34 レジェンド反省中
久しぶり?の恋愛パートです。
一部かなり濃厚です。
R15大丈夫かな?
さめざめと泣いていたニーズヘッグさんを、テーブルの上に置いた小さな折り畳みチェアに座らせ、暇だった時に作っておいたアイスボックスクッキーを食べてもらった。衝動的に冷たいお菓子が作りたくなって、プリンを作った時に小さい冷蔵庫を交換したから、生地を寝かせられるようになったんだよね。
みんなに出したことはなかったから、ちょっとレアリスさんの視線が痛かった。
いや、一人で食べようと思った訳じゃないよ?いろいろとなんか忙しかったじゃない?
そんないわくありのクッキーは、サクサクとニーズヘッグさんのお口に収まった。
その後で、なんかレアリスさんがガルと喋って、ガルがスコルに何か頼んでいる。そのスコルは「ちょっと出かけてくるね」って言って、ぴゅんとベースキャンプを出てってしまった。いったいどうした?
それも気になるけど、今はちょっとそれどころじゃなかった。
やっと泣き止んで、小さいおててを両方使ってクッキーを持つニーズヘッグさん。可愛い。しゃ、写真、駄目かな?
『美味しいです、ハルさま』
いや、可愛くてスルーしてたけど、その「ハルさま」ってなんかアレなんですが。
「ニーズヘッグさん。私のことは様付けしなくていいですよ」
『……でも』
「じゃあ、今から私とお友達になりませんか?お友達には、「様」付けしないですよね。そうしたら、私のことは「波瑠」と呼んでください」
レジェンドに向かっていささか図々しいお願いだったけど、ニーズヘッグさんは金色のおめめを嬉し気に細めてくれた。良かった。
「なんてお呼びしますか?」
『私は、種としての「名前持ち」であること以外、個体名を持ちません。そ、その、ハ、ハルのお好きなように』
レジェンドが、はにかむようにたどたどしく私を呼んだ。やっぱり可愛すぎる。
我が人生に一片の悔い無し。
いかん、一瞬ほんわりして我を忘れるところだった。
「うーん、じゃあ、レッドさんみたく、ブラックさん……は、ないな」
クロさん、ヘッグさん、お竜さん。いろいろ上げていったけどしっくりこない。あれ? だんだんとレアリスさんとニーズヘッグさんの表情が固まってきた。
「えっと、ニズさん……」
『そ、それで!』
食い気味にニーズヘッグさんが飛びついた。う、うん。じゃあ、それで。
「じゃ、改めまして、ニズさん」
『はい!』
マジで可愛すぎる。
なんか、シロさんが話していた引きこもりっていう印象じゃなくて、奥ゆかしいっていうのがピッタリだね。シロさん、こんな可愛らしい人から鱗引っぺがしてきたのね。鬼か。
それはそうと、初めて知ったけど、ガルとかレッドさんって、個体名じゃなくて、種族にある名前を継いだんだね。あれか、歌舞伎とかの襲名みたいなやつかな。
ニズさんが、シロさんは代替わりじゃなくて、ずっとシロさんだと教えてくれた。長生きって言ってたものね。
私が感心していると、レアリスさんが呆れたようにため息を吐いた。で、そういった「名前持ち」に愛称で呼ぶことを許された人間はいないと言われた。うーん、みんなあんなに人懐っこいのにね。
まあ、そうそうレジェンドと知り合う機会は、普通無いか。私のは、たまたまガルと出会えたラッキーの産物なんだろうね。そこから子供たち、お父さん、レッドさん、シロさんって、芋づる式に知り合いになった感があるからなぁ。
それにしても、今回のニズさんの訪問ってどういうことだろう。ニズさんは、本当に初めましてだもんね。レジェンド素材の鑑定で遊びに来た訳じゃなさそう。
「ところで、ニズさんは、どんな用でいらしたんですか?」
さっきは、シロさんを説得とかどうとか言っていた気がするけど。尋ねると、ハッとなってまた少しもじもじし始めた。手にはクッキーを持ったままで。
『はい。お話しするのは少しお恥ずかしいのですが……』
と、ちょっとずつお話ししてくれたのがこんな感じ。
ニズさんはユグドラシルの下の方の泉に住んでいるらしいんだけど、ユグドラシルの上の方にいる大鷲さん(フレースヴェルグさんて言うんだって)と、喧嘩じゃないけどちょっとしたことがあったんだって。
なんか、レジェンドだらけで怖いんだけど、ユグドラシルマンション。中層にはお父さんたちの故郷もあるんでしょ?
