53 パーティは戦場でした
パーティの続きです。
今話は、前話の最後の部分の酒豪伝説で主人公が絶叫する前に入るお話です。
ファルハドさんが大きなため息を吐いた後に、「ちょっと」と言って私たちの側を離れると、すぐにユーシスさんを連れて戻って来た。
あの令嬢たちとおじ様たちの群れから、ユーシスさんを引っ張ってきたファルハドさんの手腕が凄すぎる。
「いいか、ハル。いくら強くても、今日はもう酒は飲むなよ。あと、フォルセリア卿だったか。あんたはこいつから離れんな。変なのが近寄って来るから。レアリス、あんたは俺と来い。うちの連中を紹介するから。で、その間に反省しろ」
怒涛の指示を出し、嵐のようにレアリスさんを連れて行ってしまった。
残された私には、笑顔なのに怖いユーシスさんが立ちはだかった。と言っても、隣に座られたんだけどね。
「どういうことかな?ハル」
「えっと、ため息を吐いたら、お酒の試飲をさせてもらって、ファルハドさんとかえるをぴょこぴょこしました」
「酔っ払ったフリで誤魔化すのはやめなさい」
「……すみませんでした」
で、目敏くソファのサイドテーブルに残っていたグラスを見つけると、「これはハルが飲んだものか?」と聞いて、それを取って匂いを確かめていた。ファルハドさんの鬼気迫る勢いに、ウェイターの人が近付けなくて残ってしまったグラスだ。
するとユーシスさんは、底に僅かに残ったお酒を飲もうとする。
ちょっ、やめてください!恥ずかしい!
阻止しようとする私の手を捕まえながら押し留めて、味見したユーシスさんが眉間にしわを寄せる。
え?もしかして毒物か何かだったの?
「これを何杯飲んだんだ?」
「えっと、途中から覚えてませんが、多分20まではいかなかったと……」
カクテルグラスは本当に小っちゃいし、量も数口分程度しか入ってなかったよ。
そう訴えると、あきれ顔でユーシスさんがため息を吐いた。
「ハル、これは竜酒と言って、この国で一、二を争う強い酒だ。慣れないご令嬢なら、1口舐めるだけでも酔いが回るぞ」
マジですか。だからみんなびっくりしてたんだね。
「それも説教ものだが、それよりも、見知らぬ男からもらったものを飲んだ方が重罪だ」
……初耳です。それ、罪になるんですか?
「こんな魅力的な姿で、無防備に差し出された物を口にしたら、不埒な男たちの願望を掻き立てるだけだよ。そろそろ自覚しなさい」
いつものリップサービスみたいに褒めながらの説教だけど、ふとユーシスさんは捕まえている私の手に力を少しいれると、私に顔を寄せて耳元で低く囁いた。
「本当に、悪い子だ」
一瞬背筋がゾクゾクとした。これは、相当怒ってる?
視線は感じるのに、怖くてユーシスさんの方を向けないでいると、「ちょっと待った!」と言って、正面からまたファルハドさんがやってきた。
で、今度は何故かその辺にいたウェイターさんを引っ張ってきて、私とユーシスさんの間に座らせた。ウェイターさんは、すごい震える声で「お許しを~」と言っている。
「フォルセリア卿、あんたを置いておけば安心かと思ったら、あんたも酷いな!」
ユーシスさんの雰囲気が変わったので恐る恐る見てみると、長い足を組んでいい笑顔を見せていた。それにファルハドさんがチッと舌打ちをする。
で、ウェイターさんに、「俺が戻るまでそのままでいろよ」と言って、また人波の方へ去って行った。「行かないで」と涙声のウェイターさんは、2Ⅾなんじゃないかと思うほど身を縮めていたよ。
で、私が何か声を掛けようとする前に、ファルハドさんがまた戻って来た。今度は顔にいっぱい?を浮かべている王子を掴んでいる。
「オーレリアン殿下、緊急事態につきご無礼をご容赦願います。聖女様のご推薦で、ハル殿の監視役に、オーレリアン殿下をお連れした次第です」
「アリサの推薦って何だよ」
「殿下ならヘタレなので、ハル殿の隣に置いておいても大丈夫とのことです。ヘタレという言葉が何のことか分かりかねますが」
「クソアリサ!」
「そういう訳で、フォルセリア卿をお借りします。うちの連中が連れてこいというので」
そう言って、ウェイターさんに「悪かったな」と言って救出すると、ユーシスさん及びウェイターさんと肩を組んで連行し、またファルハドさんは人波に消えて行った。本当に嵐のような人だ。
またまた置いていかれた王子が、さっきまでユーシスさんが座っていた場所に腰を下ろして、こちらを尋問してきた。
「何か、聞くまでもないけど、一応聞くか。何やらかした」
やらかしたの前提ですか。
「……知らない人からお酒をもらったので、ユーシスさんに怒られました」
「予想よりはまともだが、それはそれで事件だな。かえるのヤツ言ってみろ」
「かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ」
「よし、酔ってないな。いいか、先に言っておかなかった俺も悪いが、王族の庇護下でアリサが付添人になって、使節団入りしているお前は、取り込もうとする輩がいくらでも出てくる。しかもボヤッとしていて、周りから見たらいいカモなんだ。面倒見のいいファルハド殿に感謝しておけ」
え、カモにされるって、私どうなってたの?身代金とか要求されるとか?それダメ、ゼッタイ!
