50 お触り厳禁
やっと……投稿でき、た(屍)
急いで投稿したので、ちょっとセリカ側の役職を修正しました。
令嬢事件は一段落したけど、瓦礫と化した見学席の柵はそのままだった。大丈夫なのかユーシスさんに聞いてみたら、「あのままなら、しばらく誰も来ないからちょうどいいな」と笑っていた。
……それでいいんだ。誰か偉い人に怒られないの?
「ハルが心配するようなことは何もないよ」
そう言ってまた頭を撫でられてしまった。セットした髪が崩れないようにポンポンと。
取りあえず、差し入れを渡すことにするよ。せっかく出したから、どうせなら冷たいうちに味わってもらいたいからね。
レモンは出して大丈夫か聞いたら、南方の内陸で採れるから、安くはないけど珍しくはないらしいから、遠慮なく実も入れておいた。クエン酸は疲れが取れるからね。
みんなにおしぼりを渡して、飲み物とトマトが行き渡ると、「うめぇ!」「生き返る」と喜んでいる声が聞こえた。中には、珍しいものを口にした感動なのか、私に握手を求める人もいたけど、有紗ちゃんが何故か追い払っていた。有紗ちゃんの分はちゃんと分けてあるから大丈夫なのに。
でも、やっぱり人に喜んでもらえるのは嬉しいね。
私がニヤニヤしながらガルにレモンを食べさせていると、隣に座ってきた有紗ちゃんが私に向かって大きくお口を開けて見せた。
はいはい。
「何でだろう。波瑠に食べさせてもらうと、余計に美味しく感じるのよね」
気持ちの問題だね。
私が苦笑していると、ユーシスさんがガルを抱っこして、ガルが居た場所に座った。
そして、有紗ちゃんとまったく同じくお口を開けている。
やれやれ。
「うん。アリサ様のおっしゃるとおり、ハルに食べさせてもらうのは格別だ」
そう言って笑うと、騎士さんや神官さんたちの方がざわついた。「あんなの、『鉄壁』じゃない!」って聞こえたけど、ユーシスさんは平常運転だよね。
ユーシスさんがそちらを見やると静かになったけど、そういえば、みんないるんだった。ついついベースキャンプの癖でやってしまった!
「すいません。今度から気を付けます」
私が反省して謝ると、もう一度ユーシスさんが笑った。
「ハルが謝ることじゃない。でも、俺たち以外にやってはダメだよ」
俺たちって、ベースキャンプに滞在する人たちのことかな。もちろんです!私は頷いて見せた。
「ハルは付け込まれやすいから、気を付けるように」
ユーシスさんの満面の笑顔と再びの頭ポンポンに、有紗ちゃんとガルの呆れ声がする。
「私が言うのもなんだけど、ユーシスも大概よね」
『まあ、いいんじゃないか?人間の騎士がいれば、余計なヤツは寄って来ないだろ』
私、付け込まれているの?いつ⁉あ、お父さんか。確かに、レーヴァテインの件は完全に付け込まれているね。心配してくれてありがとうございます。
「うん。今度から、お父さんには気を付ける」
「…………まあ、いいや」
『父さんも自業自得だしな』
休憩もいち段落して、私たちが王宮へと引き上げようとしたタイミングで、王子が迎えに来てくれた。有紗ちゃんとユーシスさんは一度身支度を整えに行くので解散して、私と王子とガルは、また魔術庁のある王宮の一画へ移動。王子の執務室みたいな所でお茶をして待つことになった。
そう言えば、私もだけど、ガルってこのまま連れて行ってもいいのか、と思っていると、王子が掻い摘んで事情を説明してくれた。
王子宮でのお父さん乱入事件は、私を巡って起きた事だとは公表されていないけど、イリアス殿下がお父さん怒らせたことは公表されていて、王子がフェンリル一族と繋がりがあることは認識されているみたい。
そう言えば、スコルは何度も王宮との連絡役でユーシスさんに会いに行っているから、ガルが王宮を歩いていても別に騒がれることは無いか。
じゃあ私の身分はというと、王家預かりの異世界人ということはもう伏せないって。
わざわざ喧伝する訳じゃないけど、礼儀上セリカには言っておく程度には秘密にはしないという感じ。侍女っていうのは便宜上の身分で、実際はただのガルのお世話役が公式だ。
もちろん私のスキルとレジェンドとの繋がりは伏せるけど、そこは王子関係で私とガルは知り合いで、ガルと仲良しだから世話役に抜擢ってことで押しとくと言っていた。
