57 来ちゃった
ゴリ……ユーシス、キレます。
ついでに、オネエもカミングアウトします。
グラスの割れる音と私の悲鳴で、広間からみんな駆けつけてきてくれた。
そして、その場の惨状……主に頬を赤らめたリウィアさんと、まだシャツに手を入れている私、そして顔を青褪めさせたご令嬢と従者の人たちを見て、みんな混乱をきたしていたみたい。
ご令嬢が何故アワアワしてたかというと、自分より高位の令嬢にお薬入りのワインを投げつけちゃったからみたいで、自分が下位の人に強く出るように、上位の人に対する序列を凄い気にしているようだ。みんながみんなそう振舞う訳じゃないんだけどね。
その後、凄い形相でご令嬢と領主様を責め立てる殿下とユーシスさんを宥めるのが大変だったって、セシルさんから聞いた。
なんで伝聞式かというと、あれだけ触らないようにしていたのに、余程あの弾力のある「ムニッ」に心奪われていたみたいで、絞れるくらいワインを含んだシャツをギュッと握って浴びてしまい、私が昏倒したせいだ。
何でも、強力な睡眠薬だったらしく、ご令嬢は、タイトな一行のスケジュールの中、私が目を覚まさなければ体調不良で置いていかれ、使節団を離脱しても私にとっていい言い訳になると思ったみたいだ。どうせ自分が私のポジションに納まるのだから、それなりの理由を付けてくれようとしたみたい。
その前に自主的な離脱勧告をしたのは、本人も言っていたとおり、強制的に排除されるよりは「一身上の都合により辞退」の方が周囲の心証がいいと思ったんだって。
身分制度が色濃い中で、自分都合で重要任務放棄はマズいと思うけど。
独善的で全然誰の為でもない行動だったけど、ご令嬢の中では一応それが私に対する優しさだったようだ。うーん、扱いに困るね。
領主様は使節団一行が来る前に、王家の極秘通達として、一行に離脱者が出るからガルのお世話が出来る女性を選定するよう命があったと言ったみたい。
元から下心満載でハニートラップを仕掛けようと思っていたので、渡りに船とばかりに宴会を催して、自分の娘を随行させようと思ったとのこと。
肝心の通達文書は、極秘なのですぐに破棄してしまったみたい。
「王族の私がいるのに、そんな文書で指示を出すはずがないだろう」
イリアス殿下はあんな性格だけど、間違いなく有能な王族だから、現場判断のために使節団の責任者をしている。それを差し置いての指示ということは、王家に不和があると領主様は見て取ったようだ。
それにはさすがに私も腹が立った。
表立って言えないけれど、王家の人たちがどれほどの覚悟を持って国政に臨んでいるか、一端に触れただけだけど、私はそれを知っている。
だから、それを疑うような領主様たちの行動や、それを煽るようなニセ通達を出したことを臣下である誰かがするのは、どうしようもなく腹立たしかった。
でも、その殿下を疑う原因が、最近になってイリアス殿下が急に婚約者の選定でおかしな行動をしたためで、「まさか」とは思いつつ、ささやかだけれど叛意が疑われたって。
テイムの令嬢といい、イリアス殿下、婚約者選定でいったい何をやらかしたの?
