43 事件は起こるべくして起こった
事件です。
いろんな意味で。
お父さんがお使いに旅立った後、残ったみんなで虚しさを抑え、お芋フルコースを食べました。
相変わらず王子は、おかず全部をバキュームカーのように食べていた。やけ食い?
イリアス殿下はサクサクとかなり早食べでカレー味のコロッケを頬張り、ポタージュスープをおかわり。レイセリク殿下は肉じゃがが気に入ったみたい。優雅にナイフとフォークで肉じゃがを食べていた。
付け合わせのフライドポテトは言わずもがな、大量消費でした。
デザートにはエルシス様のためにプリンアラモードをチョイス。硬めのプリンに生クリームとフルーツを添えて。エルシス様のって言ったのに、王子とお母さまは同じものをねだったので、仕方なく子供たちの分も合わせて6個作った。お母さまと王子は、何故か口からサクランボの柄が出ている。親子だね。でもそれはちゃんとペッてしようね。
他の大人の人には、マスカルポーネチーズたっぷりのイタリアンプリンでティータイム。レアリスさんの淹れてくれたエスプレッソと凄い合うんだ。作り方が簡単なので、大量に作っておいて良かった。ちなみにレイセリク殿下は紅茶派っぽい。
ご飯を食べ終わったら、エルシス様がウトウトし始めたので、ユーシスさんが声を掛けると抱っこをせがんだ。しっかりしてても、やっぱり5歳児だ。
ユーシスさんが縦抱きにしてゆらゆらしながら背中をトントンすると、あっという間に眠ってしまった。日陰にレジャーシートを敷いて、大きいクッションを用意すると、その上に寝かせてもらう。
いっぱい遊んで疲れたんだね。
「フォルセリアは慣れているな。実は5人くらい子供がいるだろう」
「……年の離れた弟と妹たちの面倒を看ておりましたので」
イリアス殿下がからかうと、ユーシスさんはやけに弟と妹と語尾を強調して言った。
貴族のお家って、そういうのを使用人に任せるから、ユーシスさんのお家は少し変わっているのかも。凄く良いことだと思うんだけど、お父さんにも隠し子を疑われていたからか、ちょっと殿下に向ける笑顔が怖いよ。
苦笑いしてそれを見ていたけど、ユーシスさんより怖い顔だったのが、エルシス様を睨んでいるレイセリク殿下だった。
食休みも終わって、忙しいレイセリク殿下が帰ることになったけど、そこでひと騒動というか、びっくりすることが起きた。
「エルシスは、私が抱いて帰る」
レイセリク殿下がそう宣ったのだ。
ニコニコ顔のお母さま以外、全員目を最大幅まで見開いていたと思うよ。
凄い怖い顔をしていたけど、ユーシスさんと子育て経験のあるお母さまから抱き方のコツを教わって、物凄くぎこちないフォームだったけど、なんとかエルシス様を抱っこした。
気付けば、その場にいる大人全員が、いつでもエルシス様をキャッチ出来るように、手を身体の前に構えていたけどね。そんな感じで大人たちが騒いでも、エルシス様、まったく起きなかった。
将来大物の予感。
エルシス様の頭が自分の肩に寄り掛かると、その頭に自分の頭をそっと寄せていた。何故だろう。レイセリク殿下はほぼ無表情なのに、宗教画を見ているような拝みたくなる気持ちになる。
「オーレリアン。頼む」
そう言って、まるでお姫様がするように、空けた片手を優雅に王子に差し出した。
もう一挙手一投足が全て洗練されている。見た目どおりの完璧な貴公子っぷりだ。
王子、見習って。
毒気を抜かれた王子が、何も言わずにその手を取って、口元だけで素早く呪文を呟くと、しゅんと転移した。今の一幕は、何だったんだろう。