私が使節団の随行に選ばれたのはそんな設定だけど、付け足すと、私は言語取得しなくても会話に不自由しないこともあるみたい。そうだよね。多分使者なら本人が喋れるか通訳がいるだろうけど、直接意思疎通できるのは有事の時には大きな強みだと思う。
ちなみに、大国であるレンダール語やセリカ語は、他国の貴族や教育を受けている人は日常会話程度ならみんな話せるみたい。
そう言えば、王宮や神殿に流れていた私の悪い噂は、聖女様直々に訂正してくれたから、私が姿を消したのは別の場所で保護をしていたからとちゃんと説明もしてくれているし、私と有紗ちゃんが不仲じゃないのは周知の事実になっているって。
私は何もしていないから少し心苦しいけど、もう疑われていないことに少しホッとした。やっぱり、自分では違うと分かっていても他人から悪く思われているのは淋しいもの。
大まかに私の役割を把握したところで、私たちは一度昼食を食べに、懐かしの食堂へ行くことになった。最後に行ったのは、もう三ヵ月近く前のことだから、みんなに会えるのは嬉しい。そう思って、王子たちが配慮してくれたんだと思う。
そこで有紗ちゃんとユーシスさんと合流して、私が王宮に顔を出すと、顔見知りだった人たちが次々に話しかけてくれた。知り合いはごく一部の人だったけど、お掃除のメイドさんや食堂で行き会う文官や武官の人たちだ。
何と言っても、王子とユーシスさんのおやつを作るのに協力してくれていた食堂の人たちは、会えたらすごく喜んでくれた。
特にクッキーを最初に一緒に作った人は、ノリクさんと言うのだけれど、自分で工夫をしていろいろな味のクッキーを作れるようになったって言って、私にドライフルーツの入ったものや塩っ気のある野菜系のもの、アイシングクッキーみたいなものまであって、それをお土産にしてくれたよ。
直接的に私の身分を明かしたことは無かったけど、多分みんなは分かっていたと思う。それなのに、あんな噂がある中で突然消えた私をみんなは心配してくれていた。メガネは無くなっちゃったけど、元気そうで良かったって。
食堂にいた人たちと、そんな感じでご飯を食べた。
最初、王子や有紗ちゃんがいることに緊張していたみたいだけど、遠慮のない私の態度に、徐々に打ち解けていった。
その日の昼食は、定番の牛肉いっぱい洋風煮とマッシュポテトと葉物野菜のサラダだったけど、前に食べた時よりもずっとずっと美味しかったよ。
もう私の拠点はベースキャンプだけど、追放された後みたく来ることを躊躇う場所じゃなくなった。
また何度でも遊びに来たいと思えるようになったのは、王子やユーシスさん、有紗ちゃんが下地を作ってくれたおかげだ。
「みんな、本当にありがとう」
ちょっと涙ぐんだ私に、ユーシスさんが頭を、王子が肩をポンとしてくれて、有紗ちゃんが最後にギュッとしてくれた。
みんなのためなら、どんなことも頑張れる気がするよ。
午後はいよいよ打ち合わせだ。
私は有紗ちゃんにお化粧をしてもらって、ふんすと鼻を鳴らすくらい意気込んだ。
「お前は、別に気負わなくていいんだよ」
鼻息の荒い私に王子が苦笑する。私はただ、挨拶をすればいいって。
打ち合わせの前情報を王子が教えてくれる。
参加するのは、レンダール側が警備の責任者であるユーシスさんとセシルさん、セリカ側が同じく警備担当のファルハドさんという、軍で一番偉い人の補佐をしている人。
王子たちは、別の偉い人たちの会議に出るって。
そっちの会議は、セリカ側が、アスパカラで一番偉い州侯の下に就く令尹という役職のリヨウさんという使節団の代表の人と、そこの州の都督という軍の一番偉い人のサルジェさんという人で、レンダール側は王子三兄弟と外交担当の大臣という人と神殿側がセシルさんとは別の枢機卿の人が出るみたい。
ガルは顔見せと言って、王子に連れて行かれちゃったので別行動になった。淋しい。
私たちは実務の打ち合わせで、随行メンバーの紹介と、どのルートでどこの街に立ち寄るか、誰がどういう役割かを再確認するみたい。
実際の旅行メンバーはレンダールが私を含めて10人、セリカ側も10人の総勢20名。機動力を重視しての最小人数だって。私が完全に足を引っ張ってる気がするけどね!
