69 碌でもないこと
聖女の呪いに立ち向かいます。
「あのぉ、その『タコ焼き』ですが、私、作ったことがないので、ちょっと練習が必要なんですが……」
「何?お前が作れない料理があるのか?」
私のカミングアウトに、王子がびっくりしていた。
何、その私への信頼。ちょっと、嬉しい。緩みそうになる口元を引き締める。
「ハル、嬉しそうだな」
「出遅れた」
ファルハドさんがユーシスさんに、何か耳打ちして、ユーシスさんが悔しそうにしている。どうしたの?
『うむ。何か難しい材料が必要なのか?』
「いや、そういうわけじゃないんですが、綺麗に返せるかが心配で。見た目もありますが、やっぱり味にも関わってくると思うので、1回は練習したいな、と。あと……」
ちょっと言い淀んでしまって、私は王子を手招きして耳元で相談した。何でか王子がちょっとビクッとする。
「オーパーツ、出してもいいの?」
「…………ああ、何が必要だ?」
「スマホでレシピと動画見て、道具が結構必要。あと、ソースが凄い香ばしくていい匂いで、絶対みんなにバレちゃう」
王宮では、ウスターソースに近いものを食べたことがあったので、多分レンダールの地方の料理と言えばある程度大丈夫だと思うけど、鰹節と青のりとマヨネーズはなぁ、何て言ったらいいのかなぁ。
最悪マヨネーズは掛けなくても……いや駄目だ。マヨという選択肢を与えないのは、ファシズム体制下の情報統制と同じだ。
玄武さんがどんな選択をするにせよ、ソースとマヨの出会いの機会すら与えない、私はそんな独裁者にはなれない!
「王子。言論の自由、思想の自由。人間にはそう言った様々な選択の自由が日本にはありました」
「……『タコ焼き』の話だよな?お前、どこに行こうとしているんだ?」
「そうだよ。その『タコ焼き』はいろいろな選択肢を持っている。花鰹か粉鰹か、マヨも普通のか辛子マヨなのか。それを掛ける掛けないから選択は始まるの」
「お、おう」
「そんな選択を制限せずにさせてあげたい!」
「うん。言いたいことは分かった。出すと怪しまれるものは、お前の知識を元に、王宮で極秘裏に開発したということで行くぞ」
なんて打てば響くような対応。
「ありがとう、王子!やっぱり私、王子がいないとダメだね」
「な、お、おう。…………勘違いするな、俺」
何か王子は、最後の方をボソボソ口ごもっていたけど、私に「何でもない」と言った。
「後は、ファルハド殿。沈黙の誓約事項を足してもいいか?」
「そうだろうと思いました。もちろん否やはございません」
「先に言っておくが、覚悟しておいてくれ」
「……承知しました」
何やら王子とファルハドさんとで打ち合わせをしているので、その間に私はタコ焼き作りの計画を練る。問題はあのひっくり返しだよね。
そう言えば、うちには、動画見ただけでラテアート作った天才がいるじゃない!
私は不器用な方じゃないけど、ガルたちのマフラーを作る前に練習したコサージュが、私のスキルに酷評されたみたいに、どうしても〝慣れ〟が必要だ。お好み焼きだって、未だにちょっとひっくり返すのに不安があるくらいだ。
でも今は、取りあえずハイスペックな人に頼んだ方が効率がいい。ユーシスさんの方が総合的には器用だけど、動作再現率はレアリスさんの方が高い気がする。
さて、じゃあみんなが起き出す前に、ある程度の準備はしなくちゃね。
ササッとユーシスさんに事情を話すと、一瞬だけどちょっとシュンとした顔になった。
「レアリスに、ちょっと嫉妬してしまうな」
ん?何で?
