63 ファルハドさんの告白
ファルハド、ブッコミます。
「イリアス殿下。あなたにはスキルが見えるのですね」
サルジェさんは、とても落ち着いた声で殿下に問いかけた。
「ああ。お前が、『挑発』と『統制』を使ったこともな」
私がそのスキルの効果を知らないことを察して、アズレイドさんが小さな声で教えてくれた。
「挑発」は通常盾役の人が、敵の注意を集めるのに使うもの。ヘイト値を上げるから相手の冷静さを奪えるけど、敵意を増幅させちゃうみたい。「統制」はその字のごとく、組織だった動きをさせるのに有効なスキルだ。
魔物をツェリンさんの「糾合」で呼び寄せ、サルジェさんの「挑発」と「統制」で操る。それで、魔物たちが私たちに対して、それなりに組織だった動きで攻撃できたんだ。
「ふふ。それを知っていて、お人が悪い」
「お前の為人は嫌いでは無かったからな。何もなければ見逃していたよ」
珍しく殿下が他人に好意的だった。確かにサルジェさんは、控えめだけどどっしりとした安定感があって、必要な時に諫言が出来る雰囲気は、殿下が側に置くアズレイドさんに近いものがある。
「どうだ。足掻いてみるか?」
殿下が意地の悪い言い方をしたけど、その顔は存外真剣だった。
逃げてもいいが必ず捕まえるということを言に潜ませていた。それを聞いてサルジェさんは、笑う。
「この精鋭を前に、どれほどのことができましょう」
「この娘を盾に取ることもできよう。そうすれば勝機はあると思うが?」
ちょっと、それ私を人質にしろって唆しているよね。確かに私ならあっさり捕まえられると思うよ。
びっくりして口を開けて殿下を見た私に、サルジェさんは目を眇めながら視線を送った。何でか、おじいちゃんが孫を見るみたいな目だ。
「愛らしい女性との逃避行は魅力ですが、これでも一応武人であり人の親でもありますから。まあその場合、殿下、あなたの首を取った時よりも、恐らく大変恐ろしい目に遭うのでしょうな。さすがに遠慮いたします」
ん?なんで私を人質にした方が、王族の殿下の命を奪うよりも大変なことなの?
何でかその言葉に、セリカ側の人たちが納得した顔をしていた。
だから、何で?
「そのように言うと思った。ますます惜しいな。何か言う事はあるか?」
殿下はわざと煽って、サルジェさんの反応を見たようだ。それにサルジェさんは合格したらしい。
「ありがたいお言葉です。リヨウ様にもお許しいただけるなら、ツェリンを回復させていただきたい。全て私の指示です。私はいかような刑でも受け入れましょう」
そう言って、後ろ手で拘束しているように見えて、フラフラのツェリンさんを支えていたらしく、何事かと集まってきたアルジュンさんにツェリンさんを預けた。
何かを察してみんなは何も言わなかったけど、信じられないという表情だった。
その後、ファルハドさんがサルジェさんを別の拘束具で捕縛した。サルジェさんもファルハドさんも、どちらも何も言わなかった。
ああ、ファルハドさんは、サルジェさんが起こしたことは想定済みだったようだ。
粛々と行われた捕縛だけど、問題はツェリンさんだ。
ツェリンさんは、あまり魔力量は多くないのに、あれだけの魔物を集めたために、今は魔力切れで結構危ない状態みたい。だからあんな顔色をしていたんだ。
もう、早く言ってよ!
「ハル。どうせまだ隠し持っているのだろう。しかも上の効能のあるものを。出せ」
殿下、何で知っているの?
