68 因縁、蘇る
簡単な下僕の作り方をご紹介します。
私と朱雀さんの結託を、唖然と見ていたリウィアさんが、突然ぽろぽろと涙を流していた。
「え、あ、どうしたんですか⁉」
びっくりしてリウィアさんの顔を覗き込むと、宝石みたいな瞳が、朱雀さんの放つ仄かな光で揺れて、女性の私でもドキッとするほど綺麗だった。
「なぜ……あなたには何の利も無いのに」
なんだ、そんなこと気にしてたのか。
「なぜって、お友達が困っていたら、助けるでしょ?」
それが私に出来もしないことだったらちょっと考えちゃうけど、朱雀さんは私なら出来るかもしれないと思っているなら、やってみるしかないよね。
と言ったら、今度はリウィアさんがびっくりした顔をしていた。あれ、もしかしてお友達になろうって、社交辞令だった?恥ずかしい!
「あ、お友達って、迷惑でしたか?あの、でも乗りかかった舟というか、同じ釜の飯を食う仲というか、とにかくいいんです!」
最後の方は何だか分からないことを言ってしまったけど、リウィアさんとお友達の認識が違っても構わないんだということを伝えたかった。見返りなんていらないもの。
おたおたしていると、急にリウィアさんがその場に膝を突いて頭を下げた。
「あなたと朱雀様にわたくしに持てるすべてを捧げます。如何様にもお使いください」
「ちょっと待った!」
この子は、もう、またそういう事を言うんだから!
「あのね、リウィアさん。さっきから朱雀さんとの話を盗み……小耳に挟んで思ったんだけど、誰もリウィアさんの犠牲なんて欲しいなんて思ってないよ。弟さんさえ助かれば、自分なんてどうでもいいと思ってるでしょ」
私の言葉にきょとんとする。自分の犠牲は当たり前だと思っているのが手に取るように分かる。
でもそうしていると、私の2歳くらい年下らしく、少し年相応の幼さが見えた。
何だろう。もう、可愛いな。
「リウィアさんは、私のことをもう何回か助けてくれてるでしょ。利益っていうなら、私の方が恩返しをしないといけないくらいだよ」
睡眠薬入りワインは一番大きな出来事だったけど、あれは私が余計なことをしたからだ。その前も、宿では私を独自に見守っていてくれた。レアリスさんは監視だと思ってたみたいだけど、多分滞在する街ごとに、何かしらの私に対するトラップがあったんだと思う。
「それにね、イリアス殿下が『何も無かったことに』って言ってたでしょ。あれって、サルジェさんやツェリンさんのことだけじゃなくて、リウィアさんのことも入っているんじゃないのかな」
その他は、ご令嬢たちがぴーちくぱーちくとユーシスさん目当てで騒いだということしか表沙汰になっていないもの。
「つまりは、今のこの使節団を悩ませる事件は、ユーシスさんの女性問題しか起きてないってことでしょ。大丈夫!」
どこかでガタッと物音がした。ん?何か落ちたのかな?
「だから、リウィアさんは、もう何も心配しなくていいんだよ。私に任せて」
そう言ったら、もう一度リウィアさんは、ぽろぽろと涙を零した。あ、ハンカチ……は持ってない。ええい、袖で拭いちゃえ。同じく袖で拭いた王子のこと、もう悪く言えないね。ファルハドさんを見習って、今度から絶対ハンカチを持ち歩こう。
「……私は、生きていていいのですか?」
ポツリと言った言葉が衝撃的で、思わず私は跪いたリウィアさんを見つめた。
本当に、潔癖で融通が利かない子なんだから。
でも、本当は生きていたいと思ってくれてるんだね。
「もう、そう言ってるでしょ。リウィアさんの分からず屋め」
膝を突いて私より低い位置にある頭を、ギュッとした。
こう見えて、甘やかすのは得意だ。『もう勘弁して』って言うくらい、美味しいものをたくさん食べさせて堕落させて、二度と死を覚悟する言葉なんて言えないようにしてあげるんだから。
何より、リウィアさんの言葉を、「生きてて良かった」って言葉に変えてあげたい。
そのためにも、一刻も早く問題を解決しないとね。
「それに、リウィアさんがいてくれないと、私が困るの。人間の女性のお友達って、有紗ちゃんとリュシーお母さまとセシルさんしかいないんだもの」
「…………ミルヴァーツ殿はやっぱり女性枠なんですね」
私がリウィアさんの背中をトントンしていると、何かをリウィアさんが呟いた。
そして、私の背中に手を回して、ギュッと縋るように抱きしめ返してきた。
「ありがとうございます、ハル様」
お礼を言った後、リウィアさんは少し顔を上げて私を潤んだ目で見つめる。
「一生お仕えいたします。どうか、お側に置いてください」
「ん?」
『なるほど、下僕とはこのようにして作るものなのだな』
「んんん?」
なんか変な単語が聞こえた。
「下僕なんてもったいない。いっそ犬にでも……」
淡々と言いきった、この子。
またどこかで、ガタッと物音がした。いや、それどころじゃない!