「以後、気を付けます」
「まあ、しばらくここで大人しく反省していろ。疲れてたから俺も休憩にちょうどいいし」
王子の酔っ払い度チェックもクリアして、ちょっと二人で一息ついた。落ち着く。
少し穏やかに休んでいると、ソレに急に気付いてしまい、ふるりと身を震わせた。
あ、どうしよう。自分でも抑えられない。これ、きっとお酒のせいだ。
羞恥に少し顔が赤くなる。恥ずかしいけど、王子に言わなくちゃ。
「……王子」
「うん?」
そっと呼びかけると、王子がこちらを見る目を細めた。他の人達には聞かれたくなくて、王子にだけ聞こえるようにそっと顔を寄せた。
王子も何かを察してくれたのか、ゆっくりと身体を傾けてくれた。
「お手洗いに行きたい」
「…………おう、行ってこい」
王子は平坦な声と無の表情で、会場の出口までエスコートをして「突き当りを右だ」と送り出してくれた。気を使わせてごめんね。
パーティ時のお化粧室って凄かった。専属のメイドさんがいて、入り口の案内からドレスの介添えとか、お手拭き専門とか、お化粧直しとか、流れ作業のようにプロがお手伝いしてくれる。入った時よりも綺麗になって出て来たよ。ドレスに隠しておいた解毒ポーションも飲んでおいたから、スッキリリセット。
なんか、リフレッシュで得した気分になって、ルンルンと長い廊下を歩いていたら、会場への途中にあるオープンなサロンみたいな場所に、数人の男性がいるのが見えた。目を治してから、視力が良くなったから、最近見なくていいものまで見えるんだよね。
今だって、ほら、イリアス殿下と目が合っちゃった。
何でか、こっち来いみたいに顎をしゃくってるよ。よし、気付かないふり。お、ちょうどグッドタイミングで殿下に令嬢が話し掛けてくれた。このまま会場まで逃げ切ろう。
え?何で令嬢を避けてこっちに来るの?え?追われてる?気のせいだよね。って、もう一回目が合った。足速い、無言で追いかけるの怖い。
あ、前方にまた令嬢の群れを発見。一旦その中に入って撒こう。木を隠すなら森の中。
「キャー、イリアス殿下がこっちを見ているわ」
「こちらにいらっしゃるわ。それに、わたくしと目が合いましたわ!」
意外と人気あるのね、イリアス殿下。ご令嬢方、淋しい人間なので、是非お話のお相手してあげてください。って、そこもスルー⁉でも少し足止めになった。
あ、今度は前方に、女性専用の休憩室のドアが見える。さすがの王族でも、男性は入れない。個室一つ一つの前に専属のメイドさんがいて、空き室は扉が開いている。よし、一番手前のに入ろう。
私があまりに必死の形相だったからか、そのお部屋のメイドさんがこちらを見て、盛大にお顔を引きつらせた。ごめんなさい。でも、ゴール……!
