30 お母さま、それはちょっと……
お母さま襲来。
「クソ」が連発されます。
苦手な方は閲覧にご注意ください。
そんな訳で、目の前にはレアリスさんの拘束を抜け出したのに、今度は美女に首根っこを掴まれた王子と、その首根っこを掴んだ王子そっくりの美女がいらっしゃる。
王子と殿下は似ていると思ったけど、お母さまを前にすると吹き飛んでしまう。
男性女性の差はあるけど、ほぼ同じ造りの顔。特に涼し気に切り上がった目とか、王子とは色違いなだけでおんなじ形だ。唇だけ、お母さまの方がぽってりしているくらいの差だね。
王子よりも青っぽいキラキラの髪に、瑠璃色の目で、まるで雪の妖精みたい。
初めに、王子のお母さまは平民だと聞いていたけど、見た目は完璧な高貴な佇まいだ。
「クソッ!放せ、ばばぁ!」
「あら、いやん。ママンと呼んでといつも言ってるでしょ、オーリィちゃん」
「言われたことねぇよ!それに、オーリィとか呼ぶな!」
「まあ、可愛い子がいるからって、カッコつけちゃって。ほら、言ってみなさい」
「……頼むから、黙っててくれねぇかな」
何故か夫婦漫才ならぬ、親子漫才が繰り広げられている。
っていうか、お母さま、30歳前にしか見えないんだけど。
あれ?でも、よく見ると、お母さまの目の下に若干クマが……。
「そんな訳で、私の結界壊したの、誰かな?もしかして、この中にいるのかな?吐け、バカ息子」
妖精が魔王に急変した。顔は笑っているのに、目が笑ってない。
華奢な手でぎゅうぎゅうと王子を絞め上げている。
「今吐けば、そいつもお前も命だけは助けてやろう」
「何で、俺も連帯責任なんだよ!」
「そんなの決まってる。大体お前が悪い」
「それでも親か!」
ざっくりとした理論で王子が冤罪を着せられている。
「殿下!ご無事ですか!」
親子間の断罪劇に、遠くから声が掛かった。こちらに走って向かってくるのは、ユーシスさんだ。
「ふふ。丁度いいところに来た、ユーシスくん」
……なんて間の悪い。
たおやかな笑みを浮かべて、お母さまはおもむろに、小粋にバッグでも持つかのように、王子にヘッドロックをする。
「ユーシスくん。王宮の結界壊したの誰かなぁ。アルフェリクに聞いても教えてくれないし、何故かこいつも口を割らなくてねぇ。教えてくれるかな?」
「……それは……」
ユーシスさんが言葉に詰まる。
私は知らない人物名に、近くにいたアズレイドさんに尋ねた。
「あの、お母さまのおっしゃられている『アルフェリク』さんって、どなたですか?」
するとアズレイドさんは、また可哀そうなものを見る目で私を見る。
「国王陛下の御名だ」
……知らなかった。ごめんなさい。
でもお母さまは、王子と違ってなんだか王様とはフレンドリーな感じだ。
そんなやり取りの間にも、王子とお母さまとユーシスさんの攻防は続いていた。
「さあ教えなさい、ユーシスくん。さもないと、オーリィ唯一の取柄であるこの綺麗な顔を、鼻に指を掛けてブタっぱなにしてやるわ」
「お前には血も涙も無いのか!」
まさかの実の親からの鼻フック宣言。それよりも、親から「顔が唯一の取柄」と言われている王子。
「お、おやめください!血の繋がった御子に、なんという酷いことをなさるおもつもりか!」
ユーシスさんはかなりショックを受けたような顔をしている。一応王子の騎士だし、ご主君が辱めを受けるのは阻止したいんだね。真面目だな。
王子とユーシスさんの気持ちも分かるけど、王子が一瞬面白い顔になってもすぐ戻るし。いざとなったらポーションあるし。
王子が恥ずかしいだけで、うん、特に他に被害はないよね。
「おい、ハル。お前、どうでもいいって顔してんじゃねぇよ!」
「だって、特に何も問題ないし」
「俺に問題あるわ!」
「ふふふ、人望ないわねぇ、オーリィちゃん」
楽し気に息子をいたぶるお母さま。そこで私はふと疑問を感じた。
「えっと、王子のお母さまは、何故そんなにお怒りなのでしょうか」
私が話を振ると、妖精魔王の瞳がキラリと光った。
「私を知らないのね。もしかして、あなたが異世界人ちゃん?」
ん?もしかして、お母さまは超有名人なのかな?