「ふふふ。ここに来ると、貴重なものが見られるわね」
お母さまが楽し気に笑う。
そして、「私たちも帰るわよ!」と言って、レアリスさんとセシルさんの手をむんずと掴むと、王子と同じ転移呪文を唱えてご帰還あそばされた。
「おい!何故、私を置いていく⁉」
取り残されたイリアス殿下が、今までお母さまたちが居た辺りにキレツッコミをしている。
ああ、アレだね。アズレイドさんが、殿下をここで休ませたいというのを、お母さまが実行したみたい。
残った私とユーシスさんは顔を見合わせた後、キレ散らかす殿下を二人で宥めたよ。
なんか、お母さまに丸投げされた感が無くはないけど、取りあえず、殿下の目の下の隈が取れればいいのかな。
私とユーシスさんは、まずは先ほどまでエルシス様が眠っていたクッションを殿下に勧めた。
何を隠そうこれは、つい試してみたくて交換してしまった、通称「人をダメにするクッション」だ。ユーシスさんですら堕落しそうになったから、その効果は実証済みだ。
不信感を顔に湛えつつ、殿下は誘導されるままにクッションに身を沈ませると、その目を大きく瞠った。そうだろう、そうだろう。
そしてそこに、そっとハティを添えた。ちょうどハティもお昼寝の時間だしね。
この天使と悪魔の誘惑に抗える者がどれだけいるだろう。
程なくして、ハティを撫でた体勢で静かな寝息を立てる殿下がおりましたとさ。
寝顔だけ見ると、顔かたちは整っているから可愛らしいんだよね。
次に殿下が目覚めたのが、空気が冷たくなる夕方前だった。自分に掛けられた温かいタオルケットを跳ね上げて、「何故起こさなかった!」と寝起き一番でキレていた。凄い熟睡していたのか、ハティが起きて揺すっても全然目が覚めなかったんだよ。
お夕飯は、大きい方のログハウスのダイニングで。お芋ゴロゴロポテトグラタンとポトフ、お酒の進むお芋の甘辛炒めだ。子供たちには昼間に殿下に作ったじゃがバターね。おっと、ポテチも作ってあったっけ。
私とユーシスさんが揃えば、そりゃ殿下だって酒盛りの餌食です。
いや、ちゃんと控えめにしたよ? 蒸留酒系じゃなくてビールだったし。
その後は、シュワシュワの入浴剤入りのお風呂に浸かってもらい、ダサスウェットに衣装チェンジのうえ、ドライヤーサービス。ダサスウェットでも様になっていたのは、ちょっと面白くなかったけど。仕上げは、朝干したばかりのふかふかお布団だ。
あの性悪殿下が、文句の一つも言わずに、ただ黙ってサービスを受けてたよ。
こうして翌朝には、スッキリツヤツヤ隈なしの殿下が出来上がりました。
お母さまがお迎えに来て、殿下を見た途端に「いいね」をいただきました。そんな殿下はお母さまの顔を見たら、ぎゃんぎゃん文句を言ってたけど。そんな殿下を物ともせず、首根っこを捕まえてお母さまは強制帰還しました。
余談だけど、後日アズレイドさんからお礼の手紙をもらった。殿下は何も言わないけど、多分またそこへ行きたいだろうって。
私、そろそろ宿泊業としてやっていけるんじゃないかな?
そうして数日は何事も無かったけど、忘れてた訳じゃないよ。
『呼ばれたと聞いたが?』
「………………あ、はい。ありがとうございます」
来ちゃった。連れて来ちゃった。そうなるかなぁとは薄々思っていたけど、やっぱり駄目なとこ外さないなぁ、お父さん。
目の前には不審な動きをする私や、今日のベースキャンプ当番である王子が、引き攣った顔で出迎えたので、白虎さんはコテンと首を傾げた。かわいいなぁ、もう!
