5 追放されました
シリアス続きます。
王子たちに書いた手紙をテーブルに置いたところで、ちょうどドアをノックする音がした。
ドアに近付くと、気配を察したのか、相手から声を掛けてきた。
「聖女様の使いのレアリスだ。準備はできたか?」
私は緊張でドキドキして胸が苦しくなったが、意を決してドアを開けた。
レアリスさんは、王子より少し背の高い黒髪の人だった。
護衛騎士の人ってイケメンしかなれないのかな?
ユーシスさんと違って、寡黙そうな人だ。
その目が私を見下ろす。やっぱりと言うか、すごく冷たい視線だった。
「お前が荷物を持ち歩いていると不審に思われる」
そう言って手を出す。荷物を渡せということらしい。
不審って、私が出て行くの、この国の意向じゃなくて、北条さんの独断なのかな。
いや、最初はおじさんたち追放に乗り気だったから、もしかしたら見送りもなく粛々と去れということかも。
なんか、もうどちらでもいいけど。
私が荷物を渡すと、驚いたようにレアリスさんが眉を上げた。
「これだけか?」
「……?はい」
どうやら、想像より相当軽かったようだ。
「宝飾品は?」
「……?ありませんけど?」
宝飾品なんて高価なものは持ってない。アクセサリーと言えるのは、元の世界から着けている、髪を括ってる小さなトルコ石が付いた髪ゴムだけだ。
「殿下にねだっていなかったか?」
そういえば、王子はあれから装身具をつけろとは言わなくなったけど、その前に女官さんに私のアクセサリー作れっていったのを誰か聞いていたのかな?
「私は聖女じゃないので、「聖女予算」は北条さんに使ってほしいと伝えましたから、特に何ももらってません」
私がそう言うと、レアリスさんは片眉を上げた。
「では、本当に資産はこれだけか?」
頷くと、盛大に顔を顰められる。
みすぼらしいと思われたのかな。王子も貧乏くさいって言ってたし。
ああ、人間宝石箱みたいな北条さんが基準なら、確かにそうだろう。
でも何もしていないのに高価なものは貰えないよね。
そうか、資産か。そういうの持っていれば、いざという時換金できるのか。もらっておいた方が良かったのかな。
いやいや、いくら王子でも、人からもらったものは売れないだろう。
良かった、我に返って。危うく悪魔に魂を売り渡すところだった。
不審そうな変な顔をしているレアリスさんだったけど、私と目が合うとスッとそれを逸らして言った。
「では、裏門のゴミ搬出口に箱馬車を停めてある。私が出て300数えてから来い」
なるほど、レアリスさんと私の接点を隠したいんですね。
こうなると、やっぱり北条さんの独断かな。だって、上の総意なら隠す必要もない。
まあ、それこそどっちでもいい。
今は北条さんと離れたい一心だったから。
私が素直に頷いたので、またレアリスさんは面食らった顔をした。きっと抵抗とか予想していたのに、私があまりに従順なので驚いているのかな。
そんなやり取りをしながらも、レアリスさんはさっさと荷物を持って行ってしまった。
私は約束どおり300数えてから部屋を出た。
あまり行ったことは無い裏門の方へ進んでいく。
途中までは図書館への道と変わりないので、すれ違う人も私を不審に思うことはなかった。
外用の分厚いローブを着てるのも、今日は特に冷えるから問題ない。
そうして無事に馬車までたどり着くと、少しドアを開けてレアリスさんが馬車の中で待っていた。
訓練場の階段もそうだけど、この世界のものは全体的に大きく出来ているんだけど、馬車の踏み台も結構高い位置にあって、私はよじ登るしかないことにため息を吐いた。
誰だ、運動音痴と言ったやつ。はい、私自身です。
すると、人の目を気にしたのか、いつまでも上がってこない私にレアリスさんが手を貸してくれた。
素直に「ありがとうございます」と言うと、またあの変な顔をした。
私がお礼を言ったのが、相当意外だったみたい。
もう、いちいち私の行動が気に障るなら放っておけばいいのに。
やがて馬車は出発する。私はレアリスさんと一番距離が取れる、斜め前に座った。それも馬車の壁に張り付くくらいに端に寄った。
「荷物をもらえますか?」
私が尋ねると、かなり不愉快そうな顔をしたが、ちゃんと渡してくれた。
これからこれが私の命綱となるのものだ。持っていないと不安になる。
念のため中身を確認し、一つも損なわれていないことを確認した。
ただ、私が詰めた順番と変わっていたので、恐らくレアリスさんが中身を検めたものと思われる。下着類は別に包まって一番奥にあったので、そこはかき回されなかったようだ。
腹が立つけど、何か持ち出してはいけないものがないか確認したと言われればそれまでだ。
「私を盗人扱いするつもりか?」
「は?」
私が物が無くなっていないかチェックしたのが気に食わなかったらしい。
どの口がそんなことを言うの?自分はひとの荷物を漁っておいて。
初対面の知らない人、それも私に敵意を持つ人と喋るのは怖かったけど、今はそれを上回る怒りでそれを忘れた。
さすがにコミュ障気味でも、私だってキレるよ。
「あなたたちの『聖女様』は理不尽にこの世界に私を連れて来たうえに、また私を理不尽に追い出そうとしています。そんな人を、私は信じられません。もちろん、それに従うあなたも」
精一杯の目力を込めて相手を睨む。
「お前は聖女様を愚弄するのか」
静かだが、怒りの籠った声でレアリスさんは言う。
どうして私の声は聞いてもらえないのだろう。
「事実しか言ってません。私はあなたたちが言う聖女様に、腕を掴まれてここに来ました。それは召喚の時に、あそこにいた人たち全員が見ているはずです」
