44 敵は誰だ
王子の 不幸は続くよ どこまでも
王子がヨロヨロとしながら帰っていった後、私は迦陵頻伽さん――長いので「びんちゃん」と呼ぶことになった――にミネラルウォーターをお出しし、長距離を移動してきた白虎さんには冷たい麦茶、お父さんはスポーツドリンクを提供。子供たちはここ数日、私が飲んでいた抹茶ミルクがお気に入りだ。
日に日に暖かくなっていくから、そろそろホットよりもアイスの方が喜ばれるようになってきたね。
お昼には、大量にあったお芋料理をここぞとばかりに出す。あの時、お父さんは何も食べずに出かけちゃったしね。
お父さんも白虎さんもコロッケは気に入ってくれたみたい。でも、「肉が足りない」と言って肉じゃがを食べていたから、今度はメンチカツでも作ろうかな。
ちなみに、勝手に鑑定が働いたノーマルコロッケは、小振りだったにも関わらず1個200Pだ。近所のスーパーで80円だったから、やっぱりこの鑑定さんは私に甘い判定をしてくれるよう。
エルシス様が作ったコロッケは、3個で200Pだったよ。分量的には明らかに私のコロッケの方が多いから、鑑定さんはエルシス様には更に甘い判定だった。
鑑定さんには、何故かとても親しみを持てた。
そうして午後に、お庭にレジャーシートとエアマットをたくさん敷いて、その上でみんなでまったりした。白虎さんの土産話を聞いたり、びんちゃんのお歌を聞いたり、猫じゃらしで白虎さんと遊んだりしていると、あっという間に時間が過ぎた。
王子への罪悪感が半端なかったけど、取りあえずここに来たレジェンドのおもてなしは最重要事項らしいので、全力で取り組ませていただいた。
私がびんちゃんの嘴の周りをこしょこしょしていると、白虎さんが期待に満ちた目で見てきたので、耳の裏から顎の下にかけて両手で掻き掻きしてあげた。昔飼ってた猫みたいに、白虎さんも喉がグルグル鳴っている。あまりに可愛いのでお膝を貸してあげたら、顎先だけ遠慮がちに乗っけてくれたので、額をゆっくり撫でました。
それを見たお父さんが、「私もだ」と言ってエアマットの上に仰向けに寝転がったので、仕方なく右手でお父さんの下あごも撫でました。
そんな父の姿を見たガルのため息が印象的だった。
そこに王子が転移で戻って来たよ。
「……何やってんだ、フェンリル?」
『今、いいところだ』
まあ、お腹を見せて寝ているお父さんには、野性の欠片も見当たらないよね。
察しの良い白虎さんが王子を見てどいてくれたので、王子に湧き水で冷やしている麦茶を取ってこようと立ち上がると、『まだだ!』と駄々をこねるお父さんを無視する。
私が戻ると、王子は私が座っていた場所に胡坐をかいて座っていた。ちょっとお疲れのようだ。コップについだ麦茶を差し出すと、王子は一気飲みして大きな息を吐いてお礼を言う。
「取りあえず、決まった方針だ。まず、セリカとの話し合いだが、白虎の都合に合わせて日程を調整する。いつならいいだろうか」
『暇な身空だ。俺はいつでもいいぞ』
「ありがたい。では、こちらで調整した日程で行く。使節団を組んで馬車での行程になるから、ひと月後にセリカのアスパカラという州都で会合を行うのでいいか?」
『ふむ、分かった。しかし、この短時間で良く話を詰められたな』
「……まぁな」
感心する白虎さんに王子が遠い目をした。なんかあったのかな?
