59 アニキといっしょ
ラタトスク、またの名をアニキ。
800歳。
8/15 ちょっとだけ加筆しました。
ガルとラタトスクさんにより、殿下の命の危機が去った後、私とリウィアさん……みんなの前ではリウィウスさんだった……とレアリスさん、それに何故かツェリンさんの4人で街に繰り出した。
ツェリンさんが言うには、多分他の武官たちはラタトスクさんに夢中で、自分はあぶれてしまいそうだから、だそうだ。
どうりで宿を出る時に、みんなでナッツを持っていると思った。早速ですか。
そんな訳で、セリカの人たちが相当急いだみたいで、まだ全然日の高い内に着いてしまったみたいだ。お陰でゆっくり買い物が出来るんだけどね。
ツェリンさんは、何度か隊商や使節でこのルートを通ったことがあるので、この辺りはそれなりに分かるとのことで、いい陶器屋さんを見繕ってもらうことになったんだ。
リウィウスさんとレアリスさんは荷物持ちだね。荷物は、お店の人にも運んでもらえるみたいだけど、配送サービスが発達していないこの世界では、直接持って帰るのが一番確実だ。
本当は力持ちのユーシスさんにもお手伝いしてほしかったけど、警護の責任者って何だか忙しいみたいだ。アズレイドさんはといえば、ゴリラ神がお帰りになったとは言え、ユーシスさんと殿下を残してはいけないと言って残っていた。それは仕方ないね。
陶器街は宿から歩いて10分ほどの所にあるみたいで、歩きながら軽くおしゃべりをしていた。ほぼ私とツェリンさんだけだけど。
ツェリンさんは、33歳で元々アスパカラ出身なんだけど、首都で文官になって、そこで奥さんと知り合ったみたい。今はアスパカラに移住しているけど、使節団なんて単身赴任中みたいなものだ。お子さんは女の子が一人で7歳だっていうから、かわいい盛りなのにとても気の毒だ。
最近の悩みは、お嬢さんがファルハドさんみたいな逞しい人と結婚すると言い出して、文官体型のお父さんとしては、非常にショックを受けているのだそうだ。使節団の関係でファルハドさんがツェリンさんのお家に何度か行ったことがあるから面識があったみたいで、目下父親としてファルハドさんとの接し方が分からなくなってきた、と言っていた。
まあ、自分と4歳しか違わない人が婿になったら気まずいよね。
ちなみに、同じ武官で独身のアルジュンさんとラハンさんについて聞いたら、「男の人は包容力よ!」とお嬢さんが宣ったそうだ。確かにお二人は、人見知りのハニカミと弟属性の元気っ子だから、包容力はファルハドさんに敵わないか。包容力で言ったらサルジェさんが一番だけど、既婚者だから除外らしい。リヨウさんについては、あえて聞かなかったよ。
アスパカラに行ったら、是非一度お会いして娘さんの人生観を伺いたいところだ。
娘さんのことを話していたら淋しくなったのか、それとも娘を持つ男親の悲哀なのか、少しシュンとしたツェリンさんに、今日は出来るだけ優先して接待をしようと思った。ので、陶器屋さんでは、ツェリンさんの器だけ、ちょっと大きな物を買ってしまったよ。
こちらのお金は、全部殿下が出してくれていて、お財布はレアリスさんが持っている。
小さくて可愛い器はラタトスクさん用で、お父さんとシロさんの器はみんなと同じ大きさ。そこは絶対に優遇してはならない。
いい子でお留守番しているスコルとハティには、この4日間で出来上がった新作のレースコサージュを添えようね。
そんな訳で、買い物を終えて宿に戻って来たら、お宿にある晩餐室のような一番大きなお部屋にみんな集まっていた。ここは、昨日とは別の領都にある超高級宿だ。そこを私たちが貸し切っていた。晩餐室と繋がったティールームでは、ソファでくつろぐセリカの人たちがいた。そして、何故かラタトスクさんが、アルジュンさんの膝の上で、お腹を向けてぐったりしていた。多分、この短時間で遊び倒されたんだろう。
ラタトスクさんは、私たちが帰って来たのを見て、何故か一直線に私に向かって走ってきて、私の肩によじ登ってきた。『はぁ~、落ち着く』と凄い小声で言って下りる気配がない。
私が「お疲れ様です」と言って指で頭を撫でたら、そのままほっぺをスリスリされた。こ、腰が砕けそうです!