聞いてもイリアス殿下はそっぽを向いて教えてくれなかったけど。
心当たりあるんだ。
で、諸々の事情は考慮したけど、それはそれ、これはこれということで、殿下とユーシスさんの怒りはまた別腹だったみたい。
私の昏倒プラス、どうもわざと私を引き立て役のダシにしたのも地雷だったようだ。領主様に悪気は……多少……いや、かなりあったと思うけど、事実パッとしない私が並べば、ご令嬢たちは見栄えが増したと思うよ。自分の娘をより美しくという、親心の一環だと思われるその辺は許してあげて欲しい。
肝心の私への睡眠薬は、完全にご令嬢のアドリブだったみたいで、領主様は顔を真っ青にしていたそうだ。罰とお説教は必要だけど、更生できるものをお願いしたい。
そんなことがあって、侯爵家は取り調べの最中だ。
リウィアさんのこともちょっと心配した。
あれだけ派手にワインを被ったんだけど、寝ちゃったのは私だけだったみたいで、少し申し訳なさそうに私に打ち明けてくれた。
「私のスキルは『解毒』でして、私には毒や薬の類が効きません」
スキルをオフにしていても、即死級のものでなければ、どんな毒も効かないんだって。
魔物討伐も、ガルの言うところの「何か悪いもの」に対して有効なスキルらしいから、お嬢様なのに討伐に参加しているみたい。
ああ、だから私に大丈夫だって焦ってたのか。それを私は無理やりシャツを剥ごうとして、挙句にはシャツの中に手を突っ込んでしまった。
今、冷静になって考えれば、同性異性問わずにアウトな行動だ。完全に痴女だよ。それも3回も「ムニッ」としてしまった。
「わ、私にも厳罰を!」
私が罪の意識に苛まれて訴えると、殿下が私にチョップをした。黙れという事みたい。本人からもお許しが出て、どうやら私はお咎めなしのようだ。
これで一通り一件落着したんだけど、残る問題はユーシスさんだ。
私が倒れた、というか眠っちゃった後、怒って侯爵家に剣を抜いちゃって、レアリスさんとアズレイドさん、ファルハドさんの三人がかりで止めたんだって。
私が眠っているだけだと分かって少し落ち着いたみたいだけど、侯爵家の取り調べはさせられないということになって、私の治療に当たったセシルさんとリウィアさんと一緒に、私の寝室へ放り込まれたって。ユーシスさんはきっと、自分推しのご令嬢の仕業ということに責任を感じてしまったんだろう。
それで、私が治療を受けて夜中に目を覚ますとユーシスさんが側にいて、「無事で良かった」と堪えるように言いながら、私の手を取って、何度も指先や手の甲に口付けた。
私の隣でピッタリくっついて寝ていたガルが『しつこい』と言って、肉球でユーシスさんのおでこをムギュッと押し返すまでそれは続いた。
寝起きの私は最初ぼーっとしてたけど、意識がハッキリしてきたら「あ゙あ゙あ゙」と変な声が出た。多分一回心臓止まってた。
で、起き上がれるようになった今。
ソファで、ガルを抱っこする私を抱っこするユーシスさん。私の座高とさほど変わらないガルごと抱えても大丈夫。腕ながーい。
モフと筋肉にサンドイッチされて、私はいつの間にか遠くを見つめていた(現実逃避)。
いや、まだ夜は寒いから温かくていいんだけど。その、なんていうか、バックハグをされている私の頭に、時々温かくて柔らかい何かが押し当てられる感触がするんだ。
「あ、あのぉ、もう私は大丈夫ですから。そんなに心配しなくても、お父さんと王子の守りがあれば、私が死ぬようなことはないんですよ」
お父さんは物理的な方を主に防ぐけど、王子のはその他に、私に害のある毒も防ぐ守りみたいだ。今回のはたまたま体的には害のない睡眠薬だったから発動しなかっただけで、致死量の毒も一回は完全に防ぐ、これでもかというくらいすごい代物なんだよ。それはセシルさんに言われて分かったんだけど、思ってたよりも絶対ずっと高価だ。
私はユーシスさんを説得するように言うんだけど、ユーシスさんは首を横に振る。
「駄目だ。君が連れ去られた時のように、また君を失うのではないかと、俺がどれほど絶望したか。君の無事を信じられるまで離れないでくれ」
そう言って、今度は頭に頬ずりしているようだ。
心配も掛けたし、ユーシスさんの気持ちの整理に役立つなら仕方ないけど、これはどうなんですか?過保護も極まれり。
「ハル。脈が早い。まだ具合が悪いんじゃないのか?」
いえ、100パーセントあなたのせいです。せめて、耳元でしゃべらないで。
「フォルセリア卿。ほどほどにしなさいよね」
仏のような悟りを啓こうとしていると、呆れ気味の声でセシルさんが注意する。
例によって心配性のガルを落ち着かせるために抱っこしていたら、俺も、と言ってギュッとされてソファまで連れて行かれたのが発端。セシルさんも荒れた時のユーシスさんを見ていたから、私に精神安定剤となるように指令を下したのでこの状態に。
ほら、リウィアさんなんて居たたまれなさそうな感じMAXだよ。
セシルさんが、ユーシスさんに抱っこされたままの私の下瞼や脈を診た後、サラサラと何かを書きつけたメモをユーシスさんに渡す。
「ほら、これ持って、この家にある薬を貰ってきてちょうだい」
セシルさんの方が年下のはずだけど、何故か凄い迫力がある。ユーシスさんは渋々とセシルさんの言葉に従った。
