66 おつかい大作戦
お父さん、今度こそ本当に反省なるか。
やっぱり親だけあって、子供たちを引き合いに出されてショックを受けたお父さんだった。反省したらしく、伏せた耳が哀愁を漂わせている。
『私が浅はかだった。子供たちもハルに会いたがっていたのに、私は自分のことばかり』
欲望が先行しちゃうタイプだもんね。でも良かった。反省してくれて。
『頼みがある、オーレリアン』
「お、おう、何だ?急に改まって気持ち悪い」
殊勝なお父さん、初めて見たよ。王子も引いているし。
『子供たちを転移でここに連れて来い』
「…………は?」
『よく考えれば、子供たちを連れて来れば、子供たちもハルに会えるし、私も子供たちに罪悪感を感じずに済む!わはははは。私は賢いな!』
『父さん、俺は今、ちょっと恥ずかしい』
高笑いするお父さんに、ガルはため息を吐いてボソッと言った。
大丈夫、みんなガルの事はちゃんとした子だって知ってるから。取りあえず、ガルを撫でておく。
でも意外なことに、王子はそれに反対しなかった。
「フェンリルは放っておいて、そうだな。ハル、スコルとハティを連れて来てもいいか?」
「うん。でもいいの?」
「ばばあとアリサが付いてるが、我慢していて可哀想だからな。いいだろ、イリアス」
王子が殿下に尋ねると、殿下も否やとは言わなかった。もう、リヨウさんたちに隠す必要はなくなったからね。
国境を超える前じゃないと、王子は転移を使えないから、会うなら今だね。もう、早ければ明日には国境を超える予定だから。
話が決まれば王子の行動は早かった。あの短くなった呪文を唱えて、ぴゅんといなくなる。
「オーレリアン殿下の魔力と魔術は、本当に凄いですね」
「ああ。同じ銀髪でも、俺とは格が違うな」
リヨウさんとファルハドさんが、王子の転移を見てしみじみと呟く。
それを聞いて、何だか自分が褒められたみたいで、私はちょっと嬉しかった。うちの子凄いでしょ、的な?
で、ニヤニヤする私に、リヨウさんが笑いかける。
「あなたは、あの方のことになると、表情をそんな風に変えるのですね」
「……?」
私が一瞬意味を掴み損ねて首を傾げると、リヨウさんは笑みを一層深めた。もしかして、私のニヤニヤが気持ち悪かった⁉
「ふふ、なんでもありません」
なんか、はぐらかされてしまった。
そうこうしているうちに、王子が戻ってきた。さすが、仕事が早い。
『ハル、ハル、ハル!!!』
ちょっと離れたところに転移してきた王子から、弾丸のようにハティが駆けてきて、私の胸に飛び込んだ。受け止めきれなくて尻餅をついちゃった。ちょっとお尻が痛かったけど、ハティの方が大切だから我慢だ。
『寂しかったの。ハルに会いたかったの』
ハティが泣いている。
たった5日とは言えない。有紗ちゃんのところにお泊まりする以外は、ここ数ヶ月は、毎日一緒に寝ていたから、人間でもこのくらいの年齢の子には長い期間だと思う。
これは王子も、連れてきてあげたくなるね。
「うん。私もだよ。でも、ちゃんとお留守番出来て偉かったね」
私の胸に顔を埋めてくぅんくぅんと甘えて鳴くのが可愛くて、思わずぎゅーって抱きしめた。
ふと顔を上げてスコルにも気付いた。ハティに遠慮して王子の足元にちょんと座ってる。
「スコルもおいで」
私がそう言って尻餅をついたままで手を差し伸べると、ハティよりも速く駆けてきて、肩に顔を埋めた。
『スコルもいい子にしてたよ』
「うん。よく頑張ったね。スコルもいい子」
