21 忘れないよ
レジェンドまた追加します。
仏の顔も三度。
そして、波瑠が眼鏡を掛けている理由を。
帰って来るなり、お父さんはお腹が減ったと要求。
あって良かった、生姜焼き。
あと、匂いで分かったらしく、ホットケーキも献上しました。もちろんアイス付き。
「朝ごはんの時にいなかったから、どうしたのかと思ったんですよ」
ベリーソースが付いていたので、タオルで口元を拭いてあげると、ポロッとまた私の前に何かを落とした。
いつも思うけど、どこから取り出しているんだろう。
『なに、それを預かって来たのでな、少々遅くなった』
「無理」
だって、なんか、ユーシスさんのこぶし大の透明だけどキラッキラした石なんて、絶対無理。
きっと、フェイクでもガラスでもない、本物の輝き。
『それはそなたが想像している物ではないぞ。人間の好きな金剛石とやらでその大きさなら、小さい国が買えよう。だが、それは“ドラコナイト”だ』
良かった、ダイヤモンドじゃないんだ。私はホッと胸を撫で下ろす。
でも、何だろう、ドラコナイトって。
『赤トカゲの親戚に、『白い竜』というじじいの竜がいてな、そいつの頭から出た石だ。あまり大きくなりすぎると頭痛がすると言って、捨てようとしていたので貰ってきた』
ドラコナイトって、人間の胆石とか結石みたいなもの?
じゃあ、あまり価値がないのかな?
「ハル、ハル!」
何故か王子が後ろから小声で私を呼ぶ。振り返ると、ちょいちょいと手招きしていた。
「なぁに?」
「お前が気絶する前に言っておくが、『白い竜』は竜種の長だ。しかもドラコナイトは、魔力の根源と言っても過言ではないから、ユグドラシル級の物は覚悟しておけよ」
「ブッ」
思わず吹いてしまった。竜の中で一番強いのが赤い竜さんで、竜の中で一番偉いのが白い竜さんだと、王子が言う。
っていうか、お父さん、レジェンドのお友達ばっかり!
「お父さん、こういうのはもういらないって言ったでしょ」
私がプルプルと怒りを滲ませて言うと、お父さんはどこ吹く風といった感じで反論した。
『前にも言ったであろう。我らの身体の一部はおいそれと放っておけぬと。ハルがそれをもらってくれれば安全で処分の手間も省けるし、面白……役に立つものと交換できよう』
「……今、面白いって言いかけた」
『気のせいだ。じじいも老い先短い身だ。頼みを聞いてくれても良いだろう。で、何になるか知らせてやれば、良い冥途の土産になる』
絶対お父さんが楽しんでるだけだ。
でも、白い竜さんが余命幾ばくもないなら、お願いは聞いてあげないと可哀そうかな。
それに一応人(?)助けだからね。
「分かった。おじいちゃんを喜ばせるために、今回だけですからね」
私は渋々石を投入口に入れた。
“竜の長のドラコナイト(状態:最上)13億P 聖盾『オハンの盾』の開放条件 『オハンの盾』交換ポイント3億6千万P”
あ、はい。分かってた。
私がスンとした顔をしていると、王子が耳打ちしてきた。
「すまん。黙っていようと思ったんだが……」
「なぁに?」
「竜の長は今、恐らく三千歳ほどかと」
「すごいね。西暦より長いよ」
じゃあ、めちゃくちゃおじいちゃんだね。身体とか大丈夫かなぁ。
「で、だ。竜種というのは、五千年くらい生きるらしい」
「……」
『チッ、余計なことを』
は?
「まだまだ若いじゃん!」
人生80年だったら、まだ50歳前だよ!
『私からすればじじいだ。それにじじいが楽しみにしているのは本当だぞ』
お父さんは悪びれもせずにシレッと言う。
「もういい」
『ん?』
「今度私の許可なく素材を持ってきたら、お父さんだけご飯のお肉抜き!なでなでも無し‼」
『な、何だとぉ!』
絶叫するお父さん。でも私はもう怒った。無視!
