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54 台無しだよ

お父さん、復活

 その夜は、珍しくお父さんは夜遅くまでベースキャンプにいて、子供たちと一緒にべったりと私にくっついていた。

 暖かい夜だったから、このまま眠っても良かったけど、お父さんが『ちゃんと寝台で眠れ』と言ったので、スコルとハティに挟まれてベッドで眠った。ガルは、妹たちに場所を譲って、私の足元で寝ている。

 みんなで一緒に寝られるクイーンサイズのベッドにして正解だったね。お陰でログハウスの半分はベッドだけど。


 今日は明るくなる前に起きて身支度をする。

 侍女みたいな役とは言っても、雑用をするのにヒラヒラのスカートでは動きづらいから、女性用のチュニックプラスパンツスタイルの旅装だ。

 足首までのがっちりとしたショートブーツに、雨風を避けるマントみたいな外套も貰って、いわゆる冒険者スタイルというヤツにちょっとテンションが上がった。

 私が扱う武器は包丁と菜箸だけどね。


 今までは必要なかったけど、長期間ここを空けるから、大容量の冷凍庫を交換して、電気も念のため二か月分を交換しておいた。

 お父さんや子供たちに出来るだけ作り置きをしておきたかったから、すごい大容量のはずなのにパンパンになった。おかげで徹夜に近い睡眠時間が続いて、ちょっと出発前にくたくただ。

 その作り置きは、交替で王子や有紗ちゃんやリュシーお母さまが来て、レンチンしてくれるとのこと。王子もお母さまも、レンジの操作をあっという間に覚えてしまった。

 やっぱりすごいハイスペック親子だ。


 朝食はみんなの大好きな分厚いハムのハムエッグにしたよ。さすがにこれはレンチンでは出来ないからね。お父さんも一緒で、楽しく食べられたよ。


 王子が迎えに来る直前までスコルとハティとたっぷり触れ合っていたけど、なんだかとっても離れがたかった。


「スコル、ハティ、お父さん、王子たちの言う事をちゃんと聞くんだよ」


 そう言うと、スコルもハティも素直に頷いたけど、お父さんは「私もか!」と驚いていた。

 いや、一番ちゃんとしないといけないのはお父さんだよ。


 涙ですんすん鼻を鳴らしながら、スコルとハティをハグすること3回目で、ガルと共に王子に強制送還されました。鬼だ。


 着いた場所は、馬車のある広場からちょっと離れていて、急いで広場へ向かった。広場には、イリアス殿下とアズレイドさん以外、メンバー全員揃っている。王子はここで待ってろ、とリヨウさんたちの方へ挨拶に行った。


 何とは無しに馬車を眺めていた。貴人用のシンプルだけど作りのいい箱馬車が2台と、物資運搬用の幌付きの大きくて丈夫な馬車が3台、それに普通の馬よりもかなり大きくて丈夫そうな馬が、各馬車に2頭ずつ繋がれている。その他に、護衛の人たち用の馬も4頭いるよ。


 各国4人の従者の人たちが両国から1人ずつ荷馬車に配置され、残りの1人は自国の貴人用の馬車に護衛の人と乗って馭者の役もやる。うちは馭者席にレアリスさんが乗るみたい。箱馬車には私とガル、セシルさんとイリアス殿下が乗る。

 あとの二人、アズレイドさんとユーシスさんは、騎乗して左右を守るんだって。アズレイドさんは黒い毛並みの馬で、ユーシスさんが栗毛の馬に乗るらしい。


 お馬さんは、スレイプニルという8本脚の馬の魔獣の交配種で、凄くガタイも良くて勇敢な子たちらしい。そうじゃないと、魔獣の最強種ともいえるフェンリル一族が側にいたら、まともに歩くことも出来ないらしいよ。

 だけど、ユーシスさんたちに世話されている姿は、大人しくてとっても可愛いなぁ。触ってもいいかなぁ。


 で、あちら側は、責任者のリヨウさんと文官のツェリンさんという30代前半の優し気な人と、警護のアルジュンさんという20代後半の生真面目そうな人が馬車に乗って、馭者台には最年少で王子くらいの年齢の武官でラハンさんというやんちゃそうな人が乗るって。

 騎乗での警護がサルジェさんとファルハドさんだ。最年長で二番目に偉いサルジェさんだけど、馬車が嫌いらしいから、騎乗がいいんだって。車酔いするのかな。いざとなったら二日酔いにも効く解毒ポーションで吐き気を抑える手もあるんだけど。


