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36 聖女と勇者の爪痕

ベースキャンプ、ビフォーアフター

 レジェンドでぎゅうぎゅうのベースキャンプ。


 さすがの私もこれは緊急事態だと思う。

 主にスペースの問題で。


 王子に相談すると、「問題はそこじゃねえよ」と突っ込まれたけど、結構深刻だよ。


 今のベースキャンプは、ちょっとした学校の体育館くらいの広さの前庭がある。その先は鬱蒼とした森が広がっているから、なかなかの手狭感がする。


『よし、広げよう』


 よしじゃないよ、お父さん。簡単に言うけど、木を切って、抜根して、整地してって、結構大変な作業になると思うんだけど。重機もないし、どうしようもないと思うよ。


『なに。造作もない』

 出た、お父さんの「造作もない」。


 どういうこと?と思っていたら、お父さんが前足を軽く振ったかと思うと、それに合わせて目の前の木が、スパスパスパッと切れた。で、トンと前足で地面を叩いたら、今度は木の根っこがボコボコボコッと浮き上がって来た。で、最後にもう一回前足で地面をトントンと叩いたら、穴の開いた地面が平らに整地された。


 あっという間に前庭が、400メートルトラックが入る校庭くらいの広さになったよ。

 そんな馬鹿な。


『ふむ。いつ見ても馬鹿みたいな器用さだな』

 白虎さんが呆れたように言うので、私と王子と有紗ちゃんとレアリスさんが、ポカンとしてしまったのは仕方の無い事だったみたい。

 お仲間のレジェンドも呆れるお父さんって。


 そう言えば前に、レッドさんを連れてきた時に、お父さんの強さは、手数の多い技巧派だからとか言っていたかも。……納得。


 お父さんの靴下模様は黒色だけど、どうやらそれは全ての属性の魔法が得意だから出る色みたい。ガルは火、スコルは風、ハティは水で、それぞれ得意の魔法の象徴色が靴下に現れているから、前からお父さんは何が得意なのか不思議だったけど、疑問が解消されました。全部だ、全部。


「波瑠。この広さなら、屋根付きのエクステリアが何か置けるんじゃない?」

 有紗ちゃんが唖然としながらも提案してくれた。

 そうだ。今まで雨が降りそうになると、タープを出していたから、常設の屋根付きのものがあると便利かも。


「よぉし、こうなったら、ベースキャンプ大改造計画だ!」

 もう、やけくそだね!


 まずは切って邪魔になった木だ。私のスキルでポイントに替えてもよかったけど、レアリスさんが、私がいない時でも煮炊きが出来るように薪が欲しいと言ったので、それなら、とフレースヴェルグさんと白虎さんが木材加工を申し出てくれた。二人とも風の魔法が得意なんだって。


 その間に、私はスキルボードを拡大して、みんなにどんなのが欲しいか意見を聞くことにした。

 私の頭にニズさんが陣取り、肩にラタトスクさんがいて、私のお膝にハティが座っていて、有紗ちゃんが右隣に。お父さんが後ろで、フレースヴェルグさんが正面から陣取って、みんなで画面を覗いた。


 私は思い切って、かねてからの懸案事項だった、「王族を外で寝かせる」事案を解決しようと思った。私が普段使っているログハウスとは別に、みんなが寝泊まりできる大きなログハウスを設置することにした。


 満場一致で、あのスイスの山奥でおじいさんと幼女が暮らしているお家みたいなやつになった。

 で、バス、洗濯室、システムキッチン、トイレに至っては2個を完備の2階建て、屋根裏部屋付きの5LDK。お値段しめて1千500万。


 とうとう私も一国の主となってしまうのか。

 っていうか、ほぼ100%レジェンド素材の恩恵なんだけどね。


 そして、外の水場の近くに、アルミフレームの車4台格納できる広いカーポートを設置。

 倉庫でも良かったけど、あいにく倉庫は探しても無かったし、開放的なほうがいいからね。

 屋根はガルバリウム鋼板で紫外線をシャットアウトするよ。ハイルーフ型だけど、ちょっとお父さんには高さが足りなさそうなので、基礎を土の魔法で底上げして、3メートルくらいにしてもらった。

 そこに、今まで使っていた簡易かまどを撤去して、新たに石窯を入れてBBQコンロなんかの火の周り系を集約。端っこに、薪を置く用の棚も設置したよ。


 これでお泊りの場所も屋外調理場も完成。


 どうだ!