「ち、ちがうちがうちがう!なんか、ちがう!真面目さが暴走してるよ⁉」
私はリウィアさんをギュンと引き離すと、整った顔立ちがシュンとしていて、捨てられた仔犬のように見え……、いかん、犬って言葉に引きずられている!
『ハルよ。一度拾った生き物は、最期まで面倒を看ねばならんのだぞ』
「語弊!!」
誰か、助けて!
「と、とにかく、朱雀さんのお願いを言ってみてください。いろんなこと、そこから始まるので、早めに検証しないと!」
何故か、ぜぇはぁしながら話題を逸らす羽目に。
『おお、そうであったな。そなたとその仔犬が、なかなか面白いやり取りだったので、先延べにするところであったわ』
楽しんでいただけたようで、何よりです。
『その前に、そなたたち、もう隠れずとも良かろう』
そう言って、私の後ろの方に朱雀さんが声を掛けた。そしたら、物陰から、王子、ユーシスさん、ファルハドさんが出てきた。
王子はいつも夜更かしだけど、ユーシスさんとファルハドさんは、いくらお父さんたちが居て大丈夫とは言っても、王子とリヨウさんの護衛に起きていて、物音を確かめに来たみたい。
それにしても、どこから聞いていたんだろう。
「全部、聞かなかったことにしていただけますか?」
「……それでなかったことに出来るとでも?」
王子が真顔でそう言う。おっしゃるとおりです。
みんなが近付いて来たら、何故かユーシスさんのおでこが赤くなっていて、ファルハドさんが左足を引きずっているのを発見した。
理由を尋ねると、二人とも「いや、ちょっと」と言葉を濁していたけど、王子に「派手にぶつけていたからな」と言われて、あの物音は二人が荷物にぶつかっていたものと判明した。
特にファルハドさんが、天幕用の柔らかい靴なのに小指を角にぶつけたらしいので、激痛に悶えていた。どんなに強い人でも、小指を鍛えるのは難しいようだ。
取りあえず、初級ポーションを二人にパシャパシャしてあげて、あえて温い目で私たちを見る男性陣を無視して本題に入ることにした。
「それで、朱雀さんのお願いって何ですか?」
改めて朱雀さんに向き合うと、にゅっと長い首を私の方へ向けて顔を近づけた。
『妾の目、どのようになっている?』
「もしかして、左目、ですか?」
私は寄せられた朱雀さんの目を見ると、右目と比べてかなり白く濁って見えた。
「……白内障……」
『人を年寄り扱いするでない』
秒でツッコミが返ってきた。白内障をご存じのようで。
『そこな人間、そなたは妾が何を象徴するか知っておるだろう』
そう言って朱雀さんは、ファルハドさんを指名した。ファルハドさんは畏まりながらも、緊張しないで答えた。順応早いね。
「はい。『死』と『再生』かと」
『いかにも。妾の涙にはその力が宿っておる』
へえ。「死」って物騒……って言うか「再生」って、そうしたらリウィアさんの弟さんも、朱雀さんが居れば解決するんじゃないの?
リウィアさんもそう思ったのか、俄かに身を乗り出した。
『落ち着け仔犬よ。妾がもしそのような力を持っていれば、何も玄武の所へなど行かぬわ』
ごもっとも。
『妾の「再生」は、我が鳥の一族にしか効かぬ。古来より半端な知識を得た愚かな人間が不死を求めて、飽きもせず妾の所へ奪いに来たが、皆、返り討ちにしてやったわ』
私は、きらりと光った朱雀さんの右目に、背筋がゾクッとする。さすがレジェンドです。
『ハルよ、知らぬだろうから言っておくが、妾の左目は一族を癒すが、右目の涙は、神をも蝕む猛毒じゃ』
「……わぁ、すごぉい」
お父さんの「破壊」といい、イリアス殿下の「断絶」といい、この世界の神様って、そんな簡単にやっつけられちゃうものなの?
