24 証言に来ただけなのに
波瑠、いよいよ王都に行きます。
書き忘れていたエピソードをちょい足ししました。
お話の大筋は変わりません。
次の日の朝、私はハムエッグを焦がしたり、ガルの尻尾を踏んだり、躓いて王子の麗しい顔にアツアツのトーストをアタックさせたりした。
慌てて初級ポーションを王子の顔にぶっかけて、朝から盛大にキレられました。
でも、そんな普通にキレている王子を見て、ちょっと私も平常心を取り戻した。
こちらの人は欧米の人みたいに、ちょっとスキンシップ多めだから、アレもその一種だったんだよね。
朝一で地べたに正座に説教はきつかったけど、何だか今日これから対峙することに緊張している暇はなかったよ。
今日はこれから、王子の転移で王都の城壁の外に一度飛んで、そこでユーシスさんと合流。途中で有紗ちゃんを拾って、警務隊の庁舎へGOだ。
レアリスさんは、今度は一緒に転移する。
王子の転移は、人と人が何かしらで繋がっていれば、王子が直接全員に触ってなくても、4、5人だったら普通に転移させられるんだって。っていうことは、私が真ん中に入って、王子とレアリスさんと手を繋げばいいんだ。
まあ、それはそれで私的にはハードル高いけども。
それで、今日はスコルも王都へ一緒に行くことになった。そして、城壁で待ってるユーシスさんのとこで合流する。
転移で一緒に行こうかと誘ったけど、ここから城壁くらいならひとっ走りで行けるから、一人で行くと言っていた。凄いね、スコル。
迷子にならないか心配だったけど、なんか、私の匂いを探すって言ってた。
私ってそんな遠くからでも臭うのかなぁ。だったらショックだ。
スコルはいい匂いって言ってくれてるけど、ワンちゃんの感覚ってよく分からないからなぁ。まあ、気にしたら負けだと思うことにする。
で、私は、昨日王子が持ってきてくれた服に着替える。これは有紗ちゃんが用意してくれたヤツだ。
ゆったりしているけど、胸の下で切り返しがあって、着やせと脚長効果がある乳白色のシンプルなローブドレスと、ドレスと同系色のケープだ。なんか、久しぶりに女の子の気分になれた。
そんな訳で、今日は女の子のスコルもおめかしだ。
緑のマフラーはそのままだけど、この日の為にマフラーを飾る同色のコサージュを作ったよ。
それをマフラーに着けて、尻尾に同じく小花のついた毛糸のリボンを結ぶ。邪魔じゃないか聞いたら、大丈夫って言ってた。
そりゃ、全方向から写真撮るよね。
あ、ハティもお揃いだよ。ガルには拒否られたけど。
ローブ姿で興奮してはぁはぁ言いながら写真を撮る私を、王子とレアリスさんが遠巻きに見ていたとしても悔いはない。
お留守番の子たちには、タープの下にテーブルを用意して、大量のサンドイッチを置いておいた。ラップだとガルは外せないから、ペーパータオルと虫よけネットを被せた。
準備は万端だ!
『気を付けて行って来いよ』
「行ってきます!」
ふんすと、鼻息荒くガルに挨拶して、待っている王子とレアリスさんに手を差し出した。
ん?あれ?この体勢何?
右側に王子、左側にレアリスさん。なのに、王子とは右手どうし、レアリスさんとは左手どうしを繋いだ。で、王子の左腕は私の肩に、レアリスさんの右腕は私の腰に巻き付いている。
スクラムの新しい形?
