48 呪いは解けた……のか?
あの寿司……呪文問題に着手します。
使節団出発まで1日となった。
流石にノーミーティングで使節団に加わるのは無理なので、私も王宮での会議に参加することになる。
一応、侍女的な役割でガルにつくので、お母さまからいただいた華美じゃない裾の長いシャツワンピースドレス風の侍女服に着替えて、ベースキャンプから役作りだ。髪は、サイド編み込みアップスタイルで、こちらの女性にしては少し短い私の髪を誤魔化すよ。
いつものアウトドアのパンツスタイルじゃないから、変じゃないかな。
今日のお当番の王子に聞くと、「クソ。悪くない!」と吐き捨てられた。聞いた私が悪かった。
素直じゃない王子のことだから駄目じゃないと思うんだけど、悪態吐くってどういうこと?
それはともかく、最初王子が王宮まで送ってくれることになってたんだけど、今日は約束の時間より少し早めに出発することになった。今後王子がいない時の緊急回避策として、ベースキャンプにも設置してあった転移の魔道具を使えるように、試しにここから王宮まで使ってみることになったからだ。
魔道具って、鉱山から採れる魔石っていう貴重な石を使ってるって言うから、私のスキルで見てみたら、あった。
何かねぇ、5段階くらいの値段帯があって王子に見せたら、そっと上の二つは手で隠された。
「俺は見なかった。何も見なかったからな」
「了解です」
そうして、下から2番目の魔石を10個交換した後、スキルの「魔石」の項目はそっと閉じられた。
ちなみに、天恵で半額なのに、下から2番目で1個50万ポイントしたよ。
チラッと見えた一番上の魔石は、2億とか見えた。特級ポーションより高額だ。
はい。封印案件となりました。
取りあえず、動力の魔石を王子に渡し、使い方を聞いてみた。
ベースキャンプに設置してあるのは、地面に魔法陣というのを描くスタイルで、この他に巻物に書いて持ち歩くもの、装身具に付与して身に着けるものがあるみたい。
聞いて驚いたんだけど、王子が私にくれたネックレスは、通常は私に攻撃が加えられると防御とカウンターが発動するものらしい。それに、チャームになっている指輪の部分を指に嵌めると、それが転移装置になるみたい。……どれだけ貴重なものか、怖くて聞けなかった。
そんな凄い道具だけど、やっぱり転移の時はあの言葉を唱えないといけないらしい。
私には、あの寿司……呪文はかなりの勇気を要するものだった。
「それはともかく、ここの陣も巻物も、事前に魔石を装填しておいて魔力を流せば起動する。で、呪文を唱えれば指定した座標に飛べる仕組みだ」
ふむふむ、と頷いたけど、あれ?私って魔力ないよね?
「……………………すまん」
「……どういたしまして」
魔力を持っていることがこの世界の基本的事項過ぎて、さすがの王子も忘れていたみたい。ショックの余り地面にしゃがみ込んだ王子に、私はふと気付いたことを伝える。
「魔力って、自分の魔力じゃないと転移できないの?」
「いや。外部からの魔力で大丈夫だが、魔力の無いお前にどうやったら魔力を持たせられるか、見当もつかん」
やっぱり。でももしかしたら、と思う。
「私のスキルで見た時、ポーションの種類がいくつかあったんだけど、魔力回復ってポーション自体が魔力っぽいってことだよね?」
確かポーションには、お馴染みの「傷薬」と「体力回復」、「解毒」、「魔力回復」があったんだよね。
ポーション全部が魔法薬みたいだけど、多分「魔力」成分としては認識されなさそう。転移の時に必要なのは「魔力」自体を直接的に流すことみたいだし。
その点「魔力回復」ポーションはいわゆる造血剤みたいなものらしいから、構成成分そのものが「魔力」として認識されないかなって思いました。
それを話すと、王子の目がギラギラとした。私の言いたい事が分かったみたい。
「お前、天才か?」
「いやぁ、それほどでも」
今後、魔法陣の使い方の幅が広がるかもしれない、と王子が感心して、私の頭をいい子いい子と撫でた。照れるけど、なんか嬉しいね。
それで、試しにやってみることになったよ。レッツトライ!
まずは、魔力回復ポーションを交換。王子とその画面を見ると、バッと突然画面の上の方を手で隠した。そこには、「特級」の文字が……。
「……見たか?」
「いえ、何も見えませんでした」
本日二つ目の封印事案が発生しました。
一番下のポーションを交換してスキルをオフ。
き、気を取り直して、次いってみよー!
