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40 ホント、大人げない

今回のテーマソング

どーれみふぁ、そらしどー、どしらそふぁみれー

 王太子殿下は、邪魔とばかりに跪くユーシスさんとレアリスさんに手を振って下がらせた。

 なんかそれを見たお母さまとセシルさんは、遠巻きに王太子殿下に手を振っているけど、険しい目をしてそれを無言で睨んでスルー。


 そして、王太子殿下はちびっこに向き合う。王子より背が高く見えるから、子供には見上げるようだろうね。


「エルシス、そなたが何故ここにいる」

 開口一番に王太子殿下は、ちびっこに掛けるにしてはあまりにも威圧的な言葉を発した。


 エルシス様は、小さな体を揺らして王太子殿下を見上げた。その顔は明らかに怯えている。


 多分エルシス様は5、6歳くらいだと思うけど、顔は王太子殿下にそっくりだ。

 もしかして、エルシス様は王太子殿下のお子さん?


 王子が再びため息を吐いて、エルシス様を庇うように片腕に抱き上げた。エルシス様も王子の首に抱き付いている。


「エルシス、王宮に戻るぞ。今日はお前の父さまとイリアスと俺は大切な話合いがあるんだ。お前は王宮で待っていてくれるか?」


 あ、やっぱりエルシス様は王太子殿下のお子さんか。

 王子は一応小さい子にもちゃんと説明をする。でもエルシス様は、取れてしまわないか心配になるくらい首を振った。


「ぼくは、王子です。父上のおやくに立ちたいのです」

 王子って王様の子供だけじゃなくて、王孫の直系男子のことも指すみたい。


 それにしても凄い自覚と責任感だ。

 もうそれだけで私は泣きそうになる。ダメなんだ。幼児がはじめておつかいに旅立って頑張る番組とか、号泣して見られないんだ。


 ちょっと遠巻きにホロホロしそうな私に、イリアス殿下が近付いて耳打ちした。

「お前、子供の扱いは得意か?」

「うん?得意ではないですけど、ある程度は……」

「では、小一時間、エルシスの気を逸らせ」

 両親が健在の頃は、遊びに来た親戚の子とかの面倒を看ていたから、多分数時間だったら預かれるかな。あとはいつもハティに接してるみたいにすればいいかな。


 何となくイリアス殿下が言いたいことを察して頷く。

 何か意外だけど、イリアス殿下はエルシス様に助け舟を出そうとしているみたい。まあ、あの天使っぷりなら、腹黒だって降参しても不思議はない。


 そんな私たちの動きに気付かない王子が、これまたエルシス様を擁護しようとしている。

「王太子殿下。エルシスを誤って連れて来てしまったのは私の責任です。一度私に預からせていただいてよろしいでしょうか」

 久しぶりに聞いた王子の敬語。

 イリアス殿下にも最初は敬語を使っていたから、やっぱりそのお兄さんとも仲はあまりよろしくないのかも。でも甥っ子のエルシス様には何か優しい雰囲気だし、懐かれてもいるようだ。


 で、やっぱり王子が私の方を見る。間違いなくイリアス殿下と同じことを要求している。

 はいはい、了解しました。


 私と王子のそのやり取りをイリアス殿下も見ていて、自然と私の前に出た。

「兄上。魔女と枢機卿の悪ふざけにより、急なお越しとなり申し訳ありません。エルシスのこともありますが、先に紹介いたします。この者が召喚者のユウキ・ハルです」


 イリアス殿下から、珍しく名前で呼ばれた。多分、これが2回目だ。変な感じだね。


 取りあえず、王太子殿下の勘気からお子様を遠ざけようってことみたい。こっちも了解です。っていうか、みんなちょっと最近、私を便利に使ってないかな。


 仕方なく、私はお二人の前に歩み出る。本当は偉い人から声が掛かるのを待つらしいけど、私はそういう礼儀の外にいるらしいから、私から声を掛ける。


「ようこそお越しくださいました。王太子殿下、エルシス殿下。オーレリアン殿下の召喚でこの国に参りました結城波瑠と申します」


 ちょっと頭を下げるお辞儀をすると、エルシス様を見るよりも少し目を険しくして私を見た。ひぇぇ、視線だけで凍えそうだ。有紗ちゃんが言ってたけど、凄い冷たい態度の人だって、本当なんだね。