王子たちの代わりにセシルさんが合流した。セシルさんは私を見て「可愛い!」と言ってくれたよ。きっと有紗ちゃんがお化粧をしてくれたお陰だね。
そう言うセシルさんも、今日はサイドで緩やかに髪を結んでいて、お淑やかで凄い綺麗だ。
実際の打ち合わせは、ほとんど挨拶だけだったよ。本当に必要な実務はもう終わっていて、最後の確認と私の顔見せだけだったっぽい。
ファルハドさんは、30歳前くらいの見るからに職業軍人って感じの人で、黒髪で、肌も浅黒くて、目も青みがかっているけど黒っぽかった。
多分レアリスさんよりも背は大きいけど、剽悍っていう感じで、何となくクロヒョウっぽいイメージだ。でも、喋り方が面倒見のいいガキ大将みたいなぶっきらぼうな感じで、怖い感じはしなかった。
使節団では、女性枠はどうやら私とセシルさんだけみたいで、ちょっと寂しいけど、強行軍の長旅に温室育ちのご令嬢なんて連れて行けないということが、嫌と言う程分かった。セリカに入ると、結構集落も無いような荒野があって、そこを横断するみたい。一日くらいは野宿があるみたいだよ。
快適とは言わないけど、出来るだけ配慮する、とファルハドさんが請け負ってくれた。
そうして会議が終わって廊下へ出ると、ちょうど話し合いの終わった王子と有紗ちゃん、イリアス殿下とアズレイドさんの四人と、セリカの人たちの一団に出くわした。レイセリク殿下は別の用事で別れたけど、四人でセリカの人たちを滞在している場所まで送っている最中っぽい。
ファルハドさんは少し彫りが深い顔立ちだったけど、他のセリカの人たちは、どこかアジアンな顔立ちだった。
リヨウさんは20代半ばの王子くらいの体型で、日本人の私と似たような髪や肌色だった。
綺麗に整えられたお髭がカッコいいサルジェさんは、30代後半くらいのがっちりした「軍の偉い人」って感じの見たままの人で、浅黒い肌に黒髪にこげ茶の目をしていて、リヨウさんと違ったアジアンテイストだった。
サルジェさんだけが生粋のアスパカラの人で、ファルハドさんはアスパカラの西の属州出身の人で、リヨウさんはセリカの首都セラから派遣された人みたい。
セリカって、服装はどこか中華風だけど、リヨウさん、サルジェさん、ファルハドさんの特徴はそれぞれ東、中央、西アジアの広い範囲って感じがする。レンダールもそうだけど、名前の響きも多国籍だ。
聞いてみたら、もう外国じゃんっていうくらい凄く広大な領土だから、東の人と西の人では風習や外見も変わるみたい。
挨拶をすると、一重のアーモンド型の涼し気な目のリヨウさんが、その目を細めて私を見た。
「これは、こんなに可愛らしいお嬢さんと同道できて幸運ですね」
見た目は漢服っぽい古風なアジアンテイストなのに、とんだフェミニストだった。レンダールのフェミニスト代表ユーシスさんに負けず劣らずだね。
「あ、ありがとうございます?」
びっくりして、思わずお礼が疑問形になってしまった。どの世界でもいつの時代でも、社交辞令ってあるものなんだね。
「貴女は、聖女様と同じく、異世界からいらっしゃったと伺いました。長い道中です。是非、我々にも異世界のお話をお聞かせください」
あれ?一緒の馬車に乗るわけじゃないよね。あまり接触する時間は無いと思うけど。
そう言えば、セリカの人は私が異世界人ということに疑問を持っていないみたい。
実際に召喚したレンダールは当然にしても、もう少し疑って然るべきと思うんだけど、リヨウさんも他の方も、私や有紗ちゃんが異世界人ということをすんなりと受け入れているどころか、どこか喜んでいるようにも感じられる。
「私の国にも、異世界人が滞在された記録が残っています。だから、お会い出来れば、是非お話をしたいと思っておりました」
なるほど、だから異世界人に免疫があったんだね。でも、そんなにホイホイと異世界人ってこっちに来るものなのかな。
そんな私の疑問に答えるように、リヨウさんは爆弾を落とした。
「その方は、この国で『勇者』と呼ばれていたと記録にありますね」
例の「勇者」アヤト君だった!