『もっと褒めても良いのだぞ』
あ、ちょっと朱雀さんがお父さんに見えてきちゃった。すごい自慢げだ。こういう時は、なでなでに限るね。あ、凄いご満悦になった。
しばらくして、王子から咳払いが聞こえた。ああ、先に進めろってことね。
「もしかして、朱雀さんのお願いって、その左目ですか?」
『ああ。先ほどのそなたらが「無慈悲」やら「恐怖」と呼ぶ魔竜の類のせいで、一族に甚大な被害が出た。妾はその傷を癒すために涙を流し続けたが、さすがに限界が来たようじゃ』
「……ドライアイ……」
『ただの乾燥と一緒にするでない』
また秒でツッコミが来た。凄い才能だ。
要するにその力は、毒が自身を蝕まないように、左目も自身を癒さないようだ。
朱雀さんは、その身を削って仲間を助けていたんだ。その為に涙が枯れ果てて、その目が限界まで傷付いてしまったようだ。
「でも、そうしたら、それこそ『霊薬』を持ってる玄武さんにお願いすればいいのでは?」
私が疑問を投げかけると、はぁと朱雀さんがため息を吐いた。
『そこな仔犬の弟やらもそうだが、そもそも『霊薬』と『再生』は意味合いが違う』
「癒す対象が違う、ということか」
『ほう。なかなか賢いな、王子とやら』
王子が言ったのは、大きく括って「怪我」か「病」かと言うことだ。
『そう。妾の『再生』は、損傷したものを癒すが、『病』は癒せぬ。原因が人間で言うところの『流行病』のように、外的要因で罹るものは治るが、仔犬の弟のように、身体的な原因のものは治せぬのだ。逆を言えば『霊薬』は、『怪我』を治すことは出来ぬな』
そうか。リウィアさんの弟さんは、身体的な先天的疾患に当たるということか。
『だから、そなたの父が唆された『玄武の霊薬』は正解だ。どう手に入れるつもりだったかは知らんがな』
リウィアさんは、また目に涙を溜めた。
私はまたそれを袖で拭おうとしたけど、そっとファルハドさんがまた絹のハンカチを差し出してくれた。ホント、なんか、もうホント、申し訳ない。
きっとリウィアさんは、霊薬の話は半信半疑でも、藁にも縋る想いで試そうと思ったんだろう。でもそれが、伝説本人から、ある意味これ以上は無い保証を貰ったことになる。
『どうだ、ハルよ。妾の目は、『再生』に準ずるものでしか治らぬ。そなたはそれを治せるか?』
人間が「再生」を扱えるなんて、ある意味、朱雀さんにとっても眉唾な話だったに違いない。それでも朱雀さんは、白虎さんから私のスキルのことを聞いて、一縷の望みに託したようだ。
それにしても「再生」かぁ。アレだよね。
私がポリポリと頬を掻いて王子とユーシスさんを見る。二人ともあきれ顔でため息を吐く。まあ、失礼な。
えっと、ミーティングする?
目顔で尋ねると、王子が力なく首を振った。もう投げやりだね。
「ファルハド殿。ここからは席を外してもらえないか?」
王子がファルハドさんに頼む。
そうだね。リウィアさんはともかく、セリカの人にあまり知られない方がいいかも。
するとファルハドさんは首を振った。
「ハルとは、主従の契約こそ結べないが、『沈黙の誓約』は受けましょう」
「……そうか。ならいい。時期は俺たちからバラすまでだ」
そう言って、王子は何かの呪文のようなものを唱えて、ファルハドさんの額に手を当てた。たまに忘れるけど、王子は転移以外にも魔術を使えるんだよね。
「沈黙の誓約」は、喋ってはいけない事を喋っても良くなるまで魔術で封じるものらしい。
ファルハドさんは、ただの友好関係だけの間柄の私たちの為に、国に有利になる情報を秘匿してくれると言ってくれたんだ。だから王子も許可をしたみたい。
私がお礼を言うと、「むしろこっちこそ借りがあんだろ」って言って、私の頭を撫でてくれた。どうやら、サルジェさんとツェリンさんのことみたい。
大きな咳払いをして、ユーシスさんがじっとりとファルハドさんの手を見た。それにファルハドさんは苦笑して手を下ろす。
『ふむ。どうやら、何か手立てがあるようじゃな。白虎の言うたとおり、何とも呆れた奴じゃ』
「えへへへ」
レジェンドに呆れられてしまった。
さあ、じゃあ久しぶりのポイント交換、やりますか!
