35 ベースキャンプは満杯です
怒涛のレジェンド攻撃が続きます。
前話は前書き詐欺の疑いがちらほら。
作者は自信をもって宣言しましたが、なきにしもあらずだと反省し、明確な表現を誓います。
聖女の百合展開はないよ。
「で?これはどういう状況「だ」「なの?」」
開口一番に綺麗なハモりで、王子と有紗ちゃんが私を睨んで状況説明を求めています。
「私も知りたい」
心からそう思う。
王子たちが何故そんなことを口にしているかというと、ニズさんがお越しになった時に、スコルが「ちょっと行ってくる」と言ったのは、ガルの指示で王子を呼びに行ったから。
変なことが起きたら、王宮から応援を呼ぶのが決まりになったって。
え?私、その話知らないんだけど。
ちなみにスコルは、そのままユーシスさんのところに遊びに行ったらしい。
それに、王子は転移でぴゅんってできるけど、他の人はどうすんのと思ったら、王子が作った魔道具?みたいなのを使うんだって。私たちを召喚した時みたいなやつの簡易版って言ってた。
でも、今日は王子と有紗ちゃんたまたま時間が合ったから、午後になって2人で来てくれたみたいだけどね。
やっぱりこの状況は説明が必要だよね。
私の肩には、栗鼠さんことラタトスクさんがいて、私の腕の中には黒い竜のニズさんがいて、おまけに私から距離を取った場所に中くらいのシロさんと、ログハウスの屋根にはイケメン姉御のフレースヴェルグさんがいる。後は、ネコ科がいれば私的には完璧な布陣だ。
ちなみにシロさんと姉御はちゃんとニズさんとラタトスクさんに謝罪し、その上でシロさんにはニズさんへの接近禁止命令を出した。ニズさんが落ち着くまでという期限付きで納得してもらったよ。
一気に動物園感が増したベースキャンプに、王子と有紗ちゃんが頭を抱えていたので、レアリスさんが簡潔に説明してくれた。
「ハルがいるから集まってきた」
説明ありがとう。私には何一つ理解できなかったけど、何故か王子たちは「そうか」と言って納得していた。
いや、私が集めた訳じゃないんですけど。
「ん?ハティがいないぞ」
王子が珍獣……じゃない、魔獣の数を数えて気付く。
『ここだよ、王子!』
元気な声が、何故かログハウスの上から聞こえてくるので、王子が訝し気にそちらを見て絶句する。屋根に止まった姉御の足元から、ハティが顔を出した。さながら、子育て期のコウテイペンギンのようだ。
姉御の羽毛は信じられないほどふかふかで、ハティは気に入ってしまったよう。姉御は面倒見がいいみたいで、ハティに良く付き合ってくれてる。僧侶のように悟った顔してるけど。感謝だ。
まあ、王子が言葉を失うのも分からないでもない。ハティ大好き有紗ちゃんは、「あれ、写真撮れないかな」と呟いていたけどね。分かるよ!
取りあえず、来てくれた王子と有紗ちゃんには落ち着いてもらおうと思って、4人掛けのテーブルに、私とレアリスさん、向かいに王子と有紗ちゃんが座った。
大急ぎで来てくれたのか、2人とも少し暑そうだったので、少し冷たいオレンジジュースを提供しました。2人そろって「ぷはっ」と一気飲みすると、同時に私に目で訴えます。双子か?
そんな訳で、私はニズさんの登場から順を追って説明した。もうレアリスさんの説明には頼らないよ。
「やっぱり来て正解だったわね」
「ああ、スコルには黒竜だけだと聞いたが、なんか増えてるし。それも3体」
話し終えると、2人とも盛大なため息を吐いた。で、大層難儀そうに王子が言った。
そっか、スコルが呼びに行った後に増えたね、確かに。まあ、増えた3体の内、1人は顔見知りだけどね。
私がニズさんとラタトスクさんとフレースヴェルグさんを紹介する。『フレースヴェルグよ』と姉御はシャキッと屋根の上から、ラタトスクさんは結構気さくなお兄さんで、『よお』と、小さな手を挙げて王子と有紗ちゃんの目の前で挨拶していた。王子と有紗ちゃんは「くっ」てなってた。分かるよ。
ニズさんははにかんで『ご迷惑をおかけします』と、挨拶しやすいように乗せたテーブルの上で頭をぺこんと下げたら、王子も有紗ちゃんも再び「くっ」と悶えていた。そうだろう、恐ろしいほど可愛かろう。
しっかし、確かに、ご新規のレジェンドが来るのは変なことだけど、緊急事態なのかなぁ。
その私の気持ちを察した王子が言った。エスパー?