スコルを左手でぎゅっとしてそのまま背中を撫でた。
二人はひとしきり私に甘えてちょっと落ち着いたみたい。
「スコル、ユーシスさんもいるよ」
スコルに言うと、すごい勢いでユーシスさんの方を見た。
「スコル」
ユーシスさんが呼んだので、放してあげると風のように走って行った。
スコル、私に飛び込んだ時は加減してくれてたんだね。すごい勢いだったけど、それをユーシスさんは難なく受け止めていた。
『ユーシスも会いたかった!』
「俺もだよ」
ユーシスさんは、警護の責任者で、なかなかベースキャンプに行く機会が無かったから、多分半月以上スコルと会ってなかったかも。会えてもほんの少しだ。
ユーシスさんに抱っこされて、嬉しくて鼻先どうしをくっつけた姿は、それはもう全てをかなぐり捨てても写真に収めたい神々しさだ。
どこかから「……尊い。涙が……」と聞こえた。誰か分からないけど、気持ち分かるよ。
そんな訳で、私がハティを抱っこしながらお父さんの所へ行くと、子供たちが喜んでいるのは自分のおかげ的な、ちょっと恩着せがましい顔で待ち構えるお父さんにハティが一言。
『お父さん、ズルしちゃダメなんだよ』
『グハッ!』
本当のトドメを刺されて、お父さんが地面に沈んだ。自分で蒔いた種だ。これで、子供たちからの信用がゼロになったね。
「イリアス殿下、今度から定期的に子供たちが遊びにきてもいいですか?」
「ああ、姉妹ならいいだろう。フェンリルは遠慮願うが」
やったね。
おっと、お父さんがまた更に沈んだ。
『わーい!ありがとう、イリアス!』
ハティがお礼に殿下の所へ行きたがったので、私はハティを殿下に渡すと、ハティは殿下のほっぺにおでこでグリグリした。
天使の可愛さ故か、はたまた普段好かれたことがないことの反動か、殿下は顰め面をしようとして失敗し、口元が歪んでいた。
さて、あとはお父さんの処理だ。
私はレアリスさんにそっと耳打ちをしてお願いをすると、神妙な顔になって頷いてくれた。
そして、まるで屍のようなお父さんの近くにしゃがむと、淡々とした調子で話し出した。
「フェンリル。あなたのレーヴァテインは凄かった」
お父さんの耳がピクッとなる。
「巌のような魔物の体さえ紙のように切り裂き、私の少ない魔力ですら、大地を覆いつくすような業火となった」
お父さんが半身を起こす。
「さすがはこの世で他の追随を許さぬ、誇り高い最強の魔獣の剣だ」
『そうであろう!さすがは我が剣を使いこなすだけある!なんと見どころのあるヤツだ」
お父さん完全復活。
「あのレアリスが流暢に他人を褒めている。ハル、一体レアリスに何を言ったんだ?」
王子が唖然として、物珍しい光景を見つめていた。
「うん。この後、手動のミルとコーヒー豆を出すから、お父さんを褒めてってお願いしたの」
「……なんて安いヤツなんだ」
王子がレアリスさんをディスってる間に、お父さんが上機嫌に「特別に私の加護をやろう」と近付いたら、「断る」とレアリスさんに拒否られて、またショックを受けていた。レアリスさん、フェンリルライダーになるのはいいけど、お父さんと触れ合うのは嫌なのね。
「何でしょうか。私たちの最上位魔獣への、独立不羈にて不可侵の存在であるという認識が間違っていたのでしょうか。それともレンダールの魔獣が特殊なのでしょうか?」
「おそらく、魔獣じゃなくて、あいつらがおかしいんだと思う」
リヨウさんとファルハドさんが、ボソリと呟いていた。あいつらって誰?