「行くぞ」
王子の声と共に、あの感覚がやって来る。
「んぎゃ!」
私の醜い悲鳴が短く響き、次の瞬間には目の前に大きな城壁があった。
「無事に着きましたね」
そう言って迎えてくれたのはユーシスさんだった。
二人の雁字搦めのスクラムから救い出してくれて、そっと腕を支えてくれた。スクラムは確かに安定感抜群だったけど、ユーシスさんのこの紳士的な優しさを見習ってほしかったね。
「やあ、ハル。今日はいつにも増して可愛らしいな」
いや、こんな紳士っぷりは想定外だ。
サラッと女性を褒めるこのスキルは、一体何スキルっていうんだろう。
しどろもどろしていたけど、ハッと言うべきことに気付いた。
「あ、ユーシスさん。実はスコルも今回ついてくるんです」
「ん?変更点が出たのか」
私が説明しようとすると、ひゅんとお空から白いものが降ってきた。
『ハル、来たよー』
スコルだ。
もしかして、風の魔法で飛んできたのかな?お父さんもよくやるもんね。
私たちが到着してから十分と経っていない。馬車で2時間くらいの距離を5分くらいでひと飛び。兄妹で一番足が速いって言ってたような。びっくりだね。
『ユーシス!』
「スコル。来てくれたのか」
駆け寄るスコル。それを抱き上げるユーシスさん。いいねぇ。
私だとスコルの抱っこはちょっときついけど、ユーシスさんだと片腕でヒョイって感じ。
「取りあえず、詳しくは馬車で話そう」
王子の掛け声でみんな馬車に移った。
びっくりするくらい豪華で大きい二頭立ての馬車だった。馬もサラブレッドなんて目じゃないような、大きくて立派でカッコいい。なんか、もう語彙力が死んでるけど、私が気後れするような馬車とだけ言っておこう。
でも、階段は段差を小さく設けてくれていて、引っ張り上げられなくても乗れたよ。
進行方向一番奥に王子、その隣に私、その隣にレアリスさん。ユーシスさんはスコルをお膝に乗せて向かい側に座る。
飲んでて良かった解毒ポーション。この車内でニンニク臭はヤバかった。
ユーシスさんがコンコンと御者席へ繋がる小窓を叩くと、ゆっくりと馬車が動き出した。
その車内で、昨日打ち合わせたことを王子がユーシスさんに説明し、私の偽装スキルボードを見せた。
「なるほど、確かにこちらの案の方が説得力がありますね。スコルも協力してくれるし」
ユーシスさんが言うと、スコルが自慢げに尻尾を振った。揺れるお花のリボンを見て、ユーシスさんが「スコルも可愛いな」と言っていた。ユーシスさんってもしかして、紳士と言うより、たらしなのかな。
「ですが、この言語を変えるのは早急なような気がします」
珍しいユーシスさんの反対意見だった。
「確かに、秘匿性は高くなりますが、故に見る者の猜疑心を煽るのではないかと」
言われてみればそうだ。言語を変えるイコール隠したいことがある、と思われるかも。
「そうだな。それに言語を変えられるなど前代未聞だ。他の機能も疑われるかもしれないな」
王子もユーシスさんの言に一理ありという考えになった。
「人間とは、隠されれば隠される程、手を伸ばしたくなる生き物ですから」
ユーシスさんの緑の目が何故か私を見る。
ああ、今すぐ言語を戻せってことね。
私はスキルボードを開いて、言語をレンダール語に戻した。
そうこうしているうちに、馬車が止まった。そしてすぐに、バン!と勢いよくドアが開く。
「もう、待ちくたびれたわ!」
有紗ちゃんだ。
挨拶もそこそこに、全員外に出された。私は何故か一言もなく手を引かれると、目の前にあったお店に連れて行かれ、強制的に椅子に座らされた。
「え?え?え?」
「やっておしまい」
訳の分からない私を数名の女性が取り囲み、有紗ちゃんの悪の女ボスみたいな号令で一斉に襲い掛かって来た。
そして、30分後。体感だともっとあった気がしたけど。
鏡を持ってこられてびっくりした。冷え性気味であまり良くなかった顔色が、明るくなって健康そうに見える。髪も巻かれたうえにふんわり編み込まれて、サイドの短い部分も綺麗にまとめてくれた。
最後にコーム型の髪留めを右サイドに差して、本当に控えめなイヤリングをする。両方とも聞くのは怖いけど、真珠っぽいね。
「自分の美的センスが恐ろしいわ」
有紗ちゃんが息をつきながら呟く。確かに、びっくりするくらい綺麗にしてもらった。
「これが、『ナメられない』服装ってことだね!」
何か魔法にかけられみたいに、何かやる気が出てきた。ふんふんと荒い鼻息を発する私を有紗ちゃんが馬車まで連れて行く。で、3人の男性の前に立たされた。
「どうよ、私のこと見直した?」
「……でかした」
王子が有紗ちゃんとグータッチしている。親友感があるよね、この二人。
で、みんなこちらを凝視している。
あれ?これって、結構恥ずかしい。せめて感想言ってよ。
「と、とにかく、馬車に乗るぞ!」
何か、急に慌てて私を馬車に乗せようとする。
でも席順は何故か、王子のポジションに有紗ちゃんが座って、向かい側はドアからユーシスさん、スコル、王子となっていた。
王子が「何でだよ!」と怒っていたけど、有紗ちゃんは綺麗にスルーしていた。
そうしているうちに馬車が目的地に到着したみたいだ。ここからが勝負だね!