セシルさんは、自称「癒し系僧侶」と言うだけあって、医療の知識も豊富だ。私が摂取した睡眠薬の成分から、私が体調不良になった時の対処法をメモしてくれたんだ。
いくら私がポーションを出せると言っても、セリカの人の前では使えないし、リウィアさんの「解毒」スキルはただの体調不良には使えない。
何より、セシルさんの治癒魔法には頼れないんだ。
というのも、この後セシルさんは、このお家の裁可を王様から貰うまで、このお家に残って調査をすることになったからだ。
権限はあってもユーシスさんではこのお家が壊滅してしまうかもしれないし、レアリスさんやアズレイドさんでは身分が低い。そうなると、同等の侯爵家で神殿での地位も高いセシルさんしか、この事態を任せられないようだ。
包容力のあるセシルさんに頼れない不安もあるけど、純粋に淋しい。
「あたしなら転移があるから、すぐに追いつくわよ」
シュンとした私にセシルさんが頭ポンポンして慰めてくれた。
セシルさんはギリギリ国内に滞在する4日後には合流する予定だけど、もしそれより遅くなった場合は、セリカ側に一度だけ転移できる許可を貰っている。
転移が出来る人は両国間で結界のようなもので制限されているから、無許可で国境を跨いで飛ぶと罰せられる。無制限に転移できる人を許可していたら、国境の関所を設けていても意味がないもの。スパイとか破壊活動とかやりたい放題だものね。でもって、みんなあの呪文唱えていると思うと、非常に居たたまれない。
それが理由で、今回の使節団に王子は入れなかった。他に重要な仕事があるのもあったけど、一番の大きな理由はそこだ。王子みたいにホイホイとほぼ無制限に転移できる人を入れるのは、やっぱり国として心証が良くないからだ。
だから王子は「国境までは送れる」と言ってくれた。
三日目なのに、まだ一回も来てくれてないけどね。
考えると、また何だかいろいろ淋しくなってきた。
「セシルさん。早く戻って来てくださいね」
「……ホント、もう、何でこんなに可愛いのかしら、この子」
何故か軽く怒りながらセシルさんは微笑むと、私のほっぺにチュッと口付けた。何でか凄くいい匂いがするよ。ホワンとする私に、セシルさんがちょっと意地悪な顔をした。
「警戒心無いわねぇ。あたし、どっちでもいけるんだけど」
「ん?」
「ミルヴァーツ殿。そろそろ……」
「あらあらこんな時間。じゃあハル、朝までちゃんと休むのよ。ガルもお願いね」
『……分かった』
何か不穏な言葉を聞いた気がしたけど、働いてない脳みそでは拾えなかった。
部屋に残ったのは私とガルとリウィアさんだ。多分リウィアさんは護衛で残ってくれているんだろう。
「ハル様、今まで黙っていて申し訳ありませんでした」
徐に頭を下げたリウィアさんに驚いた。
「な、な、何をなさるんですか。公女様が簡単に頭を下げてはダメじゃないですか?」
「いえ。今は公女の身分を捨ててまいりました」
「はい?」
もう、次から次へと、びっくりの大安売りだよ。
「今回のこの使節団入りするためには、貴族令嬢はいらないと言われました」
だからと言って、分かりましたって捨てられる身分ではないと思うんだけど。
誰だろう、そんな意地悪言ったの。
「イリアス殿下ですか?」
「はい、イリアス殿下です」
もう本当に期待を裏切らない人だね。
「理由は申し上げられませんが、どうしてもこの使節団でセリカに行きたかったのです」
そう言えば、リウィアさんの特徴をレイセリク殿下が教えてくれたけど、蜜のように濃い金髪と言っていたけど、リウィアさんは淡い茶色だ。それに女性では通常あり得ないくらい髪も短い。あ、でも瞳は綺麗なトパーズだ。アズレイドさんやセシルさんみたいな、トロッとした蜜を固めたような色ではなくて、濃淡煌めくような本当に宝石みたいに綺麗な目だった。
「だから、セリカ行きの人員を決める際に、髪を切って色を染めました」
令嬢が髪を切るって凄い覚悟だと思う。うーん、そうまでしてここに入りたかったって、他のご令嬢たちと絶対同じ理由ではないだろうね。
「でも、それって、出発の日あなたを探しているってレイセリク殿下が教えてくださったんですが、いいのですか?皆さんきっと心配していますよ」
殿下もだけど、親御さんも捜しているだろう。
「それなんですが……実は、使節団の皆さまはご存じなんです」
「……はい?」
「レンダール側は、ハル様以外、全員ご存知です」
ハッとなって、私はガルを見た。出発の時、凄い歯切れ悪い言い方してたけど、あれってもしかして。
『ああ、臭いで女って分かるけど、みんなが隠しているようだったから黙ってた』
「ぐぬうぅ」
仔犬に看破できたことが、私には出来なかった。でもそれって、セリカ側への対応は大丈夫なんだろうか。
「それも、あちら側は代表のリヨウ様、それとファルハド様はご存知です」
根回し済んでた。そっか、それならいいか。
「それは、女の子であることを隠すの、大変でしたね」
私はしみじみと労う。だって、私だって結構気を使っていたもの。
「……あの、怒ったり、理由を聞いたりしないのですか?」
何故かリウィアさんが不安そうに聞いてくる。怒る?なんで?
