37 ベースキャンプは人外魔境
人外→人ならざるもの
絶叫した王子をなんとか宥め、私と王子と有紗ちゃんはレジェンドの整理をすべく、まず人間だけで話をすることにした。
そろそろ私も、レジェンド素材について腹を括らなくちゃいけない状況だよね。
どうせ、向こうからやって来るのが避けられないなら、ルールを作って、レジェンドの欲望の赴くままに鑑定しないようにする。それを今いるレジェンドたちに良く言い含めて、約束をしてくれた人たちだけに鑑定することにした。
ルールって言っても単純だ。
お友達を連れてくる時は事前に連絡をもらう。鑑定は一回につき一個、一人二個まで。個数は、緊急性等に応じて要相談。
素材は基本返却。処分に困ったものだけ預かりにした。どうせみんな預けるんだろうけど。
うん。レジェンド素材の貸金庫的なものと割り切ればいいんだ。私は鑑定して預かるだけ。よし、それでいこう。
王子が複雑そうな顔だけど、取りあえず頷いたので、これでOKだ。
「今後はこの約束を守ってもらいます!」
私が宣言すると、『何⁉』とお父さんとシロさんが驚きの声を上げた。そうですよね。まだまだ遊ぶ気満々でしたもんね。
ちなみに、ニズさんの一回は、シロさんが勝手にやったことなのでノーカウント。その代わりシロさんにその一回分をカウントした。という訳で、自分のドラコナイトとニズさんの天鱗の二回終わりです。もちろん、お父さんはもうとっくに打ち止めです。
二人はしばらくぎゃんぎゃん文句を言ってたけど、自業自得なので取り合わないよ。
項垂れる二人の姿に、白虎さんがカラカラと楽し気に笑ってた。
じゃあ、私の懸案事項がひと段落したところで、まずは今回の一番の問題である、シロさんと姉御を片付けよう。
それと、ニズさんに説得を頼まれていたから、取りあえず二人に危ないことをしないように話をしないとね。
「ニズさんからききました。お二人が喧嘩をして、どさくさで私の鑑定の話になったとか。で、より希少な素材を集めたら勝ちみたいな話で、なんか危ない場所に行くらしいですね」
『『……そう『だ』『よ』』
「先ほどシロさんの分は打ち止めにしたので、もうその必要はなくなりました」
『『……あ……』』
二人とも声を上げてた。
いくら素材集めても、私が鑑定しなければ意味が無いからね。
軽くショックを受ける姉御と、重くショックを受けるシロさん。とりあえず、無駄な危険を冒さなくて済みそう。
「とりあえず、姉御はせっかく来ていただいたので、良ければお一つ鑑定しますよ」
『……姉御……。ま、まあいいわ。では私の劔羽を見てちょうだい』
いち早く姉御は立ち直り、私の上半身くらいある立派な羽を一枚渡してきた。え、鋼みたいで、凄い綺麗なんだけど。
滅多に抜けない羽らしいけど、なんか痒いな、と思って羽繕いしていたら抜けたって。
牙が生え変わったり、石が出てきたり、今って、レジェンドたちの成長期なのかなぁ。
気を取り直して鑑定してみる。
“フレースヴェルグの劔羽(状態:最良)7億P 魔剣『ティルヴィング』の開放条件 『ティルヴィング』の交換ポイント5億P”
凄い。素材はシロさんのドラコナイトの13億には届かないけど、剣はシロさんの盾の3億6千万を超えてきた。これは痛み分けでいいんじゃない?
私が提案すると、何かに火が付いたのか、二人はまた喧嘩を始めた。
『儂の素材の方がそなたの倍ほどもあろうが、小童が』
『単に歳食ってるだけよ。私の武器の方があなたの盾より性能がいいってこと。やっぱりニーズヘッグとは釣り合わないわ!』
『何を抜かすか!』
『耳が遠くなったのかしら』
ぎゃいぎゃい言う二人に、人間組はシラーッとし、フェンリル一家と白虎さんはあくびをしてそれを眺めていた。ラタトスクさんだけは『あれ、長いんだよ』と私に愚痴る。身に迫っているその声が、なんだか哀愁漂う雰囲気だね。
ふと目の端に何か動く様子を見て目を向けると、テーブルの上からぴょんとニズさんが降りた。そして、トコトコと二人の近くまで歩いて行った。
『いい加減に、なさってくださーい‼』
ぎゅーんと、急にベースキャンプに影が差したように見えた。
それは、平屋より大きな黒い竜だった。フルサイズになったシロさんよりも大きい。
何より、その黒い鱗があまりにも綺麗で、長い首を持ち上げた本来のニズさんのその姿は、息を飲むほど優美だった。人間に例えると、エキゾチックなすっごい美女って感じ。
王子が言うには、ニズさんは最も美しい竜なんだって。シロさんメロメロなの納得。
そのニズさんが、宝石みたいな金の目をジトッと二人に向けて低い声を出した。
『私のことで喧嘩するなら、もう、二度とお二人と口を利きません!』
『……な、す、済まなんだ‼許せ、ニーズヘッグよ!』
『ご、ごめんて!もう、もう喧嘩しないから!』
キレたニーズヘッグさんに、二人のレジェンドがオロオロと謝る。もしかして、ニズさんって最強かも。
「普段大人しい人が怒ると怖いんだね」
私がしみじみと言うと、王子と有紗ちゃんとレアリスさんとお父さんが私を見た。
『「「「……無自覚……」」」』
「え?何か言った?」
四人が何か言ったように聞こえたけど、私まで届かなかった。聞き返すとみんな首を振ったから、空耳だったのかな?
