64 元凶はそこにいた
シリアスです。
シリアスなんです。
ツェリンさんが、意識を取り戻したと聞いて、すぐさまイリアス殿下とリヨウさん……皇子様なのはナイショなので「さん」付けだ……が話を聞きに行ったらしい。
そのまま二人が、すごく釈然としない顔で、私に「何か摘まめる物を出せ」と、天幕に入って来て要求してきた。餃子はちょうど作り終わったので手は空いているけど、私は何でもすぐに出せる訳じゃないよ。
「急に言われても困ります。5分待っててください」
「……5分で出来るんですね」
プリプリと私が怒ると、リヨウさんがポツリと言った。
餃子の皮も余っているし、どうせ揚げ餃子を作ろうと思っていたからちょうどいいや。
油を火にかけて、私は携帯食用のチーズを細長く切ると、余った餃子の皮で包む。で、油できつね色になるまで揚げて、塩をふりかけておしまい。
「あれだけの工程で何故これだけ美味しくなるんですか?」
「白ワインを持ってこい」
「お断りします」
そんなやり取りの後、油の音と香ばしい匂いを嗅ぎつけたアルジュンさんとラハンさんが、「これをあげるので、俺たちにもください!」と言って胡桃を差し出してきた。
それ、ラタトスクさんにあげてた残りだよね。しかも殻付き。「ハルさんを見てると、何故か木の実をあげたくなるので」とラハンさんに言われた。
どういうことですか?でも、それならせめて殻を取ってから欲しかった。
と思ったけど、ああ、うちにはくるみ割り機がいました。ユーシスさんにお願いすると、快く引き受けてくれて指で殻を軽々と粉砕していたけど、それを見たアルジュンさんとラハンさんは、何故か顔を青くしていたよ。
それで思いついて、チーズの他に胡桃とハチミツを巻いて揚げてあげたら、殿下やレアリスさんも圧強めの無言で要求してきたので、結局全員分を作ることなった。胡桃はユーシスさんが、アルジュンさんとラハンさんから全て巻き上げていた。
そうして、なし崩し的に夕食前のおやつになったんだけど、殿下とリヨウさんは、ユーシスさんとレアリスさん、ファルハドさんを交えて、真面目な話をしていた。先ほどの戦闘についてだ。
セリカにはドレイクがいないので、ユーシスさんとレアリスさんに戦った感触を尋ねていた。私は関係ないと思って席を外そうと思ったんだけど、何故か殿下にここにいるように言われた。私はドレイクに関する意見言えないんだけど。
ドレイクは、その身体に見合った食事量があるため、あまり群れることがない。番かせいぜい親子というくらいで、いくら「糾合」で集めたからといって、あんなに大量にいること自体がおかしいみたい。しかも、魔物化で異常なほどに強い個体になっているって。
「それとサルジェとツェリンの証言で、食い違いがあるのが気になったんだが」
そう言って、殿下が説明するには、二人が二人とも、あの数の魔物は想定外だと言っているということ。
サルジェさんが棲息を把握していたのは狼と鳥と牛だけで、その他のはこちらの戦力を見てツェリンさんが無理をして魔物を集めたのでは、と無理をさせたのは自分のせいと言っていたようだ。
ツェリンさんも同じで、予想以上の魔物の数を招集したことで、サルジェさんに無駄なスキルを使わせたことを悔いているらしい。どういうこと?
最初の目的はあくまで私の離脱で、少し魔物をけしかければ私がギブアップして、それに付随してガルが抜けると思ったらしい。みんなからすれば、ガルが抜ければこの隊自体の存続がなくなると思うよね。
どこかから、私がレジェンドたちにとって、重要な位置を占めていると聞いていて半信半疑だったけど、薬を浴びた時のガルの様子からサルジェさんはガルが私を最優先させると確信したようだ。ガルは、ユーシスさんが宥めなかったら、あの屋敷が灰になっていたくらい怒っていたって後から言われた。
元々、私を使節団から穏便(?)に外す作戦の前は、リヨウさんや自分の怪我で使節団続行不能にしようとしていたみたいだ。
いずれの作戦を取るか迷っていたところ、ガルが思わぬ形で一時離脱して、折しも都合よく魔物の良く出る場所に差し掛かって計画を実行したけど、決して、あんな壊滅の危機に陥りそうな魔物のトラップを仕掛けたわけではなかったらしい、とリヨウさんも言った。
サルジェさんは言わなかったらしいけど、殿下の「看破」の見立てでは、こちらに深刻な被害が出ないようにサルジェさんがスキルで魔物を操っていたのではないか、と。サルジェさんが、ずっと不動の姿勢を取っていたのは、おそらくスキルに集中するためだったろうって。
それを私が余計な真似をして、殿下に「断絶」を張ってもらったから、集中力とかスキル効果とかが切れちゃったみたいで、あの狼が私を襲ったのは、お父さんの加護の効果がシャットダウンされただけではなかったようだ。
「……良かれと思ってのことでした」
「お前は自重という言葉の意味をもっと思い知れ」
殿下の罵りも、今は甘んじて受け入れます。
何故殿下が私を引き留めたかと思ったけど、この反省を促すためだったのか。
話し合いの後に残ったのは、絞られてヘロヘロな私と、余計なドレイクや熊や狼が出てきたという謎ばかりだった。そこはこの辺りを調査しないと分からないことだから、もうこれ以上話し合うことも尽きたと思われた。
よし、じゃあいよいよ餃子を食べよう!