セリカへは、さすがに国境を跨いだ移動で王子の転移は使えない。他国の要人が突然現れたら「曲者」ってなるものね。だから、ゆっくりしているけど、正規の外交ルートを使って馬車で行くって。
お隣の国とは言っても、通常の交易の馬車だとふた月ちょいかかるみたいだけど、今回はスレイプニルという魔獣の血を引く軍馬で引く特別仕様馬車で行くらしく、二週間で辿り着くみたい。スピード違反どころじゃないけど、大丈夫かなぁ。
セリカは州政の国で、アスパカラはセリカの西の州で一番大きな州都で、白虎さんのねぐらにしている山の近くらしいよ。
その辺りに大きな山脈がたくさんあって、その間を縫うように交易の大陸公路があるみたい。
ちなみに、セリカの首都はセラといって、アスパカラの更にずっと東の方にあるんだって。
日程は、使節団編成で十日、行くのに二週間、向こうでの会合準備で五日間って感じ。
「あとは、この件でもう一度こちらの国側とセリカの使者と話し合いをした後、正式にセリカへ鷹を飛ばすことになる」
通信手段として、昔レアリスさんも飼っていたヴェズルフェルニルという鷹の魔獣と交配した鳥を使うんだって。速度はレジェンドには敵わないけど、ここからセラまで五日くらいで行けるらしいよ。お父さんが「私は二日もかからん」と何故か対抗してきたけど。
「あの、それで結局私はどうなるの?」
王子の隣に座って尋ねると、王子はまた大きなため息を吐いた。
「うん。お前も一緒に行くことになるな」
王宮でも、私が白虎さんやお父さんのお友達であることを隠す必要はないと判断したのね。どうせ、駄目って言ったらお父さん辺りが好き勝手しそうだしね。
「だが、セリカ側の使者も随行するから、向こうに着くまではフェンリルたちとの繋がりは明かさない。国内ならいいが、国境を越えればどんな危険があるか分からないからな」
そうだよね。明かしちゃった後は仕方ないけど、それまではできるだけ波風立てない方がいいと思う。
「そうすると、私はどういう身分で行くの?」
「俺たちに協力してくれるフェンリル一族という名目で誰かに同道してもらって、その世話役という形をとる」
うん。それなら、今とほぼ変わりない役割だね。
『それなら使節団には私がついて……』
「ガルでお願いする」
お父さんが主張しようとするのに被せ気味で王子が言う。
『何故だ⁉』
「……あんたが行くと、一発でハルの身分がバレるだろ」
ああ、まあそうだね。ガルは人間と居ても不自然じゃないけど、お父さんは見た目一発アウトだ。道中で泊まるだろう街々で大騒ぎになる。それに、お父さんは所かまわず私になでなでを要求しそうだしね。
ガーンとショックを受けているお父さんに構わず、王子は話を進める。
「そんな訳だが、いいか、ガル?」
『ああ、いいぞ』
やっぱり頼りになるね、ガル。
妹たちは、王宮から残留組のお母さまと有紗ちゃん、王子がここへ様子を見に来てくれるって。
「え?王子は、一緒に行ってくれないの?」
私はお父さんばりにショックを受けた。
何となく王子は、私にずっと付いていてくれるものだと思ってた。
「大丈夫だ。ユーシスもレアリスもセシルも一緒に行く。業腹だがイリアスも行くし、何よりガルが一緒だ。お前が危険に晒されることはまずないから安心しろ」
そうじゃなくて、と言いかけて、王子には王子の立場があることを思い出した。
今回の人選は、私が口を出していい問題ではない。
王子を思わず見たけど、決定事項が変わる訳でもないから、諦めて目を逸らした。
「そっか。分かった」
「クソ。行かせたくねぇ」
少ししゅんとして頷くと、ボソッと王子が呟いた。
あまりに小さい声だったので聞こえなかったから聞き直すと、「なんでもねぇ」と言って王子はそっぽを向いてしまった。
微妙な空気が流れて、そんな雰囲気を吹き飛ばすように、「さて!」と王子が勢いよく立ち上がった。
「この説明をしに、一度王宮へ戻る」
「うん。今日はここへまた来る?」
「当たり前だ。今日は俺の当番だからな、帰って来る」
「ご飯は?」
「多分、使者と会食を兼ねて打ち合わせをするだろうから用意しなくていい。でも、少し遅くなるが、デザートは食べたいな」
「うん。用意して待ってる」
王子らしい言葉に、私はクスッとした。それを見て、王子も小さく笑った。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
この前に転移した時と違って、少し元気な呪文が王子から聞こえた。
王子を見送ると、白虎さんが私の前に座った。
『友人と引き離すことになって、すまないな』
どうせ向こうで合流するのに、自分が一緒に行けないことにイジイジしているお父さんと違って、やっぱり白虎さんは大人だね。私は白虎さんのほっぺを撫でながら首を振った。
「私のことを思ってくださった結果ですから、謝らないでください。私は感謝しています。ありがとうございます、白虎さん」
『そうか』
何故か、白虎さんはお父さんみたく私の額に自分の額を擦り寄せた。ああ、慰めてくれているんだ。そんなに寂しがっているように見えたのかな。要反省だ。
白虎さんと離れて、私は力こぶを作った。まあ、こぶは出来ないんだけど。
「よし!じゃあ、お夕飯の支度でもしますか!」
今日は何だかガッツリした気分になったよ。それに白虎さんを見ていたら、中華が食べたくなった!
