19 みんな、なんかおかしいね
突然糖分がやってまいります。
お父さんに重い制裁を下した後、しょんぼりしながらお父さんは帰っていった。
ドラゴンさんも、『また来る』と言い残し、今度はソフトリィに飛び立っていった。
そうか。ドラゴンさん、また来てくれるのか。
できれば小さいほうのでお願いしたい。
人間組は、前回の順番でお風呂に入り、有紗ちゃんは私と一緒に子供たちの入浴を手伝ってくれた。有紗ちゃんは、スッピンも綺麗だ。
ユーシスさんとレアリスさんは、ゆったりとしたシャツとスラックスみたいな、あまり寝間着に見えない寝間着だった。肩凝らないのかな。
王子は寝間着を持ってきてないから、私からジャージを渡した。最初有紗ちゃんは、ダサスウェットをチョイスしようとしたが、何とかお洒落ジャージを死守したよ。
王子のためというより、私の精神的なもののために。
美人は何を着ても似合うんだけど、油断した格好はお家感に溢れて、……あ、やっぱり駄目だ。
ユーシスさんとレアリスさんが羨ましそうに見てたので、違うデザインのジャージをあげたけど、今は着ては駄目と言っておいた。
なんか、みんな憧れの部活のコーチとか、大学のサークルのカッコいい先輩とか、妙なシチュエーションを想像してしまいそうだった。
もっとも、運動神経の無い私は、一度も運動部に入ったことはないんだけどね!
有紗ちゃんは、もこもこのルームウェア一択。私の願いで。
ご馳走様です。
そして、今日はいつぞやの二の轍を踏まぬよう、子供たちを寝ぼける前に早めに寝かしつけたよ。
で、その後、我々は禁断の寝酒へと転じたのだ。焚火に当たりながら、温かい防寒毛布に包まってね。
そして、メニューは有紗ちゃんのリクエスト。
キレッキレのビールに、枝豆ガーリックピリ辛炒めと塩昆布キャベツを添えて。
あなた、本当に二十歳ですか?
無論、大人な人たちはドはまりしていた。
ビールを飲んだら、「先ほどの唐揚げと一緒に飲みたい」と言っている。
分かる、分かるよ。でも今日は、唐揚げはおしまい。
ビールは何故か、日本のメーカーの缶がそのまま交換できたから、みんなで缶飲みだ。
開け方とか見本でやって見せたら、みんなすぐ慣れたよ。
ちなみに、夕飯の千切りキャベツはレアリスさん作。刃物の扱いは一番上手だとユーシスさんが言っていたね。教えてはくれなかったけど、きっとスキルだろうって。
いいね、キャベツの千切りが早くできるスキル。
意外だったのは、お子様舌なのに何故かビールは気に入った様子の王子だった。
そして、キャベツそっちのけで、妖怪「枝豆すすり」と化している。
そう言えば、「絵になるから」というだけのチョイスで、前回はリンゴで作った甘口のブランデーを渡したけど、それも楽しんで飲んだみたい。
こうやって大人の階段を上っていくんだね。
少しすると、最初に有紗ちゃんが出来上がった。
ほんのり赤い顔で私に絡んで来る。
「波瑠、私より飲んでるのに、ちっとも顔色変わらないじゃない」
「ははは」
言われてみれば、お酒であんまり酔っぱらったことはないね。
「そういえば、あなたのスキルボードって何で触れるのかな」
「有紗ちゃんのは触れないの?」
「っていうか、波瑠以外触れる人はいないの。波瑠のが変なの」
少し口を尖らせて怒って有紗ちゃんが言う。可愛いから何を言われても可愛い。
有紗ちゃんは、そう言って自分のスキルボードを見せてくれた。
そして、そのボードを触ろうとして、スカッスカッと手が素通りするのを見せてくれる。
「本当だ」
「ね?」
お互いに変な納得をして、有紗ちゃんがスキルボードを消そうとした。
「おい、アリサ。お前、スキル増えてないか?」
何やら目敏く何かを見つけたらしい王子が、枝豆を握りしめながら有紗ちゃんがボードを消すのをストップをかけた。
「え?あら、本当だ」
有紗ちゃんも気付かなかったらしく、目を大きく見開いていた。
そこには、「聖なる炎」と「白き裁き」の他に、もう一つ文字があった。
「……『聖戦』?」
私が読み上げると、男性陣は酔いも冷める程の驚きを見せた。
一番スキルに詳しい王子に尋ねるように目線を向けると、顔を顰めながら言った。
「文献でしか見たことの無いスキルだ」
「珍しいの?」
「ああ、味方の意気を鼓舞し、能力値を上昇させる、まさに初代聖女を聖女たらしめた力で、それ以来一人も現れていないな」
通常バフ系のスキルは、一つの能力を上げるとか、人数が限定されるらしいけど、「聖戦」は有紗ちゃんの声が届く範囲ですべてのステータスが向上して、軽い怪我くらいなら瞬く間に治ってしまうらしい。
元の能力に続いて、まさに魔物の殲滅のための攻守ともに備えた希代の聖女だ。
「性格はともかくな」
と余計なことを王子が言う。
「確か初代聖女は、戦いに向かう弟を守りたいという祈りから授かったとありますね。アリサ様もきっと何かを守りたいと感じたのでは?」
ユーシスさんの言葉に、有紗ちゃんが私を見る。
「そう言えば、こちらに来て初めて守りたいと思ったのは、波瑠だったかも」
「うっ……」
私は胸が苦しくて呻いた。尊い、有紗ちゃんが尊いよ。
すると、有紗ちゃんのスキルが目覚めたきっかけって、あの胸がトゥンクと高鳴った時のアレか!
