55 旅は道連れ世は情け?
旅は同行者がいると心強いように、世の中を渡る時もお互い人情を大切にしよう、ということらしいです。
誰が誰に情けを掛けるのか。
お父さんの独壇場は、とりあえず王子とも気安い感じだったのと、別れ際にレアリスさんとの謎の固い握手で友情を見せたことで、少しは私から注目が分散したと思う。多分。
だから、まだ白虎さんとの関係までは疑われていないと思う。多分。
若干疲れた顔で隊列に就いたみんなは、王太子殿下の祝福の言葉と共に出発した。
動き出してびっくりしたけど、ほとんど揺れがない。
高級車のサスペンションとかそんなのと比べ物にならない快適さで、時々揺れるのは横風を受けるからだけで、車輪からの衝撃はほぼ0だった。
私が凄い気にしているからか、イリアス殿下が説明してくれる。
なんでも、この馬車は魔力で浮いているらしく、ソリみたいに進むから、余程の大きい障害物が無い限り揺れがないんだって。ちなみにその魔力は、私のスキルで見た一番安い魔石1個必要らしい。それが大体スキルで10万ポイントだから、実際は一日一台20万掛る計算。
お馬さんの費用も含めて、今回の旅費はセリカ持ちらしい。
それで、普通の馬車がゆっくりした自転車くらいの速度で1日6から8時間くらい進むところ、この馬車とスレイプニルの血をひくお馬さんなら、1日200キロ以上進めるんだって。
王都から一番近いセリカ領土ではあるけど、アスパカラまでは約3000キロ。それを約2週間で走破するんだからかなりタイトなスケジュールだけど、途中の街でお馬さんを変えれば大丈夫みたい。
いや、簡単に説明されたけど、馭者の人と騎乗している人は大変でしょう!魔獣の血を引くだけあって、一歩一歩を飛ぶように走るから衝撃も少なくて、普通のお馬さんより何倍も乗りやすいとは言っていたけど、馬の駆け足って原付バイクぐらいの速度が出るんだよね。それも馬車と違って衝撃はダイレクトに伝わるし。
今更ながら外の人たちが心配になって、窓から覗こうと思ったら、馬を操るユーシスさんが見えた。
出来るだけ軽量化するために軽い皮鎧に、砂塵除けのフルフェイスの兜を被っている。皮鎧と言っても、強度を上げるために前面に軽量プレートが入っていて、兜と同じ艶を消した銀色をしている。
まあ、間違いなくカッコいいよね、鎧付けたみんな。
ちなみに、ユーシスさんとレアリスさん、アズレイドさんと従者の人たちはお揃いの鎧だ。馬車組は防護壁みたいなのがあるから、パーツを少し外しているけどね。
ユーシスさんが私の視線に気付いたのか、重心を低くしていた体を立てて、兜の面頬を上げて微笑まれた。いや、そうじゃなくて、ちゃんと前見て、危ないから!
街道で人がいなければトップスピードだけど、さすがに人がいる場所ではゆっくり走るから、平均時速30キロくらいで走っている計算かな。1時間に一回10分から15分、長くて30分の休憩を取る。
季節は初夏に向かっているから、空気は乾いているけど日差しが出てきて、外にいる人たちは大変そうだ。特に騎乗している人たちは体力を物凄く使っていると思う。
取りあえず、1日1本は体力回復ポーションが支給されるって言ってた。そりゃそうだよね。むしろ一本で回復するみんなが凄い。
休憩時間になると、私は元から用意していたかのように装って、兜を脱いで涼んでいる騎馬組に冷たいタオルと塩の入ったはちみつレモンを渡した。
本当は馬車の中で、こっそりスキルで出したものだけど、王子が氷の魔石という冷気を発する貴重な石をくれていたので、セリカや何も知らない従者の人たちにはちゃんと誤魔化せていたと思うよ。
2回目以降の休憩は、軽く摘まめる物も出した。最初は訓練場でも出したピクルスで、その後は塩の効いた水ようかん風デザートとかゼリーを出したよ。どれもこちらの世界にある材料で作った物だったから、みんなにスキルを疑われることもなかった。
お馬さんたちも、飼葉や砂糖をもらったり、身体を拭いてもらったりして、やる気に満ち満ちている。途中私もお世話させてもらったよ。
4回目の休憩の直前、ガルが疾走する馬車から飛び出していったから驚いていたら、前方に少し大きな猪型の魔獣がいたみたいで、それを狩ってきたと言っていた。ずっと馬車で寝転がっていたから、身体を動かしたかったみたい。
「まだ初日だが、この行程がこんなに楽だとは驚いた」
次のインターバルが終われば、最初の宿泊地だけれど、ファルハドさんは全然疲れてないって言ってた。サルジェさんも快適だといって笑っていたけど、みんなどれだけ体力おばけなの?