それを見たセリカの人たちが、脱力したように頭を抱え、「クッソ可愛いな!」と言っていた。魔獣慣れしているのか、うちのレンダールの人達は醒めた目でそれを見ていたので、その温度差で風邪をひきそうだったよ。
さてさて、それではプリンを作ろうかな。
夕飯まで相当時間があったので、まずは懸案のプリンから攻めることにした。ティールーム横に簡易的なアイランドキッチンが設けられていたので、厨房を借りなくても良さそうなのでラッキーだった。
今日作るのは、卵と牛乳とお砂糖の簡単なプリンだ。いつものごとく、ユーシスさんとレアリスさんが手伝いを申し出てくれたので、外着だったからエプロンを渡したんだけど、それを見てセリカの人たちがびっくりしていた。「あのフォルセリア卿が⁉」「レアリスってそんなヤツだったのか⁉」というささやきがここまで聞こえるよ。そうだよね。すっごい贅沢な助手だよね。
でも、そんな声などお構いなしで、ユーシスさんもレアリスさんもテキパキと作業を始めてくれた。プリンは何回か作ったことがあるから、二人とも手順を分かっていて凄く手際がいい。
ユーシスさんは卵割りで、レアリスさんはお湯を沸かすのと型の洗浄で、私はこっそりスキルから出したグラニュー糖でカラメルを作る係だ。質のいいお砂糖はレンダールでもあるんだけど、カラメルソースはやっぱり日本の物が一番だね。
ユーシスさんはなんと、片手で卵が割れるようになっていたんだよ。それを披露したら、いつの間にかセリカの人たちが集まって、ユーシスさんの卵割りを見学していた。
その間に綺麗に並べられたココット型に近い器をレアリスさんが並べていてくれて、私はグラニュー糖を鍋にかけ始めた。焦げが出来てきたらお湯を入れて変化を止めて、出来上がったソースを型に流し入れた。お湯を入れた時の「ジュワッ」という音に、見学していた人たちはびっくりしていたよ。私も慣れた今でも怖いくらいだもの。
「ハル。それは失敗じゃないのか?」
ファルハドさんが恐る恐る聞いてきた。そうだよね。真っ黒コゲだものね。お鍋に残ったカラメルをスプーンでこそげ落して味見させてあげようとしたら、ファルハドさんは一瞬驚いたようだったけど、私の手からそれを直接口にした。
「ん。苦みがあるが、飴のような味もする。不思議だな」
「それがどうなるかは、後でのお楽しみに」
そう言ったら、ラハンさんとアルジュンさんがキラキラした目でこっちを見てきた。
同じように私が味見を用意したら、横からスッとユーシスさんがそれを取り上げて、ラハンさんとアルジュンさんの口にズボッとスプーンを突っ込んだ。もれなく、「グエッ」という苦悶の声が聞こえた。
……味見は優しくお願いします、ユーシスさん。
後はプリン液を作って型に入れて蒸すだけ。大きいお鍋だからすぐにできたよ。
全部で40個のプリンを作った。使節団が22個。人間組とガルとラタトスクさんの分。今日の夕飯の後に食べる予定だ。
で、迷いの森へは、シロさん、お父さん、スコル、ハティ、有紗ちゃん、お母さま、向こうに行ったガルとラタトスクさんの分と、プリン大好きレッドさんと苦労している王子に5個ずつだ。
準備したバスケットは、ナイショで中に保冷バッグを入れておいて、最後に小さい氷の魔石を1個入れた。これで冷蔵庫と同じ温度を保てるんだよ。凄いね。
そうやって出来上がったプリンは、夕食の後にみんなで食べたんだけど、とれたて新鮮卵と牛乳の味が濃くて、凄く美味しかった。
「道中の休憩で食べたヨウカンともゼリーとも違って、何ともまろやかですね」
リヨウさんがうっとりとして呟いた。
昔ながらの固めのプリンなんだけど、プリン初体験の人はその蕩け具合がびっくりしたみたい。後で生クリームを使ったものとか、チーズ入りとかかぼちゃプリンとかを作ってあげようかな。
そう言ったら、リヨウさんとアルジュンさん、リウィアさんに詰め寄られて、固く約束させられた。
お気に召したようで何よりです。
最後に「ギョーザもな!」とファルハドさんに念押しされたよ。
そんなこんなで、デザートまで食べ終わったら、もうガルが出かけると言い出した。