 後は、イリアス殿下が来るのを待つばかりだった。


「ああ、ハル。無事に帰れたみたいだな。マーナガルム殿も」

 そう言って私たちに挨拶しに来てくれたのは、社交性は多分群を抜いているファルハドさんだ。ガルが『よお』と挨拶すると、昨日のリヨウさんガブリ事件はなかったかのように、ニカッと笑った。


 そして、私のだるんだるんの二の腕と違って素敵な上腕二頭筋に、今日も人間が二人挟まっている。ちょっと灰色っぽい髪色のアルジュンさんと癖のある黒髪のラハンさんだね。


「ファルハドさん、昨日はありがとうございました」

「いや、大したことは出来なかったけどな。おかげで昨日はうやむやになったから、取りあえず、うちの若いのを紹介しとく」


「どうも、ラハンです!わあ、レンダールの令嬢じゃなくて、なんか安心する感じの女の子で良かった!」

 そうだね。あのドミティアさんだと少し気を使うし、お互いにモンゴロイド系の民族っぽい外見だから親しみやすいよね。


 両手で握手をして、ぎゅんぎゅんと上下に振られた。ハティを思わせる天真爛漫な様子のラハンさんに、思わず微笑んでしまった。聞けば21歳ってことだから、歳的には同級生だよね。でも凄い弟感が漂っている。


「年も同じくらいですし、仲良くしてくださいね」

「え、好き。……いっでぇ!」

 好きって一瞬呟かれたけど、ゴン!って凄い音がして、ラハンさんが絶叫した。ファルハドさんが脳天に拳骨を落としている。

 ラハンさんは少しがっしりしてるけど、王子より小柄だから拳骨もしやすそうだ。

 リップサービスなのに、そんなに怒らなくても……。


 次にアルジュンさんを紹介してくれたけど、アルジュンさんはペコッと頭を下げただけで、何も言わずにむしろ一歩距離を取られた。え、なんで?

 そこにすかさずファルハドさんがアルジュンさんのお尻に蹴りを入れたから、アルジュンさんが強制的に一歩前に出てきた。

 でも、そこから何もなくて、私からアルジュンさんに手を差し出した。


「移動がほとんどなので、あまり交流はできないかもしれませんが、皆さんのおやくに立てるように頑張りますね」

「…………」

「しゃべれよ!」


 そう言っても全然動かないアルジュンさんに、ファルハドさんが業を煮やして、今度はふくらはぎを蹴る。

 もしかして、握手とか苦手な人なのかもと思って手を引っ込めると、アルジュンさんはどこかホッとしたような顔になった。やっぱり握手しないで正解かな。

 私はラハンさんとは別の意味で少し微笑んでから、ゆっくりとお辞儀をした。


「よろしくお願いします」

「……ああ」

 ようやく蚊の鳴くような小さい返事が返ってきたけど、よく見るとほんのり耳が赤い。真面目で寡黙そうだし、体型も似ているからレアリスさんタイプなのかと思ったら、どうやら恥ずかしがり屋さんのようだ。年齢もユーシスさんくらいに見えるけど、ラハンさんとは違った可愛さを感じるよ。


 取りあえず解散して、お二人は自分の持ち場に帰っていった。武官の人たちとは、ひとまず仲良くできそうでホッとした。


「まあ、あんなやつらだけど、よろしく頼む」

『ホント、変な奴らだな』

「ちょ、ガル君⁉」

「ははは、気にすんな。本当のことだから。だからハルも遠慮すんな」

「はい。ありがとうございます。私からもよろしくお願いします」

 もう一度私がお辞儀をすると、ファルハドさんは私の肩をぽんと叩いた。


「あと、もう一人の文官は、多分リヨウから紹介すると思う」

 意外なことにファルハドさんは、自分の上司であるリヨウさんを呼び捨てにした。サルジェさんのことはちゃんと「様」付けで呼んでいたから、傍若無人な人って訳じゃないんだろうけど。それだけざっくばらんな関係だということかな。


 そうこうしていると、噂のリヨウさんが文官さんと来てくれた。

「おはようございます、ハル。昨日と違って今日の装いも可愛らしいですね」

 出た。セリカ版ユーシスさん。

 今日も涼し気に整ったご尊顔に言われたら、リップサービスと分かっていてもちょっとドキドキしてしまう。


『今日も、勝手にお触りはダメだぞ』

 ガルが下から見上げて言うと、リヨウさんは楽し気に笑った。


「ご心配なく。今日はちゃんと離れてご挨拶しますから。それと、こちらの者を紹介させていただいてよろしいでしょうか」


 リヨウさんが手で示したのは、くせの無い黒髪を少し伸ばしている優し気な顔をした男性だった。30過ぎと聞いていたけど、結構な童顔みたいで、下手をするとリヨウさんと同じくらいに見える。