「ちゃんと説明してなかった俺も悪い。最上位種の魔獣が来たら、俺たちも対応することになった」
「う、うん。でもなんで?」
「王都では、お前が魔獣使いだという噂が流れている」
「ふへ?」
前にイリアス殿下も言ってたらしいけど、私が魔獣使いでなければ、これほどレジェンドが集まって来るなんて有り得ないらしい。……ですよね。
「だから、神殿側と王宮にもどんな魔獣がお前目当てで来ているのか説明することになった。じゃないと、友好的なヤツらと害意ある魔獣との区別がつかなくて、防衛上問題が出るし、お前が何か企んでいるのではと思われかねない。あと、訳の分からん神話級の武具が増えたら、あのクソイリアスにも言っておかないと、何かあった時に対処できないだろ」
「……ごもっとも」
なんか、王子の新しく増えたレジェンドに対する副音声に棘が含まれているよ。
まあ、ニズさんはSOSだったし、ラタトスクさんは拉致られたというやむにやまれぬ事情だったけど、他の人たちはほぼ全員遊び気分だもんね。特にお父さんとシロさんは。
そんな大人げない人たちでも、一応一人でも国が大騒ぎするほどのレジェンドだから、そんなレジェンドたちが動いたとなると、国や神殿でも彼らに敵意があるなら防衛線を敷かなければならないって。
で、払拭したはずの私の悪い噂が再燃するのを防止するのと、取りあえず軍が動く事態かどうかの見極めが必要で、私に近い王子たちがその連絡網の役目を仰せつかったらしいよ。
あと、万が一何かの手違いで、みんなが知らない神話級武具を私が放出しちゃったら、誰も対処できなくなっちゃう。そんなことになったら、行政の要職にいるイリアス殿下の協力なしには、事態の収拾は難しいものね。
なんか、本当にごめん、人間組のみんな。
「うう。取りあえず、私はどうしたらいいの?」
「お前は普通にしていろ。そのために俺たちの誰かが付いていることになったんだ」
重ね重ねすみません。って、なんだろう、ちょっと理不尽な気がしてきた。
そこで、私が渡した胡桃をラタトスクさんにあげていた有紗ちゃんが、ふと私に尋ねた。
「そういえば、波瑠って、最上位種がどんなのだか知ってる?」
はて。そういえば、魔獣については詳しくないね、私。図鑑とか貰ったらいいの?
王子も有紗ちゃんも「やっぱり」って顔してる。
「とりあえず、最上位種は「名前持ち」で「念話」ができるから、それだけ覚えればOKよ」
なるほど。で、念話って何?
「……もしかして、今までガル達と何で話してたか疑問に思わなかったのか?」
愕然と王子が呟く。
あれ?そういえば、言われてみたらみんなお口は動いてなかった、ね。あれ?
「いいよ。波瑠はもうずっとそのままでいて」
今日何度目かのため息が聞こえた。ちょ、レアリスさんまで⁉
どうやら、人間と意思の疎通ができるのは、「念話」というテレパシーみたいなのが使える最上位種と呼ばれる個体だけみたい。
フェンリル一族で言うと、フェンリル一族自体が上位種の魔獣だけど、その中の「名前持ち」のお父さんやガルたちは最上位種になるみたい。だから、ガルたちのお母さんのナイトウルフは喋れないんだって。まあ、意思を伝える手段は言語だけじゃないけどね。
なるほど、勉強になりました!
「それで今後だが、神殿側からも事態の共有のため、ここに一人派遣されることになった」
「うぅ、……そっか。もう、お父さんたちの存在、バレッバレだもんね」
レアリスさんはもう神殿籍を抜けちゃったから、別の人対応なんだね。そりゃ、神殿だって魔獣に対応する事態になるかもしれないなら、情報共有したいよね。胃が痛いなぁ。
「一人だけなの?」
「ああ。できるだけ信用のおける人間で最少人数でと制限したからな」
それって、神殿に信用できる人が一人ってこと?