『夜はどうせ部屋で寝るだけでみんな移動しないよな。だったら、その時間で俺が移動した方が、ハルたちと距離が離れないですむだろう』
この気遣い屋め。本当に誰に似たんだろうね。間違いなくお母さんだね。
ガルが可愛くてグリグリ頬ずりしてからバスケットを渡した。けっこうズッシリとしてるけど大丈夫かなと思ったけど、『全然重くないぞ』と言って軽々とガルは持ち上げた。
もう一人お帰りになるラタトスクさんと言えば、セリカの人たちが涙ながらにお見送りしていた。
「リスたん、また会えるかな?」
ラハンさんが地面に膝を突いてラタトスクさんに尋ねている。その隣では、似たような恰好でアルジュンさんが握手を求めて指を差しだしている。そして、リヨウさんは、絹と思われるハンカチにナッツを包んで、ラタトスクさんの首に巻いていた。
ラタトスクさんは、凛々しく右手を挙げて挨拶をした。それにセリカの人たちは拱手で応える。
ここに熱い友情の物語が一つ生まれた。
最後にラタトスクさんは、私によじ登ったので掌の上に乗せると、ちょいちょいと手招きをした。
何かあるのかな、と思って顔を寄せると、私の鼻先にチュッと口付けて、小さな声で『俺の加護もやるよ』と言ってくれた。
本当にラタトスクさんって、好き!
何故かそれを見たユーシスさんと殿下が、「あのリスめ」と言っていたけど。
そうしたら、ガサガサッと音がして、ラハンさんとアルジュンさんが地面に崩れ落ち、ファルハドさんが片手で、リヨウさんが両手で顔を覆っていた。「……尊すぎる」とラハンさんが泣いていた。大丈夫ですか?
『じゃあ、行ってくる』
ガルが頼もしい感じで宣言して、目で合図するとラタトスクさんがガルの背中に乗った。
本当はラタトスクさんの方が足は速いんだけど、フェンリル一族の名前持ちは空を翔ることができるから、今回はガルに乗っかって行くんだって。
あれって風魔法かと思ってたんだけど、お父さんとスコルはそこに風魔法を足すから、一族でも最速になるんだってガルが教えてくれた。そういえばハティもよく空から降って来るものね。
みんなでガルとラタトスクさんを見送って、見えなくなるまで手を振っていたけど、それもほんの一瞬だった。ホントに足が速いのね。
その後ろで、ラハンさんの「リスたーーん!」という声がこだましていた。
……リスたんって。
その後、明日以降の打ち合わせが念入りに行われた。
明日通過する場所は、近くに瘴気が湧いて魔物が出やすい場所らしい。火山が近くにあって、砂礫で雨が地表に留まらず、植物も育ちにくい不毛の大地が広がっていて、人の集落の途絶えた場所のようだ。そこをどういう風にクリアするかという話みたい。
いざとなれば私のスキルがあるから、その場で立ち往生しても問題はないんだけど、それは本当の最終手段だものね。
その打ち合わせも終わって解散になった。
私はお風呂に入ろうとして、思わずガルを呼んでしまった。急に、ガルがいない部屋の広さに気付いた。
ガルと出会ってから、私が本当に一人で寝るのは初めてかもしれない。いつも子供たちが私の側にいたから。
ガルと一緒だからと宛がわれた広いベッドの余白が無性に淋しい。
まだ夜は深くないけれど、薬の影響もあるから早めに眠った方がいいとは分かっている。
でも、なかなか眠気は来そうにもなかった。
私は、部屋に面したバルコニーに出た。晴れた夜空には、私の知らない星座ばかりの満天の星が瞬いている。
この世界で、こんな風に元の世界の星座を探すのは何度目だろう。
初夏に入ってはいるけど、夜はまだ風が冷たい。寝間着代わりのオーバーサイズのシャツの腕を摩って、ガルの柔らかくて温かい毛並みを抱き締めたいと思った。
向こうの世界では、もう一人でいることに慣れていた。こちらに来てからも、ガルに出会うまでは、一人でいても大丈夫だと思っていた。
なのに、私一人で埋めることが出来ていたはずの場所は、今では私だけでは埋められないほど、たくさんのスペースが出来ていた。
ガル、スコル、ハティ、お父さん、有紗ちゃん、レアリスさん、ユーシスさん、王子……。
「……会いたいなぁ」
