70 私のスキルって変だね
事故チューって、現実にあり得るのでしょうか
「クルーエルなんて鑑定してどうするの?」
呆れて溜息を吐くと、お父さんはやけに神妙になって言った。
『面白いから』
真面目に聞いた私が間違っていた。もう寝よう。
『待て待て。ハル、そなた、この鑑定というのが如何に珍しいか分かっておらぬのだ』
えぇ、そうなの?
訝し気に私は朱雀さんを振り返ると、朱雀さんがうーんと唸った。
『確か、有名な商人に鑑定のスキルを持つヤツいなかった?』
『人間の持つ鑑定は、それが何でできているかは分かるが、物の名前や価値まで見抜くものは無いぞ』
どうやら鑑定スキルは、物質の鑑定が基本らしく、お父さんの牙なら私のスキルと同じく「フェンリルの牙」と出るけど、コロッケの場合は「ジャガイモ、牛ひき肉、玉ねぎ」みたいな感じで構成素材が出るんだって。
毒見役とかバイヤーみたいな人は、構成されているものが分かるだけでもすごい価値だと思うけど、それはプラス物の価値を判じる知識も要求されるものだ。私のスキルみたく、ぼけーとしているだけでも、物の固有名詞とか使い方とかその時の状態まで全部の情報が分かるのは無いみたい。
ちなみに、出しっぱなしにしていたコロッケをしまおうと思ったら、「ハルの作ったコロッケ(美味 状態:ちょっと傷んでいるがギリギリ食べられる)と出た。スキルさんは、状況に応じて状態や感想も入れてくる。
……やっぱり変だね、私のスキル。
そう言えば最近、神話級武器とか特級ポーションとか、ばかすか交換してたからか、ちょっと鑑定さんの精度というかレベルが上がってるんだよね。アドバイスしてくれるようになったし。
お父さんは、素材が武器になるから面白がっていたばかりじゃなくて、鑑定自体が面白かったのね。
『だからこそ、そなたのそのスキルで、魔物がどのように表示されるのかを見るのは、人間にとっても有意義なことだと思うが?』
何故かそう言って、悪そうな顔をするお父さん。
その言葉に、少し考えていた様子の朱雀さんが、ハッとしたようにお父さんを見た。
『……あんた、本当に『破壊者』なのね。でも、初めてあんたのことを見直したわ』
謎の会話がレジェンドたちの間で交わされる。
『オーレリアン、ちょっと来い』
「あぁん?」
お父さんに気軽に呼び付けられた王子が、すっごい不機嫌そうに返事する。それでも律儀にこちらにやってきた。使いっパシリ感が様になっているね。
「なんだよ。ハルの機嫌取りに協力しろとか言うんじゃないだろうな」
『ぐっ、違うわ。今からクルーエルとやらをハルが鑑定する。ついて来い』
「え?今からなの⁉」
『夜が明ければ、他の人間にも見られるだろうが』
おお。一応お父さんも気を使ってくれるみたいだ。確かに、今全部済ませちゃった方がいいのかも。
「おい、待て。何でそんなことになってるんだ」
「なりゆきで」
「ああ、わかった」
ある意味諦めが肝心とばかりに、王子はため息をついてお父さんを見た。
そんな王子を鼻で嗤うように、お父さんが言った。
『先ほども言ったが、人間にも興味あることだと思うが』
ふと、王子も朱雀さんのように、お父さんの言葉に何か思う所があったのか、少し考えてから、凄く難しい顔になった。ええ、何かみんな分かり合ってるけど、何なんだろう。
「そういえば盲点だったな。今まで魔物をハルに見てもらうというのは慮外だった。でもいいのか、ハル」
かなり慎重な口調で王子が私に尋ねる。
「うーん。あれだけ瘴気?が染み出してたから、他の保管しているのに移らないかな?」
「いや、収納物の心配じゃねぇよ」
王子がツッコみを入れるけど、すかさずお父さんが口を挟んできた。
『恐らく心配はいらぬ。いつも生ゴミも入れているが、他の物に影響はないだろう?』
「そっか。そう言えばそうだね」
「……人類の脅威を生ゴミ扱いするな。哀しくなる」
虚しいツッコミが入る。
そうだった。お父さんがあまりにもあっさりと倒しちゃったから、ちょっと小物感が出ちゃったけど、そういえば凄い脅威だったんだ。