 少し前ならそれに怯んで王子かイリアス殿下の背中に隠れただろうけど、今は何とか踏み止まれるよ。


「ああ。話には聞いている。王太子のレイセリクだ。一度そなたとは話をしてみたいと思っていた」

 良い方悪い方どちらの話か分からないので、取りあえず少し曖昧に微笑んでおく。これぞ日本人の得意技だ。


「ところで、本日はイリアス殿下から食材をいただきまして、それを使った私の国の料理を振る舞いたいと思っています。初めてお会いして勝手なお願いですが、エルシス殿下にその料理法を見ていただき、異文化の交流を図りたいと思いますがよろしいでしょうか」


 王太子殿下は少しだけ考えていたけど、僅かに目を眇めて頷いた。うん。意外だけど、結構いい反応だ。

 王子が空いている方の手で、王太子殿下に見えないようサムズアップをした。


 保護者の許可も貰ったので、私はエルシス様に近付く。王子が抱っこしているから、私より目線が高い。


「初めまして、エルシス殿下。私は波瑠と言います。これからイリアス殿下の領地のお芋を皆さんが美味しく食べられるようにお料理します。殿下にはそのために、皆さんが楽しく食べられるようにお手伝いいただきたいのです。ご一緒していただけますか?」

「それは、お父さまのおやくに立ちますか?」

 うぅ。それは反則です。思わず涙が出そうになるから。


「もちろんです」

 私が涙を堪えて頷くと、フッと緊張を解いた様子で王子に降ろせというアイコンタクトをしている。王子がエルシス様を降ろすと、遠慮がちに私と手を繋いできた。

 ちょ、エルシス様が可愛すぎて、心臓止まるかと思った。私の心臓、仕事しろ!


 王族組はお母さまとセシルさんに誘導されて、お庭の中央のテーブルで話し合いをするようだ。そちらにはレアリスさんが飲み物を出してくれるみたいで、こちらにはエルシス様と面識のあるユーシスさんが付いてくれることになった。


 私は調理場のテーブルにエルシス様を連れてくると、椅子の上にビーズクッションを置いて座ってもらう。大人用のテーブルだから、それで丁度いい高さだ。

 そして、物珍しさにキョロキョロしているのを、落ち着いてもらうようにりんごジュースを出したら、躊躇せずに勢いよく飲んでくれた。

 お子様だけど、ごくごく飲んでいるのにお上品に見える。でも、ホントここの王族って警戒心ないから少し心配になるよ。


「これはとてもおいしいです!」

 満面の笑みで私に報告してくれる。思わずユーシスさんと微笑んでしまった。

 さて、落ち着いてきたところで、エルシス様の気を逸らす作戦を開始するかな。


 まずは、流し台の前に踏み台を置いて、手を洗ってもらう。その後、テーブルの上にラップを広げて、薄く粉うちしたら、コロッケのタネを2センチくらいの厚さに伸ばす。


「さて、ここからが殿下の出番です」

 興味深そうに私のすることを見ていたエルシス様だったけど、ようやく自分が何か出来ると聞いて目を輝かせた。


 私は、クッキーを作った時の型を取り出した。ハートと星とクマ、お花と兎と鳥の型だ。最初エルシス様は不思議そうに見ていたけど、私が試しに型を抜いてみると、出来上がった形にびっくりしていた。


「すごいです!お花ができました!」

「はい。皆さんが楽しく食べられるように、殿下にたくさん作っていただきたいのです」

「たくさん作ります!」


 もう大人の分は出来上がっているけど、エルシス様の分は自分で作ってもらおうという魂胆だ。


 コロッケのタネは柔らかい手触りだから、途中で遊んでしまわないように、ユーシスさんが見守ってくれている。でもそんな心配も必要なく、エルシス様は型抜きに夢中になった。

 子供って、スタンプとか、ぺったんぺったんするもの大好きだよね。


 エルシス様が型を抜いたのを、ユーシスさんが崩れないように型から外して、またエルシス様が型を押しての繰り返し。物凄い量になりそうだけど、どうせ王子が食べるからOKだ。