めい一杯空を振り仰いで、バルコニーの柵を握る手に力を込めた。そうしないと、大きな声を上げたい衝動が突き上げてきたからだ。
「誰に会いたいんだ?」
「え?」
すぐ後ろで声がした。
その声は、今ここで聞けるはずのない声で、私はよろめくほどの勢いで後ろを振り返った。
少し足がもつれてバランスを崩した私の手を、誰かの手が力強く支えてくれた。
そして、そのまま腰に手が回って引き寄せられる。
「お前、本当に危なっかしいなぁ」
「……王子」
吐息が触れ合えるくらいの距離に、王子の綺麗な顔があった。
「本物?」
「おい」
思わずほっぺをギューッと両手で伸ばしてみてしまった。それを王子がツッコむ。
「本物だぁ」
そう思ったら、急に目が熱くなってきた。
「え?な、お前、どうした⁉」
「分かんない」
「分かんないのかよ!」
慌てふためく王子の声がして、ギュッギュッと王子が袖で私の顔を拭いた。
そうか、私は今泣いているのか。でも、ちょっと痛い。
「せっかく会いに来たのに、泣くなよ、もう」
なんでか怒りながら、でも優しくギュッとしてくれた。王子の胸に顔を埋めて、ズズッと鼻水を啜った。
あったかいなぁ。
「お前さ、薬、盛られたんだって?あんま心配させんなよ」
ちょっと腕に力が入って、本当に心配そうな声が耳元で聞こえた。
「うん。ごめん。あと、お父さんとシロさんがわがまま言ってごめん」
「ばぁか。それはお前のせいじゃないだろ」
「うん。でもごめん」
酷い鼻声になっていたけど、王子は気にしないで私の背中をトントンした。
「で、誰に会いたいんだ?」
「ガル」
ごめん、ウソ。本当は王子が来てくれたことが嬉しい。
「……そこは俺って言っとけよ」
「じゃあ、王子」
私がやっつけ感を出して言うと、王子がくすくすと笑った。
それと同時に、洗いざらしでまだ乾いていない私の髪を梳くように撫でる。
なでなでは、いつもは私がする方なのにね。
静かな時間が流れて、やがて王子がポツリと言った。
「なあ、ハル。この前の続き、しないか?」
「続き?」
何のことか分からなくて聞き返すと、王子は一度離れて、もう一回私の顔を拭った。
そのまま私の頬を右の掌で包む。
涙で熱を持った頬に、王子の少し冷たい手が気持ちいい。
「目ぇ、閉じるんだよ」
命令口調だけど、声も少し笑った顔も優しかった。
私が首を傾げると、「まあ、いいや」と言って両手で、私の頬を包んだ。
あれ?これってもしかして……。そんな訳ないよね。
と、その時。
「ハル、先ほどの件で言い忘れたことが。もう寝ているか?」
コンコンというノックと共に、ユーシスさんの声が聞こえた。同時に王子がビクッとなる。
私は思わず反射的に返事をした。
「大丈夫です、ユーシスさん」
あ。凄い鼻声だし、鼻をすする音もしちゃった。
「ハル⁉どうかしたのか⁉入るぞ!」
過保護のユーシスさんは、私の異変に気付いたようで、ドアを破る勢いで入ってきた。
で、私の頬を鷲掴みにしている王子を見て、何故かゴリラ神の降臨の気配が漂った。
「……殿下?」
「いや、ちが、これは……!」
「ハルが泣いているように見えますが?しかもこんな薄着で」
「いや、本当に違うんだ、これは!」
「万死に値します」
デジャヴが起きた。
でも今度は、「ンギャ」という王子の悲鳴と共に、ユーシスさんに引きずられていく王子の姿があった。
「ハル。話は明日に。今夜はもう寝なさい」
そう言ってユーシスさんは、美しい微笑みを残してドアを閉めた。
残された私は、仕方ないので言いつけを守ってベッドに入る。
あれ、何でだろう?今度はちゃんと眠くなりそうだった。
それから、自分でも分からないくらい、あっという間に眠っていたようだった。
でも夜中に一度、誰かが私の髪を撫でているような気配を感じた。
それが、とても幸せな感じがして、夢でも何でもいいやと思った。
そう言えば、王子が言っていた「続き」って何だったんだろうね。
まさか、ね。
リスっていいですよね。
シマリスも捨てがたいですが、エゾリス最高です。
ユグドラシルマンションの住人なのに「エゾ」リスとはいかに!とはツッコまない優しさを求めます。100%作者の趣味です。




