38 それはお芋のことです
キレ方にバリエーションがほしい今日この頃。
「私を帰せ、この魔女が!」
数日振りに会ったイリアス殿下は、血管がキレないか心配なほどお母さまを罵っています。
そりゃそうだ。有無を言わせず、オネエさまことセシルさんと共にお母さまが拉致ってきたのだから。
っていうか、あのアズレイドさんから殿下を拉致れたって、凄い。
「あら。これから帰ったって、またここに来ることになるんだから、二度手間よ」
「そうね。でも、そうなったらオーリィ殿下と手を繋いでくればいいんじゃない?」
強い、セシルさん。殿下を物ともしていない。っていうか、お母さまと同じ匂いがするのは気のせいだろうか。
「さすが、セシルね。レアリスくんがいなければ、イリアスが一人でここに来ることはできないもの。オーリィちゃんと手をつなぐしかないわね!」
さも妙案と言いたげなお母さまに、殿下はシロクマだって凍えるような視線を送っている。
早く気付いて、お母さま。
「あ、あの、皆さん。とりあえず落ち着いてお話ししませんか?」
私が非常に建設的な意見を言う。
だって、ユーシスさんもレアリスさんも、遠巻きにしていて何も言ってくれないんだもの。確かに触りたくないよ、この雰囲気。でも仕方ないじゃない。
誰かがやらないと、きっと誰か犠牲者が出る。主に私たち側に。
殿下が私の言葉に、盛大な舌打ちをした後、顎を逸らしながら私を見下して言った。
「私に何故すぐ椅子を勧めない」
「……はい、こちらにどうぞ」
相変わらずで、ある意味ホッとするような、しないような。
「ここは茶の一つも出ないのか。あのカフェオレとかいうものがいい。甘さはいらん」
「……気に入ってもらえたみたいで何よりです」
どうやらコーヒー自体は気に入ったみたいだけど、王子も好きだと言ったから変な対抗意識を燃やしているのかもしれない。
甘くなくていいなら、ちょうどエスプレッソマシンもあるし、ミルク多めのラテでも出すか。
「ハル、私が用意する」
私がラテを用意しようと思ったのを察してか、レアリスさんがササッと動いたのでお願いすることにした。今度は殿下が飲めるのを淹れてあげてください。
その間に私は、ガルたちを構っているお母さまとセシルさんにも席を勧めた。殿下から距離感を持った位置に。
程なくして、器用に姿勢よくふんぞり返っている殿下とお母さまとセシルさんに、レアリスさんが淹れてくれた飲み物を出してくれた。
「うそぉ、可愛い!」
お母さまには、なんと!ガルたちっぽいモコモコの3Dラテアートを出した。どうりでこの間、動画を見せてくれって頼んできた訳だ。
レアリスさん、いったいどこを目指しているのかな。
で、セシルさんには、普通のリーフのラテアートを作ってあげていた。
「レアリス、あんたいつからこんなことする子になったの?」
セシルさんとレアリスさんは知り合いって言ってたけど、多分結構仲がいいのかも。でも本人は、びっくりした後ニヤニヤしていたセシルさんをずっと無視してたけどね。
問題は殿下だった。
王子の悪夢が甦った。え?セシルさんのリーフアートちゃんと出来てたよね。
なのに、何故か殿下のカップの上には、声に出すのを憚られるものが描かれていた。
最初のラテアートの後に、王子には言えなかったけど、こっそりレアリスさんとユーシスさんには、あの形はあまり良くないということを、何となくぼかして教えておいたんだけど、わざとかな。
見ればユーシスさんは片手で顔を覆って、こめかみを揉んでいるけど、止める様子はない。どうやら黙認の姿勢のようだ。
そっか、二人とも殿下に思うところがあるんだなぁ。
「ん。悪くないな」
「……」
そんなこととはつゆ知らず、殿下はアートを飲み干して結構ご満悦だった。