「……どうだ、と言われてもな。いいんじゃないか、お前が満足なら」

 ちょっと呆れ気味の顔で、王子が言った。ムッ、結構王子の為の施設なんだけど。


「あっそ。じゃあ、王子のお部屋は無しでいいね」

「ちょ、そんなこと言ってないだろう!」

「だって、どうでもいいんでしょ」

「どうでもとは言ってない。す、すごい楽しみだ!特に丸太小屋がいい感じだ」


「……オーレリアン様、だんだん波瑠に頭上がらなくなっているわね」

「ああ」


 そんなこんなで、一仕事終えた私たちは、新しい設備の試運転をしてみた。給湯システムも排水設備もOKだ。これで雨の日も怖くないね。


 さっそく私たちは、新しい屋外調理場でティータイムの準備。

 コーヒー系は人間組3人、後のみんなはりんごジュースにしてみた。りんご好きのシロさん以外にもニズさんとフレースヴェルグさんも気に入ったみたい。ラタトスクさんが「甘いな」と言っていたので、試しにコーヒー飲んでもらったら気に入ったみたい。今度からそっちにしてみよう。


『それにしても、聞いていたより凄まじい能力だな』

『武器もだが、生成なのか召喚なのかすら儂にも分からんからな』

 白虎さんとシロさんの白白コンビが何だか悩まし気に話をしている。やっぱり、アルミ材とか珍しいからかな?


『フェンリルがやけに執着していると訝しんだが、確かにこれは退屈せんだろ?』

『ああ。長い時を生きる我らにとっては、『あの勇者』といい、実に得難いな』


 ん?今、「勇者」って言った?


「そう言えば、レジェンドの皆さんの話に、「勇者」がよく出てきますけど、いったい誰なんですか?」


 ずっと疑問だったんだ。

 レジェンドのみんなの話を総合すると、お父さんみたく節操なくお友達を連れてくる訳じゃなくて、勇者側からみんなに会いに来ているって感じだよね。


『ふむ。我らにとってもそれほど短い時ではないが、人の世で言うとざっと300年くらい前の人間か?』

 お父さんが首を捻って言う。


『そこな人間の王族の方が詳しかろ?』

 シロさんに突然水を向けられた王子は、それでも驚くでもなく考えながら言った。


「確か、初代聖女の弟が、そのような呼ばれ方をしていたような」


 聖女は、その人から始まった称号みたい。

 それから聖女は何人か出ているけど、「勇者」と呼ばれる人はその人だけだって。

 文献にもあまり出てこない人みたいだけど、有紗ちゃんが使う「聖戦」を初めて発動した聖女が、たしか戦地に向かう弟を守りたくて使えるようになったスキルだって言ってた気がする。

 その弟が、お父さんたちに武器情報を吹き込んだ「勇者」なんだ。


 でも300年前って。思ったより昔だった。


『そういえば、あやつも異世界人だったな』

 サラッと、お父さんがなんか言った。


「ええぇぇぇぇ⁉」

 私は思わず声を上げた。


「なななな、何それ⁉わ、私たちが知っていい情報なの⁉」


 「勇者」が異世界人なら、お姉さんの「聖女」も異世界人だよね。


 私はドキドキしながら王子とレアリスさんを見ると、2人とも首を振っていた。

 これって、この世界のトップシークレットなんじゃないの⁉

 

「あまり公にはしてないな」

 ほら!


『なんだ。周りには秘密にしておったのか?』

『いや、名前からして異世界の響きのまま名乗ってたから、単に説明が面倒だっただけではないか?』

『そうだな。俺の所に来た時は、堂々と「日本人」と言っていた』

 シロさんにお父さんが答えて、最後のとどめは白虎さんだ。え?日本人?