再び王子が厳しい声音で私に言った。
「俺が言いたいのは、お前のスキルがどこまで鑑定できるのか分からないが、もしその鑑定が、歴史上人間が知り得なかったことにまで及ぶなら、もうお前を迷いの森に隠しておけなくなるということだ」
「……」
いつも気軽に鑑定を使っていたから、その可能性は考えていなかった。
もしそうなら、確かに王子一人の胸にしまっておくことはできない。
魔物や瘴気については、ただでさえ分からないことが多すぎると言っていた。それが詳らかになるのなら、それは人間がみんなで共有しなくちゃいけないことになる。もちろん、その情報の出所も。
もし、詳細な鑑定が出来てしまえば、ここからは、ただ便利な道具を出すだけのスキルというだけでは収まらなくなるんだ。
「今ならまだ、魔獣の加護を受けた娘とだけ説明して、お前を逃がしてやれる」
言外に王子は、私を雁字搦めにするだろう鑑定をしなくていいと言っている。
これまでも、王子の態度は一貫して、私を有紗ちゃんの召喚に巻き込まれた被害者としていて、私をずっと自由の効く位置にいさせてくれた。
王子は、今回の召喚は、この世界の人にはどうにもできない事だけをやってもらうだけに留めなければならないと主張している。実際召喚は、神殿の文献や召喚の儀の間を使ったけど、それ以外は王子の力で行ったから、その言葉が尊重されたことと、王家の人たちの理解も得られたから、これまで私はほぼ野放しの状態でいられた。
鑑定の内容によっては、各国に私のスキルの存在が知られてしまうんだ。
でも、王子。もし、私の力が王子の役に立てるなら、それでいいと思うんだ。
朱雀さんや王子が言っていた。今までにないくらい、魔物が力を付けているって。みんな、この世界に近付いている何かの足音に気付いているんだよね。
もうさぁ、この世界のことを他人事だと思えないんだ。失くすと、きっと心が壊れてしまうくらい、ここには大切なものがたくさんある。
「逃してもらわなくてもいいよ。その時は、みんなのために使って。私のスキル」
私が笑って言うと、王子は私のほっぺを掌で包んだ。
「……お前は、もう俺だけのハルではいてくれないんだな」
少し寂し気に笑ってそう言った。え?俺だけの?
『盛り上がっているところ悪いが』
「「いだっ!」」
そんな王子の頭に、グイッとお父さんが顎を乗っけて、私と王子のおでこがごっつんこした。ちょっと目から火花出た。
『ハルから自由を奪わせないために、我らが手を貸すと言っているだろうが』
『そうよ。白虎もあたしも、なんのために人間の前に姿を現すと思ってんの』
しゃがんでおでこを押さえる私と王子に、レジェンドたちが何か言ってる。多分ありがたいことを言ってくれてるんだろうけど、ちょっと待っててください。
「ああ、そうか。そうだな。忘れがちだが、フェンリルもいたんだったな」
『私をもっと敬え、小僧』
いち早く激痛から立ち直った王子が言うと、お父さんが王子の頭を齧った。甘噛みだけど王子が「痛い!」と振り払う。ホント、何か急に仲良くなったよね、二人とも。
『憂いは無くなったか?』
「大いにあるわ。だが、少し覚悟はできた」
お父さんが尋ねると、王子は髪を乱すように頭を掻いて、それでも少しスッキリした顔で言った。そして、お礼とばかりにお父さんの耳の後ろから首をガシガシと掻いてあげる。お父さん、結構それに満更でも無い表情になった。
『よし、では行くぞ!』
意気揚々と言って、急にお父さんは私の襟首をアグッと噛むと、ポイッと空中に投げた。
「ぎゃあああ!」
私の上げた悲鳴は、何故か空気の壁に吸い込まれて、外に漏れださない。どうやらお父さんは風魔法で、私の悲鳴を消し去ったらしい。
そしてそのまま風で包んで、私の体をお父さんの背中にふんわりと着地させた。
こうして私は、人類史上二人目のフェンリルライダーとなったけれど、なんの名誉も感じなかった。
感じたのは恐怖だけだよね!
