33 無理無理無理無理無理!
突然のシリアスいっちょー
ついでにレジェンドついかー
コーヒータイムを終えると、みんなはレアリスさんを残して慌ただしく王子の転移で帰っていった。
みんな忙しいのに、わざわざここに来てくれたみたいで、ちょっと申し訳ない気もする。
帰り際に有紗ちゃんが、「次は、深夜のラーメン!」と叫んでいた。またとんでもないものを……。
私的には阻止したいけど、取りあえず了解です。
男性3人の話し合いか何かでそうなったみたいだけど、お父さんたちが居ても人間組の誰か一人は、ここに残ることにしたんだって。さっきは王子だったけど、今度は明後日までレアリスさんが当番らしい。交替制なのは非番ってことかな。
「私は別に交替しなくてもいい」とレアリスさんは言っていたけど、ブラック勤務反対。ちゃんと休もうね。
お昼は、ガルが「ラーメンって何だ?」と言ったので、試しに即席の袋麵を提供してみたよ。もちろんチャーシュー大盛で。
みんな「食べづらいけど、味は美味い」と言って喜んでくれた。くせの無い塩と攻めのとんこつをそれぞれ作ったら、意外ととんこつが好評だった。次は焼きそばもいいかもね。
慌ただしい時間が過ぎて、午後のゆっくりとした時間になった。
今日もソファを出してお花見しながら、さっそくレアリスさんがカプチーノを作ってくれたのを飲んだ。機械の操作を覚えるのも早いね。
はあ、本当に贅沢な時間だなぁ。
お父さんは出かけて来るそうなので、足元にはスコルとハティが寝そべっていて、私の隣にはガルが寝て、私の膝に顎を置いている。その隣にレアリスさんだ。
「そう言えば、レアリスさんってワンちゃん平気になったんですか?」
「………………ああ」
随分間があった。もしかして、犬が苦手なの、隠しているつもりだったのかな?何か、緊張感あふれる雰囲気になった。
でもその時間はあまり長くなくて、レアリスさんがフッと息を吐いた。
「マーナガルムなら大丈夫だ」
「さっき、お父さんは思い切り尻尾でレアリスさんを叩いてましたけど」
「………………そうか」
やっぱり気付いてなかったみたい。それだけエスプレッソマシンに夢中だったのね。
でも、魔獣も倒せるようなレアリスさんほどの人が、なんでこんな可愛いワンちゃんが苦手なんだろう。聞きたいような気もするけど、でもきっとトラウマみたいな感じだから聞いちゃいけないよね。
私が少し考えていると、また少し小さくレアリスさんが息を吐いた。
「私の一族は狩人だと前に言ったと思うが」
そうだったね。このベースキャンプがある場所が、元々一族のものだったんだよね。
「森で狩りを生業にするために、猟犬は欠かせない存在だった」
ぽつりぽつりと言うには、レアリスさんのお父さんは一族でも最も優秀な狩人で、パートナーの猟犬の躾も上手かったみたい。
でも、レアリスさんが7歳くらいの時の猟犬が、お父さんへの忠誠心が強すぎて、他の人を受け付けなかったみたいで、その頃は犬が好きだったレアリスさんが大人の目が無い隙に構い倒してしまい、喉笛を噛み切られそうになったんだって。寸でのところでお父さんの制止が間に合ったけど、レアリスさんは大怪我をして、それがきっかけでその猟犬は処分されてしまったって。
それから、犬に触れることも近寄られることもできなくなったって、静かな声で言っていた。
「……辛かった、ですね」
「ああ。でも、今はマーナガルムのお陰で、随分と薄れた」
そう言ったレアリスさんは、ガルに触れることはなかったけど、ガルを見る目は優しかったよ。ガルの耳がパタパタと動いたけど、目は瞑ったままだった。
「だから私は、一族では半端な者で、それが嫌で猟犬に代わり、たまたま手に入れた鷹の魔獣を飼いならした」
ヴェズルフェルニルっていう魔獣だったけど、雛だったからレアリスさんにちゃんと懐いたって。鳥は森の中ではあまり有利なパートナーではないけど、実戦力じゃなくて、追い込みの輪から獲物が外れないか上空から偵察とか監視するのに重宝したらしい。