「待って、その勇者さんは「日本人」って言ったの?」

『いかにも』


 私と有紗ちゃんは互いに顔を見合わせた。だって、300年前って言ったら、日本では江戸時代だ。その時代の人は、自分たちのことを「日本人」とは言わないはず。


「ねえ。その他に、その人はなんって自分のことを言ってた?」

 有紗ちゃんが尋ねると、シロさんとお父さんが唸っていたけど、また白虎さんが事も無げに言った。


『たしか、名前を『アヤト』と名乗っていたな。あと、『コウコウセイ』という職業だったと』


 そんな。こちらで300年経ったけど、勇者は私たちと変わらない時代から呼ばれたんだ。


 私と有紗ちゃんがその旨を王子に話すと、王子は少し考えていた。


「俺が召喚の参考にした文献の陣は、もしかすると特定の時間軸を指定するものだったのかもしれないな」


 なんか、不思議な感覚だ。私たちと同世代の人たちが、この世界ではもう何世代も重ねるくらい昔の人になってるなんて。


「そう言えば、その人達のスキルって何だったんだろう。私みたいなスキルかな」

「いや、それは絶対ないな」


 私が疑問を口にすると、全力で王子が否定する。なんでだろう。失礼な感じがする。


 お姉さんの聖女の方は、間違いなく「聖戦」を持っているけど、弟は勇者というくらいだから、戦いに特化したスキルだったのかも。


「ねえ。ずっと気になっていたんだけど、波瑠のスキルにある「神話級武具」って、どこの神話なのかなって。こっちの神話にレーヴァテインとかって出てくるの?」


 有紗ちゃんが尋ねると、王子もレアリスさんもレジェンドたちも首を振る。曰く、神話級にすごい武器、という認識だったみたい。


「やっぱりね」

「どういうこと、有紗ちゃん」

「レーヴァテインではピンとこなかったけど、「カラドボルグ」は聞いたことがあったから。多分、いろいろと素材を集めていけば「エクスカリバー」とかも出てくるんじゃないかな?」


 あ、それなら聞いたことある。英国の方の有名な聖剣だよね。あ、有紗ちゃんは、そういえば英国出身だったね。っていうことは、この神話級って、地球の神話のことだったの?


「俺も詳しく知りたい。どういうことだ、アリサ」

「波瑠が出せる神話級武具は、私たちの世界の神話がモチーフになっているのよ。その武器は、その勇者が武器創造かなんかのスキルで作り出していたから、それを波瑠がこちらの世界にある物として出せるんじゃないかな、って思ったの。波瑠が出すものは、全部こちらかあちらに実在するものしかないから」


『なるほど。どうりで聞いたことの無い「神話」だと思った。まあいずれにしても、その勇者にせよハルにせよ、どちらも驚異的な力であることは変わりないがな』

 お父さんが珍しく神妙に言う。お父さんに驚異的とか言われると、ちょっと心外だ。せめて、すっごい便利って言ってほしい。

 私的には商品カタログをポチってるイメージしかないんだけど。そんな重大な感じなの?


「でも、もう一つ気になる事があるの」

 また、有紗ちゃんが疑問を投げかけた。


「あなたたちレジェンドの魔獣の名前だけど、あなたたちの名前は私たちの世界の魔獣の名前と同じなの」

『そなたたちの世界には、確か魔獣はいないのでは?』

「そう。だからその名前は、伝説というか神話なんかに出てくる架空の存在として語られているのよ。もしかすると、私たちの言語が、こちらの似た言葉に勝手に翻訳されているだけかもしれないけどね。でも何故か、私たちの世界の神話とこちらの世界が中途半端にリンクしている感じがしていたの」


 そうなんだ。有紗ちゃんがいなかったら、きっとそんな疑問も出てこなかった。


「うん。これは検証の必要があるな。一度、俺に預けてくれ」

 王子が言うと、有紗ちゃんも頷いた。こういうところ、王子はすごいと思う。


「そう言えば、聖女も勇者の姉ってことは、地球の人よね。その聖女のスキルは何だったのか記録に残っているの?」

 また、有紗ちゃんが王子に尋ねると、王子が何かが繋がったような顔になった。


「そうか。文献にも残っていなくて、ずっと謎だと思っていたんだが、聖女も弟の勇者のように「創造」のスキルがあったのかもしれない」


 王子が言うには、その聖女の功績は魔物討伐だけではなくて、それまでなかった魔法を構築したことだと言われているって。王子が今気軽に使っている転移もその内の一つ。


「やはり、聖女が作り出した魔法だったから、詠唱がどの言語でも解明できなかったのか」


 どうやら、いくつか聖女が生み出したっぽい魔法を発動する呪文みたいなものは、この世界のどの言語を当たっても分からなかったらしい。だから、恐らく聖女たちの世界の言葉だろうと結論付けたみたい。でも、その言葉から法則を見つけ出そうとしたけど、未だに誰も成功していないって。