私は揚げ餃子担当、ユーシスさんが焼き、レアリスさんが蒸し担当で、一気に仕上げることにした。つけダレを用意するのが難しいので、味がしっかり付いたヤツです。
みんなは、私を収納のスキル持ちだと思っているようで、お野菜とか餃子の皮をふんだんに使っても、誰も疑問に思わなくなったみたい。あれだけポーションとか武器とか出したからか、今更食材くらいで驚かないようだ。そうとなれば、さっぱりするように茹でもやしも付ける。もやしとニラがあるから、肉もやし炒めと定番の中華卵スープもね。
出来上がったら、もうみんな大騒ぎだ。そうだよね。本当は、私が薬を浴びた日の夜に食べるはずだったから、二日越しの念願の餃子だものね。残念なのは、お酒が飲めないことだ。一応任務中だから、みんな泣く泣く諦めていたよ。
「ハル殿。今度は、餃子と『牛肉チャーハン』を一緒に食べたい」
ポソッとアズレイドさんが私に耳打ちをした。
そっか、殿下と二人でベースキャンプに残った時に、アズレイドさんには中華を出したんだった。きっと殿下が知ったら、「私は食べていないぞ」と嫌味を言うだろうから、小声で言って正解だ。
餃子にチャーハン合うね、間違いなく。私も食べたいです。
私はそっと頷き、アズレイドさんと固い握手を交わした。
「ちょっと待て、アズレイド。どういうことだ?」
はっ!殿下に聞かれてしまったようだ。その後ろにはユーシスさんとレアリスさんも控えている。この3人の圧は、何というか、非常に怖い。いつの間に結託したんだろう。
「自分は、より美味い食事の献立を提案しただけにございます」
「お前、あの魔女にどんどん感化されているのではないか?」
「クレイオス。俺も話したいことがある」
そう言って、4人で私から離れていった。
ご飯については、みんな執念深いから、今度からは作った物はみんなに申告しておいた方がいいかな。
そんな感じで、薄暮の中のお夕食は、見張りの人たちと交替だったけど、みんな賑やかだった。
でも、それが少しカラ元気にも見える。サルジェさんもツェリンさんも、他の人たちとちゃんと仲間みたいに私の目には見えていたから、ある程度の疑惑はあっても、他の人たちも旅の仲間として接していたんじゃないかと思う。私には、その鬱屈を払うかのように見えた。
少しして、みんながご飯を食べ終わるのを見て、戻ってきた殿下に声を掛けようとして、私が手に持っている物を見た殿下が大きなため息を吐いた。
「構わない。持って行ってやれ」
なんか、何も言わなくても伝わったみたい。私はちょっと深めにお辞儀をして、餃子を持ってサルジェさんとツェリンさんの所へ行った。後から何故か殿下も付いてくる。
二人は手を縛られて、天幕から遠い荷馬車の足に繋がれていた。でもサルジェさんなら普通に抜けられるような緩い縛り方だ。回復していたツェリンさんと少し距離を空けて、無言で座っていた。でも、その雰囲気は穏やかだった。
私は二人の縄を解いた。ほら、私がすぐに外せるくらいの緩い縛り方だよ。
「これ、召し上がってください」
そう言って餃子を差し出したら、サルジェさんもツェリンさんも目を大きくした。殿下に視線をやったけど、馬鹿にしたように殿下は鼻で笑った。感じ悪い笑い方が板に付いてるね。
「捕虜食など別に作る方が面倒だ。文句があるなら食べるな」
「……いえ、ありがたく頂戴いたします」
素直じゃないね、殿下。
でも、殿下はやっぱりサルジェさんのことを気に入っているみたい。相手が、私とか王子とかレアリスさんとかだったら、即処断か少量の体力ポーション飲ませて終わりそうだもん。自分自身だって即処断したからね。
「ああ、……美味いなぁ」
「本当に。似ていても違うものなのに、何故故郷を思い出すのでしょう」
サルジェさんとツェリンさんは、そうしみじみと呟いた。二人は幼馴染で、武官と文官で歩む道は違ったけど、同じ思い出を共有する人だった。
二人は、この隊に加わる際に、家族に整理を付けてきたと言った。自分たちがもし目的を達せなかった場合に、家族に咎が及ばないように。
だからツェリンさんは、娘さんの話をした時に、あんなに寂しそうな顔をしたんだ。