魔獣だけに、勇敢な鷹だった、と。
私はそこでふと思い至った。
魔獣は種族によって異なるけど、ほとんどは長く生きるもの。でも、レアリスさんの言葉は過去のものだった。
そして、この地は、かつてレアリスさんの一族が所有していた土地で、今は誰のものでもないって。
そっと顔を向けると、そこにはレアリスさんの波立たない静かな瞳があった。
「ハルは、素直に感情が表情に出る」
今きっと私は、後悔がいっぱい浮かんだ顔をしてるんだと思う。悪意があって仕向けた訳じゃないけど、治りかけの傷跡を引っ掻くような行為だ。
声をどう掛けるか躊躇う私に、僅かに表情を緩めたレアリスさんが問いかける。
「少し、私の話を聞いてもらえるだろうか」
また、レアリスさんに気を使わせてしまったのだろう。こんなんじゃ駄目だ。
「無理に、話すのではないんですか?」
恐る恐る尋ねると、今度ははっきりとレアリスさんは笑った。
「いや。あなたに知ってほしいから」
そうして訥々と自分のことを話してくれた。
レアリスさんの一族は、ミオという優れた狩人の集団で、こことは別の里に拠点を持っていて、国や各領主から頼まれて魔物や有害な魔獣を狩っていたんだって。
そこでは13歳から自分の猟犬を持てるようになって、15歳から独立できるらしいけど、それまでに子供たちは大人に付いて狩りや魔よけについて学ぶとのこと。
そんな中でレアリスさんは、猟犬に近寄れないことからかなり劣等感を抱いていて、他のことで挽回しようと必死にいろんなことを学んだって。それで運よく鷹を手に入れることができて、本当なら狩猟パートナーは13歳からしか持てないけど、特例で10歳の時から育てていいことになったみたい。
今までにない視点からの狩りで、レアリスさんは自分の劣等感を少しずつ克服していったみたいだけど、レアリスさんが12歳になったある日、突然魔物の大群が発生した。
レアリスさんの里はその発生源の近くで、まだ戦えない子供以外、全員がその侵攻を食い止めるために立ち向かい、命を落とした。
レアリスさんは、鷹でその戦況や魔物の位置を伝える重大な役目を負っていたけど、里長だったレアリスさんのお祖父さんが、レアリスさんに子供たちを連れて避難するように命じた。レアリスさんは一緒に残ることを望んだけど、小さな子供たちを託されたら従うしかなかった。
前線から漏れるはぐれ魔物と戦いながら、7人の子供を守り切って街へ辿り着いた時には、パートナーだった鷹を失っていた。レアリスさんを守ろうとしてのことだったって。
里を失ったレアリスさんたちを保護してくれたのは、その街に逗留していた神殿の騎士団の人たちで、ミオの一族が留めた前線に入って、街までの魔物の侵攻を食い止めたと後で聞いたみたい。レアリスさんは、街に着いた時には全身傷だらけで、一週間くらい熱を出して寝込んでしまったから。
その時の騎士団の責任者の人が、レアリスさんの才を見出して引き取ったって。レアリスさんも望んでついていき、神殿の騎士になるべく育てられた。その人がとても尊敬できる人で、レアリスさんは才能を伸ばすのと一緒に、神殿への忠誠を厚くしていったみたい。
そこで魔物討伐の技術やスキルを磨き、自分では言わないけど、どんどん頭角を現して重要な地位に就いたみたい。育ての親の人の推薦もあったみたいだけど、神殿の要人の護衛をするようになったのは、それだけ才能が突出していたからだと思う。
でも、前線の騎士や市井の神官たちの高い志と違って、神殿の総本山の上層部では、権謀術数に腐心する人間が多くて、レアリスさんは現場への復帰を望んでいたけど、それを一番偉い教皇という人に止められていたって。
最終的には、誰もなりたがらなかった枢機卿の護衛を宛がわれた。その人に手を焼く上層部から、その人のストッパーになるよう命じられたから。