『すまぬハル!後生だ、それだけは!』
お父さんはくぅんくぅん言って、グリグリと頭を私の背中に押し付けてくる。
「何故だろう。俺は今、伝説を目の当たりにしているはずなのに、この虚しくなる感覚は」
「ええ、どう見ても伝説の魔獣が、高額のプレゼントをドヤ顔で買ってきて妻に怒られる、情けない夫にしか見えないわ。もしくは、飼い主と犬」
「しかも、お仕置きが食事の肉抜きとなでなで無しで、人間に平謝りしている。魔獣の最高峰の誇りは?」
「ハルも、今回のは何気なく許しているが、どちらもそれに気付いていない」
「……和むわぁ、ホント」
私とお父さんを遠巻きにする人間4人と、父の情けない姿を見せまいと、妹2人を連れて散歩に出たガルがいたと、後から知った。
ただ私は、この日を境に、お父さんが無駄に世を乱すような物体を持ち込ませないことに成功し、満足していた。
みんなに生温い目で見られることとは、露とも思わずに。
昼食前にしっかりとご飯を食べたはずのお父さんだったけど、しっかり昼食も食べた。
その日の昼食は、肉有りでした。
昼食後、私は夜に王子に宣言した、王宮へ行くことをみんなに伝えた。
フェンリル親子はいつものようにまったりタイムで、私の話を聞いているのかいないのか。
「いいの、ハル?」
有紗ちゃんが真っ先に聞いた。私はしっかりと頷いた。
「私の能力が分かったことを王様に直接報告しないと、王子やユーシスさんの立場が悪くなっちゃうでしょ。それに、神殿にも私から正式にレアリスさんをくださいって言わないとね」
王子とか有紗ちゃんの話を総合すると、能力の開花した私を独占していると思われている恐れがあることと、それを叛意と取られかねないことが分かった。
実際に王様の目の前で披露して、有用だけど有限で替えの効く能力であることを知らせなくてはならない。
それと、あちらの世界でいう司法取引のようなもので、今レアリスさんの罪が宙ぶらりんになった状態で、被害者である私が危害を加えられなかったと証言することで、正式にレアリスさんをこちら側に引き入れることができる。
それにお世話になった騎士さんたちや食堂の人やメイドさんたちにも一度会いたいしね。
「……知ってたのか」
王子がポツリと言う。
王子は、私のことはちゃんと隠さず教えてくれるのに、自分の不利な状況は教えてくれない。だから自分で察するしかない。レアリスさんのことはアドバイスをくれたのにね。
「まあ、神殿側はもう弱体化しているから大丈夫だろうけど、問題は王宮側よね」
有紗ちゃんが、はぁとため息を吐く。
「あの性悪たちとやり合うわけでしょ」
豪胆な有紗ちゃんをしてため息を吐かせる人たちって?
「そっか、波瑠は会ったことないのよね。そこの王子様のお父さまとお兄さま方、ご家族よ」
「家族じゃねぇよ」
王子が否定的な態度を取った。
あれ?この間の私のエロ疑惑の時は、「悪い噂に踊らされるような浅い関係じゃねえ」と言っていたような。
「お父さん、つまり国王陛下ね。この人、めっちゃ厳しい人。あとお兄さんの王太子、この人、めっちゃ冷たい態度、あと下のお兄さん、この人、めっちゃ頭いいけど最悪の性悪。王子の傲慢さなんて、保育園のお遊戯見てるみたいよ」
マジで?ここで決心を鈍らせるインフォをありがとう、有紗ちゃん。
でも前向きに考えよう。事前情報があれば対策が練れる。うん、よし!
「それでも行く」
決意が変わらないことを言うと、有紗ちゃんがもう一度ため息を吐く。
「じゃあ、こうしましょ。私もどうせ『聖戦』を授かったことを報告するし、波瑠の後に披露すれば波瑠のこととやかく言わないでしょ。だから一緒に行く」
「有紗ちゃん」
私は嬉しくて、有紗ちゃんの手をギュッと握る。
「いいでしょ、オーレリアン様」
「……ああ、仕方ない。それが最良だろう」
王子も思案する顔だったけど、有紗ちゃんの意見には賛成のようだ。
「そうなると、日程の調整が必要になりますね。出来るだけハルはあそこに留まらせないほうがいい」
ユーシスさんがそう言う。確かに長くはいない方がボロは出ないけど。
「そうだな。後で挨拶も無かったと言われるくらいなら、三人いっぺんに揃う日を狙おう」
「では、そのように」
方針が固まりそうだったけど、レアリスさんがそれを止めた。
「出来れば、神殿を先に。ハルの護衛は一人でも多い方がいい」
そうか。まずはレアリスさんの引き入れが済まないと、堂々と一緒にいることはできない。
王子の顔を見ると、深く頷いた。
っていうか、護衛が必要なの、私。
「じゃあ、決まりね。あと、重要なことが一つあるわ」