この秘密は、墓場まで持って行こう。
そうしてようやく真面目な話し合いができる雰囲気になった。
「改めてあたしから自己紹介しようかしら」
そう言ってセシルさんは、右手を胸に当てて綺麗にお辞儀をしてくれた。
「私は、セシル・ミルヴァーツと申します。界を超えて貴女にまみえることができた女神の奇跡に感謝します。そして、この度の貴女に対する神殿の行為を心より謝罪いたします。神に仕える人間として恥ずべき行いを許す体制を、神殿挙げて正すことを誓いましょう。どうぞ我らに償いの機会をお与えください」
やだ。ちゃんとしたセシルさん、すごいカッコいいんですけど。変だな。オネエさまの時は綺麗だなぁと思ったんだけど、きゃぴってないとちゃんと大人の男性だ。
と、見惚れてる場合じゃない。私は慌てて首を振る。
「そんな。あれは一部の人のことと聞いています。必要な罰も科せられたのに、これ以上の償いなんていらないです」
「あなたの慈悲の心に、女神の祝福があらんことを」
セシルさんがふわりと微笑む。再び見惚れる私が、何かと気付く前に私の手を取ると、スッと口許に引き寄せたら、指先に柔らかい感触が……。
「ふぃ」
変な声出た。
「それは必要無いだろう」
レアリスさんの抑揚のない声と共に、セシルさんが引き剥がされた。
「やだ、妬いてる?もう、仕方ないな。あんたにもしてあげるわよ」
「やめろ」
あ、セシルさんが元に戻った。
両手を広げて迫るセシルさんを押し留めて、レアリスさんが迷惑そうに言うのを、セシルさん本人が楽しそうに笑う。すぐにそれを収めて、改めて私に向き直った。
「という訳で、本当に迷惑掛けたわね。あなたは許してくれたけど、出来る限りのことはさせてもらうわ。今後はあたしが神殿とハルちゃんの橋渡しになるわね」
オネエさまの仕様の方が、ずっと私の心臓には優しい。
セシルさんは、侯爵家の長子っていう凄い身分の人だけど、神殿籍に入ってしまったという変わり種みたい。26歳っていう若さで枢機卿になったのもその元の身分プラス、レアリスさんと違って剣を握る人ではないけど凄い魔力を持っていて、魔物戦では神殿で右に出る人はいないのと、珍しい治癒魔法を持っているからだって。転移も得意らしいし、凄いね。
でも本人は、「あたし一応癒し系の僧侶」と言っていたけど、誰も賛同しなかったよ。
なんだろう。私の周りの人って、ハイスペックな人が多すぎる。
「そういえばお母さまは、セシルさんと殿下をここに連れてきてくれるために、徒歩で来てくださったんですか?」
先ほどの襲来では、待ちきれなくて来たような雰囲気だったから、何かあったのかと思ったんだけど、単に思い付きとかだったのかな。
「そうだったわ!実はね、イリアスの南の領地から、早採れのお芋が来たのよ。それを異世界の料理で食べたい、みたいなことをこの子が言ったから……」
「おい!なんでそのことを知っているんだ⁉」
「ふふふ。ひ・み・つ」
「クソ!王子宮の警備は何をやっている!」
あまりの個人情報漏洩に、思わず汚い言葉を使っていますよ、殿下。
っていうか、殿下はお母さまをあれだけ嫌厭してたから、絶対お母さまの前で言ったんじゃないよね。
本当にそのことを何でお母さまが知っているのか謎だけど、それってもしかして、王子宮のお庭での食事を気に入ってくれたってことかな。取りあえずなんかちょっと嬉しい。
「どんなお芋なんですか?」
ちょっとウキウキとしてお母さまに尋ねる。
「あら、おばさん、大失敗!肝心のお芋を置いてきちゃったわ」
うん。手ぶらだなぁとは思った。
「やぁね、リュシーったら。突然会議室に現れたと思ったら、あたしに「イリアスを捕まえて!」っていうから咄嗟に抱き付いたけど、あれってお芋を食べさせたかったのね」
