62 魔物を殲滅するだけの簡単なお仕事?
戦闘続きます。
粉砕とかします。
苦手な方は閲覧にご注意ください。
馬車の外に陣取った私は、ハラハラしながらみんなの動きを見守っていた。
そう言えば、セリカで2番目に偉い人のサルジェさんは、何も言わないままだ。リヨウさんを引っ張り出してしまって怒られるかと思ったんだけど。
まあ、うちの大将であるイリアス殿下も、腕組みしたまま何もしてないから、偉い人ってそんなものなのかな。リヨウさんも一時の焦りを払拭して、泰然自若、みたいな感じだし。
私はと言えば、腕組みしてじっと見ているなんて出来ないので、リウィアさんと一緒に、馬車に戻って来る人のための準備をしている。
矢とかポーションとかをお店みたいに並べて、戻って来た人の怪我の具合で振り掛けるポーションを選べるように準備した。
ユーシスさんには傷薬だけって言われたけど、こっそり魔力回復ポーションとかも隠し持っている。スキルを使い続けたら、怪我より魔力切れの方が深刻になるんじゃないかと思って。
「しかし、あなたのスキルは本当に凄いですね。ポーションがこんなに」
リウィアさんは、私がフェンリル一族と懇意にしていることは知っていたけど、私のスキルの内容までは知らなかったみたいで、収納のスキルだと思っているみたい。
なんか騙してるみたいで、ごめんね。まだ全部は大っぴらにできないんだ。
今はまだ、喜ばしいことに、ポーションの需要はない。
それよりも武器の消耗が激しくて、何人かが武器を交換に戻って来ていた。
「あいつら、すっげぇ硬ってぇ!おかしいって!」
そう言って、ラハンさんが剣を交換しにきた。
魔物化した魔獣は、普通の魔獣と違って凶暴化し、身体能力も上がって表皮がすこぶる丈夫になるらしい。矢も、風の魔法が使える人が威力を強化して、ようやく皮膚に刺さる感じ。だから、みんなの剣や槍みたいな武器(後で聞いたら戟というらしい)がどんどん刃こぼれしていく。
アルジュンさんが馬上から振るった時に、戈と呼ばれる部分が折れてぴょーんと飛んで、奇しくもラハンさんに襲い掛かろうとしていた魔狼の頭にゴンと落ちるミラクルが起きたけど、それくらい刃が通りにくいみたい。
最前線のファルハドさんとアズレイドさんの剣は特別らしく、魔力を込めると切れ味が上がるものみたい。でも、最初はスパスパ切れていたんだけど、アズレイドさんの魔力が限界に近いのか、硬いドレイクの表皮に浅い傷を残すだけになっていた。
ファルハドさんはまだまだスパスパ切れているみたいだけどね。さすが銀髪だ。
そんな中でも、ユーシスさんのグングニルは、乾いた笑いが出るぐらいの切れ味を見せる。刃が動く度に黒い靄が上がって、魔物が傷を負ったことが分かる。
「クレイオス、下がれ」
ユーシスさんがアズレイドさんの状態に気付いて、指示を出しているのが聞こえた。
普段は穏やかな低い声だけど、この戦場の中でも朗々と良く聞こえる。良く響くいい声は良将の条件って言うみたいだね。殿下が言ってた。面と向かって褒めればいいのに。
それにユーシスさんには、戦況全体が見えていて、的確な指示を出している。同じくファルハドさんもユーシスさんのフォローする声がここまで聞こえる。二人はタイプが似ているみたい。
「レアリス!」
アズレイドさんが下がろうとするのに合わせて、一番ユーシスさんから遠かったレアリスさんを呼んだ。レアリスさんは無言で頷くと、ヒョイとドレイクの背中を飛び移りながら、ユーシスさんの方へ近付いて来た。わあ、身軽だね。
でも、その途中の、一際大きくてトゲトゲのたくさんあるドレイクが、急に立ち上がった。バランスを崩しそうになって、レアリスさんは剣を突き立てようとしたけど、ちょうど硬い場所に当たったのか、剣が折れてしまった。
そのドレイクが、落下するレアリスさんの胴体を掴んだ。ドレイクは4足歩行だけど、竜の下位種族だけあって、レッドさんたちのように物を掴むことも可能だった。
遠いけど、レアリスさんが一瞬苦しそうにしたのが分かる。
「レアリスさん!」
私の悲鳴と同時に、ユーシスさんは鞍に着けてあったレーヴァテインを、鞘から抜いて小さな動作で投げた。
そのままレーヴァテインは、レアリスさんのすぐ横の、ドレイクの左腕に突き刺さる。
あれ?目がおかしいのかな?