私は、快適な馬車の中で座ってるだけでも疲れたのに。
「マーナガルム殿のお陰で、魔獣や魔物の心配が無いのはもちろんだが、ハル、あんたの作った食べ物が全部美味いからなのかもな」
本当に元気なのか、ファルハドさんが白い歯を見せて、ニッと笑った。照れるね。
「ホント、すっげー美味いっす、ハルさん!」
ラハンさんも力いっぱい褒めてくれた。
ここ最近、ベースキャンプではなかった反応だ。食事を作ってもなんにも言ってくれないもんね。
特にそこの人。
「ですって、イリアス殿下」
「……私を責めているように聞こえるのだが?」
「気のせいです。ただ美味しいか不味いか言ってくれてもいいのになぁ、と」
「やはり責めているだろう」
「滅相も無い」
「私は不味いものは口にしない」
「はい?」
殿下は、そのままプイッと横を向くと、さっさと馬車に乗り込んでしまった。
それを見てセシルさんが「殿下って案外可愛いわ」と言っていた。
うーん、つまりは口にしてくれる限りは、殿下は美味しいと思ってくれているってことか。ちょっと嬉しいかも。
そろそろ出発の時間だ。私はみんなの空の容器を集めた。もちろん従者の人たちにも配っているから回収しに行くと、みんな笑顔で御礼を言ってくれた。
うちの方に一人だけ、従者用の三角帽を目深に被って顔を俯けている人がいる。まあ、アルジュンさんもおんなじ反応だから、この人もシャイなのかも。
受け取る時に器を持ち損ねて、一瞬取り落としそうになるけど、その人が凄い反射神経で器をキャッチした。その勢いで、キッチリと被った帽子がズレて、髪が一房零れた。
一瞬、金髪にも見えたけど、よく見ると色素の薄い茶色だった。夕空に近付いていたからそう見えたのかな?
思わず覗き込んだら、王子みたいに凄く繊細な顔立ちの人だった。中性的で、一瞬女性に見えそうな人だ。私を除いたら一行で一番小柄だし。
「……申し訳ございません」
ボソッとした声だからか、よく聞き取れなかったけど、ちょっと高めの男性の声にも低めの女性の声にも聞こえる。確か、リウィウスさんだったっけ。名前は男性名だね。
うん?どこかで聞いたような名前。でもレンダールの人の名前って結構似ているから、どこかで聞いたようなことがあっても不思議じゃないかな。
みんなから孤立している訳でもなさそうだから、私はそれ以上何もしないで器を回収しようとした。
「美味しかったです」
気のせいかな、と思うほど小さな声だったけど、確かにリウィウスさんからその声は聞こえた。淡々としていたけど、俯いた頬っぺたが少し赤かった。今日最後に出したのは、ミルク寒天だったから、もしかして甘い物が好きなのかな。
「明日もこのメニューにしようかと思ってましたけど、違うものも食べてみますか?」
「是非」
私が問いかけると、静かだけど被せ気味に返事が返ってきた。リウィウスさんは少し顔を上げたけど、またすぐに俯いてしまった。相当お好きなようです。
よし、今日宿に着いたら、ちょっとメニューを考えてみよう。
辺りが夕日に染まる頃、私たちは城門のある街に辿り着いた。
馬車では、セシルさんと楽しくおしゃべりをしていたから、それほど退屈はしていなくて、一日があっという間だった。
宿はどうみても、この街で一番大きなお屋敷だった。それもそのはずで、何とか言う男爵位の領主のお屋敷だって。宿じゃないよねぇ。
そこのご主人は、私たち……というより殿下をおもてなししたかったみたいだけど、「必要ない」とけんもほろろに断っていた。みんな体力余ってるとは言っても、正直宴とか言われても困るから、たまにあの殿下のムカッとする態度も役に立つね。
「その、時々する腹立たしい顔をやめろ」
「なんのことですか?」
何故かイリアス殿下は、私が失礼なことを考えていると適切にツッコんでくる。
私がすっ呆けようとすると、イリアス殿下が右手で私の両頬を摘まんだ。今の私はタコの口になっている。鏡を見なくても絶対不細工だ。