久々にキレたけれども、私は出来るだけ感情的にならないように反論した。
「聖女様は迷惑していると仰られている」
「私はここに来た時以来、一度もあなたたちの聖女様に接触した覚えはありません。それとも、こちらの事を学んだり、普通にご飯を食べてスキルの解明をすることが聖女様に迷惑をかけるんですか?」
それを迷惑と言われれば、もう私はこの世界で生きていく余地がない。
レアリスさんは少し目を眇めた。
「教えてください。こうして知らない世界で一人放り出されるような、どんな罪を私は犯したんですか?」
ある程度、第三者の陰口は仕方ないと諦めている。
でも、当事者である北条さんには、ちゃんと本当の事を知っておいてもらいたかった。
「本来、聖女の為にあるべき王族と騎士を、そなたが私用で独占している」
やはり、北条さんが言ってたことと同じ事を言う。
「確かにフォルセリア卿は私に付いてくれていますが、私は何度もお断りしましたよ。有能な方を私に縛り付けておくのは損失でしかないですから。それでもオーレリアン殿下はそれが必要と判断されました。あなたは殿下が私なんかの意見に左右される方だと思いますか?」
今度こそはっきりとレアリスさんが目を見開いた。
本当は、何故かユーシスさんがごり押しして、王子が許可したんだけど。
「知らなかったんですか?では、あなたが信じている私の姿は、いったい誰が作ったものなんでしょうかね」
誰かが事実を歪曲して伝えている。多分、儀式にいた偉い人たちだろうな。私のこと、邪魔っぽかったもの。
「あなた方は、自分に都合のいいものしか見ないんですね」
きっともう二度と会うことの無い人だ。それに、大人しく北条さんの言葉に従うんだ。これくらいの嫌味は許されるだろう。
でも、ああ、嫌だ。自分の気持ちを守るためとは思っても、他人と衝突するのは辛い。
急に胸が苦しくなる。
「この会話はもうやめましょう?疲れました。あなたもこんな人間に付き合うの嫌でしょう?」
何か言いたげだったが、レアリスさんは口を噤んだ。私もそれ以上することはないので、黙って馬車の外の景色を眺めていた。
無言の時間がゆっくりと過ぎていく。
しばらくして、何か様子がおかしいことに気付く。
もうかなりの時間走っているし、街並みも通り過ぎたのに、馬車が一向に止まらないのだ。
「……レアリスさん?」
私が心細く問い掛けると、ヘーゼル色の瞳が黙ってこちらを睨んでいる。
ああ、私の行き先は街なんかじゃないんだ。
「私は、そんなに邪魔なんですか?」
震える声で私は続ける。
どんどん郊外というより、鬱蒼とした森の方へ進む馬車の行く先は、どう考えても穏やかな場所は望めないと感じた。
私を殺したいほど邪魔に思っていたなんて、いったい私が北条さんに何をしたというのだろう。
それとも他の誰か?
涙が溢れてきた。
こんな世界で最期を迎えるなんて、想像もしていなかった。
「北条さんは、私が生きていることも嫌なんですか?」
両親のように、理不尽な死があることは知っている。
でも、こんな悪意を以って与えられるものは、哀しすぎる。
「……殺しは、しない。それに聖女様はご存じない」
ぽつりとレアリスさんの方から声がした。
何故だか、それは嘘ではないと思った。だけどまったくの無事は信じられなかった。
レアリスさんは、あの偉い人たちの陣営の人なんだ。
「そっか。北条さんは知らないんだ」
少しだけ、北条さんが命じたことでは無い事に、私は安堵した。
それきり、馬車が止まるまで、レアリスさんは私を睨んだまま一言も喋らなかった。
馬車が目的地に着いたようだった。
もう街の影すら見えない森の入り口だった。
先にレアリスさんが降り、次いで私も外に出ようとした。
上った時も感じたが、下りる時の階段は、それよりも驚くほど高く感じる。
階段に躊躇する私を、レアリスさんは無言で荷物ごと抱えて下ろしてくれた。
「あ、ありがとうございます」
思わぬ至近距離にびっくりしてお礼を言うと、レアリスさんは苦し気に顔を顰める。
地面に下ろされて、レアリスさんを見上げると、ついてこいというように顎をしゃくられた。
森の中へ入り、しばらく歩くと、もう方向感覚がおかしくなっていた。
私は運動音痴だけど方向音痴ではないはずだけれど。
富士の樹海的なものなのだろうか。
やがて、一つの朽ちかけた小屋が現れた。
北側に崖を背負っていて、その崖の岩間から水が流れていた。おそらく、ここに置き去りにするのだろう。
確かに殺されはしない。
だけど、今死ぬのとゆっくり死ぬのと、何が違うのかな。
歩いているうちに止まった涙が、またあふれ出した。
レアリスさんは、私の真正面に向き直って私を見つめる。
部屋を訪れた時のような険は取れていたけど、それでも厳しい表情に変わりはない。
不意に、一つに結んでいた髪を解かれ、眼鏡を抜き取られた。
再びびっくりしていると、今度は涙の溜まった目元を固い指先で拭われた。
そしてそのまま頬を撫でられる。
私はどうしていいかわからなくなって、硬直していた。
そんな場合ではないのに、顔が熱を持つ。
今は眼鏡を外されているので、レアリスさんがどんな顔をしているかぼやけて分からないけど、痛いほどの視線は感じる。
ぼんやりと、レアリスさんが私に近づくのが分かった。
「恨むなら、私だけを恨め」
耳元で囁かれる声に合わせ、頬を撫でた手が首に掛かる。
それと同時に強い圧迫を感じ、そのまま私の意識は途切れた。
次話はようやくスキルのお話です。
また明日投稿します。
閲覧ありがとうございました。