42 心に平穏を
いよいよ、アレがお目見えか。
反省したお父さんは、お詫びのつもりなのか、エルシス様に『撫でていいぞ』と言った。それにビクビクとしていたエルシス様もようやく涙を止めた。
お父さんは、子供たちに負けず劣らず、いや、見た目だけなら子供たちよりも触りたくなるゴージャス感だ。
それでもエルシス様は怖がって近寄らなかったので、私がお手本で撫でて見せると、チラッとユーシスさんの陰からこちらを見る。お、ちょっといい感じかな?
お父さんは、一度もここでお風呂に入っていないけど、何故かふかふかのサラサラでお日様のいい匂いがする。昔飼っていたセキセイインコも香ばしい匂いがしたけど、お父さんはなんかそういうのを超越した感じだ。
それに、どう見ても最高の手触りにしか見えない体毛は、触るとやっぱり最高の手触りだ。
エルシス様もようやく興味が湧いたらしく、恐る恐るお父さんに近付いた。
「こう見えて、お父さんは優しい魔獣ですから、心配しないでください」
私がそう言うと、ようやく本来の明るさが戻ったのか、伏せをするお父さんの首筋をそっと触った。
「わぁ、ふかふかのお布団みたいです」
そうして遠慮がちに首に抱き付く。くっ。一瞬眩暈がするくらい可愛い。
『エルシスとやら。特別に私の背中に乗っていいぞ』
偉そうな言い方だけど、エルシス様は目をキラキラさせた。よし。お父さんの「食べちゃうぞ」のトラウマを克服しつつあるみたいだ。
お父さんも満更ではないようで、ユーシスさんを見やると顎で背中を示した。
「では、私がお手伝いいたします」
ユーシスさんがお父さんの意を受けて、エルシス様を抱き上げて、お父さんの背中に乗せた。『掴まっていろ』とお父さんが言うと、エルシス様はお父さんの背中の毛を掴む。それをユーシスさんが確認して合図すると、お父さんが立ち上がった。
「うわぁー、すごいです!」
一気に視界が高くなったのに、ユーシスさんが支えているからか、本人が豪胆なのか分からないけど、怖がる事無くはしゃいだ。凄いね、私には絶対無理だもの。
エルシス様は多分、最初は慎重なのかもしれないけど、大丈夫と感じたものには物おじしないのかも。
『そなたは、歴史上初めてフェンリルに騎乗した人間になるぞ』
自分の背中ではしゃぐエルシス様に、お父さんが面白そうに伝える。
マジか。凄いね、エルシス様!
安全を考慮して、流石に走るまではしなかったけど、少し周回してお父さんから降りた時には、エルシス様は大満足のようだった。
「ありがとうございます、フェンリル。たのしかったです!」
そうお礼を言ってお父さんにもう一度抱き付いたエルシス様に、お父さんも優しい視線を向けた。
「私からも。ありがとうね、お父さん」
エルシス様が抱き付いている方と反対側からお父さんに御礼を言う。悪ノリは駄目だけど、結果エルシス様がお父さんと仲良くなれたから良かった。
『人の子も、なかなかに可愛らしいものだな』
結局お父さんって、なんだかんだ言っても優しい。大人げないけど、ガルたちのこともちゃんと可愛がっているから、子供好きなのかもね。
そんな心温まる光景に癒されていると、大人組から声が掛かった。見ると、王子が手招きしている。
多分、エルシス様を呼んでるんじゃなくて、はあ、私かぁ。でも、エルシス様を看ていなくていいのかな。
「俺が殿下を看ているから大丈夫だ」
私の考えを察して、ユーシスさんが請け負ってくれた。お父さんはもう悪さしないだろうし、ユーシスさんに任せておけば心配ないね。
私はユーシスさんに、エルシス様用の水筒に入れたオレンジジュースを渡しておく。はしゃぎ過ぎて脱水症状になったら大変だし、スポーツドリンクだと口に合わないかもしれないからね。子供たちとお父さん用の乳酸飲料もね。