『少し寄り道をしたので遅くなった、すまないな。何か不都合があったか?』
律儀に白虎さんが心配して尋ねてくれたけど、いろんな意味で今、不都合が起きています。
そう言えば、前は二日も掛けずに白虎さんを呼んできたのに、今回は4日も経ってた。そこに何故か嫌な予感がする。
『帰った。珍しいものを見つけたのだ』
そう言ってお父さんが、得意げに私たちの前に……。お父さん、口からなんか、青い羽がはみ出てるよ……。
『土産だ』
そう言って、お口から何やらぽとっと落としたよ。
「お父さぁぁん⁉」
慌てて王子が両手でキャッチすると、オカメインコくらいの大きさの、瑠璃色に赤い差し色が入ったすっごい綺麗な鳥だった。口からはみ出てた時点で鳥って分かってたけど。
その鳥は目を回していたらしく、私が恐る恐る王子の手の中にいる鳥の頭を指先で数回撫でると、ハッと気が付いてキョロキョロと辺りを見回した。で、お父さんが視界に入ると物凄い綺麗な声で悲鳴?を上げて、王子の肩に逃げて髪の毛に隠れてしまった。
『ハルが好きそうだと思って、捕まえてきた』
しれっとお父さんが言う。
「誘拐は、犯罪です!」
懲りないお父さんに、私は伏せからの説教をする。お父さんが必死に「素材ではないぞ!」と弁明しているけど、完全にギルティだ。
『その鳥は南方の迦陵頻伽という鳥だ。一応止めたんだが、フェンリルが土産にしたいと言って聞かなくてな』
「そうか、苦労を掛けた。それに、お前も悪かったな」
白虎さんと王子がしみじみと話し合って、王子は鳥さんにも謝っていた。
説教が済む頃に、ようやく王子の髪から顔を出してくれた。ぴぴぴとびっくりするぐらい綺麗な声で何かを話しかけてくれているけど、何を言っているのかは分からなかった。魔獣でも、最上位種じゃないと言葉が分からないって、こういう事なのね。
でも、白虎さんもお父さんも、迦陵頻伽さんの言葉は分かるみたいで、二三言話していた。
『庇う訳ではないが、この者が魔物に襲われていたので、フェンリルが助けたことだけは言っておく。そのあと勝手に連れてきてしまったがな』
おっと、ちょっといい話だったのね。でも、それを差し引いても勝手に連れてきたのはアウトだ。
『一応この者にも説明はしたが、後で俺が送り届けることにする。それまでここに置いてやってくれないか』
白虎さんがアフターケアをしてくれるみたいだ。それに預かるなんて、そんなの二つ返事でOKです。声も姿も綺麗だし、可愛いし。
「うちのお父さんが本当にごめんなさい。嫌じゃなかったら、ゆっくりしていってください」
ぴぴぴと鳴いて、私の肩に飛んで来たら、ほっぺに頭をすりすりされた。
『礼を言っているぞ』
うん。今のは言葉が分からなくても分かったよ。
さて、意識的に避けていた問題に取り掛からなければならないね。
王子と私は顔を見合わせると、お互いに頷いた。
「実は今日呼び立てたのは、貴方のねぐらにしている国から依頼があったからだ」
王子が掻い摘んで、白虎さんにお父さんを派遣した経緯を説明した。
『なるほど。本来俺はここに来ない方が良かったが、このフェンリルが話も聞かずに飛び出した、と。相変わらず周りに迷惑を掛ける奴だ』
「おっしゃるとおりです」
私は速攻でお父さんを売る。
『俺たち四獣は、古い盟約で国が出来るより前からかの地におるが、それは別に人間のためではないのだがな。しかし、無用の混乱を招いてもつまらん』
どうやら白虎さんは、四獣と呼ばれるレジェンドの中でも最年長みたい。シロさんと同じくらいの年齢らしいよ。シロさんはジジ臭いところがあるけど、白虎さんは若々しいからそうは見えないんだけどね。
「あの、ごめんなさい。白虎さんに余計な心配を掛けることになって」
発端が私のスキルにあるとしたら、本当に申し訳ないことだ。立てなくていい波風を立てたのはこちらだからね。
『そんな顔をするな。初めてここに来た時は、久々に楽しかったのだ。俺は、またここに来たい。それとも、お前がまた来ていいと言ってくれたのは、もう無効なのか?』
白虎さんが悲し気に私に問いかける。
確かに、前回ここにやって来た時に、鑑定をしていかなかったから「また今度」と言ったっけ。それがまさか、気軽な挨拶がこんな大事になるとは思ってなかった。
でも、白虎さんの丸めで肉厚のお耳が少し伏せてるのを見たら、人間都合の罪悪感より、レジェンド側への罪悪感の方が勝ってしまった。
「いいえ。私も白虎さんにお会いしたいです。でもそれで白虎さんとセリカの人との関係がこじれたら悲しいです」
『ならばハル自身も俺とセリカの話し合いの場に来ればいい』
「……はい?」
ちょっと何言ってるか分かんないんですけど。
『俺はハルに会いたいからここに来るのであって、今のねぐらを変える訳ではないとその場で説明してしまえばいいのだ』
『それはいい!それならば、私も同道しよう』
さも名案と言う感じで白虎さんが提案すると、お父さんが大賛成する。
「いやいやいやいやいや、ちょっと待って」
ちょっとそれは想定外!