魔法陣は、お庭の片隅に三方だけ壁がある納屋みたいなのを作って、そこに設置してある。防犯の必要も無いから、専用の金庫みたいなのに入れた魔石も置いてあるよ。
まずは魔石の使い方からだけど、何のことは無く、ただ魔法陣の上に魔石を置くだけ。1回の転移で下から2番目の魔石が1個だ。正規の片道運賃100万円かぁ。本当に緊急事態用だよね。ユーシスさんもレアリスさんもどうりで使ったことが無いわけだ。
で、あとはその上に乗っかって、魔力回復ポーションを垂らして呪文を唱えるだけなんだけど、ちょっと躊躇する。
そんな時、ふと魔法陣を見たんだけど、なんか見覚えのある文字が見えた。
魔法陣は、多分こちらの言語でいろんな意味を書いているもので、形は円の中に雪の結晶みたいな綺麗な模様になっている。その中の円が二重になっているところに、なんだか日本語のカタカナが見えたよ。
「ねえ、王子。私にはこの部分が例の呪文に見えるんだけど」
「何⁉」
王子が驚いて声を上げた。どこだ、と尋ねる王子に、私は指を差してどの文字がどの発音に対応するか説明した。すると、もう一度王子は地面に膝を突いた。
「ふふ。まんまと騙されたよ」
「……王子が壊れた」
地面を見ながら笑う王子、怖い。
「クソッ!あの呪文はただの発動の鍵だったのか!」
どうやらあの寿司ネタ……魚介類たちは、どういう魔法でどこへ行くのかという二つの言葉をつなぐための呪文だったみたい。
この国の人たちはずっと、あの寿司ネタ……魚介類たちにこそ力があるのだと思っていたみたいだけど、私がその言葉を解明してあげたら、とんだ勘違いだったとのこと。それは、さぞ悔しかろうね。
「だったら、ここは何の言葉でもいけるのか?」
王子がブツブツと何かを言い出して、地面の魔法陣のあの部分を別の言葉に置き換えていた。今度は「私を導いてください」という意味のレンダールでメジャーな神様への祈りの古代語だ。それを描いた後に、王子が陣の上に乗ってその単語を唱えるけど、うんともすんとも言わなかった。
また王子が、ああでもないこうでもない、と考察が始まってしまいそうだったので、取りあえず私は当初の目的を思い出させることにした。
「王子。もしかしたら、私が見た文字が何かの翻訳が入っちゃったかもしれないから、向こうで有紗ちゃんにも確認してもらおうよ」
「ん。うーん、そうだな。よし、さっそく行くぞ」
そう言って王子は私の手を取ると、素早く呪文を言って転移してしまった。
え?魔法陣で練習するんじゃないの?
さっきの元値1個100万の魔石、無駄にならないよね。
王子が、魔法陣で飛んだ場所は、有紗ちゃんが訓練をしている騎士団の円形闘技場みたいな場所だった。その先で、神官の人たちと騎士団の人たちとの連携訓練をしているところだ。
あ、有紗ちゃんとユーシスさんだ。
急に現れた王子に、有紗ちゃんとユーシスさんが呆れていた。
「殿下、お時間にはまだ早いようですが」
「ホント、何してるのよ」
「アリサ、ちょっと実験するから来い」
「あ、ちょっと!」
そう言って、私が二人に挨拶する暇も与えず、私の手を繋いだまま、有紗ちゃんの襟首を掴んでまた転移した。ユーシスさんに至っては、私がいたことも気付かなかったんじゃないかな。
みなさん、ホントすみません!
今度飛んだ場所は、王子の職場である魔術庁だった。その中の実験場みたいな地下に連れてこられた。そこの床には大きな転移陣が描かれている。
「ハル、やっぱり同じか?」
「うん。そうみたい」
いろいろと諦めた私の目の前には、やっぱりあの呪文がある。王子と頷き合っている中で、有紗ちゃんが訝し気に私たちを見た。
「で、いったい何なの?」
「それがね、この陣を見てほしいんだけど。ここのところ」
私がある場所を差すと、有紗ちゃんの眉間にしわが寄った。
「これ、あの狂気の呪文じゃない」
「やっぱり有紗ちゃんにもそう見えるんだ」
これで懸案事項が解決した。
「あのね。この呪文はただ魔法を発動させるだけのキーワードで、この部分を違う言葉に変えても魔法が発動するのか試していたの」
「……絶対変えた方がいいわ」
そうだよね。
すると、今度はやけに有紗ちゃんが乗り気になった。王子と何やら呪文談義が始まる。なんか、二人には同じ気質を感じるのは気のせいだろうか。
「やっぱり、私たちの世界の言葉が鍵なんじゃないの?」
「そうだな。あれほど意味のない言葉だが、そちらの世界の言葉ということが発動する条件だったのかもしれないな」
という結論になりました。
「お前たちの世界の言葉で試してみようか。転移とか移動というのは何て言うんだ」
「日本語がいいのかな?」
「イクラもサーモンも日本語じゃないから、何語でもいいんじゃない?」
有紗ちゃんが冷静に突っ込む。そう言えば、有紗ちゃんのスキルは英語でも発動していたっけ。「聖なる炎」とかカッコいいよね。
「そうしたら、転移は『テレポーテーション』かしらね」
エスパーに続き、超能力シリーズ。アメコミとか一作出来そうだ。
「でも咄嗟の発動の時は長くない?」
「なら、『テレポート』で」
「よし、じゃあ、ちょっと試すぞ。『テレポート』」
王子が勢いよく唱えると、しゅんと消えた。やった、成功だ!
