアリスさんに食材のカットをお願いして、私は生地を準備だ。
そうこうしている内に、一回目のご飯が炊きあがったので、レアリスさんに次のスタンバイをお願いする。ご飯はおひつに入れておけばOKだ。
そんな作業を繰り返すうちに、あっという間に朝ごはんが完成だ。
気付けば即席キッチンの周りに人だかりが出来ていた。まあ、珍しいだろうからね。
「結構自分は豪胆な方だと思っていたが、昨夜からハルのスキルには度肝を抜かれるな」
ファルハドさんが、感心と言うより呆れたように言う。
もう、沈黙のなんちゃらは解除されたみたいなので、制限は何も無いからね。っていうか、昨日の今日で解除って、展開が早すぎて、さすがのファルハドさんでもタジタジの様子だった。
フェンリル一家と朱雀さんも起きてきたみたいで、子供たちはクンクンと匂いを嗅いで「唐揚げだ!」と喜んでいた。食いしん坊たちには、朝唐揚げもなんのそののようだ。朱雀さんも食べたことの無い料理に興味津々みたい。
最後にイリアス殿下とリヨウさんが合流した。王族だけど、この二人は身支度を自分でできるからとっても楽。でもそういう人じゃないと、こんな野宿もあるような辺境を行く使節団入りは出来ないか。
ここで、リヨウさんから、サルジェさんとツェリンさんの処遇がみんなに伝えられた。
裏切りは何も無かったことにして、返す手で白陵王さんに反撃することになったと。それに反発が起きるかと思ったけど、そう反対したのはサルジェさんとツェリンさんだけだったよ。
クルーエルが襲来した時、最前線に二人が出たのをみんな見ていたし、それまでの為人も知っていたからだよね。日頃の行いが自分に返ってくる、その見本みたいだ。
「自分たちは、何という果報者だろうか」
厳めしい軍人の見本みたいなサルジェさんが、思わず涙を浮かべた。
その光景に、みんなふんわりとした雰囲気になったところで、さっそくご飯にしよう!
「あら、いい所に来ちゃったわ。急いで来てよかったぁ」
ご飯を食べる直前に、セシルさんが転移で予定より早く帰ってきてくれた。いいことって続くんだね。馬車に目印を付けているから、どこにいても馬車から離れなければセシルさんと合流できるらしいよ。
「お帰りなさい!」
みんなに挨拶をしているセシルさんに近付くと、ギューッとハグされた。押し付けられた胸部は、男の人らしい胸板で、私は一瞬困惑した。あれ?
「いいわねぇ、こうやって出迎えてもらえるの。あら、香ばしい匂い。美味しそう」
今までタコ焼きを焼いていたからだけど、レジェンドで慣れていたはずなのに、人間にクンクンされるとちょっと、というかかなり恥ずかしい!
それに「美味しそう」だけ、なんか声色が違っていた気がする。
「セシル、ハルが固まっている」
「挨拶でしょ。あんたにもしてあげるわよ」
「断る」
思考が停止していた私を再起動したのはレアリスさんで、セシルさんの抱擁から分離して、私にご飯をわけたお茶碗とお箸を持たせてくれた。なぜ?
