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46 王族の証

主人公のチートは武器だけじゃなかった、というのを思い出しました。

 みんなでキャベツの葬送を終えると、何故か身体を震わせて笑っていた白虎さんとびんちゃんが、二人で少しお話をした後で『そろそろ帰る』と言って旅立とうとしたので、私は慌ててお土産を用意した。


 銀鼠色の大風呂敷に、コロッケの余りで作ったコロッケサンドと、肉が好きなレジェンドの為に作り置きしてある唐揚げとだし巻き卵のお弁当と、びんちゃん用にたくさんのナッツ類を包んで白虎さんの首に結んだ。


「ハルに掛かると、伝説の魔獣なのに「おつかい」感が凄くなるな」

「ある意味、平和の証拠ではないでしょうか」

 残念感を漂わせて、王子とユーシスさんが話しているのが聞こえた。

 ごめん。でも、風呂敷結んだ白虎さんは可愛いから許して。


 びんちゃんが一度私の所へ飛んできて、ぴぴぴと話し掛けてくれた。『また会いたいと言っている』と白虎さんが教えてくれて、私も同じだと言うと、短いけどこれまで聞いたどんな音楽よりも綺麗な歌を聞かせてくれた。

『ほう。これが、〝天上の調べ〟と言われる迦陵頻伽の歌か』

 感心したようなお父さんの声を聞くまで、その場にいた全員がその歌に聞き惚れていた。殺伐としたイリアス殿下の精神ですら、どうやら癒してくれたようだ。


 お別れの挨拶を済ませると、びんちゃんは白虎さんの風呂敷に潜り込んだ。そこなら風に飛ばされる心配もないね。


「あれが迦陵頻伽なのか。死者の魂を死後の楽園に導き、一説には不老長寿の歌と言われるという」

「……小鳥ですら気が抜けねぇ。お前ら、ホント護衛頼むぞ」

 コソコソしているから良く聞こえないけど、イリアス殿下のため息と王子の切羽詰まった声に、ユーシスさんとレアリスさんが深く頷いている。

 で、みんなで私を見た後、大きなため息を吐いた。なんで?