それを見てイリアス殿下が、フンと小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「この顔の方が面白い。ずっとこうしていてやろうか?」
「やめへくらはい」
私がジト目で睨むと、更に愉快そうに笑っていたけど、不意に顔を顰めた。
訳が分からないという顔で、殿下は自分の足元を見たので、私も釣られて見た。そこには、殿下の脛辺りを噛んでいるガルがいた。……デジャヴ。
『次は尻だぞ、人間の王子の兄』
「……」
リヨウさんと王子には注意だったのに、殿下はいきなり厳罰予告だ。殿下に容赦ないね。
そんな訳で、殿下を部屋に押し込めると、あらかじめ許可をもらっておいたので厨房を借りることにした。実際の食事は私が作る訳じゃないから、なんか物足りないんだよね。
厨房にはレアリスさんがついて来てくれた。護衛という体だったけど、実際は荷物持ちみたいになってしまった。スキルを隠すために、大きな箱を持ってもらったから。
そこから道具や食材を取り出すフリをして、スキルボードから取り出すことにした。一応まだ厨房には人がいるからね。
何を作ろうか少し考えたけど、リウィウスさんが甘い物と言っていたので、甘くて爽やかなレアチーズケーキにしようかな。レモンの風味を効かせたら、重くならないよね。
ビスケットをバカンバカンと叩き始めた時は、さすがに厨房の人も驚いていたけど、領主様に言われているのか、何も言わずに放置してくれた。力仕事はレアリスさんの当番だとばかりに、ビスケット粉砕と生クリームの泡立ては取り上げられてしまった。いつもありがとうございます。
クリームチーズとレモン汁が合わさるといい匂い。ビスケットを器に敷いて、チーズと生クリームを混ぜたタネを流し込めば終わり。後は冷やすだけだから、持ってきた箱に氷の魔石と一緒に入れておしまい。
部屋へ戻ろうとしたら、レアリスさんが入り口で止まった。不思議に思ってレアリスさんの視線の先を見ると、リウィウスさんと目が合った。リウィウスさんは、自然な動作で私たちに頭を下げると、割り当てられた部屋へ戻っていった。
「監視……ではないようだな」
監視って、私にそんなの必要ないよね。
「え?うちの国の人ですよね?ああ、もしかしたら、私が何を作るか気になったのかも。さっき明日のために何か作るってお話しましたので」
「そうか」
レアリスさんは、私の意見に賛同しながらも、少し考えるような素振りを見せた。
少し気になったけど、程よく疲れていたのでお風呂を借りて寝ることにした。ガルをお風呂に誘ったら『今日は全然汚れてない!』と断られてしまった。足だけ拭いてお布団に一緒に入ったけど、確かにツヤツヤでいい匂いのままだ。
おかしいなぁ、今日1回は狩りに行ったはずなのに。羨ましい維持効果だ。
次の日も早朝の出発だった。みんな普段から朝に強いのか、ハツラツとして挨拶されたよ。
アルジュンさんとリウィウスさんとレアリスさんの寡黙三人衆は、ハツラツとは言えなかったけど。
今日は、騎馬を担当するのはアズレイドさんとレアリスさんだ。セリカ側はファルハドさんとアルジュンさん。
休憩時間には、またおやつとドリンクを提供する。
普段は水と塩を舐めて終わりだというから、お腹に負担が少なくて栄養のあるものを心掛けてお出しする。全部一口サイズに切って、それぞれの体調に合わせて量を食べられるようにしているんだけど、ほぼ全員3個から4個は食べるんだよ。もう明日は普通サイズでいいか。
いつもはアズレイドさんが一番たくさん食べるけど、今日はレアリスさんも負けないくらい食べていた。でもちょっと不満顔。多分コーヒー飲みたいと思ってるんだろうな。
お昼過ぎの休憩の時に、例のレアチーズケーキを出した。リウィウスさんが、一口食べたら、目を瞑って空を仰いでいたよ。あ、従者用の帽子が落ちた。肩ぐらいまでの真っ直ぐな淡い茶色の髪が零れ落ちて、慌てて拾って深く被り直していた。沈着冷静な外見に似合わない感動屋さんなのかも。