そのまま私の分の唐揚げが置かれた席へ誘導され、いつの間にか朝食が始まっていた。
ああ、朝からでも、全然唐揚げイケるわぁ。
ちなみに、プレーン唐揚げだけだと飽きるかと思って、油淋鶏ダレとタルタルソースをご用意しております。
気付けば、白米ドロボウどころか、千切りキャベツすらひとかけらも残らなかった。
みなさんまだイケる様子だったので、タコ焼きも供しました。お父さんには約束どおり、チーズ入りも付けてね。何か最初のは焦げちゃったので、後入れして綺麗なヤツを子供たちに、焦げたのをお父さんにあげた。それでもお父さんは満足したみたいだった。
フェンリル一家は、全員お口周りにソースと青のりが付いていたので、私とリウィアさんで拭ったよ。
「この先、ハルさんのご飯無しで、俺は生きていけるだろうか」
ラハンさんがしみじみと言って、アルジュンさんが無言で頷いた。大げさだね。
「という訳で、結婚してください!いでっ!!」
告白からの流れるようなファルハドさんの拳骨。初対面の時にも見た光景だ。
そして、食後の一休み。レアリスさん念願のコーヒータイムだ。
苦手な人と大丈夫な人がいて、ブラック、カフェオレ、麦茶派に分かれた。麦茶はフェンリル一家とツェリンさんだ。
昨日まで命を懸けた戦場だったのが嘘みたいに穏やかな時間だった。
あとは、近隣の駐留兵の人たちが来て、交替してくれるまで待機する間に、昨夜あったことをみんなに説明をするだけになった。
その説明を要約すると、この使節団の本当の目的と、明らかになった魔物の対応のために、転移が複数回可能な王子を懸け橋にして両国で対策を取るべく、一度セリカ側に入って、セリカ国内側の転移許可を得ることになったことを説明した。
あと、リウィアさんが女性だということも忘れずに報告だ。
それにはセリカ側は驚いていた。それはそれで失礼だと思うけど。
特に寡黙キャラでシンパシーを感じていたらしいアルジュンさんが、物凄いショックを受けていた。もう女性とわかってしまったら、気軽に声を掛けられないって。
あれ?私にはおやつのおねだりしてたよね?
そんな理不尽なこともあったけど、概ね話は順調に進んだ。
「一つ問題があるとすれば、オーレリアンが同行することの理由を、白陵王殿が嗅ぎ付ければ、恐らく相当な妨害を受けることだろうな」
イリアス殿下がため息を吐いて提案した。
確かに、使節団の件だけが失敗なら、もう妨害の可能性は無くなる。
セリカ側の責任にならずに使節団を解散できるのは、レンダール国内のうちだけだ。レジェンドが絡んだ案件を自国内でぽしゃると、その領地を治める人の責任が問われてしまうだろうから、白陵王さんとしては何としてもレンダール内で収めたかっただろうからね。敵失では無くて、自分の失点からの落伍は絶対に避けるべきだもの。
でも、人類的にも最重要問題である魔物の案件は別だ。
これほどの情報を持ち帰れば、恐らく第7皇子とリヨウさんとの差は埋められない程になるだろう。それは使節団よりも致命的で、この目的が知られれば、なりふり構わない妨害が待っているのは想像に難くない。
白陵王さんは、目先の欲に捕らわれる人のようなので、この先の国の未来を考えて、リヨウさんと手を結ぼうとは考えない人とのこと。残念だ。
だから、王子が同行することは隠さなくてはいけないんだけど、どう見たって王子は特別感満載の外見をしているから、色を変えるとか、ちょっとやそっとのことでは隠すのは無理だ。
それでもどうしても王子がセリカ国内に入らなくちゃいけない理由がある。自由に転移するには、セリカ内にある結界装置に王子自身を登録する必要があるからだ。
許可の下りているセシルさんは、事前に国境まで飛んでセリカ内入りして、この登録を済ませていた。
うーん、どうしたらいいんだろう。
『私が咥えて空を超えて行けばいいだろう』
「いっそ、背中に乗せろよ」
ドヤ顔でお父さんが提案するけど、もちろんそれは却下だ。
白虎さんの件と度重なるお父さんの国家間移動で、監視体制が強化されている今、そんな目立つ国境侵入をわざわざするなんて狂気の沙汰だ。その意見は丁重に無視された。
みんなが頭を捻っていると、セシルさんがポンと手を叩いた。
「あたし、いいこと考えちゃった!」
あれ?これって、お父さんが碌でもないことを考えた時の雰囲気じゃない?