『あたしもフェンリルと一緒と思われるの、心外。あいつもおかしいからね』
セリカの人たちの声に、朱雀さんも便乗した。私たちを見る東方の人たちの視線が痛い。
「レンダールでも、非常識な人間はこの者たちだけだ。私も同一視しないでもらいたい」
イリアス殿下も一抜けたとばかりに、ベースキャンプ常駐部隊に視線を投げかける。
なんでか私もその中に入っている。
「え?私も非常識に入っているの⁉」
「……お前が筆頭だ」
イリアス殿下がもたらした衝撃の事実に、私はまさかの「がーん」を体験するのだった。
スコルとハティに慰められて、ようやく元気を取り戻した私は、久しぶりにガル、スコル、ハティと眠った。
そして、初めてお父さんも一緒に就寝したよ。
いつもお父さんは夜にはどこかへ行ってしまってたから、何かとても新鮮な気分だ。
一つの天幕を独占させてもらったけど、頭側にお父さんが寝そべって、スコルとハティを両脇に、ガルが足元に寝たら、もう天幕がいっぱいになったので許してほしい。
あ、リウィアさんも一緒だよ。ハティを挟んで横になってもらった。宿とかと違って、さすがに野宿で男性と一緒には寝かせられないものね。
リウィアさんは、初めてハティを触ったので、その手触りにびっくりしていた。人懐っこいハティは、すぐにリウィアさんにも懐いていたよ。
まあ、イリアス殿下にも懐いてたから、ちょっとは人見知りしないとハティの将来が心配だ。
ハティが眠ってからガルが教えてくれたんだけど、ハティはお母さんが子育てをしなかったから、伯父である先代のハティが面倒を看ていたんだって。ナイトウルフは群れる魔獣だから、お母さん以外にも女性もいて面倒を看てくれたみたいだけど、やっぱり自分の母親のように甘えられなかったようだ。
ハティはそうやって育ったから、誰からも愛されるようにあの天真爛漫な人懐っこい性格になったようだ。だからハティは、私を母親のように思っているんじゃないかって。
そう知ってしまったら、もうハティが愛おしくて堪らなかった。
いっぱいいっぱい大好きって伝えよう。
こうして使節団全員が、初めて一斉に就寝した。何かあれば、レジェンドのお父さんや朱雀さんが気付かないはずもないので、いつもは宿でも立てている見張りを無くした。
「この危険地帯が、今は世界で一番安全な場所になろうとは、夢にも思いませんでした」
各自が天幕に入る前に、なんか、とっても感慨深そうにリヨウさんが言っていた。
確かにね。最強のフェンリル親子と東方レジェンズの朱雀さんがいたら、もう何も怖いものはないよね。
だから、その日の使節団の就寝は、速やかで穏やかだった。
でも、物音で私は目を覚ました。ガルたちも気付いたみたいだけど、私は首を振って起きないように合図した。
ガルたちは、どうやら私に任せてくれるみたいだ。
私は物音を追って、そっと天幕を抜け出した。新月で辺りは暗いけど、空を見上げると満天の星だったから、まったくの暗闇でもなかった。特に、みんなから離れた朱雀さんがいる場所は、ご本人が仄かに光っていらっしゃるので、暗くても全然怖くなかった。
そして、私の目的は、その朱雀さんの所にあった。
一つの人影が、ゆっくりと朱雀さんへと近付いていく。それを追ってきたんだ。
「朱雀様、このような時間に、ご無礼をお許しください」
本当に微かな抑えられた声は、リウィアさんだ。それを朱雀さんは、当然のように受け入れて、静かな声で迎えた。
『何か、思い詰めているようであったな。申してみよ』
レジェンドらしい上に立つ者の態度で接しているけど、その声はどこまでも優しかった。きっとこれが、朱雀さんの本質なんだね。
リウィアさんは、跪いて胸に手を当て、深く深く頭を下げた。
「四獣の玄武様へのお目通りを叶えたく、貴女様のお力添えをいただきたいのです。わたくしが差し上げられる物でしたら、この命も捧げます。どうか、どうか……」
『良い。顔を上げよ、人間の娘』
震えるリウィアさんの髪を優しく啄んで、朱雀さんは顔を上げさせた。
『そなた、本来は白虎に願い出るつもりだったのであろう。玄武であれば、白虎の方が縁は深かろう。何故、妾に頼むのだ?』
離れて見ていても、朱雀さんは嘘を許さない目をしていた。それにリウィアさんは真っ直ぐに向き合っている。