あんかけかに玉にエビマヨ、回鍋肉に杏仁豆腐だ。
天津飯でも良かったけど、お酢よりも出汁あんかけの方が子供たちは好きだからね。中華は火力とスピードが命だから、結構簡単に作れるのがいいよね。杏仁豆腐もほぼ混ぜるだけだし。
かに玉と杏仁はトロトロで、エビマヨはエビをフリッターにするのが好き。回鍋肉は厚めの豚バラで、子供たちは少しピーマン少なめにしよう。びんちゃんは、杏仁豆腐は食べられそうだけど、おかずはちょっとアレなので、シード類と素焼きナッツとドライフルーツを提供。
そんなこんなで、お夕飯は、フェンリル親子はエビマヨ推し、白虎さんには回鍋肉が好評だった。今日も白米が進みました。杏仁豆腐は言うまでもないよね。
ご飯を食べ終わると、お父さんはいつものように縄張りに帰り、子供たちはお風呂の後に小さいログハウスで就寝準備。白虎さんはちょっと大きくてログハウスの入り口が使えないので、外にレジェンドお泊り用のガレージを設置したから、そこにお布団を敷き詰めてお泊りしてもらう。びんちゃんは止まり木じゃなくていいらしく、前にラタトスクさんを収容したバスケットで、子供たちと一緒にいてもらった。
みんな夜は早く寝てしまうので、私は一人大きいログハウスのリビングで、LEDライトの灯りでレース編みをしていた。前に毛糸でお花を作ったみたいに、妹たちに可愛いレースのリボンを作るためだ。お留守番になって、お父さんくらいしょげていたからね。
一個編み上がる前に、扉からカタンと音がした。王子だ。
「お帰りなさい」
「ただいま」
私がお迎えに行くと、王子が少しふんわりと笑った。
「どうしたの?」
「いや、こうして出迎えてもらうのは悪くないな、と」
「そお?」
「ああ」
王子だったら、多分邸の使用人とか王宮の人とかが出迎えてくれるんじゃないのかな。まあ、王子が喜んでいるならいいか。
ダイニングに通すと、ご所望だったデザートを提供する。杏仁豆腐は初めてだったかな。「美味いな」と言いながら三つも食べた。
もう今は「まあまあだな」とは言わなくなったね。
デザートを食べ終えると歯磨きをしてお風呂に入り、部屋着に着替えてリビングに戻って来た。タオルを首にかけて、まだ髪が濡れていた。「ん」と言ってドライヤーが差し出され、ドライヤーサービスを要求される。私が居ればコンセントは要らないから、そのままソファで乾かしてあげた。
お疲れだものね、これくらいはお安い御用だ。
ドライヤーを片付けて戻って、王子の向かいのソファに座ろうとすると、王子は自分の隣に座るように目で訴えた。
やれやれと思って王子の右隣に座ると、いつぞやのように私の膝の上にコテンと横向きに寝転がった。
「何してるの?」
「少しだけ、このままで」
最近王子はお父さんに似てきているような気がする。呆れてため息を吐くけど、髪色もお父さんと似ているからか、気付けばまだ温風で温まったままの髪を撫でていた。
しばらく、しんと空気がなるような静かな時間が過ぎる。
「国境までは送れる」
「うん」
唐突に王子が言ったけど、私は用意されていたようにすんなりと返事をした。そこから先は、往復でほぼひと月会わないことになる。それを王子は言わなかった。
また、しばらく沈黙が下りる。
「淋しくなるね」
私は思わず言ってしまった。その言葉に、王子がガバッと起き上がって私を見た。
