26 そぉーっと入って!
ちょっとモヤるかもしれませんが、王宮騒動ひと段落です。
ドヤ顔のお父さんをカッコよく思ってしまう時が来るとは……。
いや、それより大切なことがあった。
イリアス殿下が持っていた上級ポーション。あれを何とか奪うことができないだろうか。
「王子!」
私が王子を振り返ると、心得たとばかりに頷き、殿下に向かって走り出した。どうやら王子の周りの結界も壊れたみたい。
それを見たアズレイドさんが、王子の前に立ち塞がり、剣を抜いた。って、王族に剣を向けたら不敬なんじゃないの⁉
ガキッと、金属が噛み合う音がして、アズレイドさんの剣をユーシスさんの剣が受けていた。鍔迫り合いって、本物初めて見た。
「『神速』のクレイオス。このような形で剣を交えるとは、残念だ」
「フォルセリア。邪魔立てするな」
あまり感情の起伏が見られない静かな声で、アズレイドさんがユーシスさんを牽制する。
アズレイドさんの大きな体が、また消えたように見えた。それが、ユーシスさんの背後に回る。もしかして、「神速」って持ってるスキルのことなの?
『ユーシス!』
ユーシスさんへ剣先が届くかと思ったけど、スコルが風の魔法を使ってアズレイドさんの動きを止めた。その隙を逃さずに、ユーシスさんはアズレイドさんを捕らえる。
アズレイドさんの幅広の剣帯を掴むと、自分よりもちょっと大きいアズレイドさんを片腕で豪快に持ち上げて地面に叩きつけていた。装備とか合わせたら、100キロは優に超えていると思うんだけど。
……多分「剛腕」のスキルかな。すごいね。
俯せに拘束されているアズレイドさんの背中に、何故かスコルも乗ってる。
その横を王子が走った。
迫る王子に、イリアス殿下が再び「断絶」を張ろうとするけど、それをお父さんが破壊していく。いつの間にそんな連係プレイができるようになったの?
そして、イリアス殿下が王子を避けようとして、体勢を崩しながらももう一度「断絶」を張ろうとする。その瞬間、王子が殿下の手を蹴って持っていた何かが地面に零れ落ち、お父さんから放たれた力が、「断絶」と一緒にその何かを打ち壊した。
『……あ゙』
「なっ!」
「え?」
それは、誤って殿下の手から零れた上級ポーションの瓶だった。
「フェンリルぅ!」
「何してるのぉぉぉ!!!」
『ふ、不可抗力だ‼』
私と王子に怒られて、お父さんの尻尾がブワッと膨らんだ。
そんなに怯えることないじゃない!
それを見た殿下が、失笑する。
「頼みの綱は粉砕されたな。さて、どうする?」
レアリスさんの命が掛かってるのに、あぁあ、みたいな態度!
私は、以前レアリスさんにぶちギレた以来の憤りを感じた。いや、あの時の数倍のキレ具合だ。
「有紗ちゃん、こっち来て、レアリスさんの傷、押さえて」
「え?う、うん」
何となく気圧されていた有紗ちゃんが、私と交替してレアリスさんの傷を押さえた。私たちが入れ替わると、レアリスさんが小さく呻いた。今はこの圧迫止血しかないから、もうちょっと我慢してて。
「お父さん。レアリスさんのこのスキル壊せる?」
「駄目だ、フェンリル」
私が尋ねると、遮るように呻きながらレアリスさんが止める。
それを見ながら、お父さんはまたも得意げに言った。
『造作もない』
お父さんが軽く前足を振ると、パリンと音がして、私のスキル画面が復活した。
「ハル!」
『案ずるな小僧。もしそこな人間がハルの望まぬことを成そうと考えるならば、私がハルを人間の手の届かぬ場所に連れて行く。それだけのこと』
そっか、それもいいかもね。
なぁんだ。元から、何も怖がることはなかったんだ。
私は立ち上がると、殿下に向かった。
「イリアス殿下。私のスキル、お見せします。見たかったんでしょ?」
レアリスさんの血に染まったままの手で、スキルボードを操作する。ズラッと並んだカテゴリの内、薬品を開くと迷わず上級ポーションを交換した。
元からあるポイントで交換したから薬草も不要で、おまけに表示の中に特級まであること、何よりポーションだけではないラインナップにイリアス殿下はその目を大きく見開いて驚愕していた。
「これほどまでの能力だったのか……」
