表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/148

47 今だけは……

真面目回です。

 これ以上は、私が聞いて良いことか判断できない。


 そう思ってログハウスを出ようと思ったんだけど、入り口にいたイリアス殿下に捕まった。手首を掴まれて、そのままソファまで連れてこられた。


 え?私みたいな部外者が居てもいいの?


 イリアス殿下はお母さまに目で「どけ」と命じると、お母さまはやれやれといった体でイリアス殿下に席を譲った。そこに私の手を掴んだまま座ったので、私も引きずられて隣に座る羽目になった。

 この世界に来たばかりの時に、王子にも同じようにされたことがあったっけ。やっぱり王子と殿下は血縁であることは疑いない。


 少しでも落ち着けるように、お茶でも淹れようと思ったけど、身動きしたらイリアス殿下に引き寄せられて立ち上がれなかった。


 お母さまが着座すると、ようやくイリアス殿下は私の手を放した。


「王家の面倒事にこれ以上ハル殿を関わらせる気か」

「中途半端な情報を持たせる方が危ない。ここまで首を突っ込ませたのなら、最後まで知らせておくべきです」


「無用な危険に晒すことになるやもしれんぞ」

「それは私が排除します。ついでに何かあれば守ります」

「え?結構です」

 私が咄嗟に断ると、イリアス殿下が殺意の籠った目で私を睨んできた。今、まさに殿下からの危険に晒されています。だって、イリアス殿下に借りを作ると、後々面倒そうだもの。

 

 でも、イリアス殿下が言うように、確かに不用意な発言や行動をしないためには、ちゃんと全容を分かっていた方がいいと思う。知ったことで面倒事に巻き込まれたとしても、私は自分で判断ができるように知っておきたい。

 何より、この国の人たちのために、何かしてあげたいと思うんだ。


「いいのか、ハル殿」

「はい。王太子殿下の判断にお任せします」

 それに何かあっても私には、伝家の宝刀「お父さんに逃がしてもらう」があるから、大概のことは大丈夫と言えば大丈夫だ。

 私がそう言うと、「それはイリアスの守りより安全だな」と初めて見る笑顔を向けてくれた。

 貴公子の微笑みは威力が凄い。

 お母さまが「あらあら」と楽し気にイリアス殿下を見た。イリアス殿下は盛大な舌打ちをしたけど、その他に悪態を吐くこともなかった。


 微かな笑みを収めて、レイセリク殿下がイリアス殿下に尋ねる。

「そういえば、他の者たちは?」

「アズレイドを残し、皆王宮へ帰しました」

 外がやけに静かだと思ったら、何かを察知したイリアス殿下が、王子たちを帰らせたみたい。


「それで、ご説明いただけますか、兄上」

 威嚇するような声に、レイセリク殿下は今日何度目かのため息を吐いて、お母さまを見た。


「じゃあ、まず、事の発端から私が説明するわ」

 そう言ってお母さまは、まず国王陛下の生い立ちからお話してくれた。


 国王のアルフェリク様は、珍しい三つ子だったんだって。長男のアルフェリク様、弟のアルセイド様、末の妹のアルカレナ様。

 みんな驚くほど似ていたけど、特に陛下と弟君は三つ子兄妹にしか見分けがつかないほど似ていたらしい。


 7歳くらいまでは王宮で一緒に育ったけど、アルカレナ様が強い魔力を示すようになって、当時性別の違う多胎児の女児は不吉であるという迷信が蔓延っていたこともあり、末の姫は魔力の制御に長けたヴァンウェスタの黒の森に預けられることになったみたい。お母さまたちの一族のことだね。