王子たちの元に行くと、王子は私じゃなくてお父さんたちの方を見ていた。
「俺も乗せてくれないかな」
……王子、お父さんに乗りたいのね。
「無理じゃないかな」
「駄目か?」
「多分」
エルシス様がやる分にはほのぼのするけど、王子がやると何故か「姫!」って言いたくなる気がする。そんなもののけ的な王子を見てみたい気はするけど、多分お父さん、子供だから乗せてくれたんだと思うよ。
ふと男性陣を見ると、何かレアリスさんもイリアス殿下も心なしかガッカリしているように見えた。「男の子って、好きよねぇ」と何故かセシルさんがしみじみと言う。セシルさんて男の子側の視点じゃないんだね。
レイセリク殿下は、……遠くのエルシス様を、これまで以上の凄い険しい視線で見ていた。抜群の安定感だ。
私が近付くと、レイセリク殿下は眉間のしわを緩めて私を見た。しわが無いと、エルシス様とそっくりだから、結構穏やかな表情になるんだね。
笑うことこそしないけど、私にゆっくりと目を伏せてみせる。
あれ?もしかして、私にお礼をしてくれているのかな?よし、よく分からないから、必殺ジャパニーズスマイルだ。
そんなやり取り?の後、私たちはテーブルに着いた。
なんか、偉い人達が集まっての話合いって緊張する。何を言われるのかな?
「まずはお前に聞いておいてもらいたいことだ」
そう言って王子が口火を切る。
「この間、ここに来た白虎についてだが、あの魔獣がねぐらにしている国が、東方にある“セリカ”というんだが、一応その国では白虎は神獣と呼ばれている」
へえ、そうなんだ。
「へえ、そうなんだって顔してるな」
「すいません」
なんで分かったの?
「で、その国から、守護獣として崇めている白虎が、この国へ移動したことが確認されて、国を去られるのではという心配があると連絡がきた」
「……なんか、すいません」
9割9分お父さんのせいだけど、私は率直に謝った。
それでレイセリク殿下がこの場に来たということらしい。
レイセリク殿下は外交を担っていて、対セリカと、セリカの東側の“シナエ”という国とのレンダールの玄関口になっているんだって。そこでレイセリク殿下へ、先日の白虎さん大移動の連絡が来たみたい。
神獣だという白虎さんがいなくなっちゃうとなったら、そりゃびっくりだ。
とうとうお父さんのやらかしが、国を跨いでご迷惑を掛けたみたいです。
何でもセリカとシナエは、元は同じ「華」という国で、そこに四獣と呼ばれる神獣がいるんだって。北西部に当たるセリカに白虎さんと玄武さんという亀みたいな神獣がいて、南東部に当たるシナエに青龍さんという字の如く青い龍の神獣と、朱雀さんという赤い鳥の神獣がいるみたい。
なんか、聞いたことある気もする。ああ、あれだ。学校の歴史かなんかで習った高松塚古墳のヤツだ。
以前有紗ちゃんが言っていた、地球の神話とかと微妙に一致するっていうのが、なんとなく分かった気がする。
ちなみにそちらの龍は、レッドさんたちみたいな姿じゃなくて、日本でも神社とかで見る長細いお馴染みの神様みたいな姿形らしい。
試しに紙に王子が絵を描いたら、ヤスデ?みたいな何だか分からない物体だった。イリアス殿下にもお願いしたけど、同じような不可解な絵が完成した。二人とも自信満々に筆を執ったのにね。今度から二人を画伯と呼ぼう。
見かねたセシルさんが描いてくれてやっと分かったよ。セシルさんの絵はデフォルメされた可愛らしい絵だったけど、ばっちり分かった。
その絵を遠巻きに見て、レイセリク殿下は相変わらず凄い険しい目をしていたけどね。
それで本題だけど、シナエは南回りの海路で行くかセリカを通らないと行けないから、あまり緊密な国交は無いみたいだけど、セリカとは絹や紙の輸入で結構頻繁な交流があるから、セリカからのお願いは「それがどうした?」と軽くは扱えないみたい。