殿下が何か呟いていたけど、それより大事なレアリスさんの治療を優先だ。
「有紗ちゃん、傷口が見えるように、服を押さえていて」
レアリスさんの服をめくってお腹の傷を露にすると、有紗ちゃんは顔を背けた。私は構わずにそこに注ぐように慎重にポーションを掛ける。
すると、特級ほどの劇的な変化ではないけど、驚くほど速やかに傷が塞がっていった。
最後に、自分の袖で血を拭うと、そこには傷一つない皮膚が現れる。
「ハル!何故……むぐ!」
上半身を起こして、レアリスさんが私を叱責しようとしたけど、私は3分の1ほど中身が残っていたポーションの瓶を、ちょうど開いていたレアリスさんの口に突っ込んだ。
これで失血分の血液補充はOKだね。
「……波瑠って、キレると肝が据わって、なんか怖いわ」
ちょっと青褪めた顔で、有紗ちゃんが私を見る。怖いって、失敬ね。
私は乾いてきてぱりぱりする血糊を洗うため、ポイントでお水とハンドソープを交換した。ここまできたら、上級ポーションだってオーパーツだって一緒だ。
しばらく、私と有紗ちゃんがしゃがんで庭園で手を洗うシュールな画を、遠巻きにみんなに見られたよ。誰?「締まらねぇ」って言ったの。
とりあえず、環境に優しいタイプのハンドソープだし少量だから、地面に直流ししたけど許してもらおう。
さて、では問題の殿下の対応だ。
私はレアリスさんにどうしたいか聞いたら、殿下に関して思うところはないから、私のしたいようにしていいって。お腹に風穴開けられたのに、レアリスさんって凄いね。
逆に、秘密を守れなかったって、私が謝られたくらい。
うむ。ちょっと冷静になってきたかも。
とにかく、一度話をちゃんとしたい。
殿下は私を凝視していて、私が近付くと我に返ったみたいで、皮肉気な笑みを浮かべた。
「大した能力だな。まさに天与の力」
「なんで、こんなことしたんですか?」
私は殿下の饒舌を遮るように尋ねた。イリアス殿下の、王子よりも冷たい色をした瞳が私を見て、僅かに細くなった。
「お前は、これほどの力を隠そうとしていた。力ある者がそれを尽くすのは義務だ。それをお前は放棄するつもりだっただろう。許されざる行為だ」
傲慢な言葉。でも、おや?と思う。思ってた反応と違う。
「イリアス。ハルの力は万能に見えるだろうが、その実有限だ」
王子が殿下に歩み寄った。
「それに、ハルの力は、豊かなものを得られはするが、それに依存するのは自分の手足を食らって生きるのと同じこと。いずれ人の心が堕ちる」
王子はもう、他人行儀な丁寧な言葉を使わない。殿下もそれを気にすることなく、それでも皮肉な笑みを更に深めた。
「全ての力は有限だ。目の前にある力を出し惜しみして何になる。それで国が救えるのか?お前だとて、限界を感じたからこそ聖女を召喚したのだろう」
考え方もやり方も、王子と殿下はまったく違うのに、根底は一緒だった。
「将来起きるかもしれぬ危険よりも、今目の前にある滅びを避けるのに、何を躊躇う」
「その為に、何を犠牲にしてもいいのか」
「異なことを言う。皆が仲良く平等に、誰も犠牲にならず幸せに?そんなのは綺麗ごとだ」
殿下は、大を生かすために小を捨てる人。
王子は、大を生かすけど、小も救いたい人。
あれ?王子の方が傲慢だね。でもその方が、私はずっと好きだけど。
殿下のやり方は間違っていると思う。でも、その信念は決して否定できるものじゃない。
私は、殿下の前に立って、その顔を見上げた。
「イリアス殿下は、自分がその犠牲になる側になってもいいの?」
なんか、答えは分かる気はするけど、確認だ。
案の定、殿下は小気味いいぐらい私を馬鹿にするように笑った。
「はっ。王族が国に身を捧げるのは当然だ。自分の命くらい懸けずに王族を名乗れるか」
あぁあ。やだなぁ。
レアリスさんを傷付けた殿下となんか、仲直りしたくないのになぁ。
チラッとレアリスさんを見ると、私の不満が顔に出ていたのか、微かに笑った。
よし、決心ついた。
「ねえ。綺麗ごとって、そこを頑張って目指すのは駄目なこと?」
私が尋ねると、殿下は訝し気に顔を顰めた。
「私、殿下のこと嫌いです」
多分、生まれて初めてはっきりと人を嫌いと言った。