忠誠を誓ってくれる大切な部下にこんな顔をさせるなんて、どれだけ高貴な生まれだって、そんな人は上司失格だ。殿下でさえ、領民には慕われているっていうのに。
「おい。また不愉快なことを考えていただろう」
「はい。性格悪くても、殿下の方がお二人の上司よりマシだと思いました」
「……とうとう隠す努力もしなくなったか……」
呆れ声で、殿下が私の頭を小突く。
「だって、足を引っ張って相手を下げるってことは、自分がそれだけの人間だって言ってる証拠でしょ?それより、もっとリヨウさんよりすごいことをして負かす方が、ずっと自分の方が偉いって言えるじゃないですか。その点殿下は、自分でいろいろ行動を起こしちゃうから迷惑だけど、殿下ならそう考えるでしょ」
「……お前は、それを無意識で言うから質が悪いんだ」
「無意識で殿下を貶すのはもう直りません。すみません」
殿下は「そうじゃない」と言って、私の頭を掴んでグリンとサルジェさんたちの方へ向けた。お二人は殿下を見て、何故か優しく目を細めて笑っている。後ろで何か殿下が面白いことをやっているんだろうか。
サルジェさんは、細めた目を急に落として、ポツリと言った。
「我が君が、イリアス殿下やお嬢さんのような考えを少しでもお持ちいただいていたら、リヨウ様も自ら立とうとは思われなかったでしょう」
呟いてから、サルジェさんハッとなって、「今のはお忘れください」とだけ言った。
そうか。リヨウさんは好きで皇太子になりたい訳じゃないんだね。
ほんの少しの間、沈黙が下りた。
私が声を掛けようと、口を開いたときだった。
遠くなのに、こちらまで振動が来るような咆哮が聞こえた。
ドレイクなんてものじゃない。おそらく、ニーズヘッグさんよりも大きな生き物の声だ。
俄かに天幕の方が騒がしくなった。私と殿下はそちらへ慌てて移動した。サルジェさんとツェリンさんもただ事ではない雰囲気に、一緒に駆け付けた。
「何事だ」
殿下が聞くと、ユーシスさんが険しい表情で答えた。
「分かりません。が、恐らく、魔物化した竜族の咆哮かと思われます」
「ここに来て竜族の魔物化だと?で、こちらに向かっているのか」
「索敵に鷹を飛ばしましたが、すぐに引き返してきたので、おそらくこちらに向かっていると思われます。殿下、ハルと共に退避の準備を」
早口になるユーシスさんに、殿下は頷いた。
そこへレアリスさんの声が聞こえる。
「あれは、……飛竜。クルーエルか」
その声にざわっと空気が揺れた。
魔物化した竜族のうち、空を飛ぶものを無慈悲、地・火・風・水の四属性持ちの竜を恐怖、死霊化まで進んだものを悪夢というらしい。
いずれも、「遭遇すれば即逃げよ、叶わぬなら諦めよ」というクラスの魔物のようだ。
元は知能の高いレジェンドに近い魔獣だけあって、理性を失った今はただ生き物にとっての厄災としか言いようのない存在。いつだったか、出発前にそう聞いた。
「ハル。オーレリアン殿下の指輪で、イリアス殿下とリヨウ殿、リウィウスを連れて転移するんだ」
ユーシスさんが固い声で私に命令する。
「……ユーシスさんたちは?」
私の声は震えていた。
ユーシスさんは私の声を無視して殿下を見る。
「殿下。ハルをお願いします」
このままでは街にも侵攻するかもしれないから、誰かは知らせに、誰かは残って少しでも魔物を止めなくてはならなくて……つまりは自分たちを犠牲にして。その残る誰かにユーシスさんたちがなるということだ。
嘘だと言ってほしくて、私はレアリスさんを見る。でもレアリスさんも、綺麗な笑顔を私に向ける。
違うよ。私が欲しいのは、一緒に逃げるって言葉だ。そんな覚悟に満ちた顔はいらない。
周りを見渡しても、みんな強張った顔をしているけど、誰一人として逃げようと言う人はいなかった。
こんなの、絶対に嫌!
不意に、殿下が私の手を拘束した。そして、首に下がっている鎖に指を掛けて、服の中から指輪を引き出した。
「やだ!殿下、やめて!」
殿下の拘束から抜け出そうとするけど、本気の男性の力には抗いようがなかった。
このままみんなを見殺しにするなんて嫌だ!