と思ったら、部屋に入る寸前に、背後から伸びた手にドアが閉められた。私の鼻先で、無情にも部屋への入り口が消えた。
「何故逃げる」
つむじに低い声が落ちる。すぐ背後にいる。私の肩越しにドアに手を突く人が。
「……ごきげんよう、殿下」
「ああ、お前が逃げなければご機嫌だったな。今は不愉快だがな」
怖いです。ホント殿下怖い。不愉快なら追って来ないでください。
「客が来るから一緒に来い」
そう言って、肩を掴むと私を強制連行していった。そこに私の意思はない。引きずられるように元来た道を戻らされた。
でも、私にお客さんってどういうことだろう。それも行き先は、どうやら王族専用の休憩室に行くみたい。全力で遠慮したぁい。
「嫌そうな顔をする。普通はそこに入るために必死になる人間ばかりなのだぞ」
どうやら顔に出ていたみたいです。別に入らなくていいんですけど。
でも、そこに辿り着くと、何やら先客がいるようで、華やいだおしゃべり声が聞こえてきた。
イリアス殿下は、入り口の従僕っぽい人に目線で説明を促すけど、従僕の人は説明に困っているようだった。そこに、内側から扉が開けられた。
「イリアスお兄さま。お待ちしておりましたのよ」
一人の令嬢が取り巻きっぽい女性たちと一緒に、イリアス殿下を出迎えた。
んん?お兄さま?妹さん、いらっしゃいましたっけ。
4人いる女性の中で、プラチナブロンドで私くらいの年齢の女性が一歩前に出た。まさに金髪碧眼の美女だった。間違いなく実のご兄妹じゃないね。
「エウリデ侯爵令嬢のドミティアだ。あの者の祖母が王妹だった。つまりははとこだな」
小さく耳打ちされる。なるほど。って、王族じゃないけど、ここ使っていいの?
「ドミティア嬢、ここは王族専用の部屋だ。何故お前がここにいる」
「あら、だってわたくしはイリアスお兄さまと婚約したではありませんか。でしたら、わたくしもここを使う権利はございますでしょう?」
え?殿下の婚約者様なの?それは奇特な方で……。
「事実無根だ。今、何か言ったら、泣きを見ることになるぞ」
「……何も言いません」
口封じをされた。自分の身が可愛いのでお口にチャックだ。
「誰とも婚約した覚えもないし、お前にお兄さまと呼ばれるほどの交流もないはずだ。何を以って王族専用の私室を使えると思った」
殿下の言葉に、ドミティアさん本人じゃなくて、周りの取り巻きの人たちがざわついた。どういうこと?という空気が流れる。
そりゃね、婚約者だったら使える部屋をそうじゃない人が勝手に使ってたら、大変なことになるものね。
「婚約していないなど、何かの間違いです。それに、わたくしのおばあ様は王家の出です。わたくしも王家の血を引いているではありませんか」
「それを王族と線引きするなら、辺境伯以上の家は全て王族になるな」
王族の結婚相手は確かその辺の爵位じゃないといけないんだっけ?