ああ、殿下も面食らってるね。そりゃそうか。王族に面と向かってこんなこと言う人、普通いないよね。
「でも私は、出来れば殿下にも犠牲になってほしくないです」
横あいから、「出来ればかよ」と笑いながら言う声が聞こえる。もう、人が真剣に話してるのに。
「私が協力したら、少しでもその綺麗ごとに近付けますか?」
殿下は答えない。
「私は使い潰されるなんて嫌です。だから、私の力に依存しないようにルールを決めて、今日とか明日のことだけじゃなく、ちゃんと危機を乗り越えた後のことも考えて、悲しむ人がゼロになるように。そういうことなら、私も力を惜しみません。いいよね、王子」
王子に意見を仰ぐと、なんだか困ったような顔をしながら笑って頷く。
「あと、あなたが偉すぎて誰も怒ってくれなかったのなら、今私が怒っていいですか?」
また、殿下は答えない。王子はまた「怒るのに許可とるのかよ」と笑ってる。
「簡単に、誰かを傷付けたり見捨てたりしないで。それが一番効率がいいことでも、それは本当に最後の手段にして。だって、それであなた自身が恨まれるのはもったいないです」
どれほど大きな成果があるとしても、犠牲になった人は良かったとは思えないだろう。その人の親しい人たちだってそうだ。
そういう人たちを出来るだけ作らないでほしかった。
「自分の為じゃなくて、誰かの為に命を懸けることができる人を、私なら尊敬したいです」
私が真面目に言うと、殿下は不意に目を逸らした。
「……くだらない」
ポツリと言うけど、少し前のような嘲りはもうない。
それに、都合が悪くなると目を逸らすのは、王子とそっくりだ。
「あれ、性悪王子、ちょっと波瑠に落ちかけてるんじゃない?」
「……いや、違う、だろ」
「あ、そ」
遠くで、有紗ちゃんとレアリスさんがこっちを見て、何か耳打ちしている。何だろう。
『良いのか、ハル?』
いち段落したところで、お父さんが私に尋ねる。
『そなたを泣かせた人間など、この王宮ごと灰にしてもいいのだぞ』
「大げさだね。大丈夫、私が直接何かあったわけじゃないし」
もう、お父さんたら、リップサービスの大盤振る舞いだね。実際やったら大変だけど。
「フェンリル。ホント、頼むからやめてくれ」
王子が真面目にお父さんに懇願している。王子って、冗談通じないのね。
『ふん。私はハルさえいれば、人間など滅んでも構わん』
「俺たちもかよ」
『まあ、ハルが望めばお前たちはいてもいいぞ』
「……ああ、ありがとうよ」
王子が引きつった笑いを浮かべていると、庭園の入り口の方が騒がしくなった。
ここって、王太子とイリアス殿下しか使えない庭じゃなかったっけ。
そう思っていると、煌びやかなローブを纏った人が、大勢の騎士っぽい人たちを連れて、こちらへやって来た。それを見た王子と殿下が膝を突き、私と有紗ちゃん以外、その場にいた人たちもそれに倣った。ユーシスさんに捕らえられていたアズレイドさんも拘束を解かれていた。スコルもちゃんと背中から降りているよ。
っていうことは、もしかしなくても、この人は王様ってことだよね。わあ、やっぱり殿下とちょっと似てるね。
最初に私を囲うように座っているお父さんの姿を見て驚いていたけど、すぐに威厳たっぷりの表情に戻った。
お父さんを突然見たのに、凄い自制心だね。代わりに周りの騎士さんたちがざわついていたけど。
「この騒ぎは一体何事だ」
そうだよね。爆音まではいかないけど、結構派手な音してたかも。王様本人が確かめに来るくらいに。
王子父は、声も厳格そのものだ。少し前の私なら有紗ちゃんに隠れていたと思うけど、イリアス殿下と話をして、なんか少し耐性がついたみたい。一歩下がっただけで済んだよ。
まあ、お父さんがいてそれ以上下がれなかっただけだけど。
「陛下、この件につきましては、私から説明を」
イリアス殿下が名乗り出た。そして簡潔かつ的確に事の次第を説明した。頭がいい人って、本当に無駄がないよね。
「フェンリルを招き、王宮の結界が綻んだのは、軽率な私の行動の為です。どうか私に厳罰を」
なんか、イリアス殿下が殊勝になっている。もしかしてさっきのお説教が効いてるの?