いくら馬鹿みたいな切れ味の神話級武器だからって、百メートル以上ある距離をあんな小さな動作で投げて、なんであの岩ぐらい硬そうな皮膚に根元まで刺さるんだろう。
レアリスさんは、間髪を入れずにその柄を逆手で握って魔力を込めたらしく、刀身から黒い炎が立ち上った。そしてそのまま振り抜くと、まるでスポンジを斬るかのように、ドレイクのレアリスさんの胴よりも太い腕が落ちた。黒い靄は黒い炎に飲まれて見えなかった。
そしてそのまま苦悶するドレイクにレアリスさんは駆け登って、脳天にレーヴァテインを突き立てた。さすがの小山のようなドレイクも一たまりも無い。
いつか言っていた「ドレイクは秒殺がせいぜい」という話は、謙遜が入ってたんじゃないかな。
その後、近くにいた別のドレイクがレアリスさんに手を伸ばしたのを、その腕の上でクルリと倒立前転の要領で避けると、そのままかかとでドレイクの弱点の一つの鼻先を強かに打って、ドレイクの顔が下がったところにレーヴァテインを首に叩き込んだ。ゴトンと音がしてドレイクの頭が落ちる。
どれだけ切れ味があっても、刀身より幅のある首を一刀で切るなんて不可能だ。レアリスさんの「剣術」がきっと正しい使い方で本領を発揮したんだと思う。
千切りキャベツに能力を使ってもらってばっかりだったのが、重ね重ね申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
本当は凄惨な光景なのかもしれないけど、ドレイクの全体を黒い炎が全部包んで、ほとんど現実味を感じなかった。
武器が凄いのも分かるけど、それを完全に使いこなしているレアリスさんやユーシスさんが、どれだけ凄いかが痛いほど分かるよ。
まず私には、でんぐり返しですらハードルが高いもの。
そんな感じで二人に見惚れていたら、その反対側で魔狼を狩っていたセリカの従者の一人が、狼に引き倒された。そこに群がりそうになった狼を慌てて排除しようとして、右側の陣形が少し崩れた。
すかさずそこに、下がっていたアズレイドさんが入ったけど、背後から一際大きな狼が回ってきた。こちらからはよく見えるけど、アズレイドさんからは斜め後ろで見えづらい位置だ。
「ダメ!」
思わず声を上げたら、魔狼がこっちを見て意識が逸れる。よし!と思ったら、お父さんの加護にちょっと躊躇して、また標的を倒れた人に戻した。
もう、せっかくこっちに意識が向いたのに、お父さんの加護、邪魔!
「殿下、魔物がすっごく怖いのであれやってください。あの『断絶』ってやつ」
「お前、全然怖がってないだろう。何を企んでいる」
「何言ってるんですか。めっちゃ怖いです。殿下、助けて!」
ちょっと棒読みだったけど、必死さは伝わったみたい。
殿下はため息を吐いて前に出ると、馬車まで覆うように結界の「断絶」を張った。それでお父さんの加護が上手いことシャットアウトされたよ。
それで魔狼がこっちを襲う絶好の機会だと思ったようで、急激に私を標的にしたのが分かった。興味を惹ければこっちのもの。
この中では、私が一番美味しそうだという自信がある。絶対この中で霜降りなの私だけだもの。
「お前、これが狙いか!」
殿下が怒鳴ったけど、気付いた時には遅い。防衛線を突破した魔狼がもう目の前だ。今更結界は解けない。頭脳戦の勝利だ。
と、頭はそんな暢気なことを考えていたんだけど、やっぱり向かって来る魔物は怖かった。
大口を開けて殺気をビンビン振りまいて来る狼に、声は小さくても反射的に悲鳴を上げてしまったみたいだ。咄嗟に殿下が、私を庇うように抱き寄せる。
その声に、近くにいたアルジュンさんと、かなり距離があるけどユーシスさんが気付き、近くのアルジュンさんがこちらに馬首を返した。でも間に合わないと、顔を歪めたようだった。
「ハルッ!!」
ユーシスさんの鋭い声が聞こえて、ユーシスさんがグングニルを振りかぶるのが見えた。そしてそのまま私の方へ投擲する。
ちょっ、戦場で武器手放さないで!