「ツェリンと申します。短くはない道中となりますので、是非両国の交流を深めたいと思っております」


 うん、リヨウさんといいツェリンさんといい、セリカの文官は物腰が柔らかい。

 うちの文官っていったらイリアス殿下でしょ。この差。

 後はセシルさんも文官と言えなくもないけど、王子が「あいつは、魔槍や魔剣を使わなかったら、ぶっちぎりで最高戦力だ」と宣っていたから、やっぱり文官はイリアス殿下だけだね。なんか申し訳ない気持ちでいっぱいです。


 そんなことを思っていたからか、イリアス殿下がやってきた。アズレイドさんはもちろんだけど、レイセリク殿下も一緒だった。見送りに来てくれたみたい。


「遅れてすまなかった、リヨウ殿。少し立て込んだことが起きてな」

 そう開口一番にリヨウさんに謝罪した。国賓に対してはちゃんと謝罪できるんだね。


「いいえ。では、時間どおりの出発ではなく、遅らせた方がよろしいでしょうか」

「いや、出発時刻には変更ない。準備はそのまま進めてもらいたい」


 テキパキとイリアス殿下がリヨウさんや周りに指示を与えていく。

 本来は、外交関係はレイセリク殿下のお仕事だけど、今回の総括の責任者はイリアス殿下なので、その姿を見守っていた。私は、少し離れたレイセリク殿下に近付いてペコリと頭を下げ、小さな声で尋ねた。


「何があったか、お聞きしてもよろしいですか?」

 レイセリク殿下は、もう眉間にしわを寄せなくても見えるようになったので、ふと遠くを見回しながら、私と同じように小さな声で教えてくれた。


「昨夜から、令嬢が一人行方不明になった」

「えっ⁉」


 それは一大事じゃないの?

 でも、レイセリク殿下は全然そんな素振りを見せない。それが王族の振る舞いなのかな。


「それって、昨日ハティにテイムのスキルを使おうとした方ですか?」

 目立ったトラブルと言えば、あの件しか思い浮かばなかったから、私は心配になって尋ねる。だって、相当ショックを受けていたみたいだったから。


「いや。エウリデ侯爵令嬢ではない。昨夜は、かの令嬢がそなたに対して酷い態度だったと聞いた。それでも心配か?」


「人ひとりの命がかかっているかもしれないんですよ。当たり前じゃないですか」

「ふふ。そうか」

 当たり前のことを聞かれて当たり前だと答えただけなのに、何故かレイセリク殿下は私の頭を撫でた。


「安心しなさい。行方不明になったのは公爵家の令嬢で、その者はアリサ殿のように魔物討伐に従事する令嬢だから、心配はいらない」


 ええ?全然安心じゃないよね。

 多分、なよなよとしたご令嬢じゃないんだと思うけど、いくら強くても女の子なんだから心配してあげて。


「そうだな。たまに忘れるが、あの者も一応女性だったな」

 私の訴えに、レイセリク殿下がハタと気付いたように呟いて、少し苦笑した。いったいどんな女の子なの?