っていうか、王宮の結界、壊れたの?あれか。パリンってお父さんがやったヤツ。
わ、私も、あ、謝った方がいい⁉
私がオロオロしていると、お父さんが後ろから私の肩に軽く顎を乗せた。
『人間の王よ。もし人間が再び、この娘の意に添わぬ行動を取れば、国が灰燼に帰すと思え』
「ちょ、お父さん!なんか、大事な結界壊しちゃったんでしょ。怒られるようなことしたのに、なに威張ってるの。空気読んで!」
「……いや、お前が空気読め」
王様の前なのに、王子にマジトーンで突っ込まれた。なんで⁉
「なるほど。魔獣の加護の厚い娘か。分かった、そなたの逆鱗に触れるようなことはすまい」
何だか王様がやけに納得した風に了承する。王様、理解が早い。え?何が分かったの⁉
ええと、なんかいつの間にか、王宮訪問までミッションクリア?
でも、イリアス殿下の厳罰って何?
私が恐る恐る王子に尋ねると、王族籍剥奪と身体刑か、と呟いた。
「のぉぉ、身体刑!」
レアリスさんの分もちょっと痛い目に遭えばいいと思ったけど、そんな残酷な刑はNOだ!王子じゃなくなるだけでも重いでしょ!結界破ったのってお父さんだし、そんなに罪重いの⁉
「お父さん、なんで、そぉーっと入ってこなかったの⁉スコルはちゃんとできたよ⁉」
『何故そなたはそんなに私に辛辣なのだ?』
どうやら殿下は、結界が壊れたことよりも、お父さんを呼び寄せちゃったことが駄目だったみたい。
そんなすったもんだのやり取りの末、イリアス殿下は領地と受け継ぐ爵位は返上し、王族籍だけは残すことに決定した。身体刑もなし。
現在殿下がやっている王宮警備のトップは、歴代王族男子の職なので、それは続けることになった。
仕事できる人は、働いてもらわなきゃ、って私がお願いした。
それで今後は、婚約者もいなかったみたいだし、縁談が来たら、結婚してどこかの貴族の婿養子に入るんじゃないかな。
そして、結界修復の3日間、お父さんが王宮に留まって魔物とか小物の魔獣とかが近付かないようにしてくれた。その間に、結界を張るスキルのある人たちが、不眠不休で働いて、過労で何人も倒れたらしい。
それで、何故かその3日間は、王子宮の庭園にそのまま居ついて、みんなでキャンプした。
なにしてるのかなぁ、私たち。
ユーシスとスコルの共闘楽しかった。騎士なのに、投げてました。野蛮ですね。
そして、お父さんにまた一つ、ドジっ子という属性が付きました。
嫌われっ子殿下は、微妙なざまぁ風味でした。領地没収ですけど。
殿下は、自分にも他人にも滅茶苦茶厳しい信念の人です。味方を作らない生き方をしてきましたが、さて、今後はどうなることやら。忠犬アズレイドもね。
補足ですが、ユーシスが呼んでいた「クレイオス」はアズレイドの家名です。
また不定期更新となります。
本業の繁忙期が過ぎるまで、少し間が空くかと思いますが、更新しましたら次のお話も閲覧をお願いします。
次は、ふれあい動物園かな?