取りあえずの指示で王族に抱き付くセシルさんって、改めて凄い。
「そうなの。会議室の隣にお芋を大量に置いておいてくれるってアズレイド君が言うから、じゃあそのまま会議室へ行けばいいやって思ったんだけど忘れちゃった。歳をとるって物忘れが多くなっていやね」
「裏切者はアズレイドか。あいつはクビだ」
……何となく、状況を察しました。
「あのねぇ。アズ君は、君の事を心配していたのよ。最近疲れてるって。あのオーリィちゃんがツヤツヤになって帰ってくるんだから、ここに来たら君も疲れが取れるんじゃないかって。あの子はいい子よ。やだ、おばさん、涙が出ちゃう」
まあ、涙は出てないんですが。しかし、アズレイドさんを「アズ君」って、違和感しかない。
殿下はすっごい苦虫を嚙み潰したような顔をした。
人に心配されることが嫌って、思春期の男の子みたいだね。
「じゃあ、さっさと芋を取ってこい」
殿下が折れた。やっぱり出会った時より、少し丸くなった気がする。
でも、そんな殿下の心の成長をお母さまはポッキリと折る。
「ええ。無理ねぇ。連続で転移しちゃったから、もう無理」
「……役立たずが」
「あたしも無理よ。短時間で往復なんて」
「大丈夫よ、セシル。オーリィちゃんが来たら持ってきてもらえば」
なんか、ひょいひょい転移している王子を見ているから、意外だった。お母さまで2回が限界なんだ。でも王子をこき使う気満々だけど、急に心配になってきた。
「王子ってそんなに転移して大丈夫なんですか?」
魔力量の容量を超えると、生命力を使うって言ってた。それって、寿命ってことだよね。
私が恐る恐る尋ねると、お母さまがニコッと笑った。
「オーリィちゃんを心配してくれているのね。でも大丈夫。母親の私が言うのもなんだけど、
あの子の転移術は精密で凄いわ。だから、私たちの転移の半分も魔力を使わないの」
どうやら王子は、「記憶」というスキルを持っているようで、正確な座標や消費量、転移陣の構成ができるらしい。何のことかさっぱり分からない。
「あの子は研究とか大好きで、ほら、ちょっと偏執的で粘着質な所があるのよ。小さい頃の趣味が、アリの観察だったし。延々とアリを見続けるのよ」
「……へ、へえl」
お母さまから勝手に暴露される過去。しかも、めちゃくちゃ貶されている。まあ、イリアス殿下の暴露話よりはマシだけど、王子の秘密を覗き見るみたいで罪悪感が……。なんかごめんね、王子。
その本人の知らぬうちに酷い暴露をされた当の殿下は、王子の過去を馬鹿にしたように鼻で笑った。自分の身に振りかかったことを知らないって、とても幸せなことなんだね。
引き攣る私に、お母さまはダメ押しのように「それに、オーリィちゃんの魔力量は桁違いだから」と自慢げにおっしゃった。
何でも、この世界の一般的な人の魔力量がマグカップ一個分だったら、ユーシスさんや殿下はお風呂くらい、神殿で一番魔力量が多いセシルさんが狩猟小屋よりちょっと大きいくらい、規格外のお母さまが小さい方のログハウスくらい。で、王子はどのくらいかというと、この拡張したお庭ぐらいあるらしい。桁違いも桁違い、次元が違う。なるほど。
安心して、ちょっと体の力が抜けちゃった。
なんでだろう。王子が大丈夫だってことで、自分でもびっくりするぐらい安心したみたい。
「ふふ。ハルちゃん、ありがとう」
何故かとても嬉しそうに、お母さまにお礼を言われた。私、何かしたっけ?
ハテナだらけの私の頭をなでくりなでくりするお母さまだった。
「そう言えば、他のみなさんもいらっしゃると聞きましたが、いつ頃いらっしゃるんですか?」
「そうねぇ、最初は午後にって言ってたけど、なんか結構みんな慌ててたから、急いでくるかもしれないわね」
……それって、お母さまが乱入したせいでは?