「あ、は、はい。そうです。波瑠と申します」
眼光に負けて一歩後退った。まるで、獲物を見つけた肉食獣の目だ。
「ふふ、ハルちゃんね。何故かって?王宮の結界を壊したクソ野郎のせいで、私たち結界スキルがある人間が、この3日間どれだけ苦労したか。知ってる?これ級の結界張るのに、普通最低でも2週間掛かるの。それを、何故かアルフェリクは『3日で』って念押しして、たった3日で仕上げたの。分かる?普通死ぬわ!!!」
「あ、はい。……すみませんでした」
背後から暗黒物質出しそうな雰囲気のお母さまに、思わず平謝りしてしまった。
どうりで、お母さまの目の下にクマが住み着いてるはずだ。
「そんな訳で、私はそのクソ野郎をぶん殴りに行くのよ」
……それは、王様も王子もユーシスさんも黙ってるはずだね。
レジェンドに喧嘩売りに行くの、それは阻止するよね。
それよりも、直接の原因は殿下だけど、もしかして遠まわしに原因は私にもある?
「では、黙秘するならオーリィちゃんの刑を執行します」
「どうぞ」
私は思わず王子を売った。王子の顔が絶望に染まった。
ごめん、王子。後で美味しいお肉料理作ってあげるね。
「ガル!」
ほぼ四面楚歌の王子は、とうとう仔犬に助けを求めた。
私と違って誠実なガルは、やれやれとばかりに私の前に出てきた。そして、お母さまの前にちょこんと座って、お母さまを見上げる。
『人間の王子の母。結界壊したの、俺の父さんだ。悪かった』
……言っちゃった。
私は何らかの衝撃に備えて頭を抱えてしゃがみ込むけど、いつまで経っても何も起きなかった。
恐る恐るお母さまを見ると、何故かお母さまは、ガルを見てプルプルと震え出した。
もしかして、これから怒りが爆発する⁉
どうしよう、フェンリル一族根絶やしとか言われたら!
ほんの数分のお付き合いだけど、お母さまなら何故かできそうな気がする。
「……か……」
「か?」
「かわいいいいい!!!」
お母さまは、王子を放りだし、ガルにガバッと抱き付いた。
ああ、王子の犬好きは、お母さま譲りなのね。
お母さまの火が熾りそうなほどの渾身の頬ずりに、ガルの目から光が消えた。
「お、お母さま、も、もうそのへんで……」
私が仲裁に入ると、ようやく仔犬がぐったりしていることに気付いたのか、お母さまは「きゃああ」と可愛らしい悲鳴を上げて、ガルを解放した。
「ワンちゃん、ごめんね!痛かった?」
『……大丈夫だ』
ガル、大人だね。でもガルは、ちょっとお母さまから距離を取った。
「ハッ。もしかすると、君のお父さんということは、犯人もワンちゃん……」
お母さまが両の指先で口元を覆った。うん、まあ、ワンちゃんと言えばワンちゃんだね。
体高だけで王子の身長くらいあるけどね。
またお母さまがわなわなと震え出した。
「あの……お母さま、どうされました?」
「……す……」
「す?」
「許す許す許すー!ぜーんぜん、許しちゃう!!」
「……そうですか」
どうやらお母さまは、動物に優しい方のようです。息子には容赦ないけど。
真犯人のいない間に事件は解決してしまった。
「ハッ!よく見たら、ここは天国⁉」
お母さまは、怒りが収まってようやく周りが認識できたようで、ガルの他に妹たちやシロさんがいることに気付いたようだった。
「私、ここに住むわ!」
「「いやいやいやいや」」