で、相手は姉御肌で、引っ込み思案なニズさんを案じてくれているらしいんだけど、言い方がちょっとキツイ方みたい。普段は、なんか親切な栗鼠さんを介してやり取りしているみたいだけど、ちょうどその苦言を聞いてたところにシロさんが遊びに来て、「おま、ちょっと来い」みたいな感じになっちゃったんだって。
シロさんとフレースヴェルグさんは、前からちょこちょこそんなことがあったみたいだけど、なんか今回はそこで私の神話級武具関係の話に飛び火しちゃって、収拾がつかなくなって、仲介役をしていた栗鼠さんが疲労でギブアップしちゃったから、直接対決みたいになっちゃったとか。
住民自治会とか、管理組合とかないの、そのマンション。住人どうし(シロさんは違うんだけど)のいざこざは、是非ユグドラシルマンション内で解決してほしい。
もしかして、あれかなぁ。ここにその大鷲さんとシロさん来るのかなぁ。レジェンド素材持ってさ。賑やかなのはいいけど、鑑定と喧嘩はちょっと……。
私が未来を察して項垂れていると、レアリスさんが優しく肩を叩いて首を振った。そのヘーゼルの目は、「諦めろ」と言っている。はい、存じております。
「それで、私は何をどう説得しましょう」
『それが、その……』
本題を尋ねると、先ほどより更にもじもじし始めたニズさん。もう手の中のクッキーがえらいことになっている。私はクッキーをそっと取り上げて、手と身体に付いた屑を払ってあげた。
それに御礼を言われたけど、それで少し決心がついたみたい。
『元々の喧嘩の原因が、長が私に求愛してくださったのを、私が断ったことで……』
「……はい?」
思わず聞き返してしまった。ニズさんは恥ずかしさに耐え切れずに、両手で顔を覆ってしまった。ホント、なんでそんなに可憐なの?
っていうか、それ、私が口出ししたら、馬っていうか竜に蹴られるやつじゃない?
『ええ、と、その、私がこんな不甲斐ない竜なので、お断りをしましたら、フレースヴェルグさんが何でそんなに自信が無いのかとお怒りになって……』
姉御は応援してくれたんだ。いい話なのに、なんでシロさんと喧嘩になったのかなぁ。
『私では、とても長とは釣り合わないと説明したところ、長が「自分が立派なレジェンドと分かればいいのだな」とおっしゃって、私の天鱗をどこかに持って行ったのです』
ああ、あれって、そんな顛末だったの。やけに気にかけてるなぁとは思ったけど、まさかシロさんがニズさんを好きだったからとは。見かけ上は、ちょっとキュンとする話。
でも、それならなおさら駄目。好きな子の鱗引っぺがすなんて、DV男はアウトだ。
私が憤ると、ニズさんはあたふたと慌てて否定した。
『違うのです、ハル!天鱗は、私が強い魔物と遭遇して、その際負った怪我で剥がれかかったものです。長は、私に治癒魔法を掛けてくれて、その際に新しく生え変わった鱗に押し出されたものなんです』
え、やさし!? ごめん、シロさん。誤解してました。
それでちょっと分かった。鱗の状態が悪かったのは傷付いてしまったからだったのね。
私が怪我を心配すると、ニズさんははにかんで「ありがとうございます。もう大丈夫です」と言った。子供たちと違った意味でマジ天使。シロさんも、そりゃ好きになるね。
うーん。だったら、やっぱり何で姉御と喧嘩になっちゃったの?
『それが、ハルの鑑定結果を持っていらっしゃった時に、これでもう断る理由はない、とおっしゃられて、近くに迎えに来る、と。長の番以外の選択肢はないと告げられました』
ん? DVじゃなかったけど、シロさん、思った以上に闇が深いよ。
どうやらそれを相談したら、姉御にそんなアホ許すな! と怒鳴られたみたい。それをシロさんがまた聞いててブチ切れ喧嘩になったという訳らしい。
それで、その後姉御に「お前なんか相応しくない!」と言われたシロさんが、自慢話よろしく鑑定の話を持ち出したらしい。ちょ、やめてよね!