そんな訳で、「ニズさんの変」は、ニズさんが自分で解決して終わりました。
私たちの存在って、必要だったのかな?
その後、みんなでお夕飯を食べたんだけど、人が大勢いる手抜きのパーティと言ったら、もうBBQしかないよね。
野菜をレアリスさんにカットしてもらって、私はお肉の下味付け。で、BBQコンロを3台に増やして焼きました。
レアリスさん1台、私1台、王子と有紗ちゃんで1台だ。二人とも喧嘩しながらだったけど、お肉をひっくり返すだけなら何とかやれたみたい。
出来立ての屋外調理場、あんまり使わなかったね。
ご飯の時は、竜のお二人は小さくなってくれたけど、それでもすごい量のお肉を食べた。
もちろん野菜もいっぱい出したけど、お父さんが除けようとするから、最初の倍の量をお皿に盛ってあげた。健康にいいんだよ。
ご飯を食べ終わったら、レジェンドたちは解散になった。
帰り際に、ラタトスクさんと白虎さんに鑑定しますか?って聞いたんだけど、二人とも面白かったから満足って言ってた。また来たらその時にだって。良識派っぽいから、二人なら大歓迎だけどね。
ラタトスクさんは姉御が送ってくれるらしいけど、今度は自力で遊びに来るって言ってくれたよ。そんな小さいのに大丈夫か聞いたら、この中ではお父さんに次いで健脚っぽい。じゃないと、ユグドラシルマンションを何往復も駆け抜けられないか。
姉御も暗くなると飛べないんじゃないかと思ったけど、なんと!魔獣は鳥目じゃないんだって。驚きだ。
そうして、ぽつりぽつりとみんなが帰っていくと、ちょっと寂しく感じるね。
最後に人間組が残ると、みんなで一斉にため息を吐いた。濃い一日だった。
「とりあえず、だ。俺たちは王宮に帰って報告する」
「え、私、ここに残る」
「クソアリサ。お前も帰るんだよ!俺たちが泊まったら、ユーシスが泣くだろ」
「え、泣くの?」
「波瑠のそういう素直なところ好きよ」
今、多分ユーシスさんのところにはスコルがいると思うけど、確かに今日みたいな賑やかな日に二人いなかったから、ちょっと可哀想だったかも。
「じゃあ、ユーシスさんにお土産持って行ってくれる?」
私は、ニズさんに出したアイスボックスクッキーを包んで王子に持たせた。
「俺には?」
「さっきご飯食べたでしょ」
「甘い物は別腹だ」
「女子か」
「うるせぇ、アリサ。お前はいらねぇんだな」
「いる」
まあまあ、追加で持たせてあげるから。
二人の分のクッキーを渡すと、ふと王子が言った。
「少し気になることもあるし、今日のことで、多分イリアスを交えて話をすることになるだろうから、そのうちここに連れてくることになる」
久々に聞いた気がする、その名前。ほんの数日前に会ったんだけどね。
「そっか。でも、私が王宮に行けばいいんじゃない?」
「お前目当てで、王宮に魔獣が群がったら、多分えらいことになる。お前はここに居てくれ」
「……了解です」
私が遠い目をしながら返事をすると、王子はガシッと私の肩に手を置いた。
「いいか。ここに来た最上位種は必ず手懐けろ。じゃないと、冗談抜きで国軍総動員することになるからな。この国の心の平穏はお前に掛かってるんだ」
「………………了解です」
さり気なく、国の命運を託されてしまった。怖いです。
「じゃあ、後は頼んだぞ、ガル、レアリス」
『ああ、任せろ』
そう言うと王子は、ガルの返事を聞いた後、一緒に転移するために有紗ちゃんに近付いていった。
王子は、転移の時は有紗ちゃんにも寄り添ったりするのかな。女の子だし。
何となくそう思って見ていると、有紗ちゃんがおもむろに王子の胸ぐらを掴んだ。
……なんか思ってたのと違う。
「じゃあねぇ、波瑠」
有紗ちゃんの声がした後、吐き捨てるような王子の呪文が聞こえ、二人は帰っていった。
なんでだろう。
私とは違う転移の仕方に、ちょっとホッとしている自分がいた。
今日は朝から快晴で、朝食を食べた後、洗濯も終わっていい気持ちだ。
レジェンド大集合から三週間。その間は、一回レッドさんが来ただけで、あとはとっても平和な日が続いた。
昨日から交替になったユーシスさんが、朝食の片づけをしている間に、私はお掃除だ。日差しも暖かくなってきたから、身体を動かすのが楽しい。ログハウスの二階でお布団を干して、掃除機をかけていると、下でユーシスさんが呼ぶ声が聞こえる。
「どうしました?」
庭に出ると、ユーシスさんがしゃがんでスコルから何かを受け取っていた。
「お帰りスコル」
『ただいまー』
「スコルがオーレリアン殿下からの手紙を持ってきてくれた」
「ありがとうスコル。それで、なんて?」
「読んでいいか?」
私がスコルを撫でながら頷くと、ユーシスさんは手紙に目を通してくれたけど、少しずつ表情が険しくなっていった。え、悪い知らせ?