「いや、並の兵士よりも勇壮なのだ。そういう訳で、私たちは心配していないが、今回に限って父親が騒いだので時間を取られた」

 っていうことは、度々行方不明になる人なのね。それを聞いて少しだけホッとした。


「では、もし旅の途中で出会ったら、皆さんが心配していたとお伝えしましょうか?」

「それは考えつかなかった。頼む」


 レイセリク殿下は、少し笑い含みでそのご令嬢の特徴を教えてくださった。


 髪は蜂蜜のような金髪で、目はトパーズみたいな色みたい。金のお姫様だね。

 身長は、レイセリク殿下の目元くらいらしいので、170センチくらい?女性にしては長身だ。

 お名前は、ファビウス公爵令嬢リウィア様だって。


「ガルも見かけたら教えてね」

『……ああ。そういう色の人間は結構いるのか?』

 どうだろう?私が首を傾げると、レイセリク殿下が教えてくれた。


「貴族では珍しくない色彩だ。ただ市井にいれば目立つと思う」

『そうか。気が付いたら教える』

 ガルにしては少し歯切れの悪い言い方が気になったけど、少なくはない色彩と聞いて少し考えているようだった。まあ、ガルなら目がいいからいたらすぐに見つけてくれるね。


 もう少しで出発の時間になる。みんなそれぞれ最後のチェックに奔走していたけど、最後に有紗ちゃんが駆けつけてくれた。

 そして、ガルと「不埒なヤツらはガブッとね」という合言葉を確認していた。


 そんな有紗ちゃんと会話していたガルが、急に毛を逆立てた後、溜息を吐いた。


『……あぁあ、来ちまった』


 諦めの境地のような声に、私と有紗ちゃんは察してしまった。

 私たちは、殿下たちの方へ報告しに行くことにした……んだけど、間に合わなかった。


 広場に凄いどよめきが起こった。勇敢なはずのお馬さんたちも、少し浮足立っている。


 見なくても分かってるけど、ちゃんと確認しよう。


『うむ。悪くない隊列だな』


 まさかのレジェンドの登場に、特使に選ばれるほど豪胆なはずのセリカ側の人たちが、あんぐりと口を開いてお父さんを見ていた。いきなりフェンリルだもん、驚くよね。

 レンダール側はどこか諦めのような表情だ。


「一応聞くが、何しに来た?」

 代表で王子が尋ねる。

 それにお父さんはドヤ顔で応えた。

『我が息子の旅路に祝福を授けようと思ってな』

「……ああ、ありがとうよ」


 みんな光を失った目をしていたけど、即席の儀式をすることになった。

 使節団の代表者に、フェンリルの加護的なのをくれるんだって。最上位魔獣の加護なんてレア中のレアなもの、せっかくだから貰っておこうってことみたい。へぇ。


 取りあえずセリカ側はリヨウさんが前に出て、『手を出せ』と言われたので右手の甲を差し出したら、そこにお父さんが軽く息を吹きかけた。

 私には分からなかったけど、他のみんなにはお父さんの魔力が覆ったのが見えたって。これで大抵の魔物や知能の低い魔獣は近付いてこないだろうって言ってた。


 次にレンダール代表のイリアス殿下にだけど、『お前は嫌だ』と言って断られ、殿下がブチ切れしていた。

 で、その自由気ままなお父さんが、ジッと私を見た。


『一番か弱き、そなたに授けよう』

 ええぇ。代表者差し置いて無理、いらない……とは言えない雰囲気。


 仕方なく、リヨウさんと同じように手を出したら、お父さんは私のお腹に突っ込んできた。

 これ、いつものなでなでスタイルだね。ゆうべあれだけなでなでしたのに、足りなかったのかな。私は諦めてなでなでしたよ。


「いろんなことが台無しだよ、フェンリル」

『ホント、大人げねぇな、父さん』

 王子とガルが力なくツッコんでいた。


 人懐っこい大きいワンちゃんのようなお父さんの振る舞いに、セリカの人たちの目からも光が失われていた。


 それからお父さんは、えげつないほどの加護を私に与えようとしたので、「やりすぎはなでなで禁止にするよ」と言ったら、リヨウさんよりちょっと多めの加護になった。これ以上はお馬さんたちのメンタルに影響が出るからね。


 スムーズにいくはずだった出発が、お父さんのお陰でえらいことになった。


 取りあえず、リヨウさんたちには「仲良しなんです」とだけ伝えておいた。それ以外に私たちを表す言葉もないしね。



 何はともあれ、魔獣とかに遭遇する危険性は減ったから、良かったんじゃないかな。


 ……多分。

ぞろぞろ新キャラ出てきてしまった。

ちょっと前に登場人物紹介やったばっかりなのに。

名前とか役職付けるのに執筆時間の半分以上掛かってるんですよ。

なのに、変な弟属性とハニカミと慇懃インテリ、謎令嬢が出てきて、もうアホか!と自分にツッコミました。

そんな訳で、また登場人物紹介第2弾検討中です。


また次回も、是非、飽きずに見てやってくださいください。

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― 新着の感想 ―
[一言] お父さんwwww 大人気ないとかってレベルの話じゃ無くなるから大人しくしろってのにww
[良い点] 更新お疲れ様です。 パパさんは多分···いや確実に狙ってやった訳ではないでしょうけど、上手い具合にセリカ側にぶっとい楔をブチ込んでくれましたね。 ガル相手でもビビりを抑えられる馬さんズが…
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