 そうしてまた、ああでもないこうでもないと、魔剣と魔槍を囲んで武器談義が始まった。

 何が何でも出発までに使いこなせ、というイリアス殿下の指示の下、ここでイリアス殿下の結界を張って、威力を試すようなことを言っている。

 ベースキャンプ壊さないでね。


 ふうと溜息を吐いていると、少し離れた所で、レイセリク殿下がみんなを遠巻きに睨んでいた。もう、眉間のしわが痕になっても知らないよ。

 少し私が近付くと、殿下はスッと私を見る。近付く分には眉間にしわが寄らない。


 ん?あれ?この反応って、もしかして……。

 そうだとしたら、今までの皆に対する態度は辻褄が合う。


 私は、そっとレイセリク殿下の隣に並んで、誰にも聞こえないように、とても小さな声で尋ねてみた。

「あの、もし間違っていたらすみません。殿下、もしかして目が……」

 殿下は、遠くにあるものを見る時に目を眇める。近くに寄れば普通だった。それは、私にも覚えがあるけど、視力が弱い人にある癖だ。


 全てを言わなかったけど、私の言葉にレイセリク殿下は、眦が切れてしまうのではないかと思うほど、大きく目を見開いた。

 そして、徐々にその赤みを帯びた紫色の目が、背筋が凍るほど険しく細められた。

 これまで睨んでいると思っていた視線なんて、この本気で不快を表した眼差しに比べたら春の日だまりのようだ。


 生きた心地がしないとはこのことかな。私は、地雷を踏んだんだ。


 少し考えれば分かることだった。

 この国は、視力についてはシビアなのに、それを視力が悪いことを隠すということは、それなりの理由があるということだ。


 多分本当に少しの時間だけど、私と殿下が睨み合うようにしていると、不意に私の腕を取る感触に気付いた。


「あらあら、そのお話、おばさんも交ぜてもらえるかしら?」

「……リュシー」

 お母さまは、苦々しく名前を呼びながら険しくなる殿下の表情に笑いかける。そして、私の腕と同じように、殿下の腕にも自分の腕を絡めた。


「か弱い私たちは、お家の中でお茶しているから、あなたたちもここを壊さないようにほどほどにしなさいねぇ。余所さまのおうちなんだから」

「「お前が言うな!」」

 朗らかに息子らに声を掛けるお母さま。いや、王子宮の庭を一部ボコボコにしてましたよね。王子とイリアス殿下の共同ツッコミが冴えわたる。


 思わず半笑いになってしまったけど、お陰で少し緊張が和らいだ。まだ殿下は険しい表情のままだったけどね。


 そんな私たちを引きずって、お母さまは大きいログハウスに入った。「あらいいお家」と楽しそうに辺りを見回して、遠慮なくソファに陣取られた。


「さて、ここからはちょっとナイショ話をしましょ」

「……それ、私が聞いてもいいものじゃないですよね」

「ふふ。だからナイショ話なのよ」

 そう言って、愛らしく人差し指で唇を押さえた。

 が、すぐに庭から、ドカンドカンと神話級武器を試しているらしい轟音が鳴り、「クソガキどもが」と悪態を吐いてスキルで結界を張ったっぽい。


「さあ、これで防音も完璧」

「いい加減にしろ、リュシー。この娘に余計な責を負わせるわけにはいかん」

 ほくほく顔のお母さまとは対照的に、レイセリク殿下は叱責するような口調だった。それは恐いというよりも、私を案じて言ってくれているので少し驚いた。


「私だって嫌よ。でもこの子ならもしかすると解決できることかもしれないわよ。このままでは失明して、早かれ遅かれ誰かに気付かれてしまうわ」

「そなた、このことを知っていたのか?」

 きつい口調は変わらなかったけど、お母さまが言ったことに殿下は驚いたようだった。


「そうよ。黒の森の魔女を舐めちゃいけないわ」

 胸を張って言うお母さまが可愛らしい。それで和みかけたけど、殿下の緊迫感を思うと、やっぱり私が簡単に聞いてしまっていい話じゃない気がする。そう危惧を伝えた。


「私はハルちゃんと数回しか会ってないけど、でもあなたになら話しても大丈夫だって確信しているの。レイセリクもそう思うでしょ?」

「ハル殿の為人を疑っている訳ではない」

 はっきりと私を信じると言ってくれているお二人に、嬉しくはあるけれど、居たたまれないほど恥ずかしくなった。私、そんな立派な人間じゃないんだけど。


「後でおばさんを恨んでもいいから、あなたを巻き込んでもいい?」

 お母さまが、初めて見せる切ない表情だ。私に対する罪悪感もあるけれど、それを上回る期待感が見え隠れする。それほど胸を痛めている事柄なんだ。

「私にできるか分かりませんけど、試せることがあればやります」


 安請け合いと言われたっていい。困っている人がいて、自分にやれることがあるかもしれないのに断ったら、きっとずっと後悔する。やらなかった後悔よりやって後悔した方がずっといいって、この世界に来てから学んだんだ。


「ふふ。だからおばさん、あなたのこと好きよ」

 隣に座った私を、お母さまがギュッと抱きしめた。なんかいい匂いする。


 とにかく、話を聞かなきゃ何も始まらない。

「私から話そう。結論から言うと、毒に侵されたこの目を治したい」

「……毒?」

 殿下は事も無げに話し始めたけど、とても恐ろしいことを聞いてしまった。


 今から約6年前。冷夏の余波で穀物の値が急騰した時に、神殿側の過度に保有する備蓄の開放と、各領主の余財での調整を根回ししていた時に、自分の利を損なわないように反発する動きが強くなって、レイセリク殿下の周辺がキナ臭くなったらしい。


 当時、エルシス様を懐妊したばかりだった王太子妃様を狙った、暗殺未遂事件があったって。私は暗殺なんて物語の中でしか聞いたことがなかったからショックだった。王太子妃様の安否を尋ねると、お妃様への影響は何もなかったって。その言葉にとりあえずホッとする。