有紗ちゃんが人差し指を立てて言う。なんか、カッコいい。
「あいつら、見た目で判断するわよ」
「「「ああ」」」
何だろう、このシンクロ具合。
「いい、波瑠。この国は、身分が高いほど容姿や健康が大切だと考えるの。それは、どちらも保つには高額なものだから、それだけの財力や権力があるってことの証明ってこと。この世界には治癒の魔法があるんだけど、とても高額だから高位の人間しか受けられない。っていうことは、眼鏡を掛けているのは治癒魔法を受けられない平民か財力のない貴族」
「あ、そうなんだ」
どうりで、最初からあまり扱いが良くなかったのは、私が眼鏡を掛けていたのもあるんだ。
「だから、少しでも見縊られずに話を有利に進めるなら、目は治した方がいいと思うの」
そういうことか。でも、目が悪くなった原因は……。
押し黙ってしまった私を見て、有紗ちゃんが握った手に少し力を込めた。
「もしかして、眼鏡を外したくない理由があるの?」
外したくない理由はない。私は首を振った。
顔を上げると、みんなの心配そうな顔が私を見ていた。なんだか、説明しないでいることが、自分を偽っているような気がして、私は話をすることに決めた。
どんなことでも、この人たちなら話すことができると思った。
「この目はね、3年前に事故に遭って目を傷つけたことで下がった視力なの。その時に、一緒にいた両親も亡くしたの」
息を飲む音がした。誰のものかは分からないけど、確かめはしなかった。
「なんかね、この目を治してしまうと、両親のことを忘れてしまうんじゃないかって。お医者さんにも治ると言われたのに、私は治療を拒んだの」
事故の記憶は辛いけど、人間は忘れる生き物だ。だから、何か楔が無いと、辛いものだけじゃなくて良かったものも全部消えてしまいそうな気がした。
下を向いていた私を有紗ちゃんが突然抱き締めた。
「有紗ちゃん」
「私、何度あなたを傷付けたら済むの。あなたに自分の両親の写真なんか見せつけて」
そうか。それは、まったく有紗ちゃんのせいじゃないのに。
「そんなの、全然気付かなかったよ。本当に私は傷付いてないんだよ、有紗ちゃん」
また有紗ちゃんの背中に手を回して、トントンと叩く。
「だから自分を責めないで」
私が言うと、有紗ちゃんは身体を離した。その目は赤くはなっていたけど、涙は堪えたみたい。まるで泣く資格なんてないと戒めているみたい。優しい子。
周りのみんなも、何も言えずに沈黙を守っている。ごめんね、みんな。
有紗ちゃんが離れていくと、それまで何も言わずに遠くにいたガルが、とことこと近付いて来た。
そして、私の前にちょこんと座ると、薄青の目で私を見上げた。
『なあ、ハル。お前は俺たちのこと、忘れちゃうのか?』
「え?」
これまでずっと大人びていたガルが、小さい子のようにたどたどしく聞く。
『お前は、怪我をしていないと、俺たちのことを忘れちゃうのか?』
「あ」
言われて初めて気付いた。
私は今まで、何を思い違いしていたんだろう。
『俺は、ハルに怪我を治してもらったけど、お前のこと忘れたりしないぞ』
「……ガル」
私は白いふわふわを抱き締めた。
ああ、有紗ちゃんが私を抱き締めたのは、こんな気持ちだったのか。
「ごめん。ごめんね、ガル。忘れないよ。忘れろって言われても、絶対に忘れない」
たとえ、元の世界に帰っても。どんなに時が経っても。
『馬鹿だな、ハルは』
「ホントね。ホントにそう」
楔がなくても、大切なものは失くすはずはないのに、本当に私は馬鹿だね。
いつの間にか、お父さんが私の座った椅子を囲むように寝そべる。子供たちも足元にくっついた。
ああ、私って今、幸せなんだなぁ。
これじゃあ、眼鏡も卒業しなくちゃね。
いいよね、お父さん、お母さん。
私はその日、贅沢をして、上級ポーションを交換した。
中級を買おうとしたら、『ケチるな』とお父さんに怒られた。
欠損じゃないから特級は買わないけど、自分の為に高額ポイント使うの、なんか怖いね。
久しぶりに眼鏡無しのくっきりとした世界を見た。
まだ、慣れないけど、レンズ越しじゃないこの世界は、なんだか温かく感じた。
今初めて、この世界が大好きだと、心の底から思ったよ。
一応ここで、お話の内容的に一区切りかな、と。
次からは、王宮行ったり、魔物が出てきたり、レジェンドが押しかけたり……。
あれ?変わるのは、魔物が出てくるくらいか?
このお話は、最初12、3話くらいの予定でしたが、思わぬ長さになりました。
また、更新は未定になりますが、本業の合間を縫って作っていきたいと思います。
あまりお待たせしないように頑張ります。
次話も閲覧をお願いします。




