45 第2回神話級武器会議
シュール。
それは「現実離れしている」と解釈される言葉。
翌朝、幽霊のように起きてきた王子は、体調が優れないのか、トーストを5枚しか食べなかった。ハムエッグだって、2回しかおかわりしなかったんだよ。
「王子、どこか具合悪いんじゃないかな?」
『いたって健康だよ』
ガルは冷たく突き放すし、白虎さんも普通にスルーしてた。
昨日のことは、王子からネックレスを貰った後のヤドリギショックであまり良く覚えてないけど、なんか私が王子を殴ったっぽい。
ガルたちが来た時に、王子がソファに仰向けで倒れていたらしいから。
王子を心配して顔を覗き込むと、すっごいうつろな目をして私を見た。で、おっきい溜息を吐く。なんかエクトプラズムが口から出そうな勢いだ。
でも、私の襟元からネックレスが零れると、正気に戻ってそこに王子の視線が行った。
「着けてくれているのか」
「うん。お守りだからね、ちゃんと毎日着けるよ。ありがと」
「そうか」
そう言ったきり、王子は黙って口元を歪めて、トーストを5枚、ハムエッグを3回追加した。
元に戻った?
その後王子は、疲れを残しながらも、昨日よりはマシな雰囲気で転移した。
しばらくすると、ベースキャンプは賑やかになった。
王子が、ユーシスさんやレアリスさん、セシルさんを連れて来て、お母さまが何故かイリアス殿下とアズレイドさんを連れてきていた。
イリアス殿下はお母さまを罵っていたけど、あれで結構距離が縮まったのじゃないかと思う。
で、王子がもう一往復してレイセリク殿下をピックアップしてきた。本日は天使がいないけど、軽いデジャヴな顔ぶれだね。
それで会議が始まった。お父さんがいないけど、いっそいない方が話がスムーズに進むという全員一致の意見だった。
本題だけど、まず最初の議題は、レジェンド新規開拓問題だ。
そこはレイセリク殿下が白虎さんに確認した。
「シナエの朱雀は、どのくらいでここへ来るかが知りたい」
『ああ、奴は今換羽期と言っていたからな。恐らく生え変わるまでは留まるだろう』
まだ期間は猶予があるみたいと聞いて、王族の人たちは安堵のため息を吐いていた。
その代わり、私は戦慄したけれど。
「あの、その生え変わった羽を私の所に持ってくるんですかね」
『まあ、そう考えていいだろうな』
換羽でどれぐらい抜けるかは知らないけど、全部持ってこられたら気絶する。
多分神話級武器になったり、億超えしたりするような素材はその中の一個二個だろうけど、ガルたちの抜け毛が百万になるのを考えたら、レジェンドなら下手すると抜け毛が数百万するかもしれない。
ガクガク震える私に、白虎さんが優しく言ってくれる。
『迦陵頻伽を届けるついでに、この後南のに会ってこよう。その時にハルの決まり事を伝えてくれば、無用な心痛はないだろう』
え?白虎さんって神様ですか?
いや、神獣って言われてるけど、別の意味で神様です。
「協力に感謝する。我らに出来ることなら言ってくれ。善処する」
レイセリク殿下が、白虎さんにお礼を言う。この国の人たちにとっても有難いことだものね。
それに、この前お父さんにも報酬を申し出ていたけど断られちゃったから、今度は物を指定しないみたい。
『礼などいらない。その代わり、ハルがここで健やかに過ごせるように図らってもらおう。この意味が分かるな』
「肝に銘じよう」
白虎さんも何も欲しがらずに、ただ私のことを心配してくれているみたいだ。何故かレイセリク殿下は神妙になっていたけど。
私はその気持ちが嬉しくて、思わず白虎さんに抱き付いた。
「ありがとうございます。でも、とても嬉しいけど、自分の為のお願いはいいんですか?」
そう私が尋ねると、青い目を私に向けて、顔を擦り寄せた。
『前にも言っただろう。悠久の時を生きる我ら魔獣は、楽しいと思えることが何より得難いことなのだ。それに、魔獣が集える場所など、ここ以外には有り得ないからな』
そう言われたら、みんながここで楽しく過ごせるように頑張るしかないじゃない。
なんでだろう。ワクワクするね。
「はい!私も抱き付いていいですか!」
ほのぼのしていたら、お母さまが元気に手を挙げている。ああ、無類のモフ好きだものね。
「空気読めよ」
息子が突っ込むけど、お構いなしだ。
「あら、じゃああたしも」
そこにセシルさんも便乗する。ああ、セシルさんもレジェンドに会いたいって言ってたから、やっぱりお好きなんだね。
『美しいご婦人たちに望まれれば、否とは言えないな』
白虎さんが苦笑するようにOKを出す。セシルさんもご婦人枠に入れてくれるなんて、今まで会ったレジェンドの中でも一番尊敬するかも。
レジェンドオブレジェンズだ。
「俺は?」
『却下だ』
お母さまのモフ好きの血を引く王子が申し出るが、そこはあっさり却下され、王子がショックを受けた顔をする。昨日からメンタルダメージが続いているからね。
元気出して、王子。
で、白虎さんの即席ハーレムが出来上がっている中、イリアス殿下が咳払いをする。
「大切なことを忘れているだろう、愚か者どもが」
自分は絶対白虎さんに乗りたいと思ってるくせに、こういうカッコつけのとこがあるよね。
ちゃんとしたこと言っているんだから、言葉遣いさえ悪くなければみんな素直に言う事聞いてくれるのに。偽悪的なのがカッコいいと思ってる中学生みたいな感じか。
「おい、今腹が立つようなことを考えていただろう」
「……滅相も無い」
何で分かるの。怖!