そうして、本日のお宿に到着。……やっぱりお宿じゃなかった。
歓迎会をやりたいとここのご主人に言われて、また殿下が断っていた。リヨウさんたちも賛成みたいで、余計な歓待は疲れるって。
「ハルの作ってくださるもので、十分贅沢をしていますから」
と、リヨウさんが微笑んで言ってくれた。照れるね。
それなら普通に街のお宿に泊まればいいのに、と思ったけど、もしかして、私を気遣ってくれて、お宿より待遇のいい領主様のお屋敷に泊っているんじゃ、と思い至った。
ファルハドさんも「出来るだけ配慮する」と言っていたもの。私は不安になって食事の後のみんなが集まっている時に尋ねてみた。
「あの、もし私を気遣ってくださって、面倒でも領主様のお屋敷に滞在しているのなら、みなさんが楽な方で大丈夫ですからね」
気付くのが遅かったけど、大学ではゼミ室に雑魚寝だってしたことあるんだもの。野宿だって平気だから、と力説したら、セリカの人たちは随分驚いていた。
「ハルはあちらの世界で、上流階級だったのではないのですか?」
「え、違います。ド庶民です。有紗ちゃん、聖女様は上流階級だったと思いますけど」
「……あんたの世界の身分構造おかしいな」
「ハル様の水準で庶民ですか。どれだけ豊かな国だったか想像もつきませんね」
リヨウさんとファルハドさんとツェリンさんに驚かれたのは謎だ。
「取りあえず、次の拠点までは伝令を飛ばしているから変更不可だ。リヨウ殿たちが良ければ、その次の滞在を宿に変えようと思うがよろしいか?」
殿下がそう取りまとめて、ここのご主人に伝令の鳥を飛ばすよう頼んでくれた。やっぱり私に気遣ってくれてたんだね。
「もっと早くに気付けずに申し訳ありませんでした。今後は私に気遣わないで進めてください。駄目な時は、そう殿下にお伝えしますから」
「オーレリアンから、お前は黙って我慢すると聞いた。当然の措置だ」
何それ、嘘。王子のこと名前で呼んだ。
「……お前の気にする所はそこではない」
冷静ツッコミのプロだね。
「分かってます。自分が我慢しても、結局みんなに迷惑を掛けるなら、ちゃんと相談して解決しますから」
もう、あの行方不明の時のようなことはしない。王子やユーシスさんにあんな顔をさせては駄目だものね。
「必ず一番に私に伝えろ」
「はい。殿下になら遠慮せずに相談できますから」
「そ、そうか」
私の言葉に、何故か殿下が急に目を逸らして、少し口ごもった。珍しい。
「はい。殿下ご自身にボコボコにしていいと言われたので、いろいろと気を使わなくなりましたから」
「……お前の、私に対する認識を、一度じっくりと、確認したいものだなぁ」
あれ?何か怒ってる?
だって、前、自分で言ったよね、殴ってもいいって。
ぎゃっ!また、ほっぺたムギュッてされた!
「……っ⁉」
また急に殿下がビクッとなって、また自分の足元を見た。そこにはまたガルが脛をアグッとしていたよ。
『情けで足にしてやった。次は本当に尻だぞ』
「……情けを掛けられるくらいなら、一思いにやられた方がマシだ」
なんか、武士っぽいことを言いだした殿下が、急に何かを思い立ったかのように、ガルをガシッと抱えて自室に連れて行ってしまった。
その後、次の朝にガルは帰ってきた。どうやら一晩殿下と語らって来たらしい。
『あの兄弟、愚痴っぽくって疲れる』
それが、レンダール王族に対するガルの感想だった。
お疲れ様、ガル。
とうとうガルは、殿下とも同衾してしまいました。
人生相談員ガル。もう全員から料金取ってもいいと思います。
本業と相まって、遅々として進まないお話ですが、ちょっとずつ書いております。
見立てではそろそろ終わっていたはずの話数なのですが、順調にゴールが遠ざかっています。
出来れば週1ペースは守っていけたらなぁと思っております。
また次回も閲覧よろしくお願いします。