声を封じられた私の文句はお父さんに届かなかったため、その極上の手触りの背中をポカポカと叩いた。まあ、お父さんには何のダメージにもなってないけど。
そのままお父さんは、クルーエルの方へ走り出した。私の周りには、何故かふわふわとした壁が出来ていて、お父さんの背中から落ちないように風魔法で支えてくれているみたい。そうしないと、ポニーの乗馬ですら不安な私は、即地面に叩き落とされていただろう。
夜中の悲鳴といい、身体を支える魔法といい、そんな気遣いが出来るなら、乗せ方にも優しさを見せて欲しかったよ。
「おい、俺も乗せろよ!」
背後で王子の文句が聞こえたけど、一飛びでクルーエルの所に着いてしまった。
お父さんが伏せをしてくれたけど、まだ心臓が口から出る勢いだったので、ちょっとお父さんの背中に突っ伏していたら、どうやら王子と朱雀さんが到着したようだ。
王子も私のように襟首を朱雀さんに銜えられて、到着するとペッと地面に落とされた。
『あたしからの厚意よ』
「なんか違う。……違うんだよ」
そうだよね、王子は背中に乗りたかったんだよね。
それはそうと、私は降りようとしたけど、足がぴくぴくして全然動かない。腰が抜けた。
「おーじー。助けて。降りられない」
「……災難だったな」
お父さんの背中でヘタる私を、王子が両脇に手を入れて降ろしてくれようとしたけど、私の足が身動きしたお父さんに引っ掛かって王子がバランスを崩し、「うわっ」と声を上げて、二人で地面に倒れ込んでしまった。王子の上に覆いかぶさる形で倒れ、勢いでどこかに手が当たって、王子が「っ」と声にならない息を吐いた。私は痛くなかったけど、王子はダメージを受けたようだ。
「ご、ごめん王子!どこかぶつけた⁉」
私がもぞもぞとして、ようやく起き上がって王子から離れると、ほっぺに手を当てて悲しそうに項垂れていた。
「いや、俺は大丈夫だ……フェンリル、俺がそんなに憎いのか……」
王子がボソリと文句を言ったら、お父さんが『お前が悪い』と笑った。
『邪ね』
朱雀さんが、お父さんと王子にスンとした顔を向けた。
取りあえず、私の足腰が機能するか試しに立ち上がったら、生まれたての仔鹿のようになったので、慌てて王子が支えてくれた。お手数おかけします。
そのままクルーエルの近くまで連れて行ってもらったけど、腰が抜けたのとは別に足が動かなかった。
冷えた空気に晒されていたけど、夜でも分かるくらい、まだその身体から瘴気が湧き上がっていた。
思わず身体を支えてくれている王子に縋ってしまうくらいには禍々しかった。
私が一度王子を見上げると、王子は一つ頷いてくれた。王子には伝わったみたいで、鑑定するまで、王子は私を支えていてくれた。
スキルボードを展開して、投入口を恐る恐るクルーエルに近付ける。すると、少し大きくなった投入口へ、お父さんの二倍以上もある巨体なのに、音もなくクルーエルはスルッと入っていった。
ピロリーンと鳴って鑑定結果が出た。
〝魔物化した飛竜種(状態:香ばしいウェルダン状態) 飛竜の爪 飛竜の尾 飛竜の牙 飛竜の逆鱗……瘴気汚染度40 合計8億P〟
「うぅぅ」
やっぱり瘴気関係出た。このクルーエルで汚染度40って、これがパーセンテージだったら100ってどうなるんだろう。怖!!
なんかそれよりも状態が気になっちゃったけど、取りあえずそれは置いておこう。
私は収納に入った素材を展開してみた。
〝瘴気に汚染された飛竜の爪(12本)5千万P 瘴気ポイント10P〟
ああ、見なかったことにしたいなぁ。瘴気ポイントって、絶対お父さん好きそう。
『おお、何だそれは。瘴気ポイントを早く見せてくれ』
「はぁい」
〝瘴気ポイント:魔物化した魔獣を交換すると得られるポイント 50Pで武器または防具を「呪われた〇〇」に改造できる〟
「ぎゃん!」
『ほれ、続きだ続き』
〝呪われた武器・防具:攻撃力または防御力が3倍になるが常に魔力が消費される 装備を外すためには「聖水」が必要になる〟
はぁ、「聖水」かぁ。またなんか変なの来たなぁ。状態異常治す系だよね。これも保留!