 私はできたものに衣を付けて揚げていく。細かい部分が崩れないように気を付けてね。

 10個を揚げた時点で、一度エルシス様に味見をしてもらう。


「殿下、お一つどうぞ。熱いので気を付けて食べてください」


 王族の食事って熱々が出ないイメージだから、少し冷ました星形のコロッケを小皿にわけてフォークと一緒にお出しすると、やっぱりお上品なのに勢いよくお口に入れた。その熱さにびっくりしたみたいだけど、やけどするような熱さじゃないからそのままモグモグしている。サクサクと衣の音が何度かして、静かに飲み込んだみたい。


「ぼく、こんなお料理、はじめて食べました。早く父上にめし上がっていただきたいです」

 だから反則だってば、そういうの。王太子殿下には冷たくあしらわれていたけど、優しい子に育っているみたいで泣けてくる。


 イリアス殿下は腹黒だけど、あの時ここに居られるように庇ったのは、エルシス様のそういう心は大切にしてあげてるってことかな。小さい時は、まずは出来る出来ないじゃなくて、そういう思いやる心を育ててあげたいよね。イリアス殿下も一応人の子だったんだ。


 でも、なんでイリアス殿下は、その思いやりを我が身に置き換えられないのか不思議だ。


 私がこの世の不思議を感じていると、ユーシスさんがそっと耳打ちしてきた。

「ハル。出来れば殿下には、ガルたちとも交流を持たせて差し上げたいんだが」


 それは名案だ。異種族交流って、小さい頃の方が抵抗は少ないものね。慣れで危機感が無くなるは駄目だけど、それよりも魔獣への理解の方が大切だろうから。それにガルたちは、見た目は可愛いサモエドだから、エルシス様も怖がらずにすむよね。


「エルシス殿下。殿下のお陰で、お食事はとても素晴らしい出来上がりになりました。ですので、今度は魔獣とお友達になってみませんか?」

 目線を合わせて尋ねると、魔獣という言葉に怯える反応をした。そりゃそうだよね。


 私が苦笑していると、ユーシスさんも膝を突いて身体を屈めて、エルシス様に目線を合わせて恭しく言った。

「殿下、このユーシスがお傍におります」

「ユーシスがいてくれるのですか。それなら平気です!」


 なんでか、ユーシスさんがそう言ったら、怖さも吹き飛んだみたい。凄い信頼感だ。

 なんたってユーシスさんは、ドレイクとかいう竜種の魔獣も瞬殺だからね。


 エルシス様がユーシスさんに抱き付くと、「失礼します」と言って慣れた手つきで抱き上げた。王子も同じく抱っこしていたけど、どこか「親戚のお兄さんの不慣れ感」が抜けない末っ子王子と違って、なんかユーシスさんは安定した「パパ感」がある。さすが4人の弟妹を面倒見ていただけあるね。


「おーい、みんなにお願いがあるの」

 お庭でボールとディスクでセルフお遊びをしていた兄妹たちに近付くと、子供たちもトコトコと近付いてきてくれた。

 子供たちが目の前に来ると、ユーシスさんがエルシス様を地面に降ろしたけど、サモエドたちを前に人見知りをしたのか、エルシス様はユーシスさんにギュッとくっついてしまった。


「エルシス殿下。この子たちはフェンリル一族の子たちです。一番大きくて足が赤い子がマーナガルム、緑色の子がスコル、青い子がハティです。みんな、殿下と仲良くしてくれるかな?」