ユーシスさんが投げたグングニルは、寸分の狂いもなく、私と私を庇う形の殿下に突っ込んできた魔狼に、結界の手前で突き刺さった。だけじゃなくて、グングニルのあまりの威力に、そのまま狼は霧散してしまったっぽい。殿下の体で直接は見えなかったけど。
でもそんなことより、魔物たちの中で徒手になったユーシスさんの背後に、ドレイクが迫っているのが見える。
「ユーシスさん、後ろ!」
今度こそ私は大きな悲鳴を上げた。それが届いた訳ではないだろうけど、ユーシスさんが何故か馬からひらりと飛び降りる。ちょ、何してるの⁉
そしたらそのまま、突進したドレイクを手で止めていた。鼻筋に生えた角みたいなのを掴んで。しかも片手で!
ドレイクの重量を受け止めたから、少しだけユーシスさんが下がった。
わぁ、初めて見た。「鉄壁」で強化からの「剛腕」のコンボだぁ。
ああ、あれだ。馬に負担掛けないように降りたのか。そうかぁ……。
って、そんな馬鹿な!あの大きさは、4トントラック並だよ?トンだよ⁉
私も殿下もアルジュンさんも思わず唖然としちゃったけど、その後ユーシスさんはそのドレイクを引き倒して、地面に押さえつけた。
もう一度言うけど、トンだよ⁉
「グングニル!」
ユーシスさんが呼ぶと、狼を粉砕して地面に刺さっていたグングニルがブルッと震える。そのまま地面から自分で抜けると、ピュンとユーシスさんの元に戻っていき、それをキャッチしたユーシスさんは、そのまま押さえつけていたドレイクを一刀両断する。
……ああ、あれね。グングニルは、投擲しても手元に戻るらしいからね。ブーメラン方式じゃなくて、呼べば来る方式か。
「……フォルセリア卿は、化け物か……?」
目の前まで来ていたアルジュンさんが、馬首をユーシスさんの方へ向けて呟くのが聞こえた。
大丈夫、みんなそう思ったよ。
そのユーシスさんは再び馬に乗ると、兜の面貌を上げて、私に手を振った。余裕だね。思わず私も手を振り返しちゃったよ。もう、緊張感が台無しだ。
あれ?でも、何故か遠目なのに、ユーシスさんの顔が怖く感じる。あれ?
殿下も直接的な危機は去ったと「断絶」を解いたけど、こっちの顔も怖い。
「この馬鹿者が!お前、自分を囮に使ったな!」
「う、殿下やみなさんを巻き込んですみません。でも、殿下の結界なら安全かと……」
「私が言っているのはそういうことではない。お前はよもや、最終的にはヤドリギの守りがあるから大丈夫、などと思っていまいな」
ドキッ。あ、思わず顔に出てしまった。
「お前は何も分かってない。お前に何かあれば、私たちがどのような思いをするか」
いつもの皮肉気な言い方じゃなくて、殿下は本気で私を心配してくれていた。
信じられない気持ちだったけど、殿下の青紫色の目に嘘は無かった。
「あの、すみません。ご心配をおかけしました。今度からは相談してからやります」
「お前は、怯えて隠れてくれるくらいの方が良いということが分かった。であれば、これ以上何かしでかす前に、このような茶番、早く終わらせてやろう」
相談するって言ったのに、急に殿下の周りの温度が下がった。
「アズレイド、来い!」
殿下は急にアズレイドさんを呼びつけた。ある程度下がっていたアズレイドさんは、それを聞きつけて、スキルを使って次の瞬間には私の隣にいた。
そして殿下は、私に何故か小声で指示する。
「ハル。アズレイドに魔力のポーションを渡せ。どうせフォルセリアの言う事を聞かずに出しているのだろう」
お見込みのとおりです。アズレイドさんにポッケに隠していたポーションを渡すと、それを呷りながらアズレイドさんが同情するように私を見て、小さく助言をくれた。
「ハル殿。何をしたかは知らないが、謝るなら早い方がいい」
「それが、謝ったらああなりました」
「…………武運を祈る」
アズレイドさんでも、殿下の怒りは運頼みにするしか解決方法がないらしい。
「アズレイドは、この娘から目を離すな。髪の一筋とて損なうなよ」
「はっ」
何故か私を危険人物かのように扱っている。アズレイドさんに監視の指示を終えると、今度は戦線に目を向けた。
「フォルセリア、レアリス!お前たち以外に『断絶』を張る。魔物を殲滅しろ」
殿下は、鋭い声で指示を出した後すぐ、馬車の周りと、ユーシスさんとレアリスさん以外の戦線に立つ人とお馬さん全員に結界を張ったっぽい。殿下もすごい魔力量だ。
それを受けた二人が、神話級武器の力を解放した。
轟音が響き、辺りを爆風と猛火が包む。
殿下の「断絶」は、完全にその威力を防いだけど、その力が去った後には、無残に抉られた大地と、高温で溶けてガラス化した砂礫が残るばかりだった。
ここは、元々不毛の大地だったけど、それよりも更に上の焦土になってしまった。
神話級武器、どんだけよ⁉怖っ!!