育ててくれた人は、残念なことに魔物討伐の際の怪我が元で帰らぬ人となってしまったけど、その人が上層部の腐敗を憂いていたから、レアリスさんは護衛に留まる決心をしたみたい。
でも、不正を容認しないレアリスさんは、枢機卿にとって目の上のたん瘤だったみたいで、折り合いが凄く悪かったって。それでも数年、枢機卿についていたって言うんだから、辛抱強いにも程があるよね。
そして、私と有紗ちゃんが召喚された。
有紗ちゃんは間違いなく聖女だったけど、神殿側は私の訳の分からないスキルを見て不要と判断した。性格も、慎重な私より、大胆な有紗ちゃんの方が扱いやすいと思ったみたい。
王宮とのパワーバランスが王宮側に傾いていた状況で、神殿側は何としてでも王宮にダメージを与えて聖女を取り込み、イニシアチブを取りたかったってことらしい。
それから私の悪評を神殿側が流し始めた。
召喚に巻き込んだことを盾に、王子から多額の財物をもぎ取り、嫌がるユーシスさんを身近に置いて騎士団の運営に支障を出し、側仕えを要求して気に食わなければその侍女たちに暴力を揮っている、と。
実際に、レアリスさんは私から逃げてきたという女性を保護したことがあるって。暖炉の火掻き棒で殴られたと言う腕を見せられ、どんなことをされたか訴えられたみたい。自分など軽い方で、一生残る傷を負った人もいると。それに、もてはやされる聖女を恨んでいて、何か良くないことを画策しているようだと。このままでは聖女にも悪影響が出てしまうと涙ながらに訴えられたうえに、枢機卿から情報がきた。
私のあのスキルは、実は精神に影響をもたらすかもしれないもので、王宮側の上層部が正常な判断ができなくなっているのでは、と。
そうしているうちに、聖女の食事に毒が仕込まれたと言われたって。私が王子から植物の図鑑をもらって、毒物の知識を得ていたと。あれをそう思われてたの?
王宮騎士の正常な対応が望めないならば、神殿が動くしかない。そういう状況だったって。
そこに、神殿側の噂を信じた有紗ちゃんが私を追放する動きがあって、それに乗っかろうと即行動を決断したみたい。
有紗ちゃんにバレたことで、私が罪から逃れるため、きっと財物を持ち出して逃げようとするのでは、と。案の定、荷物を持った私が部屋から出てきて一度確信を持ったみたいだけど、その後から雲行きが怪しいことに気付いたみたい。
私が持ち出しただろう財物を王子に返すため、荷物を確保しようと先にそれを持って離れて調べたものの、財産となるようなものは、王子がくれた図鑑くらいしかなかった。それも食べられる植物にばかりふせんを貼っていたから、どういうことか真偽が分からなくなったって。
あれだね、食材を覚えようとしていた時だね。疑問を呈するきっかけになったとは言え、ちょっと恥ずかしくなりました。
私があまりに質素に暮らしていたこと、侍女などからの話と違って、私が傲慢でも好色でもないことがどんどん立証されていったみたい。実は自分とどう接するかで、私が噂通りの人間か測っていたって。レアリスさんは、とてもカッコいいからね。
最後に、有紗ちゃんがこの誘拐劇の首謀者ではないと知って安堵した私を見て、全てが嘘だったことに気付いた。そして、神殿の全てに見切りを付けることを決心したんだって。
王子たちが教えてくれた内容は、冗談にできるような軽い部分だけだったんだと、つくづく思うよ。
長い話が終わって、レアリスさんはフッと息を吐いた。それはどこか罪の告白をしたかのように、断罪を待つような重いため息だった。
「弱い私に失望しただろう?」
僅かに首を傾げて私に尋ねる。そこには寂し気な表情があった。
本当に、損な性格の人。
今の話を聞いて、どこにそう思う要素があるんだろう。
もしかすると、話を良く盛っている可能性が無くはないけど、レアリスさんに限ってはそんなことはしないと確信している。今だって、同情だけ買うような話し方をすればよかったのに、そうはしなかったじゃない。
「レアリスさんは、私にグングニルを持って魔物と戦えって言いますか?」