「何故と言われても。だって、騙していたんですよ?」
「いやぁ、ご存知だと思うんですが、詐欺度で言ったら私が一番だと思うので」
そもそものこの使節団の目的自体が、私の詐称で出来ている。
「リウィアさんの目的が達成できるといいですね」
私がそう言うと、リウィアさんは面食らったように目を大きくしたけど、すぐに優しい顔で笑った。うわぁ、初めて笑ったの見た。美人が笑うと凄い眼福だね。
「私、ハル様とお友達になれるでしょうか?」
控えめな主張に、私は思わずキュンキュンしてしまった。
「もちろんです。セシルさんが抜けて女性がいなくなってしまって、寂しかったので大歓迎です」
「……ミルヴァーツ殿は女性枠なのですね」
何かボソッと言ったけど、すぐに右手を差し出されたのでそれを固く握った。
「短い期間と思いますが、ご一緒できるのを嬉しく思います」
思わぬところで、女の子のお友達、捕まえちゃいました。
次の日、私の体調を見て、問題ないと判断したイリアス殿下は、予定どおり出発を決めた。
みんな心なしか疲れた顔をしているけど、取りあえず元気はあるみたいだ。ユーシスさんだけは何故か妙にキラキラしていたけど。
そんな訳で、必要な物資の補充と、自分たちの荷物を馬車に詰め込んでいたら、セシルさんが見送るついでに手伝ってくれた。
離れるの淋しいなぁ。だって、セシルさんがいなかったら、馬車って私と殿下とガルだけなんだ。リウィアさんを誘ったら、従者が王族と馬車に乗るのはおかしいって断られた。
セリカ側全員に知らせてないとはいえ、真面目だよね。
レアリスさんと、今度の街にコーヒー豆あるといいね、と話していたら、ふと庭木に動く物体を発見。わあ、街中だけど、栗鼠がいるんだ。
可愛いなぁ、栗鼠。……え?右前足上げた、エゾ、リス?
『よっ』
「ふんぐぅ」
偉い私。悲鳴を良く堪えた!
レアリスさんも同じものを目撃して、電光石火の動きでザッと庭木に走り、ガッとエゾリスを掴むと戻ってきて私にリスを渡し、私ごとリスを抱えて馬車に詰め込んだ。この間、数秒。
レアリスさんとそっと私の手の中を覗くと、そこにはやっぱり知り合いのエゾリスがいました。
『わりぃな。来ちゃった』
「「…………どうも…………」」
ラタトスクさん、いらっしゃいませ。
何故かスキンシップ多めの回となってしまいましたが、全てのシーンにモフモフと令嬢が入っており、安全安心仕様となっております。
王子、生きてるかなぁ。
ここで、久々にどうでもいい情報提供やります。
今日の情報は、アクセス解析の部別ユニーク数調べです。
どのお話がアクセス人数多いのか、正確な統計ではなく作者の感覚調べです。
11 王宮はてんやわんやです
26 そぉーっと入って!
31 お母さまは魔獣枠
37 ベースキャンプは人外魔境
44 敵は誰だ
11話はハル家出の裏側を王子視点で語ってる真面目なヤツです。
26話は地味にバトルして、お父さんが怒られるのがいいのでしょうか。
31話は一部感想欄で最終回と囁かれた回です。
37話は「ユーシスが泣くだろ」「さっきご飯食べたでしょ」が作者は好きです。
44話は王子頑張ったのに心をへし折られる、珍しい恋愛パート(?)です。
たまにアクセス数を見ると面白いなぁと思います。
こんな感じで分析して、皆さんが読みたいなぁという傾向を知りたいんですが、結果よくわからんということが分かりました。
お付き合いありがとうございました。