 黒の森がある場所は、王領の狩猟地でもあって、毎年数週間は行事としてそこに滞在するのが恒例になっていたから、兄妹はその期間に交流をしていたって。

 お姫様は、長の家に預けられていて、結構腕利きの魔女だったみたい。リュシーお母さまは長の末娘だったので、アルカレナ様と年の離れた姉妹のように育ったそうだ。


 アルフェリク様は王太子として、アルセイド様は臣下として王太子を補佐し、アルカレナ様は魔女として魔物の脅威から国を守っていた。


 だけど、魔物の侵攻の他、外国勢力や神殿との軋轢が激化し、その中で当時の国王様が凶刃に斃れた。王の弟君を中心とした反現王の派閥の手によるものだったって。

 アルフェリク様とアルセイド様がその反乱を素早く鎮めた。あまりにもそっくりな二人はお互いの影武者になり、神出鬼没で影すら掴めないうちに混乱を鎮めたそう。

 見破れたのは、アルフェリク様の婚約者で現王妃のエフィーナ様だけだったって。「黒の森ではバレバレだったけどね」とお母さまが意地悪く言ったけど。


 そしてそのままアルフェリク様が順当に王座を継いだ。

 王が亡くなったから、かなりの混乱はあったけど、クーデターの割にはいろいろなことが最短で整えられたみたい。

 いかに二人の王子が優秀だったかという証拠だ。


 アルフェリク様が即位し、エフィーナ様と結婚して程なく、レイセリク殿下が誕生なさった。そしてその後3年ほどでイリアス殿下を懐妊された。


 アルフェリク様は賢君と認められ始めていたし、アルセイド様も兄と劣らない器量で国政を担っていたから、国民はようやく内政の安定を夢見ることができた。

 特に、前の王様が弟君に裏切られたことから、兄弟仲が良い事が国民の安堵を大きくしていたそう。


 そんな中、あとひと月でイリアス殿下が誕生という時に、ヴァンウェスタの狩猟地で、アルフェリク様が毒矢を受けて命を落とした。


 私とイリアス殿下の息を飲む音が静かに室内に響いた。


 聞き間違いかと思った。だけど、お母さまもレイセリク殿下も「アルフェリク様」が亡くなったと言った。


 まだ不安定な国内の反王政勢力の残党の仕業だったと、すぐに判明したんだって。


 たった4年で王が斃れる。

 ようやく国内が安定の兆しが見えてきた中での凶事に、このままでは王宮どころか国が以前の比ではない混乱に陥ると悟った国の重鎮とアルセイド様は、秘匿性の高い黒の森での出来事であることを利用し、亡くなったのは王弟「アルセイド様」であるとして、一気に反乱分子の殲滅を図った。

 それが功を奏して、世論も平和を乱す反乱分子を許さず、あっという間に炙り出されて組織は瓦解したそう。


 この入れ替わり劇が成功したのは、魔女となったアルカレナ様のお力で、気配から魔力、髪の一本に至るまで偽装できたためだそうだ。これは、三つ子だけに作用するスキルだったとお母さまが言う。


 今、アルフェリク様を名乗っておられるのは、王弟であるアルセイド様なんだ。


 そして、リュシーお母さまが王子を生むきっかけとなったのは、アルセイド様が黒の森で狩猟を隠れ蓑に、魔女たちへ国内の不穏な反乱分子の監視を依頼した際、落馬をして怪我をしたため、そのまま黒の森の長の家で療養したことだった。


 それまで、お二人は妹姫を介して知り合いだったものの、年齢は十歳も離れていたので、年の離れた妹として接していたけど、十七歳の花盛りだったリュシーさんに短くはない療養の中で何かが芽生えたのだろうと思う。

 お母さまは「ひ・み・つ」と言っていたけどね。


 その後お母さまと王子に会えたのは約11年後だけど、出会った時の王子の瞳の色が濃い紫色だったことに、王家の嫡流がアルセイド様に移ったのでは、と後悔したらしい。

 そして、その後すぐに婚約をしたレイセリク殿下に、もし子が生まれたら紫色の目ではない子になるかもしれないと、アルセイド様は事の次第を打ち明けたって。


 アルセイド様もレイセリク殿下も王位にしがみつきたい訳じゃなく、魔物の脅威が増す中、ただ徒に国が混乱することを避けたくて秘匿を選んだ。だけど、もし生まれて来る子に憂いが残るなら喜んで退位し、断罪が必要なら受け入れるつもりだったらしい。

 でも、アルフェリク様ほどこの国を安らかに治められる人はいないから、王族の証を持って生まれて欲しいと、知っている人みんなが願ったんだろうね。

 