そして数分後また王子が戻ってきた。……ガルを小脇に抱えて。
『魔力消せって、こういうことかよ!』
「いや、ハルとアリサにもベースキャンプに行ったことを証明するためだ。悪いな」
王宮の結界を壊さないように、そぉーっと入るために魔力消してきたんだ。
一瞬で状況を把握した仔犬に怒られる王子。そりゃ、確かにびっくりするよね。
「だが、成功だ。クソ聖女め。二度とお前の呪いはごめんだ!」
今はいない聖女に向かって、王子が悪態を吐いた。気持ちは分からないでもない。
「そういえば、聖女さんが残した魔法って、あと何があるんだっけ?」
「うん?ああ、『流星』と『劫火』だな」
「甘味と粉もののやつだね」
「字数が必要無ければそのままでもいいけど、『流星』だと『ミーティア』かギリシア語語源の『メテオ』じゃない?」
「それなら『メテオ』一択だね」
「やっぱりね。『メテオ』に決まり」
私たち二人の意識はやっぱり日本文化に基づいているね。私はワクワクしながら有紗ちゃんに提案する。
「そうすると『劫火』は『ヘルファイア』か『インフェルノ』がいいかな?」
「語源からするとどっちも微妙だけど、『インフェルノ』の方が中二臭くていいわね」
「……お前たち、なんか楽しそうだな」
そりゃあもう、楽しいです。
っていうか、それを唱えている王子が見たいです。きっと中二の子も裸足で逃げ出すよ。
「この呪文の方が、王子はきっとカッコいいよ」
絶対、甘味や粉もの叫ぶよりはマシ。私、アレを唱えられたら、多分耐えられない!
「う。そ、そうか……」
『ぐえっ!人間の王子、放せよ!!』
何故か力が入ったらしい王子に抱えられていたガルが苦しがった。
「憐れな男ね。多分そうじゃないわ」
「う、うるさい。分かってるわ!」
どもりながら王子がガルを放すと、有紗ちゃんと口論を始めた。やっぱりこの二人仲いいよね。
王子の手からガルが私の方へ逃げてきたので、もっさりと逆毛だった背中を撫でてあげた。
「取りあえずだ!俺は、この大発見を今すぐ魔術庁に伝えて来る。お前たちは訓練場に送るから、後で合流しよう。ガルも悪いが、二人に付いていてくれ。詳しくはユーシスが知っているからな」
なんか、王子が妙に浮足立っていた。そうだよね。300年の研究が劇的に変わるとなったら、それはソワソワするよね。
そうして、私と有紗ちゃんとガルは元の訓練場の近くに送られた。
「だって、どうする?二人とも」
「うん。何をしたらいいか分からないから、良かったら訓練見学してもいい?」
『俺も一緒にいた方がいいんだろ』
「了解」
取りあえず、拉致られた有紗ちゃんの無事を知らせるのもあり、闘技場へ戻った。
「あ、その前に」
有紗ちゃんが急に言って、私に向き合った。それで、自分の髪から青い石の付いた小さな髪留めを抜いて、そっと私のまとめ髪に差してくれた。
「これは、聖女のお守りよ」
これ以上はないほど霊験あらたかなお守りだ。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
ちょっと泣きそうになってお礼を言ったら、有紗ちゃんがふと私に手を伸ばした。
私のサイドに残した短い髪を指に絡めて、にっこりと笑う。
「いつも可愛いけど、今日の波瑠はお人形みたいに可愛いわ」
キュン!って、心臓止まるかと思った!
「だから、くれぐれも気を付けなさいね」
え?どういうこと?
「ガル。いざとなったら、身分気にせず噛みついてOKよ」
『ん、分かった。身内もか?』
「敵味方老若男女問わず許可します」
え?どういうこと?いざって、何⁉
ぼ、暴力は良くないと思うよ?
私がデンジャラスな匂いにあたふたしていると、有紗ちゃんが大きくため息を吐いて、ガルに小さな声で話していた。
「この背徳感と妄想に駆られる装備、誰の指示なのかしら。ホント、オーレリアン様がヘタレ魔術バカで良かったわぁ」
『それ、人間の王子の母が持ってきてたぞ』
「……さすがは魔女。人間の欲望を掻き立てるすごいセンスだわ」
『安心しろ。俺がいるから』
「信用できるのってガルだけよ」
『……それは、世も末だよなぁ』
私を置き去りに、有紗ちゃんとガルで話が完結したようだった。
「なんの話だったの?」
「何でもないわ。セキュリティの話」
そう言って、有紗ちゃんが綺麗な顔で微笑んだ。
あの呪文、長いんですよね。
緊急事態の時に支障が出るので、後々のために問題解決しようと思いました。
決して作者が、「あれ?ウニとカニ、どっちが先だっけ?」と迷っていたからではありません。
これがリスクマネジメントです。