そう言えば、白虎さんの所に行ったんだものね。
ある意味、お姉さんの聖女さんより、私にとっては因縁の人になっていると言える。
「今回、聖女様にはお越しいただけないと伺いましたので、貴女と勇者様のお話が出来ればと思いました。きっと有意義な時間になりますよ」
多分、アヤト君についてお話したら、完全に白虎さんのご披露前に、レジェンド関係を暴露しちゃう自信がある。王子たちもそう思っているのか、目で「やめておけ」と言っているのが分かる。
「ああ、あの、私もよく「勇者」様については存じ上げなくて……」
私が、心で泣きそうになりながらも、必死に曖昧な微笑みで誤魔化していると、リヨウさんがスッと近付いて私の手を取った。
「そんな仕草も可愛らしいですね。ハルとお呼びしてもいいですか?」
「は、はい」
すっごいフレンドリーに言うので、思わず返事してしまった。それを聞いて破顔っていうくらい微笑むと、リヨウさんは少し身を屈めて私の手を持ち上げて、まるで王族の女性への敬意を示すように私の手を口元に持って行った。
「リヨウ殿⁉」
王子の慌てた声が聞こえたけど、その直後にリヨウさんに異変が起きた。
「痛たっ!……ん?」
私の手の甲が、リヨウさんの唇につく直前に、リヨウさんがビクッとなった。
で、自分の足元を見る視線に釣られて、その場の全員が見ると、リヨウさんの足にガルが噛みついていた。
思わずサルジェさんとファルハドさんが身動きした。
「マーナガルム殿!」
気色ばむファルハドさんに、ガルは可愛く小首を傾げて言った。
『勝手にお触りはダメだぞ、人間』
その可愛さに逆らえる人間が、果たしているだろうか。否、いない。
それに、最上位魔獣の一角であるガルは、人間の権力の範囲外にいるものね。言っていることも紳士的なことだから、なおのことファルハドさんも何も言えないみたい。
噛まれたリヨウさん本人が苦笑して、「仰せのままに」と私の手を放してくれた。
ガルがこれまた可愛く頷いたので、何となくその場が和やかになったよ。
ありがとう、ガル。国の偉い人への対応なんて、本当にどうしたらいいか分からなかったから、助かった。
「リヨウ殿。そういう訳で、今後、マーナガルムの言を尊重いただけるとありがたい」
王子が、さり気なく私とリヨウさんの間に入って取りなしてくれた。
で、少しリヨウさんから引き離すように、私の肩に手を回した。
「痛てッ!」
何故か王子が痛がる声を上げた。
また、目線を下に向けると、ガルが王子の足を噛んでいる。
『勝手にお触りはダメだぞ、人間の王子』
「俺もかよ!!」
外交も何もかもかなぐり捨てた王子のツッコミが響いた。
その後、何故か有紗ちゃんが、ガルにサムズアップしていたよ。
また首を絞めると分かっていて新しい人を出す。
作者はどМなのでしょうか。
王子を虐げることに喜びを見出しているのでSだと思っていたのですが。
前書きでも載せたんですが、役職をちょっと修正しました。今話の本編に影響はありません。
作者のヘキはさておき、現在本業に自由な時間をフライアウェイされていて、更新がこれまで以上に不定期になるかもしれませんが、合間を見つけて書いていきます!
近況というか、7月8日にネット小説大賞の最終結果が発表となり、本作に出版社様からの講評をいただきました。思わぬお褒めをいただき、「あれ、作品間違ってないよね?」と心配になった程です。「騎士や王子もカッコいい」と言っていただいたので、より一層、リアクション芸やゴリラやキャベツ斬りに磨きをかけていきたいと思います。
またの閲覧をよろしくお願いいたします。