 幸いというか、エルシス様はアルセイド様によく似た薄めの紫色の目をしていた。

 だから、余計に何をもって目の色が紫を得るのか分からなくなったみたい。


 そして、間もなくレイセリク殿下は第二子がお生まれになる。

 目の治療を躊躇することになったのは、万が一にも瞳の色が変わってしまい、それが子供の目の色に影響が出ることを恐れてのことだ。


 でもアルセイド様は、赤ちゃんが紫色の目をしていなかったら、今度こそ国に混乱を招いても、殿下たちのために犠牲になることも厭わないんだろうね。


 瞳の色なんて為政になんら影響が無いはずなのに、まるで呪いのようだ。

 だけど、その正統な血筋を表す瞳の色があったからこそ、二人の王様を失った混乱期でも求心力を失わずに済んだのも事実だと思う。



 私ですらショックを受けたこの話に、そっと隣のイリアス殿下を見ると、顔色は蒼白だった。

 ただ、その目だけはしっかりとレイセリク殿下を見ていたけど。


「イリアス。少しだけ付け加えさせてね」

 お母さまが、そっと言葉を重ねる。


「アルはね、オーレリアンのことは、「アルセイド」として愛しているけど、間違いなくあなたたち兄弟のことは「アルフェリク」として愛しているのよ。今の彼は、どちらも本当の自分なの」


 イリアス殿下がお母さまの言葉に思わず目を瞑る。

 そして静かに立ち上がった。


「少し、一人にしてくれ」


 そう言ってログハウスの二階に上がり、前に自分が使った部屋に入った。その後すぐに、部屋の周りに殿下の結界が張られたのを感じた。


「レイセリク殿下、お母さま。ここは私が預かってもいいですか?」

「……しかし」

 私が申し出ると、レイセリク殿下が躊躇したので、私は首を振った。


「アズレイドさんに残ってもらいますから、何かあっても大丈夫です。それにガルたちもいますし。多分殿下やお母さまが残られても、イリアス殿下は出て来づらいのではないかと思います」

 今、身内と顔を合わせるのは、多分イリアス殿下にとって重荷だと思う。

 イリアス殿下の心情に思い当たり、レイセリク殿下はようやく頷いてくれた。


「分かった。頼む」

「お願いね、ハルちゃん」

 お二人は、私に殿下を託して帰られた。


 その後にアズレイドさんを家に招いたけど、アズレイドさんは何も聞かずにいてくれた。


 お夕飯の時間になったので、お父さんと子供たちとアズレイドさんには昨日の中華の続きで牛肉チャーハンと海鮮たっぷり八宝菜ときくらげと卵の中華スープを食べてもらった。


 お籠りしてから二時間くらい経つから、殿下もお腹が空いているよね。


 殿下には、呆れられるかもしれないけど、またジャガイモ料理だ。だってこれは、殿下が王族だからこそ領民から贈られたものだからね。

 あったかいジャガイモのポタージュにコロッケサンドっていう使いまわし感が無きにしも非ずってとこだけど、一番食べやすいと思うんだ。


「ハル殿。俺が持って行こう」

 私が食事を届けに行こうとすると、アズレイドさんが声を掛けてくれた。でも私は首を振った。


「きっと今は、気を使わない私が持って行く方がいいです。大丈夫です。もし殿下に無体を働かれそうになったら、お父さんと王子のお守りでイリアス殿下はボコボコになりますから」

「……いや、さすがにそれはマズいと思うんだが」

 言葉を濁すアズレイドさんだったけど、私の顔を見て溜息を吐いた。


「確かに、今の御心の乱れている殿下には、ハル殿が一番良いと思う。が、何かあったら本当に俺を呼んでくれ。多分、フェンリルやオーレリアン殿下の守りだと、この家が吹き飛ぶ」


 冷静なアズレイドさんに言われて気付いた。確かにそうだ。私はしっかりとアズレイドさんに頷いて見せて、二階へ上がった。


 殿下の部屋の前で扉をノックする。

「波瑠です。そろそろお食事にしませんか?もう一度、殿下の領地のお芋を食べていただきたくて」

 そう伝えるけど、しばらく何の物音もしなかった。


 諦めて、廊下に小さいテーブルを出してその上にでも置いておくかな、と考えていると、ガチャッとドアが開いた。そして、声を掛ける間もなく、腕を取られて部屋の中に引き込まれた。