「ハル、違う。能力が最も高い人間が来るということだ」
レアリスさんも、私の何かを読み取って否定する。エスパー?
「顔に出てるのよ、波瑠は」
「……なるほど」
恐縮する私に、王子がちょちょいと説明してくれる。
何でも、この前失脚した例の枢機卿の後釜で、次の枢機卿に納まった人みたい。レアリスさんとも付き合いのあった人で、聖魔法なら有紗ちゃんを除けばトップだって。おまけに王子みたく転移が得意な人で、これ以上はない条件だったらしいね。
どんな人かなぁ。イリアス殿下みたく怖くないといいなぁ。
「まあ、人品的には大丈夫だと思うぞ。人格はともかく」
「え、できれば、人格も大丈夫な人がいいです」
「後日、連れてくる」
私の願望はスルーでした。
でも、レアリスさんも納得しているところを見れば、取りあえず人を監禁したり、急にお腹刺したりしない人っぽいから、大丈夫なような気がする。
「また、ここが賑やかになるね」
うん。何でおもてなしするか、ちょっと考えておこう。
私がそう考えていると、有紗ちゃんがジッと私を見て言った。
「波瑠って、こちらに来たばかりの時と、雰囲気が変わったよね」
「そお?」
「うん。最初はさ、何をするのにもビクビクしてたっていうか、私からしたら卑屈を装ってるんじゃないかって勘違いするくらい、周りを怖がっていたよね」
自分で言ってて有紗ちゃんが傷付いている。
そっか、最初は有紗ちゃんからしたら、度を超して見えるほど怯えてたかも。思えば、初対面から誤解を生むような態度がお互いにあって、不幸なすれ違いになったんだね。
私は有紗ちゃんの罪悪感を柔らかく否定して首をふると、少し泣きそうな顔で有紗ちゃんは笑った。
「なのに、今じゃ“来るものドンと来い”って感じで、豪胆になったよね」
豪胆?私が?蚤の心臓もビックリの肝のちっさい私が?
「自覚ないの?これだけの魔獣に囲まれてるのに?」
「……いやぁ、魔獣の皆さんは人間とは別というか……癒し枠?」
「そういうところよ。言っとくけど、普通の人間は違うんだからね。それに、それだけじゃなくて、もう初対面の人間と出会っても怯えないじゃない」
そう言われれば、アズレイドさんも王子宮の衛兵の人たちとも、普通にお喋りしてたね。
初対面の人はまだドキドキするけど、人見知りして怯えてしまうことは無くなったかも。
「確かにな。何より、イリアスにあれだけ強く出られる人間はそうはいないぞ」
王子も乗っかって来る。あれは、単にブチ切れしてしまった後遺症というか、なんか譲っちゃ駄目だと思ったんだよね。だから、イリアス殿下はノーカウントでお願いします。
「要は何が言いたいかって言うとさ」
有紗ちゃんはテーブルに両肘で頬杖を突いた。
「今の波瑠は、すごく素敵よって話」
私は、昔の瞬間湯沸かし器みたく、ボッと音がしたんじゃないか思うほど赤面した。
う、嬉しいけど、は、恥ずかしい!