取りあえず、私はみんなの分の昼食を用意した方がいいのかな。
そうなると、やっぱり今お芋があったらよかったな。お芋の種類がサツマイモ系なのかジャガイモ系なのか、その他の種類なのかで作るものが変わってくるしね。
まあ、無いものは仕方がないから、お夕飯にとっておこう。
『ねえ、ハル。スコルがおつかいしてくる?』
ちょんちょんと足元をスコルがつつく。私がお芋を欲しいことを察してくれたみたい。
やだ、うちの子マジ天使。
「やだ。スコルちゃん、天使なの?」
お母さまと同じ反応しちゃった。こちらの世界にも地球と似たような天使がいるらしいからね。
「ありがとう、スコル。もしかしたら後でお願いするかも」
『うん、分かった』
今日ここに集まる予定の人は、ここにいるメンバーと、王宮から王子が有紗ちゃんとなんと王太子殿下を連れてくるらしい。聞いたらちょっとビビってしまった。
王子とイリアス殿下で王族に慣れてきたけど、有紗ちゃんが「冷たい人」と言っていたから、先入観は良くないけど緊張してしまう。
もし、昼食時にいらっしゃったら、やっぱり庶民的な食事は駄目かな?
「私には何故そのように気遣わない」
殿下に尋ねると、非常に不機嫌な声で苦情を呈してきた。
「イリアス殿下は、もういいかな、と」
「扱いがぞんざいだ」
「だって殿下は、大切にちゃんと食べてくださいますから」
王子もだけど、毒見もしないで豪快に食べてくれるから、そういうとこは偉いと思う。普通身分が高い人は、自分の気に食わないものを出したら作り直させるくらいしそうだけど、私の周りの人たちはそんなことはしない。だからそう言った面は安心しているよ。
私がそう言うと、イリアス殿下は一度口を開きかけて、でも何も言わず黙ってしまった。不機嫌かと思いきや、雰囲気はむしろ穏やかに感じた。
「本当に、クソ王子が丸くなったものね。懐柔ってヤツかしら」
「あたしも、イリアス殿下が素直でびっくりした。ハルちゃんすごいわぁ」
美女お二人の声に、今度は明らかに不機嫌になったイリアス殿下だったけど、お二人はそんな雰囲気だってそよ風のように受け流していた。
うん。取りあえず、お昼の心配をしようかな。
そんな時、お庭の中央で、突然声が上がった。
「アズレイドのやつ、この量おかしいだろ!」
安定のキレた声。王子が来てくれたみたいだ。
駆け寄っていくと、王子の足元には大量のお芋が入った袋が転がっていた。そうかなぁと思っていたけど、ジャガイモ系のお芋みたい。これでメニューが決まった。
……でも、これ、ちょっと多すぎない?多分30キロの米袋5つ分くらいあるよね。
「なんて都合のいい男なの、オーリィちゃん」
「クソ!俺は荷物運びじゃねぇ!」
懐かしい親子の会話。
王子の顔を見たら、なんかホッとした。
「王子。来てくれて嬉しい」
私が素直に気持ちを伝えると、王子は紫色の目を大きくした。
そして、何故か私から視線を外して、少し口を尖らせながらぼそぼそと喋る。
「そんなに、嬉しい、のか?」
「うん。ちょうどお芋、欲しかったの。お昼に間に合って良かった」
「そっちかよ!!!」
何故か、お母さまよりも盛大なツッコミを入れられた。
な、なんで?
「今日が初対面だけど、やっぱりあたし、ハルちゃん好きだわ~」
「でしょでしょ?」
美女お二人のきゃっきゃする声が聞こえて、ちょっと嬉しかったけど、どちらかというと、王子の威圧を受けている私を助けてほしいなぁと、そう思った。
”そうりょがなかまになった”
作者の登場人物は女性比率が低くなる傾向があるため、頑張って比率を上げてみました。
そして次回、お芋がどうなるのか。
あと、ラテアートは作者の遊び心です。ごめんなさい!
また次話も閲覧をお願いします。