 光量を落としたLEDの灯りだけの薄暗い室内に、暗がりでも分かる程憔悴したイリアス殿下の顔があった。


「殿下。ご飯食べましょう。アズレイドさんも心配します」

 私が部屋の明かりを付けようとするのを、また腕を引いて引き留められた。


「私を慰めに来たのではないのか」

 殿下は自分でも思っても無い事を言う。そして、自虐的に笑うから、思わず背伸びして殿下の額にチョップしてしまった。


「っ!!」

 多分人生初チョップだったのだろう。イリアス殿下は、精神的な衝撃を受けて目を見開いていた。ちなみに、私も人生初チョップだ。


「私は殿下を心配してません。そもそも()()()()()で折れるような矜持だったら、私をいびったりレアリスさんのお腹を刺したりしないでしょ」


 国の為に命を懸けられるイリアス殿下なら、事情を自分の中で消化さえ出来れば、何事も無かったように振舞えるのは分かっている。


「王族なら、「それぐらいのこと」と言って、平然としていてください」


 お父さんだと信じていた人が実は違う人だったとしたら、それはショックだとは思う。それに実のお父さんが暗殺されたなんて、それも大きなショックだろうし、自分の人生が根元から揺らいだかもしれない。

 でも、それで殿下が折れるなんて許さないんだから。

 あの時、誰のことも罵らなかったのは、自分でもそれが最善だと思って、アルフェリク様、ううん、アルセイド様の愛情も疑いようがなかったからでしょ?何も問題ないじゃない。


「殿下は瑕疵の無い王族なのに、アルセイド様よりも悲劇ぶるなんて傲慢です」


 私が言い切ると、殿下は口元を微かに歪めて笑った。


「お前は、見た目に反してキツイ女だな」

「私、殿下には厳しくすることにしているので」


「そうか」

 そう言って、殿下は不意に私を力強く抱き締めた。


「ちょ、ちょっと、何してるんですか⁉私が声を上げたら、殿下ボコボコですよ⁉」

 思わず上擦った声を上げてしまった。


「厳しくてもいいし殴ってもいい。だが、今だけは……」


 言うと、私の背中に回った腕に力が入った。そして、その腕が少し震えているのに気付いた。


 仕方ないな。


「今だけですよ」

「ああ」


 しばらくして殿下の腕が緩んだ。


「私にとっての父は、あの方でいい」

「……はい」


 素直で静かな声がしたので、私はその背中をトントンとあやすように叩いた。


 私を囲った殿下の腕が、もう一度だけ力を強くした。




 翌日、王子が殿下を渋々迎えに来た。

 その際に、私は一つ聞いてみた。


「王子は、国王陛下のこと好き?」

「……なんだ、突然気持ち悪い質問して」

「うーん、何となく?」


 私が言葉を濁していると、王子が仕方ないなぁとばかりに答えてくれた。


「好きか嫌いかで言ったら嫌いじゃねぇよ。なんだかんだ言っても、俺たちを10年も探すようなもの好きだし、王としても努力してるし。表面はどうあれ、父親としては悪くないんじゃないか」


 へえ。男の子ってもっとシビアな目で見てると思ったけど、意外だなぁ。


 私は思わず王子の頭を撫でてしまった。いい子。


「ホント、どうした?」

「うーん、何となく?」


 陛下。あなたの息子たちは、結構、父親思いの子たちのようです。

イリアス嫌いの方にはブラウザバックものかもしれませんが、とりあえず王子3兄弟の問題解決編をお送りしました。

本当は1話で終わるはずだったのに、2話も費やしてしまった。

真面目回が2回続くと、禁断症状が出てきて、手が震えています。


次回も閲覧、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 予想以上にシリアスな内容だったので、イリアス殿下を「シリアス殿下」と空目しました(私の脳内が禁断症状を起こしました) イリアス殿下嫌いじゃなくなりましたけど、内心でめっちゃ罵って「今不快なこ…
[一言] 真面目回が2回も続くなんて…!(驚愕) 自分はイリアス殿下は結構好きです。 溺愛しそうで。
[気になる点] おわすれかもしれないが、エフィーナ妃の心情は結構やばめだとおもう。 姿が似てるだけ、でも息子を愛してくれる、でも、彼が本当に愛してるのは側妃。 うーん。なかなか。 [一言] この作品が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