「わたくしたちには、あまり時間がございません。一刻たりとも無駄にはできないのです。白虎様にお会いするまでの時間も惜しい。ここで貴女様にお会いできたのは、僥倖でありました。我が公爵家の財産でも、浴びるほどの供物でも、我が身でも、貴女様のお望みの物を捧げます。無礼は承知の上です。何卒!」
抑えられてはいるけれど、リウィアさんの声は悲痛さが伝わってきた。
『そなたをそこまでさせることとは、一体何であろうか』
朱雀さんがその理由を尋ねる。少しの沈黙が下りたけど、やがてリウィアさんは躊躇いながらもそれを話した。
「わたくしには、八つ年の離れた弟がおります。我がファビウス公爵家の跡取りです。その弟は、魔力の異常代謝の病に罹っております。この春に発症し、半年という余命宣告を受けました。弟は、まだ12なのです。無骨なわたくしと違い、賢明で思慮深く、誰よりも優しい子なのです。これからのファビウスには、あの子が必要なのです」
『なるほど、それで不老と長寿を司る『霊薬の宿主』と呼ばれる玄武に縋ろうと。して、その誰よりも優しい子が、そなたの命と引き換えに生き延びて、どのように思うかの』
その言葉に、リウィアさんは息を飲んだ。初めてそれに気付いたかのように。
そうか。リウィアさんがどうしてもセリカに行きたかった理由は弟さんなんだね。
大切で大切過ぎて、自分の命まで捧げてしまうほど、それで弟さんがどう思うか分からなくなるほど盲目になるくらい、弟さんが大切なんだ。
「父は、セリカの白陵王の、弟の体を治すことができる玄武様に繋ぎを取ってやるという甘言に望みを託し、今回のハル殿の排除に手を染めました。何とか止めようと、父の目を逃れ、イリアス殿下に願い出てこの使節団に入りましたが、魔物の襲撃を防げませんでした。弟の体が治り次第、父は弟に全てを継がせ、自分は罪を償うつもりです。わたくしは、それに従おうと思っておりました。ですから、この命は初めより諦めております。例え弟がそれで苦しんで恨まれようとも、わたくしは弟の命を選びます」
酷い父と姉です、と自嘲気味にリウィアさんは笑った。
本当にリウィアさんは、目的のために盲目になっているんだ。
イリアス殿下が、なんで「このまま何も無かったことにする」と言ったか分かってない。
リウィアさんを助けてくれようとしてるんだよ!
なんだか分からない怒りに駆られた私に、ふと朱雀さんが視線を送った。う、バレてる。
朱雀さんが目を細めてくれた。こうなったら、もう隠れてはいられない。
「ちょっと、私もお話に混ぜてもらっていいですか?」
「……ハル、様?」
心底驚いたという顔で、リウィアさんが私を見る。こんなド素人の尾行に気付かないなんて、本当に切羽詰まっていたんだね。
「朱雀さん。私にお願いがあるって言ってましたよね」
『いかにも』
「そのお願いを聞く代わりに、私のお願いも聞いてくれますか?」
『もちろん。かなりの対価を期待してよいぞ』
「じゃあ、リウィアさんが必要とする物をもらうために、玄武さんへの対価を確認して、私に教えてください。そして、私がその対価を用意したら、その必要な物を私に届けてくださいますか?」
「ハル様、いけません!」
私が対価を肩代わりすると言ったら、リウィアさんが止めた。けれど、それは楽し気な朱雀さんの笑いで無効になった。
『構わぬ。まあ、その程度、妾の願いの対価では、十度は対価を払わねばならぬわ』
わぁ、いったい何を頼まれるんだろう。ま、何とかなる!
『何とも肝の据わった娘だ』
少し呆れたように朱雀さんが言ったけど、まだ私の心臓は蚤の心臓をリスペクトしているよ。ただちょっと、前よりは出来ることが多くなったけどね。
『ふふふ。妾とハルとの契約成立じゃ。娘、そなたはせいぜい側で指を咥えて見ておれ』
何だろう、何か楽しそうに悪役っぽい台詞を言っている。でも、私もそんな気分かも。
「よろしくお願いしますね」
『うむ。久しぶりに楽しい感覚になってきたのぉ。我ら四獣を使って、これほど壮大な「おつかい」はそうはなかろうて』
そうか。じゃあ、これは名付けて「おつかい大作戦」か。
目指すは、何か分からないけど、玄武さんの持ってる何かだ!
ハティの過去を小出ししました。
リウィアと公爵家の秘密も出て来ました。
さて、波瑠は、自分でも分かってない「何か」を手に入れることができるのでしょうか。