ポッケには普通の魔力回復ポーションを入れていたけど、等級が一個上のポーションはウエストポーチに入っていた。
私はツェリンさんに駆け寄ると、意識が朦朧とし始めたツェリンさんにポーションを飲ませるため、支えているアルジュンさんに、一度地面に座らせてから少し顔を上向けるように頼んだ。
噂には聞いていたけど、限界を超えて魔力を使うと生命力を使うと言っていたのはこれなのかと思う。確かに、私が何の力を使ってスキルを発動しているのか分からずに不安がっていた時、王子が言ったとおり、これは自分の生命力が使われたかどうか分からないということはない。
私はずっと、ツェリンさんの顔色が悪いのは、恐ろしい魔物と遭遇したからだと思っていたけど、考えてみれば、何度もこの交易路を旅しているツェリンさんが、魔物に出くわしたことがないはずがなかった。
「ツェリンさん、頑張って飲んで」
ツェリンさんには、まだ7歳の娘さんがいる。絶対に回復しなくちゃダメだ。
アルジュンさんに額と顎を押さえてもらって、薄っすら開いた口の端からポーションを慎重に流していく。傷薬が掛けるだけで効能があったくらいだから、口に含むだけでも効果はあると思うけど、やっぱり飲み込んだ方が確実だろう。
弱くツェリンさんの喉が動くのを見て、私は何度かそれを繰り返す。すると、徐々にツェリンさんの顔色に朱が差してきた。
良かった。取りあえずこのまま命を落としてしまう可能性は取り除けたと思う。
殿下を見ると、頷いてくれたので、どうやら大丈夫のようだ。
リヨウさんの指示で、アルジュンさんがツェリンさんを抱えて馬車に運んだ。それを従者の人が介抱するのに付き添う。
私はサルジェさんにもポーションが必要かリヨウさんに目で尋ねると、リヨウさんは首を振った。軍の偉い人になるくらいだから、サルジェさんの魔力量もそれなりに多いみたいで、今は必要ないみたい。むしろ減らしておいた方が、もしも反逆の意思があった場合に制圧しやすいということのようだ。そんなことしないと思うけどね。
殿下は従者の人に指示を出して、この道の前後にある拠点に、魔石の修復の依頼と、修復が終わるまで旅人の行き来を制限するよう要請した。私たちは、その派兵が完了するまで、ここに留まることになった。
「恐らく、この辺りに出没する魔物の大半は狩ってしまったと思うが、念のためだ」
そうだね。出来ることを出来る人がやっておけば、後で困る人が少なくなるよね。
普段見かけるのが、はぐれた魔狼か魔鳥くらいなのが、全部で正確な数は分からないけど、おそらく最終的には5~60は狩ったと思われる。そりゃ、この辺りの魔物はいなくなったと思ってもいいんだろうな。
その後、殿下とリヨウさんはサルジェさんの尋問。アズレイドさんはその護衛。リウィアさんとセリカの従者の人がツェリンさんの看病。アルジュンさんとラハンさん、それと従者の人2人は周辺の巡回。その他の人が天幕とか馬の世話とかの雑用をやってくれた。
それはそうと、もう午後もいい時間になってきたから、そろそろ夕飯の支度にかからなくてはならないよ。
そう。今夜はみんなへのご褒美の餃子祭りだ!
簡易的な竈と調理台を天幕に設置してもらって、例の如くユーシスさんとレアリスさんに手伝ってもらう。
作るのは、いろんな材料が出てくるのは変だということで、基本の餃子を作ることにした。本当はみんなの故郷の具材とかで作りたいけど、それはまた後で。
久しぶりのレアリスさんのキャベツのみじん切りだ。いつ見ても凄いね。
自分の仕事が終わったのか、ファルハドさんが興味津々で合流してきた。
「あんたら、軍人辞めても十分生きていけそうだな」
ユーシスさんとレアリスさんを見て、感心半分呆れ半分でそう言った。
そうだ、と思って故郷の餃子の話を聞くと、ファルハドさんの故郷のマンティもサルジェさんやツェリンさんの故郷のモモも、見た目は小籠包のようだ。よし、じゃあ包み方を変えよう。
私が見本を見せたら、ファルハドさんが「そうそう、こんな形だ」と喜んだ。
私たち3人が、どの焼き方で何個作るか相談していたら、私の隣に椅子を置いて座ると、組んだ長い脚に頬杖を突きながら、ふとファルハドさんが尋ねてきた。
「あんたらは、俺たちのこと、何も聞かないんだな」
そりゃね。お互い様な所もあるから。私だって聞かれたら困ることたくさんある。
「似合ってますよ、その髪」
そう言ったら、最初きょとんとしたけど、ガシガシと頭を掻いてから「ありがとうな」と観念したように笑った。どこか小学生の男の子みたいな、屈託の無い笑い方だった。
「俺の話を聞いてもらえるか?」
ユーシスさんが肩を竦めて、レアリスさんがコクンと頷き、私が「はい」と返事する。
ファルハドさんは、餃子を包みながらでいいと言って話し始めた。
「俺は属州の出身で、11歳の時に首都に行った話をしたよな」
確か休憩の時に聞いた気がする。
「俺の母親は、属州やアスパカラでも有名な旅芸人の旅団の踊り子だった。それをアスパカラに来た時に一座を呼んだ州侯の客人が手を出して生まれたのが俺だ」
良く聞く話だ、とファルハドさんは言う。でも当事者にとって、それが当然な理由にはならない。
「そいつが、馬鹿みたいに身分が高いヤツだったから、俺たち母子には監視が付いていた。そいつらが、俺が11の時に無理やり首都に呼び寄せたんだよ。この髪だから、自分の後継者となるかもしれないって息子の従僕だか護衛だかにするために」
いろんなことがあって、いろんな気持ちを消化してきたんだと、その口調から分かる。
「ファルハドさんは、それが嫌だったの?」
私が尋ねると、ファルハドさんは首を振った。
「いいや。首都セラは片田舎じゃ一生目に出来ないようなことがたくさん見れた。クソみたいなことも山ほどあったが、間違いなく行って良かったと思う」
「うん」
本当にそう思っているみたい。
「それで、そこで出会ったのがリヨウだ」
なるほど。ファルハドさんとリヨウさんが気安い感じだったのは、幼馴染だったからなんだ。
当時リヨウさんは7歳だったって。最初はリヨウさんと全然違う場所に居て喋ったこともなかったけど、ファルハドさんに武芸の才能があって、護衛としての役目を与えられてから、一緒に話すようになったって。ん?