紫色の目が、形容しがたい揺らめきを湛えている。
「淋しい、だけか?」
まるで喉が渇いているかような痞えた声で、王子が私に聞く。
その言葉を少し考えてみる。多分、淋しいだけじゃない、かも。
じゃあ、それが何かと問われると難しい。
黙ってしまった私に少し身を寄せ、王子はそっとソファに突いた私の左の手首に触れた。
王子は僅かに眉を顰めて、私の左手首を見る。
そこにはお父さんがくれたヤドリギのブレスレットがある。どうやらそのブレスレットからはお父さんの魔力の気配がするみたい。
少し何かを考えていた王子だったけど、近くにあった自分の上着のポケットから無造作に細い銀のチェーンのネックレスを取り出した。
「いつ渡そうか考えていた。俺の魔力で守りを入れた。フェンリルの守りだけじゃなく、俺のも持っていてほしい。会えない間の俺の代わりに」
そう言って、王子が私に近付いた。首筋に王子の手が当たって、一瞬抱き締められたのかと思ってドキッとしたけど、王子はすぐに離れる。王子はそのネックレスを私に付けただけだった。見ると、小振りの指輪のようなものが付いた、慎ましく可愛らしいデザインだった。
「可愛い。ありがとう、王子。大切にする」
前は装飾品を貰う謂れはないと断ったけど、これはお守りだ。貰っても前みたく非難されないよね。
それに、何故だか無性に嬉しい。
私が笑って王子にお礼を言うと、王子が目を細めて、さっきしたように私に手を伸ばした。
「ハル。そのヤドリギの守り、外してどこかにしまってくれないか?」
私が首を傾げると、王子が苦笑して「フェンリルに見られると困るから」と言って、私の髪を指先で梳いた後、頬を撫でた。
その見たこともないほどの甘い仕草に、私は再びドキッとさせられる。
熱っぽい王子の視線に晒されて、私も熱に浮かされたみたいに思考が止まる。訳が分からないままにブレスレットを外して、無意識に亜空間収納にしまった。
少しずつ、王子の紫色の目が私に近付いてくるのを、夢うつつのように感じていた。
ピコーン
久しぶりにスキルのお知らせ音が鳴った。
その音に、私の周りの時間と思考が急速に動き出した。ハッとなって、思わず王子を押しのけると、悪い予感に私は素早くスキルボードを操作する。
〝ユグドラシルのヤドリギ(千年もの)(状態:最上) 12億P 魔弓『ミストルティン』の開放条件 『ミストルティン』交換ポイント:6億〟
「ぎゃあああああ!ただのヤドリギって言ったのにぃぃ!」
千年ものって、お父さんよりも年上じゃないの!
確かにただのヤドリギだったさ、千年前はね!
『ハル、どうした!!』
お父さんの裏切りにガクガク震えていると、私の悲鳴にガヤガヤとガルたちが駆けつけてきた。私が委細を説明すると、ため息混じりに『まあ、父さんだから、許してやってくれ』とガルからお願いされた。
もう、諦めるしかないんだね。
そんな私たちのソファの端っこで、王子が体育座りをしながら両手で顔を覆っていた。
「……俺の敵は、フェンリルとハルのスキルだった……」
その時の王子の声は震えていたと、ガルが言っていた。
お父さんに知られて困るようなこと。
何をしようというのかね、王子。
「私はやればできる」
この言葉を胸に執筆しました。
ガ〇ガ〇君ソーダ味級の糖度は提供できたと自負しております。