私とユーシスさんが思わずツッコんでしまった。
さっき聞いたばかりだけど、ここは王子宮だから、正式じゃないとはいえ、王様の奥さんがここに住むのはマズいでしょ。
そう言えば、さっきからここの持ち主が静かだ。真っ先にキレそうなのに。
そう思って見てみると、イリアス殿下はバナナで釘が打てるようになる冷凍庫みたいな温度の目で、こっちを見ていた。どうやらお母さまは地雷原らしい。
「分別の無い女は、頭の悪い言動しかできないようだな」
とうとう殿下が参戦してしまった。ド直球で罵ってるよ。
「あら、仔猫ちゃんもいたのね。久しぶり」
お母さまはやけにフレンドリーだ。
でも、イリアス殿下を「仔猫ちゃん」って……。
ああ、バナナで釘が打てる温度が、地球最寒の街くらいの温度になっちゃった。
そんな殿下にお構いなしで、お母さまは王子と殿下とを交互に見ていた。
「なるほど!とうとう『灰色鼠』に想いが通じたのね!」
「一度、神の御許に行ってこい」
殿下が遠まわしに、お母さまにお亡くなりになれと言っている。でも、帰ってきていいんだね。
お母さまも「灰色鼠」をご存じということは、親の前でも殿下は王子を罵ってたのか。
それでも気にも留めないお母さまは、何故か殿下を見てニッコリと笑った。眩しいほどの笑顔です。
「クソ王子が、急に丸くなったわ。悪くないわよ」
これで丸くなったの?
「……脳に虫が湧いているのか、『黒魔女』が」
また、殿下のニックネームがさく裂。お母さまに向かって『黒魔女』って言った。確かにお母さまは「美魔女」ではあるけど。
「灰色鼠」といい、なんか根深い隔意があるみたい。
「同じ空気を吸っているだけで不愉快だ。行くぞ、アズレイド」
そう言って、殿下はアズレイドさんを伴ってお庭からいなくなってしまった。
アズレイドさんは、律儀に私たちにお辞儀をしていってくれたけど、殿下は視線すら私に寄越さなかった。本当に不愉快に思っているのかな。
殿下のことは全然好きではないけれど、「嫌い」からは卒業した。私に冗談言ってくれるくらいになったんだものね。
そう思うと、なんだか寂しい気持ちになる。
「気にすんな、ハル。あいつはこのばばぁが死ぬほど嫌いなだけだ」
王子が私の様子を気にしてかフォローしてくれるけど、なんか全然フォローになってない気がする。
そう思ったけど、ふと私は思い出した。
そう言えば、お母さまは正妻じゃないってことは、イリアス殿下にとっては母親の敵みたいに思っていても不思議じゃないんだね。
だから王子にも当たりがキツいのかな。なんだか悲しいね。
「なんでお前が落ち込むんだよ。いいんだよ、俺たちは互いに『クソ野郎』程度の認識で」
王子は、こつんと指の背で私の頭を突いた。
きっと王子は、そういうふうに考えて折り合いを付けてきたんだ。それは過ぎたことで、私に口を出せることじゃない。
でも、今は遠慮のない関係になったみたいだから、少し安心した。
私が頷くと、お母さまが急にニヤニヤして言った。
「でも、あの仔猫ちゃんは最初、あんたのこと妹だと思って大事にしてたじゃない。10歳の時のあんたは、天使のように可愛かったからね」
「……やめてやれよ、あいつの黒歴史暴露すんの。それにあれは、お前がふざけて俺を「オレリア」って女の名前で紹介したからだろ」
えっと。聞こえなかったふりしたほうがいいかな?