「待ってくれ、白虎。ハルのことを知られるのは、危険すぎる」
王子も割って入ってくれるが、白虎さんは逆に不思議そうな顔をした。
『何故だ?俺がフェンリルに会いに行くなどというたわけた説明より、ハルに会いに来る方がずっと説得力があるぞ。それに、俺とフェンリルの庇護を受ける者と知らしめておけば、下手に隠すよりも危険は少ないと思うぞ。どうせ隠したとて、来るなと言っても最上位種の面々はここに集まって来るのだから、遅かれ早かれ人間には気付かれるだろう』
うぅ。確かに、レジェンドたちは自重を知らない人たちだから、来たい時にここに来るのは目に見えてるね。
あと、今までは、レンダール国内のレジェンドの移動だったけど、今後はセリカ側からも来るかもって白虎さんが言った。何で?
『フェンリルがな、俺の所に来たついでにと言って、南の朱雀の所に寄ったのだ。その迦陵頻伽は、その時に拾ったからな』
『そうだな。そのうち来ると言っていたな、奴は』
「お父さん⁉」
「フェンリル⁉」
私と王子が、同時にお父さんの方を見ると、お父さんはたじろいだように一歩下がった。
『な、何故怒っておるのだ?』
訳が分からないとばかりに尋ねるお父さん。
「話を大きくしてきて、どうするの!」
白虎さんを連れて来るまでは、もしかしたら……、と身構えてはいたけれど、まさかまさかのご新規様の開拓まで成すとは、さすがの王子も思いも寄らなかったみたい。
この短時間で、王子は魂が抜けたようになっていた。
『まあ、そういうことだ。悪いようにはせんから、観念するのだな』
少し同情気味に白虎さんが王子を慰めた。迦陵頻伽さんも王子の肩に止まって、頭を優しくつんつんしていた。
少しは話の分かる人たちで良かった……のかな?
はあ。私、いったいどうしたらいいんだろう。
霊魂が口から出そうな王子の袖をちょいちょいと引っ張る。
「私、行かないとダメだよね?その時は、頑張るよ」
少し光を失った目で王子に話しかけると、その葡萄色の目が切ない色を湛えた。
「ちょっと、王宮行ってくるわ」
「うん」
力なく呟く王子から迦陵頻伽さんを受け取ると、項垂れた王子から「うにぃ、かにぃ、いくらぁ、とろさぁもぉん」とやる気のない呪文が聞こえてきた。
それがちゃんと言えただけでもエライよ、王子!
しゅん、と消えた王子の背中に、悲哀、哀愁という単語が浮かんで見えた。
『何故だろう。俺は初めて本気で人間に同情した』
白虎さんの言葉に、王子が少しでも救われますように、と祈らずにはいられなかった。
王子、頑張れ。
と思った方は、彼を応援してあげてください。
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