何となく言わんとすることが分かっちゃった。
「私は、セリカとの友好のために、白虎さんとのつなぎをすればいいんですね」
「そういうことだ。お前以外に魔獣との伝手は誰も持っていないからな」
重々しくイリアス殿下が言う。私が伝手を持ってる訳じゃないんだけど、間接的に持っていると言えばそうなのかな。
セリカの人たちは白虎が何の目的でここに来たのかを調査してほしいとだけ言っているのだそうで、連れ戻しとか捕獲の協力ではないみたい。
王子たちは、私のことを相手に話していないから、国として最上位魔獣と接する機会があって、その魔獣の元に訪れた白虎さんと接触できた、ということにするみたい。
つまりは、セリカの人と白虎さんがお話出来る場を設けて、「後は自分たちでなんとかしろ」ってことのようだ。
レンダールにいる知り合い魔獣に会いに来た白虎さんに偶然会ったというのは、間違いでも嘘でもないけど、いいのかなぁ。
「外交で全てを曝け出す訳がないだろうが。お前のような素人が余計なことを考えるな。私たちに任せておけばいい」
なんだか、イリアス殿下が優しい?そんな馬鹿な。
これが美味しいお芋の効果なのか。
「そう言えば、白虎さんに繋ぎを取ると言ったら、お父さんに頼むしかないんですけど。お父さんがセリカ内に入るのはいいんですか?」
尋ねたら、王子が言葉を濁した。
「まあ、なんだ。フェンリルは災害のようなものだ。何もせずに通過してくれるだけなら、セリカも黙って見過ごすしかないだろうな」
「……なるほど」
お父さんは災害のようなものなのか。「破壊」なんていう危ないスキル持ってるし。
要は、セリカ側は、白虎さんが国から出て行かなければ、後はOKってことね。多分、白虎さんは軽い旅行気分だったみたいだし、それを説明してもらえばいいのかな。
でも、結局人間の都合でレジェンドを国に縛り付ける意図があるのなら、正直お断りしたい。もし、レジェンドを制御できると思っているとしたら、それはとんでもない勘違いだもの。
「まあ、過去にそれで滅ぼされた権力者は枚挙にいとまがないが、今回は我々も立ち会う。セリカの思惑がなんであれ、少なくとも我々が魔獣側にいるうちに手出しはすまい」
そうか、下手をすると白虎さんどころか、レンダールを敵に回すことになるものね。
こういう時に、イリアス殿下の小憎たらしい顔は頼もしく見えるね。
「……おい、今何故だか腹が立ったんだが」
「分かりました。お父さんに頼んでみます。ただ、あまり期待はしないでほしいです」
私はイリアス殿下を無視して話を進める。
実際、レジェンドたちは大変自分勝……自我が強い方たちである。特にお父さんは、子供……少年の心を忘れない大人なので、頼んでどうなるかは不明だ。
それは王子たちも承知しているのか、三者三様に頷いた。
お母さまは「大変ねえ」と、もはや他人事だ。セシルさんは元々レジェンドたちに興味があるのか、「会いたい!」と熱烈に要望されたので、恐らくセリカ行きに随行することになりそうだ。
そうして、子供たちやエルシス様と一緒になって遊んでいるお父さんを召喚。
お父さん、ユーシスさんにディスクを投げてもらっていた。不規則に飛ばされたディスクの落下場所を予想して先回りして、お座りで優雅にキャッチするのが楽しいみたい。……理解できない。
『わははは。ユーシスはなかなかに私を楽しませおる!』
……楽しそうで良かったね。ユーシスさんの顔が、心なしか疲れている。
「わあ、私も取りたいわ!ユーシスくん、お願い!」
「お前は黙ってろよ」
お母さまが何故かキャッチする方を所望されたが、混沌とするので王子が止めに入る。お母さまの行動は、何故魔獣側に入ってしまうのだろうか。