「ハル。瘴気の説明はあるか?」
王子が少し急くように聞いてくる。
その文字が赤文字になっているから、多分分かっちゃうんだろうな。
これまでの緊張感とは全く違う緊張が走った。恐る恐るその文字に触れた。
〝瘴気:封印された古龍が発する穢毒 生物の知能を奪い凶暴化させる 植物が瘴気を取り込むと大地が病む 聖女の浄化、異世界のスキルまたは魔術、スキル「破壊」「回帰」でしか消滅させることができない〟
私と王子は言葉を失った。特に王子は夜闇の中でも分かるくらい顔色が悪くなった。
瘴気の正体が分かった。
でも、それは更に謎を深めるもののようだ。
それに、今までやってきた魔物の討伐では、瘴気が消える訳ではないということがショックだったみたいだ。
お父さんと朱雀さんを見ると、二人は予想をしていた内容だったようで、黙って王子を見ていた。
そうか。お父さんが夜な夜ないなくなっていた理由が分かった。
シロさんが、お父さんはある役目を負っていると言っていたのは、「破壊」のスキルで、世界に溢れる瘴気を祓っていることを言っていたんだ。
「お父さんも朱雀さんも知っていたの?」
私がお父さんに尋ねると、青い瞳がジッと私を見た。
『ああ。だが、我ら名前持ちでも一部しか知らぬこと。それに古い盟約で与えられたことは誰にも明かすことは出来ぬのだ』
それなら、なんで私のスキルは、それを見せることができたの?
『そなたのスキルが、神々にも「想定外」のスキルだからだろう』
お父さんが渾身の悪い顔で笑った。さっき朱雀さんがお父さんを「破壊者」って言っていたのはこのことだ。きっと、神様だかなんだか知らないけど、偉い人の決めたことを、そうなると知ってて私を使って壊し、そして王子たち人間に知らせた。
「ちょっと、それって私が神様に怒られるんじゃないの⁉お父さんのバカ!」
また私がお父さんをポカポカ叩くと、私のほっぺに顔をグリグリしてきた。
『私がそなたを害することをするはずがなかろう。安心せよ。ここは、既に神々から見放された世界だ。そなたを罰するものは、もう何もいない』
待って、それってどういう……。
王子も私も動きが止まった。訪れた一瞬の沈黙。
ピロリーン
その音にビクッとなったのは、一体何回目?
この音は、ほぼ100%私にとって不吉な知らせだ。
「……見てみろよ」
王子が強張った顔で私に促す。
ここまで来て、怖がっていたって何も変わらないし、知らなくてはいけないことを逃すわけにもいかない。
私はもう一度スキルボードを開けて、通知の内容を見た。
〝上位種魔物の素材を取得しました スキル『禁忌』を取得できます〟
「………………」
『おお、これはまた、思いも寄らぬスキルが出て来たな』
やけに楽しそうなお父さん。完全に他人事でエンターテイメント化している。
「絶対取得したくないんだけど!」
『何を言う。不吉な名前だからといって、そうとは限らんだろう。ほれ、取得してみろ』
お父さんの顔を見てると、ちょっと「禁忌」的な感情が湧いてきそうだ。
「ハル、スキルの名前に色が付いている。もしかして、「天恵」の時と違って、事前にスキルの内容が見られるんじゃないか?」
おお、王子ナイス!
確かに「禁忌」が青色で示されている。その文字をタッチすると、やっぱり「天恵」の時とは違って、説明書きが出た。レベルアップ様様だ。
〝スキル「禁忌」 亜空間収納へ「生きているもの」を収納できるようになる 生きているものに限り、自分が所有していなくても収納が可〟
字面から受ける印象よりかは、マシだと思えるスキルだった。ちょっと王子もホッとした顔になっている。それにしても生き物ねぇ。
「って、生き物OKって、絶対ダメでしょ!」
亜空間収納内がどうなっているか分からないけど、そんなの怖くて試せないよ!
だから「禁忌」か。
怖くてガクガクしていると、お父さんがボソッと言った。
『なんだ、つまらん』
一瞬お父さんを、亜空間収納に入れてやろうか、そう思いました。
ユーシスでは簡単にできたおでこコツンが、何故か頭突きに。
抱き留めて事故チューのはずが、何故か左フックに。
LOVEって難しいですね。
またまた書籍化の近況です。
何と!キャラクターデザインが決まりました。
まだイラストレーターさんや画像は公表できませんが、女子とモフは可愛く、男子とお父さんがカッコよくて、もう何回も見直しております。早く、王子、ユーシス、レアリス、お父さんの美麗な4バカをお見せしたいです。
いろいろな情報発信は、Twitterが主になると思いますので、良ければそちらもご覧ください。
また次回も閲覧よろしくお願いします。