 でもその時使われたのが、口に含む毒じゃなくて皮膚から吸収するタイプの遅効性の毒で、化粧水に混ぜて使おうとしたのを偶然居合わせたレイセリク殿下が気付いて、細工をしようとしたメイドを取り押さえた際に、誤ってその毒を浴びてしまったらしい。その毒はほんの少し目じりに掛かったようで、当初は殿下も気付かずに放置してしまい、違和感を覚えて解毒剤を飲んだ時には、既に左目が霞んでしまったって。

 毒により傷付いた目は、解毒した後、じわじわと視力を奪っていって今に至るそう。


「治癒魔法かポーションをお使いにならなかったのですか?」

 私が疑問を呈すると、レイセリク殿下はそっと目を伏せた。


「それが出来なかったのよ」

 リュシーお母さまが殿下に代わってそう言った。

 お母さまがレイセリク殿下の瞳を指して私に尋ねる。


「王家の人間がみんな紫色の目をしているのは知っているわよね。そして直系を外れると紫色の目は生まれなくなるって」

 以前王子から聞いていた。その時は不思議だなぁとしか思わなかったけど、それが何故殿下の目を治療しないことに繋がるのか分からなかった。


「ハルちゃんはポーションを使ったことがあると思うけど、欠損じゃなければ跡形もなく治っちゃうわよね。あれは、今あるべき正しい状態に治す効果だと言われているの。だから、もし何等かの手段で体の色を変えていると、怪我のついでにそういうのも治しちゃうわけ。治癒魔法についても同じね。だから、王族が直系を離れた後にそれらを使うと、稀に瞳の色が変わるの」

 全員じゃないけど、傍流なら紫色じゃないよね、と赤か青かどちらかの色素を消しちゃうみたい。

 

 へえ、と思ったけど、あれ?って思う。体の色を変えている?それが目の色で、今の殿下の紫色の目は王族の証で……。

 私の顔色がさぁっと青くなったのを見て、お母さまが苦笑し、殿下が眉を下げた。


「誤解がないように言うと色を変えている訳じゃないの。この子の目の色は生来のものよ。ちゃんとした直系の王族であったことに変わりない」

 私を安心させようとしてくれた言葉だけど、不穏な単語がまた聞こえてきた。

 「直系の王族であった」って、何故過去形の言葉なの?


「ある理由から、レイセリクは治癒を掛けると瞳の色が変わってしまう可能性があった。だから視力がどんどん奪われていっても、王太子としてその危険を冒すことはできなかった」


 お母さまが線引きをしてくれた。多分、ここから先を聞いてしまったら、本当に深く王家に関わってしまうことになるんだろう。私はその線引きを受け入れた。


「私たちが探しているのは、治癒よりも更に上の効果をもたらすもの。例えば、「蘇生」のスキルや魔法、「特級ポーション」のような伝説の薬よ」


 ……ああ、持ってます、それ。


「その顔、……持ってるのね?」

「はい。なんか、すみません」

 思わず私は謝ってしまった。


 王家をずっと悩ませていた問題が、スルッと解決する手段がこんなところに無造作に転がってたんだもんね。見ればレイセリク殿下が、優雅さを捨てて唖然とした顔を私に向けている。


 なるほど、王子に口止めされてたのは、こういうことか。

 王族ですら入手を半ば諦めるような代物なんだね。


 レアリスさんの腕を治した時の経緯を話して、すごいお高いけど普通にあるポーションだと思ってたことを告白したら、お母さまに大爆笑され、レイセリク殿下には大きなため息を吐かれた。本当にすいません。


「でも、何で特級ポーションは他のポーションと違うんですか?」

 治癒効果のポーションなら同じ結果なのでは?