イリアス殿下、王子のこと女の子だと思ってたの?殿下は王子と3歳違いだから、多感なお年頃にその仕打ちは軽いトラウマだね。
もしかして、王子への当たりが強くなったのは、お母さまが原因なんじゃ……。
っていうか、なんで10歳?
私がハテナをいっぱい浮かべていると、王子が盛大なため息を吐いた。
「ああ、お前には言ってなかったか?俺とばばぁは、俺が10歳になるまで辺境の街にいたんだよ。親父に子供産んだの隠して、バレるまでは気楽な平民暮らしだった」
「だって、アルフェリクしつこいし、王族とか面倒じゃない」
「まあ、そのとおりだな」
どうやら、お母さまは王家に関わるのが嫌で逃げていたみたい。
っていうか、王様と何があったの、お母さま。
王子も、喜んで王家の一員になった訳じゃないみたいで、成り行きで仕方なくなったようだった。
お母さまと王子が暮らしていた北の辺境は厳しい土地で、あまり栄養状態が良くなかったって。その頃は、魔力の発現もあまりなくて、髪がくすんだ灰色をしていたのもあって、イリアス殿下は王子を『灰色鼠』と呼ぶようになったらしい。
ずっと疑問だったけど、どうりで言葉遣いが王族っぽくないわけだ。
「これで俺たちの仲が良かったら、それこそあいつの感性がおかしいだろ」
なるべくしてなった関係と王子は言いたいらしいけど、お母さまがまた口を挟む。
「まあ、私はともかく、あの子は昔からあんたのことは追い回してたじゃない。鼠、鼠言って可愛がっていたし。嫌がらせが功を奏し、やっと相思相愛になったのね」
お母さまにかかれば、確執も愛情に見えるらしい。
「……ホント、黙っててくれねぇかな、ママン」
「誰がママンよ。気色悪いわね」
「お前が呼べって言ったんだろうが!」
王子、素直か。親子漫才はちょいちょい話を中断します。
でも、なんか好きだよ、二人の雰囲気。
私がそんな二人を見てクスッと笑っていると、シロさんがパタパタと飛んできて、私の腕の中に収まった。
『ハルよ。元凶が戻ってくるようだ』
元凶って、ああ、お父さんだね。子供たちも頷いている。
少しすると、ひゅるひゅると微風と一緒にお父さんがいつもどおり帰って来た。今度はそぉーっと入って来たみたい。
『ハル、戻ったぞ』
「お帰りなさい、お父さん」
お父さんが頭を下げたので、私はお疲れ様、となでなでする。もうこの儀式もすっかり慣れたね。
「……フェ、フェンリル……?」
背後から、どこか呆然としたお母さまの声がした。そっか、お母さまはお父さんのこと、ワンちゃんだと思ってたもんね。
私は、怯えたお母さまを想像して振り返ったのだけれど、そこには恍惚として頬を染めたお母さまがいらっしゃった。
あれ?想像してたのと違う……。
『ハル、このご婦人は?』
「私、『黒の森』の魔女をやっております、リュシーと申します!」
お父さんの声に被せ気味にお母さまが自己紹介した。なんか、処理しきれない情報が出現している。
呆然としていたけど、お母さまはいつの間にかお父さんの目の前まで来て、深くお辞儀をした。
「フェンリル、私と結婚しましょう」
は?
「何でだよ!!」
息子の渾身のツッコミが冴えわたるのだった。
ここでまさかの異類婚姻譚が……。
主人公交代か⁉
蛇足回の臭いがしないでもないですが、作者はいつでも真剣です。
一応、王子と殿下の過去の関係を出す回だったんですが、鼻フックとお父さんの印象しかなくなってしまいました。
おかしいですね。
またまた皆さまに御礼を述べさせていただきます。
なんと、PVが100万を超えました!
これも拙いお話を見ていただいている皆さまのお陰です。
引き続き、このお話をご覧いただけると幸いです。