「そう言えば、王子が転移するとき、ブツブツと何か言ってると思った」


 他に転移をしている人を見たことが無かったし、王子は凄い早口で口の中で呟くみたいだったからなんて言っているのか聞こえてなかった。


「あれってなんて言ってるの?」

「ああ、あれか。そうだな、転移の詠唱は「カニ・ウニ・イクラ・トロサーモン」だ」


「「……………………」」


 一瞬、記憶が飛んだ。有紗ちゃんも同じ顔をしている。


 ヤバいヤバいヤバいヤバい。どういう顔して王子に伝えればいいか分からない!


「もしかして、お前たちの世界の言語でもないのか?」

「いや、ち、ちが……」


 そうだよ。違わないけど違うんだよ。それは、私たちの言語から解析しても無理だ。


 途方に暮れて有紗ちゃんを見るけど、有紗ちゃんはふるふると首を振った。


 そんな!私が説明するの⁉


 私は有紗ちゃんを初めて恨みつつ、王子に向き直る。


「あの、なんていうか、私たちの言語というか、魔法の効果を示す言葉じゃないというか」

「何?やっぱりハルたちは知っている言葉なのか」

 王子のキラキラする葡萄みたいな目が眩しい。今の私には毒性が強すぎる。


「教えてくれ!どういう意味の言葉なんだ!」

 王子の毛穴一つ見当たらない綺麗な顔が迫る。


 ひぃ!も、もう、無理!


「それ!ただの魚介類の名前の羅列です!!!」


 そして訪れた沈黙。


「はぁぁぁぁぁぁ!!??」


 ですよね?そりゃ、絶叫しますよね⁉


「まて、劫火の魔法の「タイヤキ・アンミツ・オグラマッチャ!」は⁉」

「……えっと、全部甘味です」


「じゃあ、流星の魔法の「オコノミ・タコヤキ・モンジャ!」は⁉」

「うう、粉もののお食事の名前ですぅ!」


 気持ちいいぐらい、魔法の内容と合ってないね。掠りもしてないよ。


 聖女さん、よほど日本食が食べたかったんだろうなぁ。いっそ執念を感じるよ。

 そんなお茶目な聖女さんの所業が、今、全て王子に圧し掛かっているけどね。


 300年前に存在した、私たちと同郷の人たち。

 あなたたちは今、300年後のこの世界に、凄い爪痕を残しています。



「俺たちの300年を返せ、クソ聖女ぉぉぉ!!」


 やっぱり、スキルで何かを残すなら、慎重であらねばならない。


 私はそう、固く胸に誓った。

王子の絶叫が止まらぬ今日この頃。

多分、このお話で一番の苦労人です。


ここで近況報告です。

活動報告にも上げさせていただきましたが、5月13日発表のネット小説大賞一次審査結果で、作者の「虐げられた男装令嬢、英雄に拾われる」が通過しました。

ドキドキが止まりません。

このアホっぽいお話とは260度くらいテイストが違う、シリアスなお話です。

もしよろしければ、そちらのお話も見てくださると嬉しいです。


それでは、またの閲覧をよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 詠唱の内容にめっちゃ笑いましたw 多分勇者さんはゲームとかアニメが好きな少年で、聖女さんはそんな弟くんを見守る、優しくてちょっと天然なお姉さんだったのかもしれない…と、なんとなく300年前の…
[一言] 「イモ・クリ・マッチャ!」という空間魔法とか。 羊羹食べたい。
[良い点] 一時通過おめでとうございます。 そして、なぜ260度なのか?180度でもなければ270度でもない微妙な方向にまがっていくのだろうか? [気になる点] 地雷がどんどん増えてく(笑) (…
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