前回、レイセリク殿下のために使った特級ポーションは残っているけど、これは王子たちには内緒だから、新しいポーションを交換しなくちゃ。何だろう。最近5千万するポイント交換でも手が震えなくなった。これは、自分を戒めないと後が怖いね。
「ハル。足が震えてるぞ?」
事情を知らないファルハドさんが、心配して尋ねてくれた。手は震えなくても足が震えてました。まだ、ド庶民感覚は失ってなかったようで一安心だ。
ファルハドさんは、収納から取り出すところは見ていたけど、交換は知らなかったので、私が展開した傷薬のポーションに驚いていた。レンダール語だけど、ファルハドさんはちゃんと読めるみたい。
交換の後、私は地面に座って、朱雀さんを膝枕する。お父さんよりも全身は大きいけど、顔は小さい。その目に私は開けたポーションを数滴垂らした。
何度か目を瞬いた後、朱雀さんは呟いた。
『……うっそ、マジ?ありえないんだけど』
今までレジェンドを装っていたのに、思わずギャル口調が出てしまったみたい。
まあ、リウィアさんの前では、イメージを壊さないようにレジェンド風でいたかったようだから、聞かなかったことに。
私が目を覗き込んで見ると、左目の濁りはなくなり、右目のような綺麗な金色だった。
『しかし、まさか本当に願いが叶うとは思わなんだ。ハル。ありがとう』
静かだけど、深い声音で朱雀さんがお礼を言ってくれた。私がお返しに笑って首を振ると、私のほっぺに顔をスリスリしてくれた。羽毛が凄い気持ちいい。
『叶わぬでも願いを聞こうと思ったが、約束は果たされた。今度はハルの願いを叶えよう』
「じゃあ、玄武さんに霊薬の交渉をお願いします」
『ブレぬなぁ。よかろう。あの引き籠りからもぎ取って来てやろうぞ』
「……いやいや、そこはちゃんと報酬交渉もしてくださいね」
ん?なんかサラッと流したけど、なんか変な単語が聞こえた気が。気のせい?
私と朱雀さんのやり取りに、男性陣は呆れていたけど、またリウィアさんが「ありがとう」と言いながらぽろぽろ泣いた。しっかりしているようだけど、本当は泣き虫さんなのかな。
「良かったね」
私が言うと、リウィアさんは私にギュッと抱き付いた。その背中をそっと撫でる。
「これは、本当に『沈黙の制約』だけでよいのでしょうか」
ファルハドさんが王子に小さな声で言った。耳打ちに近いから聞こえないけど、それに王子が笑ったようだった。
「魔獣たちがああだから、完全な秘匿は無理だ。俺たちに出来ることは、その後に、あいつが悪意ある人間に利用されないよう守ることだろう」
「なるほど。確かに」
ファルハドさんが頷いて、私を見る。目が合ったから首を傾げたら、目を細めて笑った。
「ハルは、何故だか守りたくなります」
あれ?一瞬、王子とユーシスさんの顔が固まった。
「思わず木の実をあげたくなる、ラハンの気持ちが分かりました」
「……動物愛護の方か」
「小動物……否定できない」
三人で、何かを分かり合ったようだ。
『まったく、そなたたちは本当に我らを退屈させないのぉ』
朱雀さんが、後ろから私とリウィアさんの髪をもしゃもしゃと食んだ。
「そうだ。玄武さんの所にお使い行ってもらうのに、何か手土産を持って行ってもらった方がいいですよね。朱雀さん、玄武さんって何がお好きですかね」
もしゃもしゃされてもしゃもしゃになったリウィアさんの髪を整えてあげながら尋ねると、少しだけ考えた後、あぁと声を上げた。
『そう言えば、聖女と話をしていた時、あれが欲しいと言っていたわ』
また出た聖女。ぐいぐい食い込んでくるね。しかも三者面談だった。
『何と言ったか……、おぉ、そうそう。聖女がやたら愚痴っておったせいで、『タコヤキ』が食べたいと言っておった!それを持って行けば、おそらく円滑に進むであろうな』
ピクッと王子が反応した。
私も一瞬、あの呪文が蘇った。
レンダールの人たちを三百年苦しめたあの呪文が、こんな形で王子と邂逅するのか。
あ、でも私、タコ焼きは作ったことないなぁ。
……どうしよう。
来た。ついに粉ものが……。
果たしてどうやってタコ焼きを作るのか。
そして、どうやって現地で温めるのか。
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本当にド素人丸出しの感じですが、恐る恐るつぶやきます。
主に、投稿の更新状況や、解禁になった書籍情報を出して行きたいと思います。
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