で、どっちが凄い素材を持ってこれるか勝負するって話になったらしいよ。ホントやめて。もうそれ、お父さんとレッドさんでやったから。
『更には、もっと上位素材を手に入れると意気込まれて、危険な場所に行くと話されてました。一度ここに、フレースヴェルグさんの素材を持ってくるそうなので、その時に危ないことはしないように説得してほしいのです』
なるほど。ようやく何のことか繋がった。
でも、ニズさんのお願いは聞いてあげたいけど、きっと無理だろうなぁ。話聞かないもんね、シロさん。それと張る姉御も一緒となると、ごめん、無理だと思う。
軽くご期待に沿えなさそうであることを伝えると、またさめざめとしてしまった。
そこにスッと、少し柔らかい表情をしているレアリスさんから、いい香りのする小さなエスプレッソカップが差し出された。中身は、ハチミツの匂いのするミルクたっぷりのカフェオレだ。なんてタイムリー。仕事のできる人は、やっぱり違うね。
あ、ガルとハティにも同じものをねだられている。ちょっとニズさんよりも表情が硬いけど、距離感は随分近くなった。もう少しだね、レアリスさん。
それを飲んで落ち着いた様子のニズさんだったけど、突然「ぴきゅ」と鳴いて固まってしまった。
『ああ、ハル。またなんか来るぞ』
ガルが投げやりに言う。了解です。何となく察しました。
私とレアリスさんは、立ち上がってお出迎えする。
『だから、なんであなたに指図されなくちゃいけないのよ!』
『だから、ここには優しく着地せんと怒られると言うておるだろ』
空からお声が降ってまいりました。さっそく仲良く喧嘩してます。怒るって、それ、私のことだよね。怒ったのはレッドさんに1回だけだよ。
そしてそぉーっと下りてきたのは、中サイズのシロさんと、お父さんくらいの大きな鷲だ。多分だけど、鷲と言えばこれっていうハクトウワシみたいな感じ。
女性だとは知っているけど、めっちゃキリッとしたイケメンっぽくって、カッコいい!
『やはりここに来ていたか、ニーズヘッグよ。急にいなくなるから心配するではないか』
『ぴきゅ!』
シロさんに見下ろされて、ニズさんは更に硬直した。私たちで言えば、この国の王様と話しているのと同じだもんね。
そんなニズさんを、シロさんはペロッと舐めた。ニズさんは、そのままパタリと気絶する。あぁあ、人の目があっても気にしないのね、シロさん。
『ちょっと、この子になんてことするのよ!』
『儂の番じゃ。何もおかしなことはない』
『本人が了承してないのに、おかしいに決まってんでしょ、この色ボケ竜!』
姉御がシロさんの足を、その鋭い爪のある足で、げしげしと蹴っている。それにしても口がお悪い。
飛んで暴風を起こさないだけの分別があると喜んでいいのか分からないけど、取りあえず安全を確保するためにニズさんを回収して、レアリスさんに預けた。
レアリスさんは、やっぱり犬の形をした魔獣じゃなければ平気らしくて、恭しく片腕に赤ちゃんを扱うように抱っこした。それを見たシロさんがちょっと気色ばむ。
『ム。ハルよ、儂の番を、人間とはいえオスに託すとは……』
やっぱり微かに病んでる臭いがする。でも、人の都合にお構いなしの人は、こちらも構っていられません。
「私にニーズヘッグへの恋愛感情はない」
無駄に嫉妬するシロさんに、レアリスさんは生真面目にピシャリと言い放つ。
どう言われても不満そうなシロさんに、私はため息を吐いて言った。
「シロさん、そう言うところですよ。ニーズヘッグさん、ここには泣きながら来たんです。ちょっとはニーズヘッグさんの気持ちを考慮してあげてください」
私もピシャリと言うと、シロさんは、私を見て少し大人しくなった。
『むむ。ハル、手間を掛けた』
「取りあえず、起きたらニーズヘッグさんにごめんなさいしてください。じゃないと嫌われますよ」
『ぬぅ。分かった』
渋々了承したシロさんが頭を下げたので、私は鼻づらをよしよしと撫でた。
『この子なの?例の娘は』
姉御が声を掛けてきました。なんかどことなく有紗ちゃんに口調が似ている。有紗ちゃんのしっとりボイスよりも元気な感じだけど、やっぱり綺麗な声だ。
レジェンドはみんな美声であることが立証されたね。