突然馬鹿なことを言い出した私に驚いたようだったけど、レアリスさんは首を振った。
「日常が変わる、その時人は、自分で出来ないことのほうが多いと思います。でも、私は槍を揮えなくても、ポーションを出したりご飯を作ったりすることはできます。それに、もしかしたら、将来はグングニルを扱えるかもしれない」
例えを出したら、面白そうに目を細めて「それはどうかな?」と言われた。まあ、自分でもグングニルは無いと思うけど。将来は分からなくても、その時は確実にできない例えね。
「12歳のレアリスさんは、大人の人と一緒に戦えなくても、子供たちを街に避難させることができました。大人のレアリスさんは間違った情報に騙されても、それを正して私を助けてくれました。その時の自分が出来ることをやった人を弱いと言うのは、自分を神様か何かと勘違いしている人だけです」
私が少し荒い語気で言うと、強い信念を持つレアリスさんが初めて泣きそうな顔をした。
「私は、あの時、上手くできたのだろうか」
あの時がどの時かはっきり分からないし、私はその場を見た訳じゃないんだけど、断言できるよ。
「はい。あなたはきっと、ちゃんとやれていましたよ」
レアリスさんは、目を閉じた。
「あなたといると、過去の自分を許していいと思える」
ポツリと呟いて、少し私の方へ身体を傾けた。
きっと12歳の生き残ってしまった自分への後悔を、ずっと背負ってきたんだね。
「もう、前だけを向いて生きていいのだろうか、私は」
「はい。よく頑張りましたね」
初めて見る頼りないレアリスさんに、私はガルにするようにそっと頭を撫でた。
その手にレアリスさんは、気持ちよさそうに身を委ねた。
硬質な髪の弾力が手に心地よく返って来る。しばらくその感覚を堪能していたけど、そろそろ離さないといけないね。
私が手を引こうとしたら、レアリスさんに手を捕まえられた。
そのままレアリスさんの顔に手を誘導されて、頬を擦り寄せられた。
「……もっと」
掠れるような声がして、流すような視線がこちらを見る。
「ひょッ!」
変な声出た。
無理無理無理無理無理無理無理無理!
ヘーゼル色の目が何か、眩しい!こっち見ないで!
『あ!なんか来るぞ!』
「グッ」
『あ、悪い。人間の護衛』
ガルがガバッと起き上がって、頭がレアリスさんの顎にクリーンヒット。
私の呪縛が解けた。
「ガガガガガ、ガル!ななななにが来るの⁉」
『落ち着けよ。この感じ、……またか』
なに、またってなに⁉ガルもスコルとハティも身構えてないけど、なに⁉
『ハルさまぁぁ』
何か遠くから聞こえてきた。それがぐんぐん近付いてくる。
バスケットボールくらいの真っ黒い何かがぴゅんって飛んできて、私の胸にしっかりと抱き付いた。
「ど、ど、どちら様?」
胸元を見下ろすと、そこにはミニサイズの黒い竜がいた。
金色の目にいっぱいの涙を浮かべて、私にしがみついている。
小さいからちゃんと判別できないけど、もしかして女の子?
なんか分かんないけど、可愛い。
私が取りあえずなでなですると、ようやく泣き止んでくれた。
「あ、あの、どうしたんですか?」
『すみません。私、ニーズヘッグです』
あ、あのシロさんが言ってた引きこもりの?女の子だったの⁉
はじめまして、と丁寧に頭を下げてくれた。
こちらこそと挨拶すると、また大きなおめめをうるうるさせて、ニーズヘッグさんは私に必死に訴えかけた。
『お願いです。一緒に竜の長を説得してください!』
竜の長って、……ああ、シロさんか。
何で?
前話は今話の伏線だったんです。(ビクビク)本当です。(ビクビク)
さて、久しぶりに重ためのお話でした。でも、最後までシリアスを貫けない。
何気に一番この人が主人公をお触りしていますね。
これで、ちょっとは超微糖の汚名を返上できたのではないでしょうか。(自慢)
次回はレジェンドが何をしでかしたのか、その全貌が明らかに。
またの閲覧をよろしくお願いいたします。