「ハルには、一番最初に、俺に頼ってほしいと思っているから」
何か、ユーシスさんもリウィアさんの「仔犬化」が移ったみたいだ。ユーシスさんはずっと私の保護者だったから、そう思ってくれているのか。
失礼かもしれないけど、そんなユーシスさんがちょっと可愛く見えた。
「ありがとうございます。でも、ユーシスさんは私がお願いする前に全部助けてくれるから、一番無意識に頼っていると思うんです」
本当だよ。気遣わせてると思いつかないほど、自然に私を助けてくれるのは、やっぱりユーシスさんが一番だ。
「……本当に、まったく、君は……」
ユーシスさんは少し視線を逸らすと、左手で口元を覆ってポソリと呟いた。
そして、「レアリスを呼んで来る」と素っ気なく言って、天幕の方へ歩いて行った。
急な感じがしたけど、でもユーシスさんはどこか上機嫌に見えたから、怒っている風ではなかった。
『ふむ。ハルは、我ら魔獣だけでなく、猛獣も上手く使えるようだ』
朱雀さんが、また私の髪の毛をもしゃもしゃして言った。
猛獣って、もしかしてユーシスさんのこと?確かにゴリ……戦闘特化することがあるけど、基本紳士だよ?
『まあ良い。使われる方が幸せになる猛獣使いは、そうそうおるものでもないからな』
クククと喉で笑って朱雀さんが言うと、リウィアさんが私の手を取った。
「ハル様。どうぞわたくしも存分にお使いください」
また始まった!
「リウィアさん。もう、下僕も犬も禁止。今度やったらもう知らないから」
強めで言ったら、リウィアさんがショックを受けた顔になった。
「お友達だって言ったでしょ。リウィアさんはお友達に傅かれたいの?それなら私はお友達になるの、考え直します」
本当に、跪かれるのとか心臓に悪い。あれを日常で受けている王族の人って凄いと思う。庶民の私には無理だ。
リウィアさんは、私の言葉に何か気付いてくれたようだった。
「ハル様……」
「その『様』もやめようよ。お友達に上下関係はないでしょ。みんなみたく呼んで?」
そう言ったら、軽く握っていた私の手に、ちょっとだけ力が入った。そして、少し伏せた顔から、上目遣いでこちらをそっと見る。
「……ハル……」
「あう!」
キュンって来た。キュンが止まらない。ニズさん以来の乙女へのキュンが!
「ハル。お前、気持ち悪いぞ」
沈黙のなんちゃらが終わったらしい王子とファルハドさんが、何か変な顔してこちらに来た。
失礼な!可愛い女の子を見ちゃったら、絶対こうなるでしょ。
「まあ、お前の性癖は置いておいて、取りあえず必要な物を出していいぞ」
言い方がちょっとカチンと来たけど、やることはやらないとね。
また、ポイント交換画面を出して、今度は日本を選択。
キッチン用品で、タコ焼き器を探すと、鉄板ぽいのだけがあった。ホットプレートタイプが一番簡単なんだと思うけど、さすがに電化製品はやめておこう。
後は、ひっくり返すためのピックと、油を引くモップみたいなヤツ、生地を流すポットみたいなのを交換した。素材はプラスチックを避けて、できるだけこちらにもある鉄製とか木製で。
食材はレシピをスマホで確認する。
材料はシンプルだけど、ネギ、天かす、紅ショウガ、あとは主役のタコがあればいいかな。王子は紅ショウガはダメそうだけど、入れるのと入れないのを作ればいいや。
で、忘れてはいけない、青のり、鰹節、仕上げはソース。私のスキルの凄い所は、ソースも、ウスター、中濃、お好み、とんかつなどの用途別にあるとこだ。もちろん、タコ焼き用も。
でも、こうなるとアレンジも入れたくなる。チーズとかキムチとか牛すじとか。
まずはプレーンで試すことにして、今回はアレンジ食材は保留にしておくけど。
私が「どうだ」とばかりに並べると、ファルハドさんとリウィアさんが引きつった顔をしていた。
「まさか、こんなことが……」
『ほほぅ。これは、また、面妖な……』
絶句する人間と、面白がるレジェンド。みんなこれを見ると似たような反応をするね。
取り合えず、今並べたものは、人前に出しても何とか問題ないと王子に許可を貰った。
そこへユーシスさんがレアリスさんを連れてきた。服装はシャツとズボンだけでラフだけど、全然寝起きっぽくないね。