「それね。上級ポーションまでは、そこに()()ものを回復するものだけど、特級ポーションは()()()()()しまったものでも、レアリスくんの腕のように元の状態に〝戻す〟効果があるの。これは、単なる治癒じゃなくて、「創造」や「再生」の一種ではないかと言われていて、ほとんど神の領域と言って差し支えないわね」


 神話級武器もだけど、ホイホイと伝説のお品物をラインナップしている私のスキルが怖い。

 そのうち王子に、改めて危険度の高い物がないか確認してもらった方がいいね。


 微妙な雰囲気の中で、私はさっそく特級ポーションを交換した。

 5000万ポイントだけど、レジェンドの素材を幾つか交換したから、ポイントは余裕があり過ぎるほど残っている。デフレ云々よりも、私の感覚が麻痺してきている気がするな。気を引き締めていこう。


 殿下に手渡すと、ほんの数滴だけ左目に垂らし、しばらく目を閉じていたけど、ゆっくりと目を開いた。

 その瞳の色は、変わらず赤みの強い紫色だった。


「見える。私の目の色はどうだ?」

「前と同じ色です。赤の入った紫色」

「……そうか」

 ポツリと呟いたその言葉は、無感動なのではなくて、いろんな感情が混ざり過ぎてそうとしか反応できなかったものだ。


 殿下が私に近付いてきて跪くと、私の手を微かに震える両手で取って、そっと額に押し頂いた。腕を治した時のレアリスさんみたいだ。


「感謝する」

 薄っすらと涙で潤む瞳を向けられて、このスキルを持っていて良かったと思った。面倒事もたくさん引き起こすけどね。


 殿下が元の場所に戻ると、私は今後に関わることを確認した。


「あの、このことは、どなたまでご存じのことなのでしょうか」

「陛下と王妃殿下、リュシーと宰相、大臣3名だ」

 かなりの限られた人数だ。それに私が加わってもいいのか、という錚々たるメンバー。


「治癒によって瞳の色が変わる可能性があったことを、イリアス殿下と王子は知らないんですね」

「ああ。隠すつもりはないが、知らなければそのままでいいことだ」

 それは、二人を軽んじている、というものではなくて、余計な波風を立てて二人の平穏を脅かしたくないという想いからだと分かる。


「清廉なだけの王家など無いが、これは恥ずべきことではないとそなたに誓える」

 秘匿は疚しいことだけじゃない。それだけ分かれば、私は十分だ。

 あとは、私が墓場までこのことを持って行けば万事OKだ。


 と、思ったのに。


「それはどういうことですか、兄上」


 ブリザードが吹き荒れたかのような冷たい声に、一同は驚いて入り口を見る。

 その普段から不遜な顔が今は鬼のような形相になったイリアス殿下だ。


 お母さまが結界を張っていたのに、と思ったけど、そう言えば殿下は「解呪」というスキル破壊のスキルを持っていたんだ。

 さすがのお母さまも、このイリアス殿下の登場は想定外だったみたい。


「何故、王太子のあなたが治癒を施すと、瞳の色が変わるのですか?」

 一番聞かれていけない部分を聞かれていたようだ。


「王族の瞳の色が変わるのは、嫡流を離れた以降に治癒を受ける場合のはずです」

 イリアス殿下は、話の核心を突いてくる。

 その場に諦めの空気が流れた。


「いつかこのような日が来るとは思っていたが、存外に早く来てしまったな」


 レイセリク殿下は、離れた場所にいるイリアス殿下を見た。その視線はもう目を眇めることなく、真っ直ぐにイリアス殿下を見つめていた。


「少し長い話だ」

 そう言ったレイセリク殿下に、イリアス殿下は深く頷いた。


 私はいったいどうすればいいんだろう。

真面目回です。

12話でサラッと出てきて封印されていたポーションの出番です。

次話では腹黒キレ殿下が出張ってきます。

苦手な方もそうでない方も、また閲覧をお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] フムフム、特級ポーションは状態を創造するかもしれないのか。 腹黒キレ王子に飲ませると、優しいキラキラ王子になったり お父さんに飲ませると貫禄のある調停者になったり 王妃に飲ませる…
[気になる点] どーしてここでも、殿下っ(「゜Д゜)⊃)⊃三二一 前話くらいで「神獣さまたちとユーシスと王子 以外は そういえば 前半 そこそこ 嫌な人たちばかりだったな」と思い直して 殿下への八つ…
[気になる点] 隠すのは権力者に限らず誰でも持ってる特権だけど、敢えて隠す事を選択しないと駄目な点が気になる…… ハルさんの天然に効く特効薬は無いか如何かなレベルで気になる…… [一言] 綺麗な王…
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