得意の性格に難があることを隠さない冷笑をドミティアさんに向けた。本当にこの表情をさせると、イリアス殿下の右に出る者はいないね。
「そ、それなら、その者は何ですか。貴族ですらないではないですか!」
うう。いつか来ると思ったけど、とうとう私に矛先が向いてしまった。不可抗力って言って、信じてもらえるかなぁ。
「常識も礼儀も無いと思っていたが、考える頭も無いようだ。この者は王家が後ろ盾となっている者だ。家柄以外取柄の無いお前の価値と比べるな」
ちょっと、言い方!私ですらちょっと同情したよ。
「そろそろ客が来る。いつまでも居座られると迷惑だ。今大人しく立ち去れば、エウリデ侯爵家への厳重抗議で済ませてやる」
もう、令嬢のプライドが粉々だろうね。きっと取り巻きの人たちに「わたくし、王族の婚約者ですの。すごいでしょ」と言いたかったんだろうなとは思うけど。
ドミティアさんが、私をギッと睨んだ。やっぱりそうなるよね。前だったら、そんな視線を向けられたら怖くて足が竦んだと思うけど、今はしんどいけど何もできなくなるほどのダメージはない。我ながら強くなったと思う。
「わたくしは!貴重な『テイム』のスキルを持っています!その者は、魔獣の世話で抜擢されたと聞きます。であれば、魔獣を従えることのできるわたくしの方が、そのお役目に相応しい!」
確か「テイム」はレアなスキルだって聞いたことがある。そんな凄いスキルを持っているなら、確かに立候補したくなるね。少なくとも訓練場に来ていたご令嬢たちよりはしっかりとした根拠があってのことだ。でもこればかりは、資質の問題じゃないから。主にレジェンド側の要望だものね。
「そこまで言うなら、試してみるか?お前がこの者より、使節団に相応しいか」
試すって、どうやって?と疑問に思っていたけど、それはすぐに解けた。
『ハル!』
王子がハティを抱っこして連れてきた。お留守番のはずなのに、どうして?もしかして、お客さんってハティだったんだ。
殿下を見ると頷いた。
王子がハティを降ろすと、私の所へ一直線にやって来た。それを抱き留める。
「どうしたの、ハティ?」
『ハルが帰ってこないから、お迎えに来たの。明日からいなくなっちゃうのに、ハルと一緒にいる時間が減っちゃうよ!』
ああ、そうか。淋しい想いをさせちゃったね。私が思いきりハティを撫でていると、スコルも後からユーシスさんと入って来た。
「ドミティア嬢。どうだ、あの魔獣をテイムできたら使節団入りを考え直してもいいが」
「も、もちろんできますわ」
不穏なこと言う声が聞こえた。
「や、やめてください!ハティの意思も確認せずに、勝手なことを!」
思わず大きな声が出た。だって、テイムは魔獣に服従を強制するんだよね。そんなことハティに掛けさせるわけにいかない。
そう言ってハティを庇ったら、当のハティが私のほっぺを舐めて『大丈夫』と言った。
私の前に勇ましく立ったハティに、ドミティアさんがテイムを掛ける。でも、何も変化はなかった。
「そんな、馬鹿な!」
それから何度も掛け直すけど、ハティに変化は一向に起きなかった。
「ハティ、大丈夫⁉」
『うん、なんともないよ』
「良かった」
私はハティの無事を確認すると、ギュッと抱きしめた。
そんな私たちを離れてイリアス殿下が見ながら、ドミティアさんと何かを小さな声で話していた。
「あれはああ見えて、最上位魔獣だ。お前のスキルでは毛先一本とて従えられまい」
「……最上位魔獣?うそよ、それがあんなに……」
「ああ、あの者は別にスキルを使っているわけではない。『親愛』で最上位魔獣と結ばれている。お前にそれができるか?これがあの者とお前の格の差というものだ」
何を言ったかまでは分からないけど、ドミティアさんは深く項垂れて、取り巻きさんたちに支えられて部屋を出て行った。気の毒ではあるけれど、少しホッとする。
「ドミティアさん、大丈夫ですか?」
私は心配になってイリアス殿下に近付いて尋ねた。すると、殿下は私を見て、ほんの少しだけ目を細めるようにして表情を緩めた。
「この世界は、スキルが大きな意味を持つ世界だ。だが、スキルを超えるものが確かにあると、あの者も分かっただろう」
うーん、何となく分かるような気もするけど、よく分からないや。
「分からなくてもいい。それは無意識下だからこそ価値があるものだ。それより、早く帰ってやるといい。きっとフェンリルも首を長くして待っている。後のすべきことは、私が片付けておいてやる」
あれ?なんか、イリアス殿下が優しい?明日、花とか降ってきたらどうしよう。
「今、失礼なことを考えていただろう」
「すみません」
「そこは否定しろ」
そう言って、私に優しいチョップをした。この間のでこの技を覚えたらしい。
突然、大きな咳払いが聞こえた。王子とユーシスさんだ。乾燥ですか?
「取りあえず送る」
そう言って私に手を差し出した。片手にはハティを抱っこしている。スコルはユーシスさんとの挨拶があるから、後から帰って来るみたい。
私は王子の手をギュッと握った。
よし、帰ろう。ベースキャンプへ!
このお話で一番苦労した人は、ウェイターさんです。地獄だったでしょうね。
そういえば、最近お父さんの出番がありませんでした。
では、また次話も閲覧をお願いします。