レアリスさんは、ザッとその場を見渡して一つ頷く。なんて状況把握能力が高いんでしょう。
「それで、私は何をする?」
「これをやってほしいんですが……」
私が動画を見せると、「分かった」とだけ言う。やっぱり、一回見て分かるんだね。
スマホを見せたら、ファルハドさんとリウィアさんの目が、死んだ魚のようになっていた。
いよいよ食材を準備する。私がタコ(ボイル)を交換すると、初めて王子が食材を見て息を詰まらせた。
「おま、それは、まさかクラーケンの幼体か⁉」
「タコだよ」
「最上位種に近い魔獣を食べる文化があるとは、恐ろしいな『日本』」
「だからタコだって。地球に魔獣いないの知ってるでしょ」
クラーケンが何か知らないけど、小うるさい王子を黙らせるため、お子様が大好きなマヨネーズを付けて口に突っ込んだ。本当はわさび醬油がいいんだけど、お子様舌だからね。
「お、何だこの食感は。ん、噛めば噛むほど味わいが……」
王子が静かになったところで料理を再開だ。
具材はいつの間にかユーシスさんとレアリスさんがカットしてくれていて、私は生地作りだけでOKだ。竈まで行くとみんな起きちゃうので、この場で簡単に周りの石を積んでその上に鉄板を置く。
火は、なんと朱雀さんが面白がって担当してくれた。
改めて知ったけど、朱雀さんて火の魔力を持ってるんだ。見た目も紅いからぴったりだ。
それで、生地を熱した鉄板に流し込んだら、具材をパラパラと入れて、ここからはレアリスさんの出番だ。
戦闘の時のように、ジッと敵を見つめ、サッと動いた。丸い凹みのある鉄板の上で、面白いように具を抱き込んだ生地がくるくると回った。思わず拍手が周りから起きる。
試しにユーシスさんもやってみたら、案外早くて5個目くらいで綺麗に出来たよ。私はレアリスさんにコツを教わりながら、ちょっと時間が掛かったけど何とか出来た。
「ハルに料理を教える日がくるとは。これは、いいな」
何だかレアリスさんがやけに感慨深そうに言う。私だって知らない料理いっぱいあるんだけど、確かに誰かに何かを教えてもらうのって何かいいよね。
慌てて作ったにしては、とてもいい出来のタコ焼きができた。本当は油を入れて揚げ焼きっぽくしてもいいけど、一応夜中なのでまた今度。
ソースを塗ったら、マヨネーズを掛けるのと掛けないのを作って、鰹節と青のりをオン。マヨもちょっと夜中には重いしね。
もうファルハドさんとリウィアさんは、現実逃避をしたのか、はたまた腹を括ったのか、顔を空に向けて瞑想していた。
「じゃあ、第1回、タコ焼き試食会です。熱いので、火傷に気を付けて召し上がれ」
さっそく大口で齧り付いたのは王子で、忠告も虚しく「あっちぃ!」って言った。お約束を破らない王子は、真面目に凄いと思う。
私は朱雀さんに食べさせてあげてから、自分の分を口に入れた。おお、久しぶりの味わい。初めて作ったにしてはなかなか美味しいんじゃないかな。
みんなはもちろん、マヨネーズ付きも食べてたけど、私はお腹周りの諸事情により1個食べるに留めていた。
「聖女が呪文に込めた想いが、否定できなくなった」
王子が目を押さえながら、聖女さんへの想いを吐き出す。
恩讐を越えて聖女さんに同情するくらいには、タコ焼き、美味しかったんだね。聖女さんがこの時代にいたら、きっと王子と仲のいいお友達になれただろうね。
『ふむ。タコ焼きはこのような味であったか。なかなかの美味だ。しかしながら、何とも不思議な縁だのぉ。そなたとユウナは、恐らく似た時代を生きておったようだが、こちらでは三百年という短くはない時が流れて、再び我らを介して出会うことになろうとは』
朱雀さんが言うには、聖女様はユウナさんと言って、二十歳の女子大生だと言っていたらしい。本当に私たちと同年代だったんだね。
それで、食べたいものをいろいろ聞いたらしいけど、どうしても再現できないもののうちの一つだったみたい。
確かに、寿司ネタは、魚介類の生食をしないこの世界では、絶対に無理だったろうね。
小倉抹茶 (ちなみにパフェだったらしい)もあんみつもタイヤキも、頑張れば出来ないことはないけど、自分で作ったことの無い人は、多分再現できなかったと思う。