絶望で視界が歪む。こんな時、私は泣くしかできないの?
そんな時、突然みんなから少し離れた場所に、人影が現れた。転移を使ったようだ。
「おい、一大事だ。こっちにフェンリルが来なかったか?って、なんだ?」
みんなが立ち尽くした時、不意に暢気な声が聞こえた。王子だ。
「王子!」
私は殿下の一瞬できた隙に腕を振りほどき、王子の胸に飛び込んだ。
「うぉ!ハル、どうした⁉」
『痛て。ハル、俺もいるぞ!』
王子の焦る声と共に、王子が小脇に抱えたガルが視界に入ったので、ガルにも抱きついた。ガルも驚いてジタバタする。
「王子、クルーエルが。どうしたらいいの?」
ガルに抱き付きながら私が涙声で訴えたことに、王子はサッと反応した。王子は私を引き剥がしてガルを地面に置くと、周りをザッと見回して状況を把握する。
「ガル。飛竜の魔物化だ。抑えられるか?」
『やれる。でも俺が本気でやると人間がもたないぞ』
「構わない、思い切りやれ。イリアス、お前、魔力ポーション貰って、出来るだけ『断絶』を張れ。ユーシスとレアリスは……なんでもう神話級武器持ってるんだ?まあ、いいわ。とりあえずそれ持って待機。あとの奴らはイリアスの『断絶』に入れ」
「癪だが、お前の言うとおりにしよう」
イリアス殿下の声が、心なしか安堵したものに聞こえた。
すごい。王子とガルが来ただけで、急にその場の空気が浮上する。それまで強張っていたユーシスさんの肩からスッと力が抜けるのが見えた。
「ハル、念のためフェンリルを呼べ。あいつ急にいなくなりやがって、お前が呼べば1時間もあればどこからだって駆けつけるだろ」
「う、うん。わかった」
「よし。じゃあ、お前に見せてやるよ。あのクソ聖女が残した、偉大な『劫火』と『流星』の魔術を」
あれ?どうしたんだろう。なんか王子がカッコよく見える。
王子の背中を見て、私はうるさく鳴る心臓を落ち着けようと深呼吸した。
そうして落ち着いた私の目にも、ようやくクルーエルの姿が見えた。ドレイクの比じゃないほど禍々しい姿だ。レッドさんをベースにしたフォルムだけど、それよりも遥かに大きくて、トゲトゲしていて、おまけに瘴気がしたたり落ちている。
私はその恐ろしさに一歩下がると、その肩をユーシスさんが支えてくれた。もう大丈夫とばかりに、優しく微笑んでくれた。その顔に、もう死の覚悟は見当たらない。
その手に勇気づけられて、もう一度クルーエルを見て、ブレスレットに呼びかけようとした時だった。
『こら、待てというのに!そっちに行くと見つかる』
『やだ、あれってあんたの息子じゃないの?』
『ま、マズい!』
「……ん?」
どこかで聞き覚えのある声とそうじゃない声がして、どっかーんという特大の落雷と共に、クルーエルがヒョロヒョロッと地面に落ちた。
「……ハル。もう呼んだのか?」
「ううん、まだ呼んでない」
人間たちが呆然とする中、目の前であっさりとクルーエルを仕留めたのは、白い美狼と初めましての紅い大きな鳥だった。
「……お父さん?」
自分でも冷たいなと思う声で私が問いかけると、遠くで大きな体がビクッとなったのが見えた。それがびゅんと私の方へ走って来て、目の前でブレーキを掛けた。
『ハル、これはだな、わざとではなくてな、そなたの安全のために魔物を狩ろうとしたら、そのちょっとした手違いでな、あやつが目を覚ましてしまって、他の小物が散って逃げてしまったんだ。全部は追いきれなかったが、私は、最善を尽くした!』
ありがとう、お父さん。全部説明してくれたね。
つまりは、あの異常に湧き出た魔物は、お父さんが余計なことをしたせいで、お父さんから逃げてきた群れだったってことね。おまけにクルーエルまで連れてきた、と。
『ああ、さすがに息子の俺でも庇えないわ』
さっそく息子から見放された。
すぅっと私の目が細くなったのを見て、お父さんがもう一度ビクッとなる。
少し後ずさったお父さんだったけど、王族コンビの震える背中が見えた。私もふつふつと腸が煮えたぎっていたけれど、ここは一つ譲っておこう。
「「元凶はお前か!!!」」
綺麗なハモりと共に、小さくお父さんが「きゃん」と鳴いたのは聞かなかったことにしてあげよう。
強大な敵を前に、死を覚悟した別れ。
そこからの逆転劇が始まろうとしていた……のに。
王子、見せ場無し。
そんなひと時、いかがでしたでしょうか。