「それで、大切なことってなんですか?」
さっぱり意味が分からない私が話を振ると、少し温度が下がった「馬鹿が」という目で私を見る。すいません。
「現物が出てしまったレーヴァテインの使用者のことだ」
……忘れてた。
「忘れてたと顔に書いてあるぞ」
いや、イリアス殿下、本当に怖!
グングニルは、少し前からユーシスさんが訓練を始めた。その時お父さんが紅血呪というので使用者の設定をしてくれて、ユーシスさん以外の人の手に渡らないようにしてくれた。
レーヴァテインも、世に出たからには使用者を設定しておいた方がいいということになった。宝の持ち腐れではもったいないって。
取りあえず、レーヴァテインを収納から取り出す。それを見て、お母さまとセシルさんを首にぶら下げていた白虎さんも、「ほお」と感心したような声を上げた。
『思ったよりも、力が抑えられているな』
一目見ただけで、白虎さんには剣の力がある程度分かるみたい。
そうなんだよね。グングニルもだけど、思ったよりは破滅的な威力は無いから安心してたんだけど、私のスキルが余計なことをして、バージョンアップ出来るらしいんだよね。
「ハル。レーヴァテインは、どんな効果があるか見せてくれ」
王子が私に言う。前回のグングニルの教訓を生かし、先にどんな被害をもたらすか、事前に確認しておかないとね。
私がスキルボードの履歴からレーヴァテインを選択しようとした時。
『ちょっとまったぁぁぁ!』
上空からお父さんの声が響いた。すごいタイミングだ。
『私のレーヴァテインについての話し合いに、何故私の到着を待たんのだ!』
面倒くさいからです。
誰もが思ったけど、礼儀正しくみんな沈黙を守った。
「と、取りあえず、見てみようか」
私が取り繕うようにお父さんに話しかけ、みんなが見やすいように画面を広げた。
〝魔剣レーヴァテイン 魔力を込めると刀身に黒炎をまとう。黒炎が発動した状態で斬られた部分は治療及び再生不能となる。またその黒炎を使用者の半径10メートル内で炎熱の殲滅魔法として使用できる〟
まさに「魔剣」というのに相応しいえげつなさだね。
「『カッコいい』」
約2名が、みんなドン引きする中で絶賛した。お父さんとレアリスさんだ。
『そなた、見る目があるな』
お父さんがニヤリと笑い、前足を出した。レアリスさんは、それをガシッと握る。
レアリスさん、犬、触れるようになったのね……。
何かが通じ合って固い握手をする二人を、その場の全員が白けた目で見る。
「と、取りあえず、どなたが使いますか?」
剣を使うとなると絞られちゃうけどね。
王族は除外すると、この場ではアズレイドさんとレアリスさんになる。試しに二人に持ってもらうことにした。
「俺にはレーヴァテインは軽すぎる」
そう言って最初に手にしたアズレイドさんは、数回振ったのち、しっくりこないようでレアリスさんに渡した。レアリスさんも同じように振ってみると。
……わぁお。禍々しい剣だけど、何故かレアリスさんにすごい似合ってる。
「へえ、さすが『闇夜』ね。似合ってるわよ」
パチパチとお母さまとセシルさんが拍手する。え?レアリスさんって「闇夜」って言うの?ちょっと前にどこかで聞いた気もするけど、似合い過ぎる。
でも、それって褒めているのか、ちょっと疑問。
『レアリス。レーヴァテインを託せるのはそなたしかいないようだな』
「ああ。失望はさせない」
再び固い握手を交わすお父さんとレアリスさんだった。気の済むまでやっててね。
「残念だったわね、アズ。もう少し大きな神話級武器があったら良かったわね」
「合わない武器を持っていても仕方ないからな」
何やら親し気にセシルさんがアズレイドさんに話しかけている。どちらも結構気安い感じだ。
「あの、お二人はお知り合いなんですか?」
今更なことを尋ねるけど、二人とも嫌な顔をせずに答えてくれた。
「あら、言ってなかった?あたしとアズは従兄弟なの」
マジですか。