以前の私なら、きっと逃げて、ここに来ることさえしなかった。
でも今は、何だか少し勇気が湧いてくるよ。
お父さんがくれたブレスレットのお陰かな。
王子のエスコートで馬車の外に出る。手が外される直前に、ちょっとだけぎゅっと握られた。それにも勇気づけられた。
ユーシスさんは、スコルと出番があるまで庁舎の外に待機だ。
レアリスさんは、途中で馬車を降りて別に向かうようにしている。悪いことはしてないけど、被告と証人が一緒にいるのは心証が良くないからね。
レアリスさんは、「隠密」を使って行動しているから、他から見たら全く接点が無いように見えるだろう。今までもこうやって、ちゃんと別行動をとっているように見せていたみたい。
この建物の3階に目的の部屋はあった。
その部屋は、奥側に3人の警務隊の人がいて、入り口側に査問を受ける人の席と証人と聴聞の人の席がある。それぞれに着席した。
なんか、レアリスさんはもう席に就いている。馬車より早かったのね。
「揃ったか。では、始めよう」
厳格な声をした50代くらいの恰幅のいい男性がそう言った。
その両隣の人が頷くと、聴聞会は始まった。
「だが、その前に、君はその、本当に聖女アリサ様と一緒に来た異世界人なのだろうか。私もあの場にいたのだが、その、随分と様子が違うように思えて。ああ、失礼した。私は警務隊査問室長のコーラーと言う。以後お見知りおきを」
コーラーさんはちょっと歯切れ悪く言う。そうか、あの場にいたなら私の元の格好を見ているってことだよね。
最初怖い人かと思ったけど、ちょっと安心した。
「はい、コーラー様。私は結城波瑠と申します。確かにあの儀式の際、こちらに来た者です。もしかして、眼鏡を外しているから様子が変わったと思われるのかもしれませんね」
苦笑して言うと、相手方の3人も苦笑を返してくれた。
「いや、本題の前にすまなかった。これほど可愛らしい人だったのかと思ったものでな」
この世界の人って、みんなこんなに口が上手いの?緊張よりも、別のことで心臓がドキドキしてしまう。絶対今、顔が真っ赤だ。
隣に座った有紗ちゃんが、手でパタパタと顔を扇いでくれて、「掴みはOK」と耳打ちした。私は恨みがましく有紗ちゃんの手をギュッと握った。だって、面白がってる。
「さて、では話を進めようか。今話をしただけで、枢機卿側がどれだけ現実と離れた虚偽の話を流していたか分かるがな」
ああ、ホント、私っていったいなんて言われてたんだろう。
そこからは、和やかに話が進んだと思う。
王宮での暮らしから、レアリスさんにあの場所へ連れて行かれた時の話をする。思い出しながらの作業なので、コーラーさんが話に水を向けて答える形だった。
そして、置き去りにされた後のことに話が及んだ。ちゃんと説明できなければ、レアリスさんと私が共謀して起こした事件だと言われかねない、大事な部分だ。
レアリスさんは、この前段階で、私と目的地まで同道する中で、指示された内容に疑問を抱くようになり、いくつかある迷いの森の拠点の中で、最も安全な場所へ連れて行ったと証言している。そこに私が肉付けするだけ。
「ご存知の通り、私は王宮で全くスキルが使えませんでしたが、運よく誘導された先で能力が使えるようになりました。ポーションを作る能力です」
危ない、「ポーション」の辺りでちょっと噛みそうになった。
「そこに滞在して数日経った頃、怪我をした狼を偶然拾い、そのポーションで癒しました。幸い元となる薬草を手にすることができたので、運が良かったのだと思います。そして、その狼の家族と暮らし始めました。強くて賢い子たちなので、魔獣や魔物を遠ざけてくれていたようです。恐らく脅威となるようなものが近くにいなかったことも幸運だったと」
うん、ポーション作ったくだり以外は嘘も言っていないし、多分論理的に説明できた。
「コーラー。念のためと思い、その狼を一頭連れてきている。どれほどこの者に従順か、確かめてみるか?」
王子がスッと口を出した。コーラーさんが他の二人を見て頷く。
「では、確認しましょう」
偉い人よりさらに身分の高い王子に言われたら断れないよね。そんな訳で、スコルのお披露目になったよ。