有紗ちゃんは「可愛い」と言って笑っているけど、思えば人見知りをしないようになったきっかけは、多分有紗ちゃんだと思う。
私がここで王宮へ行くことを躊躇っていた時、有紗ちゃんは私を辛いことから守ろうとしてくれて、初めて自分のことから逃げずに戦おうと思ったんだ。それから神殿や王宮の人に会って、自分の意見を言えるようになったと思う。
いろいろと吹っ切れたのは、イリアス殿下にキレたことが原因だけど、本当に最初の一歩を踏み出せたのは有紗ちゃんのお陰だ。
「ありがとう。自分じゃ分からないけど、でも、もし本当にそう見えるようになったのなら、それはきっと有紗ちゃんが勇気をくれたからだよ」
そろっと窺うように有紗ちゃんを見ると、何故か有紗ちゃんは絶望したような顔をして、フラフラと私に近寄って来た。
「ヤバい。私今、波瑠のことギュってして思いきりほっぺにキスしたい」
「……アリサ。顔ヤバいぞ」
王子がなんかツッコんでるけど、いつもどおり麗しいお顔ですよ。それに、有紗ちゃんの言いたい事ちょっと分かるかも。私もたまに有紗ちゃんギュッとしたくなるし、有紗ちゃんとは手を繋いで眠った仲だからね。
「はい、どうぞ」
私が手を広げて待ち受けると、有紗ちゃんに向かい合うために背を向けた王子とレアリスさんの方から、ガタッと椅子を蹴る音がして、テーブルの上にいたニズさんの「まあ」という声が聞こえた。それを私越しに見た有紗ちゃんが、突然私をぐいと引っ張ると、指を小さくパチンと鳴らす。
「聖なる炎」
「グッ」
「あっちぃ!」
私の背後から何故かレアリスさんと王子の声が聞こえた。振り返ると、2人とも同じように鼻を押さえていた。多分有紗ちゃんがスキルを使ったんだと思うけど、どうした。
「成敗」
「え?」
有紗ちゃん、「成敗」って言った?
「いいのいいの。波瑠は気にしないで」
首を傾げた私に有紗ちゃんがぎゅうぎゅうと抱き付いた。で、ほっぺたをグリグリと押し付けてくるではないか。なんか、寝る前のハティみたいで可愛いよ。
「クソアリサ!ちょっとした条件反射だろうが!」
「うるさい、不埒者ども。あなたたちの顔の方がアウトよ」
王子と有紗ちゃんが喧嘩を始めた。私が見てない背後で何か王子がしたっぽい。でも、レアリスさんもダメージを受けてたから、いったい何があった?
私が有紗ちゃんに抱き付かれてされるがままになっていると、トコトコとガルが私の横に歩いてきた。私は有紗ちゃんの肩をタップして解放してもらう。
『ああ、ハル。もうどうでも良くなったんだけど、いちおう言っとくな。なんか来るぞ』
「………………そう。ありがと」
もうさ、責任感強いから付き合ってくれてるガルが可哀想になってきた。
それに、人間組が何かを察したのか、全員無表情になった。ですよね。
そこから間髪置かずに、ふんわりとした風がベースキャンプに舞った。
『何故か少しの留守の間にいろいろ増えているな』
「お父さん、お帰りなさい」
『ただいま、ハル。人間たちが我ら魔獣をどうこう言ってたのでな、うるさくなる前に知り合いを連れて来たぞ』
「オールオッケーです」
私たちは今、強くなれる理由を知った。慣れだね、慣れ!
『なんだここは。随分と懐かしい顔がたくさんいるな』
お父さんの後ろから、爽やかな青年の美声が聞こえてきた。よし、来い!
『これは可愛らしい人間だな。俺は白虎だ。よろしく、ハル殿』
白いトラ、来たーーーー!
すいません。私フラグ立ててた。後はネコ科が居たら完璧とか言ってた。
お父さんより、一回り大きいトラさんは、ふわふわの白い毛並みに黒い虎柄が入って、お父さんたちみたいな綺麗な薄い青色の目をしているよ。
「こ、こちらこそ」
私が、何とか平常心で挨拶をすると、白虎さんはテーブルの上にいた二人に気付いた。
『おお、ラタトスクとニーズヘッグもいたか』
『よお。久しぶりだな。まあ、いろいろとアレだが、ゆっくりしていけ』
なんかラタトスクさんがざっくりと丸くまとめてくれた。ラタトスクさんは頼れる兄貴だね。
さて、と。……どうしよう。
私が王子の方を振り返ると、王子の肩がプルプルと震えていた。
「こんなの、捌き切れるかぁぁぁーーーー!!」
その王子のキレツッコミは、人間組に大いなる共感を与えたのだった。
さて、ぎゅうぎゅう詰めになってしまいました、ベースキャンプ。
どうしましょう。
こうなれば、限界に挑戦しようかと思います。
詐欺疑惑もあるこんなお話でよろしければ、またお付き合いください。