「まさか、その護衛対象の人って」
「ん。リヨウ。あいつは俺の腹違いの弟だ」
「んぐ」
変な息を飲み込んで息が詰まった。
私だけじゃなく、ユーシスさんもレアリスさんも変な顔をしている。「これはあまり知られてないからナイショな」とリヨウさんそっくりな仕草で、人差し指を口に当てた。
「で、あいつの後継争いに巻き込まれて、アスパカラまで流れて来たって訳だ。あいつが後継者になるためには、12人の兄弟を押しのけなきゃならない。あ、俺はそこに入ってないぞ。そこに数えられるのは正室筋の第一子だけだからな」
待って。情報過多で窒息しそうです。
正室筋の第一子ってことは、少なくとも奥さんみたいな人が12人はいるってことで。首都に居を構えてて、何そのハーレム。
「ああ。男児は7つになると後宮を出されるし、後継争いの相手にも滅多に会わないから情報収集だけでも大変だったな。実際は皇位争いで死んだりしてもっと人数が減ってるかもな」
「ちょっと待ったぁ!」
サラッと何言い出すかと思えば!怖い怖い怖い怖い。何か変な単語が何個か入ってた!
「ファルハド殿。さすがにそれは……」
ユーシスさんも待ったを掛ける。だよね。ちょっとヤバすぎる話だよね。
「大丈夫だ。リヨウは割と大っぴらにしているしな。ちなみにリヨウの母親は、皇后の下の四夫人の貴妃ってやつで、あいつは第10皇子だ」
「ふが」
私が悲鳴を上げそうになったので、レアリスさんが慌てて口を塞いでくれた。
ありがとう、レアリスさん。でも、悲鳴は防げたけど、餃子の皮の打ち粉で私の顔が粉とか、餃子の具だらけになったよ。
もう、お父さんのことを直接言ってないだけで、全部言っちゃったじゃない。
「大丈夫だ。これを知ったからといって、あんたらに何の義務も咎もない」
あわあわする私の顔に付いた粉を、ファルハドさんは懐から出した絹のハンカチで拭ってくれた。スマートな大人の仕業だ。
王子も10歳まで市井で育った環境は一緒なのに、王子は袖で私の顔を拭いてた。そういうとこ見習ってほしい、王子。
ハンカチいい匂いするし、あ、これはリヨウさんがラタトスクさんのお土産を包んでたのと一緒だ。
セリカの語源は「絹」らしいから、セリカの人はみんな普通に持ってるのかな?