ドキドキする胸を押さえて待っていると、ユーシスさんがそっと手紙を渡してくれた。
王子の意外と綺麗な字でそれは書いてあった。
“今日の午後、みんなでそちらに行くことになったんだが、同行者が増えた
これでも頑張って抑えたんだが、駄目だった
すまん。ハル、ユーシス“
え?なに?
ユーシスさんを見ると、少し目を逸らされた。何か知ってるんだね。
私がジトッとした目で見ていると、ガルが私の足にちょんちょんと手を乗せた。
『ああ、客が来るぞ』
そういうことか、と私がレジェンドの来訪に身構えていると、いつもみんなが徒歩で来るときの道から声が聞こえてきた。
「やっだぁ、本当に遠いのね。でもすっごいいい感じ」
あれぇ?レジェンドじゃなかったけど、ある意味レジェンドの声がする。
いつもガサッと掻き分けてみんなが登場する茂みはお父さんに撤去されたので、ダイレクトにそのお姿が目に入って来た。どう見ても二十代にしか見えない妖精みたいな美女。
「あらぁ、子兎ちゃん。久しぶりぃ。おばさん、来ちゃった」
案内してきたと思わしきレアリスさんを押しのけ、王子のお母さまのリュシーさんが私に駆け寄って来て抱き付いた。
「う、お、お久しぶりです」
「もう、相変わらず可愛いわ。でも、遠かった。転移は一度足を運ぶか陣を敷かないとならないのに、オーリィちゃんが敷いた陣を教えるのを嫌がったから、おばさん自力で来たのよ」
「さ、さようですか」
「よぉし、これでもう場所は覚えた!ちょっと待っててね!」
来て早々、何がなんだか分からないまま、お母さまは例のあの魚介類呪文を唱えた。
え?お母さまって、転移使えるの?
そう言えば、王子宮の庭に現れた時、衛兵さんをどうやって潜り抜けて来たのかと思ったけど、あの神出鬼没感は転移ができるからだったんだね。
「あ、レアリスさん。お疲れ様です」
気持ちレアリスさんが疲れた表情をして頷いた。きっと夜明け前からお母さまに付き合わされてきたんだね。
私とユーシスさんがレアリスさんを労おうとすると、庭の中央に突然人影が現れた。お母さまが転移してきたようだ。
「おい、枢機卿!いい加減にしろ!離せ!」
「あら、殿下ごめんなさい。わぁ、何ここ、すっごいいい感じじゃない?」
「でしょでしょ」
ん?なんか、ツッコむのもめんどくさい感じだぞ。
一人キレ散らかしているのは、ああ、イリアス殿下だよね。その様子から拉致られてきたんだろう。殿下を拉致るとは、並の人間の仕業ではない。
あとお母さま再び。
で、その殿下を何故か抱き寄せていたのが、殿下と似たような身長でスレンダーな体型をしていて、神官が纏う白いローブをお洒落に着崩した二十代後半の、……ええと、男性?
その人と、ふと目が合ってしまった。ドキッ!
「わぁ、この子がハルちゃん?」
その人は、殿下を放り出すと、颯爽と私の方に歩いてきた。
砂色の長めの髪をハーフアップにして、下がった目じりと左の泣きボクロが色っぽい、美女?その人が、琥珀の瞳を微笑ませながら、高い身長をちょっと屈めて私と目線を合わせてくれた。
「初めまして、ハルちゃん。あたし、この度枢機卿になったセシル・ミルヴァーツと言います。よろしくね」
しっとりと艶のある男性の声で挨拶され、バチンとウインクされた。
あ、前に今度ここに派遣される神殿の人がいるって。新しい枢機卿になった人だって言ってたね。確か、人品は確かだけど、人格がどうのって……。
「よ、よろしくお願いします。波瑠です」
と、とりあえず、挨拶は大切だ!
「やだ、あたし好きになっちゃいそう!」
「でしょでしょ!」
イリアス殿下が普通の人に見えるこの美女お二人。
王子のお母さまがお連れになった方は、オネエさまでした。
ベースキャンプには、人外しか訪れませんね。
ようやくレジェンド祭り終幕となりました。長かった。
このお話もこの投稿で約20万字となりました。
約19万字くらいはふざけておりますが、作者は真面目に書いています。
最初の5話くらいまでの雰囲気が懐かしい今日この頃。
また次回も見てください。