ましてや粉ものは、ソースが無いとほぼアウトだ。ソースはレシピがあっても、あの味を再現するのは難しそうだ。聞けば、ウスターソースっぽいのが出来たのも、ユウナさんがいた時代よりももっと後だったみたいだし。
ユウナさん、きっとたくさん頑張ったんだろうなぁ。じゃないと、あんな呪いにならないもの。
『ユウナのためにも、妾にタイヤキとやらを作っておくれ』
朱雀さんがまるでレクイエムのようにそう言った。
「はい。なんなら呪いの食べ物、全部作ります」
私も王子顔負けに、目頭を押さえながら伝えた。
私が涙を拭いながら心に誓っていると、みんなはタコ焼きを食べ終えていた。
ちゃんとお口をよぉく濯いでから寝るように注意だ。絶対どこかしらに青のりという刺客が潜んでいるから。
そうしてお片付けをしていると、ツンツンと朱雀さんが私の肩をつついた。
『して、あの鬱陶しいヤツはどうしようかの?』
「ん?」
見ると、ちょっと遠巻きに、白い大きな物体が見えた。ああ、そうかぁ、忘れてたなぁ。
遠くからでも、何かを期待して、尻尾をブンブン振ってお座りしているのが分かる。
「ちょっと行ってきます」
私は小さくため息を吐いて近付くと、期待に満ちた青い目が私を見る。
『私は一つでいいのだぞ』
ちょっと遠慮している風に言う。どうやら気を使っているアピールを覚えたようだ。
「……ごめん。お父さんの、無いの」
お父さんの顎が落ちるんじゃないかというくらい、開いた口が塞がらない姿を見せた。
「ほら、夜だから、あんまり食べるの良くないし、明日になったらたくさん作ってあげるから。お父さんの大好きなマヨネーズも、チーズも特別に入れてあげるよ」
私がご機嫌を取ろうと提案するけど、お父さんはパタッと力なく倒れた。
『ハルは、私のことが嫌いなのか?』
わぁ、面倒くさいモード発動だ。
「もう違うって。お父さんのこと嫌いな訳ないでしょ」
『私は、結構頑張ったと思う』
「うんうん、そうだね。みんなのために魔物を退治してくれてありがとう。でもね、お父さんは一カ月おやつ抜きだからね」
私が事実を突き付けると、お父さんは「ギャン」と悲鳴を上げた。完全に忘れてたね。
二重にショックを受けたお父さんに、追い打ちを掛けるように朱雀さんが近付いてきた。
『フェンリル。我がまま言うんじゃないわよ。あんた、頑張ったとか言って、あのクルーエルの始末とか忘れてるでしょ』
『あ』
リウィアさんが近くにいないせいか、ギャル風に戻った朱雀さんの指摘に、お父さんが一言漏らした。
そう言えば、お父さんはあの時真っ直ぐ私の所に釈明に来たから、あの飛竜はそのままだった。
しっかりと忘れてたんだね。
魔物は放置するとアンデッド化するらしいから、通常は火で瘴気を散らすか、ユーシスさんやレアリスさんがやったように宿主を滅失させるか、聖魔法で浄化するかしないとダメみたい。
一日二日でどうこうなるようなものじゃないみたいだから、あの飛竜はまだまだ大丈夫みたいなんだけど。
お父さんがうじうじしていて、そのうち地面に穴が開きそうなので、私は一つだけ提案することにした。
「そう言えば、お父さんにはまだありがとうしか言ってなかったね。助けてくれたお礼に、何か一つお願い聞くよ」
甘いなぁ、私。
『何⁉では、ハルと「使節団について来るの以外で」』
お父さんが言おうとしたことを、私は被せ気味に拒否した。それを認めたら元も子もない。
三度ショックを受けたお父さんだったけど、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
『ならば、アレにしよう。ずっと気になっていたのだ』
さも名案とばかりに、お父さんの目が煌めく。
ああ、絶対碌でもない事だ。
『絶対、碌でもないことだわ』
朱雀さんの心も一緒だった。
『心外だな。絶対に重要なことだぞ』
お父さんは自信満々だ。
私は自分が言った手前、ちょっと諦め気味に聞いてみることにした。
「アレってなんですか?」
『あの飛竜を鑑定してくれ!』
「……はい?」
やっぱりお父さんは、碌でもないことをおっしゃった。
作者は、ソースにマヨは、抗う術がない悪魔の囁きだと思っています。
マヨを掛けない派の方も、どうかその選択を温かい目で見てやってください。
ちなみに作者は、紅ショウガいらない派です。