みんな不思議そうに説明を求めるけど、セシルさんは「ひ・み・つ♡」と言った。それには準備が必要で、レンダール最後の国境の街で決行するという。
八方ふさがりな中、とうとう一行は、セシルさんの策に賭けることとなった。
そして辿り着いたレンダール最後の街。
お父さんたちは街の外に待機で、明日また合流することになっている。
到着するなりセシルさんは、私と王子とリウィアさんを連れて隊から離れた。そして、とある店に入り、そこを貸し切ってからその準備を始めたのだ。
午前中に入ってから、その準備を終えたのが夕方過ぎだった。
その間、別室に連れて行かれた王子だったけど、幾度も断末魔のような悲鳴が漏れ聞こえてきた。
私とリウィアさんは、二人身を寄せ震えていたけど、終わりが近付いてようやくその部屋に呼ばれた。
そして、私たちは驚愕に息を飲んだ。
仕上げに呼ばれた私は、セシルさんに相談を受け、その必要な物をポイント交換して入手する。なるほど、これなら絶対に大丈夫だ。
最後の仕上げを終えた王子は、ようやく自分の身に起きたことを知ることが出来た。
壁に大きな姿見の鏡が置かれ、そこに映ったのは、スラリとした長身を優美なタイトドレスで包み、栗色の柔らかく波打つ長い髪に、同じ色の濡れたような瞳を持った、絶世の美女がいた。
レンダールではあまりタイトなドレスは見ないけど、凄く似合ってる。
「……うそ。これが、わたし……………、ってクソが!!!」
王子がカツラをむしり取って、床に叩きつけた。
いやー、カツラとっても美人は変わらないね。ああ、興奮するとカラーコンタクト取れちゃう。
「何するんですか。せっかく綺麗にしてあげたのに」
ブチ切れする王子に、セシルさんが口を尖らせて抗議する。
「何が悲しくて、俺がこんな格好しなきゃならないんだ!!」
「あら、だったら、他にいい案があるんですか?ほら、あるなら言ってください」
ああ、セシルさんが悪魔に見える。それに王子は声を詰まらせた。
確かにこの格好だったら、ほぼバレることは無いだろう。ちょっと肩幅が広いけど、それはショールで隠せば問題ない。しかし、腰、ほっそ!羨ましい。
ついでに我々も何故か可愛い服を買ってもらった。なんか、後で使うんだって。
とうとう王子が折れた。大義の前にプライドを捨てられる。カッコいいよ、王子。
私とリウィアさんで慰め、ようやく立ち直りかけた頃に、もう一回カツラを付け直されて、「さあ、みんなに見せにいくわよ!」とセシルさんが言った時の王子の絶望した顔は、多分一生忘れられない。
そして待ち合わせの宿に着いて、みんなに出迎えられた時のどよめきは凄かった。
「……オーレリアン、でん、か……?」
まずユーシスさんが絶句して、片膝を突くように崩れ落ちた。そんなにショックなの?
「お前ら、ど、どうせ、気持ち悪いとか、思ってんだろ」
王子が恥じ入って、目を伏せた。
「その顔、グッとくる……いや、誰もそんなこと思っていません!」
ファルハドさんが何か呟いた後、思い切り否定した。
私からは聞こえなかったけど、王子にはその前半のつぶやきが聞こえたみたいで、何か顔が引きつった。
そこにフラフラとラハンさんがやってきた。
「殿下……結婚してください!」
「アホか!!」
頭を下げて手を差し出したラハンさんの頭に、王子は渾身のチョップをした。
床に倒れ伏すラハンさんを虫けらを見るような目で王子が見下していると、その屍を跨いでレアリスさんがやって来た。
「殿下、恥じることはありません」
「……レアリス」
真剣な顔で、レアリスさんが王子を肯定する。
この数か月、兄弟のような付き合いをしてきたレアリスさんの言葉に、王子は何か救われたような顔になった。
その王子にサムズアップして、レアリスさんは言った。
「今の殿下なら、私はイケます」
「お前ら、みんな大嫌いだぁぁぁぁぁ!!!」
レアリスさんを足蹴にして、脱兎のごとくその場から逃げ去った。絶叫が長い尾を引いて、走り去る王子の背中を追いかける。
王子、強く生きて。そうとしか言えなかった。
その晩は遅くまで、部屋に閉じこもる王子をガルが説得して、ようやく事は収まりましたとさ。
王子、強く生きて……!
今回のサブサブタイトルです。
通報……されませんよね?
ええ、現在週一か二で更新しておりますが、来週はもしかすると更新できないかもしれません。
頑張れたら更新します。更新できたら「頑張ったんだね」と思ってください。
またの閲覧、よろしくお願いします。