それを見てレアリスさんが、「失礼」と言ってファルハドさんからハンカチを借りて、同じように私の顔を拭った。
えっと、餃子の具とかが付いた手でハンカチ握ったら、結局具が私の顔に付くんですが。
レアリスさんもそういうとこだよ……。
「ファルハド殿。どうしてその話を我々に?」
私はレアリスさんから無言でハンカチを取り上げて、ネコみたいに自分の袖で顔を応急処置で拭っていると、ユーシスさんがファルハドさんに尋ねた。
ファルハドさんは、私を見てから、まだ取り切れてなかったキャベツの欠片を指で取ってくれて言った。
「何となく、あんたらになら言ってもいいと思った」
それでみんなを見渡して、屈託なくニコリと笑った。
そして、「これは、実際巻き込まれたあんたらにも知る権利がある」と言って、今回の事件のことを教えてくれた。
「あいつは、最終の4人の有力候補に挙がった。今はアスパカラの令尹を賜っているが、実際は白陵王と呼ばれている現皇帝の叔父の謀反を監視する州刺史という役目だ。ただ、それだけでは皇太子となるには条件が悪くてな、そこに白虎の件が舞い込んできて、絶好の機会だと思ったんだ。皇帝は信心深い男で、殊の外四獣がお気に入りだ。これで白虎との繋がりが個人的に持てれば、他の候補者から大きく一歩抜きん出ることになる」
アスパカラは、青々とした山脈を持っているから青州と呼ばれている。その青州侯は、白陵王さんの子飼いの役人で、サルジェさんの奥さんは青州侯の娘さんらしい。
そして、その白陵王さんが推しているのが、リヨウさんのライバルである第7皇子のようだ。
だから、どうしてもリヨウさんに手柄を立てさせる訳にいかなくて、この旅の間中にリヨウさんを排除しようと機会を窺っていたみたいだ。サルジェさんが頑なに馬車に乗らなかったのは、いざという時に、馬車ではスキルが発動できないからだって。
最初からこの地で騒動を起こすつもりでいて、白陵王さんの手の人たちが2つの侯爵家に根回しをして、あの壮行会や睡眠薬事件を起こしたみたい。
白虎との繋ぎの要であるガルとその世話役の私が脱落すれば、ことが優位に運ぶと思ったみたい。
その侯爵家を動かしたのが、リウィアさんのお家のファビウス公爵家らしい。
ファビウス家は表立って行動はしていなかったけど、何か白陵王さんに逆らえない理由があったようだ。それは、イリアス殿下が承知していたらしく、そのためにリウィアさんがこの使節団入りをしたみたいだ。
その理由まではさすがのファルハドさんも知らないらしく、また軽々しく口に出来るようなものではないと、口を閉ざしたけど。
「あんたらには申し訳ないことをした。ただ、この旅路が、俺やリヨウにとって、いや、サルジェにとっても、忘れがたい思い出になったことはちゃんと言いたかった」
これは非公式の謝罪だ。
本当なら、代表者であるリヨウさん以外が口に出来ないことだけど、暗い思惑や攻防を一時忘れるくらい、ただ楽しかったと、そう言ってくれた。
「あんたらに出会えて良かった」
ファルハドさんは、青みがかった黒い目を細めて、私たちを見る。
私たち3人に、どこか照れくさい空気が流れて、私は立ち上がると、パンと手を叩いた。
「まだ、旅は終わってませんよ。それに、ほら、今夜は餃子祭りですから!まだまだ、楽しいことはいっぱい残ってます。さ、続きを作っちゃいましょ」
ちょっと恥ずかしくて鼻息を荒くしてしまった私に、ファルハドさんも立ち上がって頭を撫でた。落ち着けってことかな。
「あんた、ホント、いい女だよ。リヨウの嫁にならないか?」
「へ?」
私はファルハドさんの肩ぐらいまでしか身長がないから、思わず聞き違いかと思って、ファルハドさんを見上げた。ファルハドさんは、カラッとした爽やかな笑みを浮かべた。
私とファルハドさんの間から咳払いが聞こえた。
「さ、俺たちは餃子の続きを作るので、ファルハド殿もお戻りを」
そう言って、ユーシスさんが笑顔でファルハドさんを天幕の外に出した。
「……リヨウさんの、嫁?」
ようやくファルハドさんの言葉の意味を理解し、急に顔の熱が上がった。
いやいやいやいや、セリカの次期皇帝になるかもしれない人でしょ。ないないない!
それに、婚約者候補いるって言ってたし。
「ハル。先ほどのはファルハド殿の社交辞令だから、真に受けないように」
し、知ってるけど、そんな力いっぱい言わなくても……。
ちょっとは本音が入ってたかもしれないじゃない。
私がちょっと理不尽だなぁ、と思っていると、満面の笑みのユーシスさんが目に入った。
「ね?」
「…………はい。承知しました」
何故かゴリラ神降臨の気配を感じ、私はただ頷いたのだった。
サラッとカミングアウトしちゃいました。まいったね。
全部まとめて説明しようと思いましたら、すごく長くなってしまったので、その他の謎は次回に持ち越しです。……説明しきれるかなぁ。