「殺す気か!」
「ちょっと加減を間違った」
近くで戦っていたレアリスさんとファルハドさんが言い争っている。
「アルジュンさーん。俺、漏らすかと思った」
「……俺もだ」
こっちではラハンさんとアルジュンさんが涙声だ。従者の皆さまに至っては、声も出ない様子でへたり込んでいる。多分、殿下の「断絶」以外だったら危なかったんじゃ……。
「もうちょっと戦局が長引いたら、カラドボルグを交換してアズレイドさんに渡そうと思ってたんですが……」
「いくら伝説の武器でも、正直これはちょっと考えたくなるな。勝手に交換して『赤い竜』に恨まれたくないしな」
しみじみとアズレイドさんも呟いた。うん。アズレイドさんが良識的で良かった。
「さあ、もうこれで、魔物は集められなくなった。次の手はどうする?」
殿下は何故か、私たち馬車組の方を向いてそう尋ねた。まるで、首謀者がここにいるみたいに。
え?私に聞いているの?私が犯人?
私が自分を指さしてアズレイドさんを見ると、アズレイドさんは痛まし気に私を見て首を振った。どうやら私に聞いているのではないみたい。
「その娘が素っ頓狂すぎて私が不愉快になる前に、潔く自首してもらいたかったが。なあ、ツェリン殿」
と、私をディスる言葉よりも、殿下が呼びかけた先に私は驚いて、ツェリンさんを見た。ツェリンさんは、もう生きた人間に見えないほど、蒼白な顔色をしていた。
「そのスキルは、『糾合』か」
殿下は、スキルを見破る「看破」というスキルを持っている。
あれには私も王子宮で苦しめられたなぁ。スキル使用の有無だけじゃなく、どんなスキルかも大雑把に分かるんだよね。
それにしても、糾合って、集めるってことだよね。
もしかして、この場所に魔物を呼び寄せたの、ツェリンさんなの?自分も巻き込まれることを承知で?
「何と言うことか。ツェリンは拘束いたします」
サルジェさんが、ツェリンさんの腕を拘束すると、矢を束ねていた麻ひもで器用にツェリンさんを縛り上げた。
ツェリンさんは何も言わなかったけど、絶望するような目でサルジェさんを見る。
「ハル。私にも魔力回復ポーションを渡せ」
サルジェさんがツェリンさんを拘束している隙に、何故か殿下は少し緊張した声で私に小さく言う。
私はポッケに隠していたもう一本を殿下に渡した。なんで二本隠してたの知ってたのかなぁ。
殿下はそれを素早く飲み干した。そして、またセリカの人たちに向き直って、淡々と言った。
「まだ終わりではない。私とツェリン殿以外にもスキルを使った者がいるだろう?」
え⁉今度こそ私かな、それ。なんかいろいろ出しちゃったもの。
また私が自分を指さしてアズレイドさんを見ると、アズレイドさんは更に痛まし気に私を見て首を振った。どうやらこれも私ではないみたいだ。
「馬鹿なのかお前は。お前のわけがないだろう」
ちょっとイラッとして殿下が私に言う。じゃあ、私も除外しておいて欲しかった。
こっちだって、自分がいつの間にか犯人になったのかと思ってびっくりしたんだから。
「馬鹿は置いておいて、そろそろ諦めてはどうだ、サルジェ殿」
「……え?」
私はディスられて怒ろうとして、それも出来なくなった。
サルジェさんは、やんちゃなセリカの人たちの保護者的なまとめ役だった。
それに、誰よりも実直で、この使節団の要なのだと思っていた。
リヨウさんを見れば、私に寂し気に笑いかけた。
そうか。これは殿下もリヨウさんも予想していたことなんだ。
魔物を退けたら終わり。そうではなかったんだね。
主人公の天丼ボケ、一度やってみたかったんです。疲れたけど。
神話級武器、大活躍です。ずっとこれが書きたかったんですが、どうしても登場人物がボケ倒してくるので、やっと62話で書けました。長いわ!
そんなわけで、次回は解決編……になるのでしょうか。(不安)