「二人とも目が琥珀色でしょ?うちの家門の特徴なのよね。アズのお母さまが、あたしの父の姉、つまり伯母になるのよ」
美女なセシルさんと精悍なアズレイドさん。外見はまったく似ていないけど、言われてみれば琥珀の目は同じ色合いだ。髪色が、栗色のアズレイドさんと砂色のセシルさんではかなり印象が違うから気付かなかった。
「ちなみに、アズはあたしの初恋の人なの。あたしが5歳の時に、『ベヒモスの方が好きだ』って振られちゃったけどね」
「いや、リヴァイアサンじゃなかったか?」
「それは、7歳の時よ」
どっちでもいい。
突然のカミングアウトだったけど、アズレイドさんも「そんなことあったな」くらいの鷹揚な雰囲気で頷いていた。この一族、みんなメンタル強そうだよね。
じゃないと、性悪のイリアス殿下の側仕えなんて出来ないか。
「おい、今不快な感じがしたんだが」
「体調でも悪いんじゃないんですか?」
咄嗟に誤魔化したけど、ホント殿下怖いんですけど。
それはさておき、お父さん・レアリスさん組と、アズレイドさん・セシルさん組で混沌としてしまったけど、レーヴァテインの使用者設定と威力の実験をしないといけないんじゃないかな。
私の提案に、お父さんが嬉々として乗っかり、軽い調子でレアリスさんに早くしろと言う。
私は慌ててポーションを交換してスタンバイした。
レアリスさんは腰に下げていた短剣で自分の左手の親指をサッと切る。紅血というだけあって、登録には使用する人の血がいるみたい。私なんて、お裁縫でちょっと針を刺しちゃっただけでも痛いのに、ユーシスさんもレアリスさんも躊躇いもしないんだもの。
そうして、黒い刀身に血を塗り付けたので、お父さんが魔力を込めると、刀身が光ってレアリスさんの血を吸収した。それでおしまいだ。
必要な手順が終わったのを見て、急いで私はレアリスさんの手を取ってポーションを振りかけた。もう、本当に心臓に悪いよ。
ため息を吐くと、レアリスさんが少し目を細めて私を見て、お礼とばかりに軽く私の頭を撫でた。
後は試し斬りだよね。どうしよう。
「何故私を見る」
試し斬りの話をしていると、レアリスさんがイリアス殿下のことを見ていた。
気持ちは分かるけど、人はやめようね。
お手頃な感じで、あまり被害が大きくならなくて、黒炎の効果が見られるのって、何かないかな。
あ、レアリスさんと言えば、あれだね。
私は地面にブルーシートを敷くと、その上にそっとキャベツを置いた。
「……お前、ふざけてるのか」
え、駄目なの?
「何が悲しくて魔剣でキャベツを斬らねばならないんだ!他のにしろ!……だから、何故私を見る」
キレるイリアス殿下に、またレアリスさんが視線を向けた。
取りあえずイリアス殿下を斬る他に代替案も無いので、そのままキャベツを斬ってもらうことになった。
みんなが少し距離を取ったのを見て、レアリスさんが軽く魔力を込めると、黒い刀身が陽炎のような黒炎を纏った。黒い炎なんて怖いと思ったけど、それを飛び越して幻想的で綺麗だった。
その剣で、レアリスさんはキャベツを斬った。まるでスイカ割りのように。
黒炎は、キャベツの断面を覆って、静かに燃えている。
なるほど、斬った部分に炎が留まるから、治癒も出来ないのか。魔剣、怖!
私が初級ポーションをレアリスさんに渡すと、それをキャベツに振りかける。
やっぱり水分を掛けても炎は消えなかった。
回復効果も無効なのか。
中級ポーションまで試すけど、やっぱり炎は消えなくて、やがてキャベツを焼き尽くすまで、みんなで静かにその光景を見ていた。
……シュール。
「殿下。私はこの光景を生涯忘れないでしょう」
「ああ、俺もだ」
ユーシスさんと王子が、その光景の中で呟いた。
そんな春の日の出来事。
きっと私も忘れないだろう。
トースト、コロッケに続き、また食べ物を粗末にしてしまった。
良い子は、魔剣でキャベツを斬らないでください。
次回こそは、本筋を書きたい。そう願いながら叶わない現実。
「もう飽きた」と言わずに、次話もお付き合いください。