『それで何事だ?』
「そうでした。お父さんにお願いがありまして」
私がそう切り出すと、お父さんのビー玉みたいな薄青の目がキラリと光った。ああ、なんか良くない予感。
『ハルが頼み事とは珍しい。言ってみよ』
上から目線が甚だしい。まあ、こちらがお願いする側でもあるからね。
「実は、以前ここに来てくれた白虎さんとお話がしたいんですが」
『ほぉ、なるほど。いいぞ、私が話を付けてやろう』
あら、すごいすんなりいった。
「ありがとうご……」
『但し、だ。あやつの巣は遠くてな、もちろんタダでとは言わんだろうな』
そう来たか。
「それなら我々から、宝石でも食肉でも望みの物を出そう」
レイセリク殿下がそう申し出ると、お父さんは鼻で笑った。
『光モノ好きの竜族でもあるまいに、宝石など邪魔なものはいらん。肉も、ハルの美味い飯があるのに要らぬわ。それにその程度の報酬など、私が稼ぐ「ぽいんと」と比ぶべくもない』
うわぁ、王族が提示する報酬を「はした金」的扱いした。何だろうな、たまにお父さんを凄く羨ましく感じる時があるよ。結局、私のスキル込みの話なんだけどね。
「では、何が望みだ?」
平坦な声でレイセリク殿下がお父さんに尋ねる。ホント、ここの王族って心臓が強いよね。
『無論、レーヴァテインだ!』
ああ、何となく分かってた。王子とイリアス殿下を見ると、二人とも乾いた表情のまま頷いた。私もそろそろ観念する時だろうなとは思ってた。
「結局、そなたに負担を強いるようだが、良いか、ハル殿」
「はい」
レイセリク殿下は、私が神話級武器を出せることを知ってるみたいで、少し気遣うように隣にいる私に尋ねた。意外と話しやすい人だったりするのかな。
「では、そなたに代わりの報酬を渡そう。何を望む?」
私を気遣って報酬を提案してくれた。やっぱりエルシス様への態度とのギャップがある。
そんな違和感はさておき、殿下の申し出は嬉しいけど、私が欲しいのはただ一つだ。
「平穏をください」
「無理だな」
私の切なる願いを一刀両断だね。
そうして、私は報酬の前渡しとして、レーヴァテインを交換した。
グングニルみたいに重量級の覚悟をしたけど、レーヴァテインは案外軽かった。まあ、私が振り回すのはまったく無理だけどね。
黒い両刃の長剣で、鍔が魔獣の咢のようなちょっと禍々しい感じで、柄や鞘まで黒くて、柄に嵌まった赤い宝石っぽいのが輝く、まさに「ザ・魔剣」って感じの見た目だった。
『どうだ、私のレーヴァテインはカッコいいだろう!』
高笑いせんばかりのお父さんは、伏せをして抱え込んだレーヴァテインに頬ずりしていた。本人以外は全員ドン引きだ。
ほっぺたの毛、剃らないようにだけ気を付けてね。
それからのお父さんの行動は早かった。
一しきり魔剣を堪能した後、私に魔剣を預けると、すっくと立ち上がって言った。
『では、行ってくる!』
「おい、ちょっと待て!まだ、内容を話してな……‼」
あぁあ、行っちゃった。
王子が止める間もなく、お父さんは話も聞かずに白虎さんの元に飛んでいった。
ちゃんとお使いできるかなぁ?不安しかない。
お父さんが飛んで行った東の空を、しばらくみんなで虚しく眺めていたよ。
「ハル。俺も平穏が欲しい」
「無理かな」
ポツリと呟く王子に、私が掛けてあげられる言葉はそれしかなかった。
そう言えばお父さん、お芋フルコースのお昼ご飯、食べていかなくて良かったのかな。
とうとう交換しました、レーヴァテイン。
お父さん、子守におつかいに大忙しの回でした。
せっかく登場人物紹介したのに、また人増える予感。
この回を書き始めた時は、全然お父さんお使いに行く予定じゃなかったのに、おかしいな。
そんな無計画な執筆の作者ですが、なにとぞ応援よろしくお願いします。