ドキドキと見上げる私に、姉御はグイッとシロさんをよけると、私にそのイケメン顔を寄せてきた。
『私を撫でてみなさい』
「へ?」
一瞬反応の仕方が分からなかったけど、あれかな、シロさんと同じようにしていいってことかな?でも、きっと撫で方は違う方がいいよね。
あれか。昔飼ってたコザクラインコは、ほっぺたを撫でると喜んだかも。
『早く』
「はい」
急かされたので、よく訳が分からなかったけど、両手で頬っぺたをこしょこしょした。
フレースヴェルグさんは、最初きりッとしていたけど、撫でていくと徐々にまぶたが閉じていった。どうやらちゃんとツボったようです。
ふにゃっとなりかけた姉御が、カッとその印象的な目を見開いた。
『何てこと!私を眠らせようなんて、恐ろしい子ね!』
いや、特に狙ってやった訳じゃないんですが、気持ちよかったってことでいいですかね。
『まあ、あなたのこと、少し信用してもいいわ』
「……ありがとうございます?」
レジェンドたちの信用の基準って、なでなでが上手ならいいみたい。ゆるゆるの基準だね。信用ってなんだろうね。
『ふふ、流石の手技だのう、ハルよ』
なんか、私が変なことして篭絡したみたいに言うのやめて欲しい。ただのマッサージだから。
『あ、そうだ。こやつのことを忘れておった』
そう言って、またどこから出したか分からないけど、私の手にホイとばかりに無造作に、茶色で柔らかい何かを渡してきた。
それは、ぐったりとしたエゾリスみたいな動物でした。私の両掌の上で、お腹を向けてテロンとなっている。
「きゃーーーーー! ちょっと、しっかりしてください!」
『ハルよ、心配には及ばん。そやつはラタトスクと言って、ユグドラシルの住人で、大層丈夫に出来ておる。目の前で倒れよったから連れてきたが、寝ておるだけじゃて』
あ、ニズさんが言ってたかも。口喧嘩を伝達してくれてた栗鼠さんがいるって。って、この人がぐったりしているの、シロさんと姉御のせいじゃない!
ニズさんの件とは打って変わって全然反省してないシロさんに、私はスンと冷たい目を向ける。そろそろ怒っていいかな?
ガルとハティが何かを察したのか、そろーっと私から離れていく。
そして、横からそっとレアリスさんがラタトスクさんを引き取って、左腕にニズさん、右手にラタトスクさんを乗せると、ガル達と同じようにそっと私から離れる。
私はキッとシロさんを見た。何故か、隣にいた姉御がビクッとする。
「シロさん。いくら偉い人でも、やっては駄目なことがあります。自分の為に働いてくれた人になんて酷い扱いするんですか」
『別に儂は頼んでないぞ』
シロさんがケロッと言う。無反省だ。私はテーブルをバンと叩いた。姉御がまたビクッとする。
「分かりました。改めていただけないなら、今後1ヵ月、シロさんの鑑定はお断りします」
どうせ鑑定させられるだろうけど、言いなりになんかならないよ。
『な、何じゃと!』
いつもすまし顔のシロさんが、初めて平静じゃなくなった。お父さんのデジャブを感じる。
数分間、「ぬぬぬ」と唸っていたけど、結局はラタトスクさんに謝ることで合意した。
「他人ごとみたいに聞いてますけど、姉御も謝るんですよ」
『姉御……、って私のこと!? なんで私が………………わかったわ』
無言で私が見つめたら、姉御は素直に応じてくれた。
とりあえず、後はニズさんとラタトスクさんの目が覚めるのを待つしかない。
ポイント交換で籐の籠と柔らかい毛布を出すと、そこへニズさんとラタトスクさんを入れてもらった。
私の背後から、レジェンド2人のぼそぼそっとした会話が聞こえた。
『怒ったハルは怖いのぉ』
『……そうね』
ちょっと心外だけど、そう思っているのなら、是非いつも大人しくしていてほしいものです。
きっとそうならないんだろうから、今だけは他人にご迷惑をお掛けしたことを大いに反省してもらおうね。
白い長は「ヤンデレ」よりも「メンヘラ」なのでしょうか。
鱗は、優しさに見せかけて逃げ場を無くす行為でしたし。恐ろしや。
スルーしてましたが、バリスタもとんだとばっちりを受けてました。
あと、若干死体ぎみの栗鼠が出てまいりましたが、愛護団体からクレーム来ないか心配です。
そんなメンタルの弱い作者なので、どうぞ温かいご声援をお願いいたします。