「……フォルセリア。いや、いい……」
何故かそのスコルを抱っこして現れたユーシスさんを見て、コーラーさんが一瞬絶句した。首輪かリードみたいなので連れてくるのを想像していたんだろうね。
床に下ろされたスコルに、私は頼みごとをした。
「スコル。あの、真ん中の人の所に行って、膝乗りしてくれる?」
スコルは声を出さずに2回瞬きすると、コーラーさんの所へ行って床にお座りし、許可されるまでジッと顔を見ていた。どうよ、うちの子可愛すぎでしょ。
「こんなじじいの所でも来てくれるか?」
コーラーさんが相好を崩して膝を空けてくれた。もしかしなくても、お好きなんですね。
スコルは「きゃん」と鳴いて、コーラーさんの膝に飛び乗った。
「毛並みから推測するに、どうやらナイトウルフとの自然交配種と思われる。見てのとおりとても賢く、恐らく彼女単体でも弱い魔獣くらい狩れるだろう」
王子が補足してくれる。これも嘘じゃない。間違いなくスコルのお母さんはナイトウルフだもんね。
「君は女の子か。これは、ハル殿に貰ったのか?良かったな」
コーラーさんがマフラーを褒めてくれて、スコルは嬉しそうだった。
「それにしても強そうな名前だ。伝説の魔獣と同じ名だな」
スコルの頭を撫でながら言ったコーラーさんの言葉にドキッとする。しまった。名前の事、全然頭に無かった。
「ですよねぇ。カッコいいのでそんな名前になりましたぁ。ちなみにぃ、他の子の名前もあやかりましたぁ」
もう、これで押していくしかない。王子たちを見ると、なんかため息つかれた。でもNG貰ってないからオールオッケーだ。
しかもスコルが絶妙なタイミングでコーラーさんにすりすりしたから、妙に和んだ雰囲気になったよ。
ガルじゃこんなことしてくれないし、ハティだとうっかり喋っちゃいそうだから、本当にスコルが来てくれて良かった。
すっかりコーラーさんのスコルを見る目が、初孫を見るおじいちゃんの目になっている。他の二人も「しょうがないなぁ」って雰囲気だ。
そんなこんなで、私の証言は、ほぼ終わった。
結果は、レアリスさんの行動の裏打ちができ、枢機卿とレアリスさんの罪が確定し、レアリスさんの財産刑は速やかに執行されることになる。
そして、これでレアリスさんの神殿からの離籍が正式に認められた。
もう後は帰るだけとなった時、文官の人が部屋に入って、何かをコーラーさんに耳打ちした。コーラーさんが大きなため息をつく。
「オーレリアン殿下。ただいま、こちらにイリアス殿下が向かわれているそうです」
「……クソが」
コーラーさんの言葉を聞いた王子が、小さいがハッキリとした声で悪態を吐いた。
殿下と言うからには王子の兄弟だ。不敬に取られるかもしれない態度だったけど、警務隊の方たちはそれを丁重に無視した。
もしかして、王子のこの態度は公式なの?
「例の二番目のお兄さんよ」
有紗ちゃんが小さく耳打ちしてくれる。もしかして、最悪の性悪って言っていた人?
いずれにしても、王子より身分の高い方のようで、私たちは待機を余儀なくされた。
しばらくして、扉の外に複数の軽鎧が立てる足音が聞こえてきた。
そして、その足音が扉の外で止まり、間を置かずに扉が開かれた。
王子と有紗ちゃん以外がその場で膝を折った。私もみんなに倣った方がいいのかな。
「波瑠。私とあなたは身分の外の存在だから、このままでいいわ」
私が頷くと同時に、一人の男性が私たちの前に出てきた。
濃厚なミルクティを思わせるブロンドに、青みのある紫の目をした男性だった。
どこか王子に似た綺麗な面立ちだけど、全然似ていないと私は感じた。
その人の視線が私で止まる。
「穀潰しが来ていると聞いたが、何やら面白そうだ」
その人は、笑っているのに、何故か怖かった。
私は震えそうになる手で、ブレスレットにそっと触れた。
何かと父や兄妹のキャラが濃くて控えめだったスコルの可愛さが溢れる回です。
さて、最後に新しい人が出てきました。
仲間の前評判悪すぎですが、どうなることでしょうか。
また次話もお付き合いいただけると嬉しいです。
3/23 スキルボードの言語表示について、日本語をやめるエピソードを入れました。
お話自体に変更はありません。