 子供たちを紹介しながら、私が目でガルに「頼む」と語ると、察しのいいガルはやれやれと言った感で前に出た。


『俺はマーナガルムだ。『ガル』と呼んでいいぞ』

「……しゃべった」

 まあ、そう思うよね。見た目、完全に可愛いワンちゃんだもんね。


『お前、名前は?』

「ええと、エルシスです」

『じゃあ、エルでいいか?』


「ふふ、ガルにハルにエル。みんな名前が似ていますね」

 私がそう言うと、エルシス様は急に仲間意識が出たのか、ユーシスさんから離れて恐る恐るガルに近付いた。


「ガルはまじゅうなのですか?」

『そうだ』

「ガルは怖いまじゅうですか?」

『友達なら怖くしないぞ』

「!じゃあ、お友だちになります!」

『わぁ、じゃあスコルもお友達になる』

『ハティも!』

 ガル、グッジョブ。ホント、ガルに任せれば、間違いのない安定感だね。


 思わず、ユーシスさんと顔を見合わせてしまった。こんなにとんとん拍子にいくとは思わなかったよ。


 立ち上がったガルは、エルシス様とそう大きさは変わらない。そのガルの首におっかなびっくりな様子で、エルシス様が抱き付いた。

 うわぁ。天使が天使にギュってして天使だ。


 もうここまで来たら、子供は打ち解けるのが早い。ハティがボール遊びに誘って、エルシス様が一生懸命その遊びについて行こうとしている。

 お、ボールが前に飛んだ。なかなかの運動神経だ。既に私は追い抜かれている。


 ほのぼの~とその光景をユーシスさんと見ていたけど、同じく妹たちを見守っていたガルの耳がぴくぴくと動いた。


『父さんが帰って来たぞ』

 ご飯前に到着。いつもどおりだね。

 ひゅーんとお父さんが下りてきて、私の前に座った。


『帰ったぞ、ハル』

「お帰りなさい」


 これまたいつもどおりにお父さんをなでなでしていると、エルシス様が引きつった顔でこちらを見ているのが視界の端に映った。

 あ、こんな大きなの、ヤバいね。


「あ、殿下、この人はフェンリルです。ガルたちのお父さんですから大丈夫ですよ」

 慌ててエルシス様に駆け寄ると、手を握って怖くないアピールをしておく。


『なんだ、あの子供は。ユーシス、そなたの子か?』

「……俺は独身です。それにあの方は、この国の王太子殿下のご嫡男です」


 私のアピールと、ユーシスさんとしゃべっているお父さんを見て、少し恐怖心が取れたのか、恐る恐るエルシス様はお父さんに話しかけた。


「あなたは、怖くないまじゅうですか?」

 エルシス様の可愛い判断基準に、何故かお父さんはニヤリとした。


『知らぬのか?私は、こわーい魔獣だ。そなたを一飲みにできるぞ』

 そう言って、お父さんはくわっと大きく口を開けた。完全に悪ノリだ。


 エルシス様は、ひっと引き攣った呼吸をして、その後大きな瞳からポロポロと大粒の涙を零した。よほど怖いだろうに、声を上げないで我慢している。

 健気すぎるその姿に、私のこめかみに青筋が浮いた。


 エルシス様をユーシスさんに預けると、私はお父さんに対峙した。


「……おーとーさーん」

『う、うん?』

 地を這うような声が私から出て、お父さんが一歩下がる。


「伏せ!!」

『お、おう!』

 お父さんが私の声と同時に伏せをした。


「小さい子怖がらせて、それがいい歳した大人がすることですか!」

『す、すまぬ!つい、出来心だ!』


 平身低頭で謝り倒すお父さんに、私は説教をした。


 異変を感じ取ったらしい王子とイリアス殿下が様子を見に来たみたいだけど、私はお父さんへの説教で忙しくてそちらに構っている暇はなかった。


「……フェンリルは、最強の魔獣と聞いていたが?」

『……ああ、一応な。でもなんか、ハルには逆らえないって言ってたな、父さん』

「ハル。あいつ、ホント何なんだろうな……」


 その後、エルシス様の誤解が解けるまで、お父さんは伏せをしてエルシス様に謝っていた。

空気を読まない親戚のおじさんみたいなお父さんです。

時と場合をわきまえても、ウザ絡みは犯罪(作者調べ)です。


次回はちょっと真面目な話になる……といいな。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 本話冒頭(正確には前話の最後?)王族が2人追加されたあたりで人間関係が追えなくなりました。 王子と殿下だけの時は追えていたのですが、王太子殿下? とちびっ子? が誰やねん状態で気持ちが…
[良い点] 更新お疲れ様です。 むう、イリアス殿下みたく解りやすい行動や雰囲気を余り出して来ない(冷たい態度は王族や貴族として珍しくはないでしょうし)から、まだちょっと推し測りがたいですね王太子殿下…
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