「そっか。この力があれば、前線で戦っているあの人たちが、少しでも無事に帰れるようになるのね」
有紗ちゃんは、自分の掌をじっと見つめた。
そうだ。有紗ちゃんは、既に魔物の討伐に参加していて、その現状を知っているんだ。
「これまで私は、私が戦わなきゃって思ってただけだけど、守ることもできるんだ」
有紗ちゃんが戦うことは、ひいてはみんなを守ることだけど、彼女の意識は守るよりも敵を殲滅することに向いていたんだ。怪我を案じることと、守りたいという意識は別のものと言うこと。
対魔物という外に向いていた力が、味方という内側に満たされていく感じ。
王子は性格が、って言ったけど、こういう正義感が強い所は認めてるっぽいね。静かに、「そうだな」とだけ言った。
有紗ちゃんは、本当に聖女になるべくしてなったんだね。
一方で私は、怖かった現状から逃げるばかりで、何も戦っていないね。
有紗ちゃんに、「頑張って」なんて絶対に言えない。
私は掛ける言葉を探し、諦めてただ曖昧に笑った。
夜寝る前に、皆でお片付けとテントの準備をしていたら、一緒にお皿洗いをしていたユーシスさんに、ふと声を掛けられた。
「ハル。さっき、無理して笑っていなかったか?」
私が見上げてユーシスさんを見ると、深い緑の目がじっと私を見ていた。王宮にいた頃からずっと私を見守っていてくれた目だ。
「うーん、ユーシスさんには分かっちゃいましたか。皆さんに私は守られてばかりで、本当はお役に立てるスキルも身に付けたのに、それも私が使う決心がつかなくて、結局は皆さんにまた守られてって。私、一体何をしているんだろ」
少し茶化すように言ったら、「ハル」とちょっと叱るような口調で名前を呼ばれた。
「殿下も仰っていたが、この国の人間が出来ることは自分たちでしなくてならない。だからハルが自分を卑下する必要は全く無いし、そもそも俺たちは君を守りたくて守っているんだ」
ああ、本当にユーシスさんは、私を甘やかすのが上手だなぁ。
「ふふ。ユーシスさんに言われると、甘えたくなっちゃいますね」
「ああ、むしろ君にはもっと甘えてほしいくらいだ」
「そうですか。本当にお言葉に甘えちゃいますよ」
「うん、そうだな。でもその時は……」
そう言って、大きな体を少し屈めて、私の耳に僅かに顔を寄せた。
「俺だけに甘えて」
「うへ?」
私の耳がおかしくなった?
目を見開いてユーシスさんを見ると、小悪魔っぽく笑っていた。あれ?なんだ、冗談?
それにしてもレンダール式ジョークは、ちょっと心臓に悪い。私の心臓がドキドキしたのを返して欲しい。
ただ、冗談だと分かっても、男性に不慣れな私は、お皿を落とさずに洗うことだけで精一杯だった。
ユーシスさんとの距離は、ずっと近いままだったしね。
みんなが大体テントの準備も終わった頃、シュラフを配りながら私はふと思い出して、レアリスさんのテントを訪ねた。ずっと返しそびれていたコートを持って。
「レアリスさん、シュラフとかお持ちしました。あと、お返ししたいものが」
そう言うと、レアリスさんはテントの外へ出てきてくれて、私の手にあるコートを見て「ああ」という感じになった。
「あの時のことは何て言ったらいいか分かりませんが、とにかく、私はこのコートがあって助かりました」
「少しでもあなたの役に立てたのなら、それでいい」
「はい。魔よけだけじゃなくて、まだあまりポイントが交換できなかった時に、とても温かくて重宝しました。ちょっとサイズが大きいからお布団替わりにもなったし」
そう言うと、私を見る目がスッと眇められた。
「これを着ていたのか?」
「うえ、あ、いえ。あ、たまに、……はい、着てました」
もしかして、何か下心あるとか思われて、気持ち悪がられたのかな。
「ご、ごめんなさい。嫌ですよね、自分の服を他人が着ていたら……」
やってしまったぁ、と思っていたら、ふとレアリスさんの手が私の頬に掛かった。
「違う。コートではなく、私があなたを温められたら良かった、と」
え?な、何?また私の耳がおかしくなった?
恐る恐るレアリスさんを見ると、普段はほぼ動かない表情が、柔らかく微笑んでいた。
「ぎゅ」
変な声出た。
正直、その後の記憶がない。
気付けばログハウスに辿り着いて、私のお布団にいたガルのフカフカの耳をずっとモミモミしていた。
あまりのしつこさに、ガルがキレて「一人で寝ろ!」と言って出て行ってしまった。
その後外で「入れろ!人間の王子」と聞こえてきたので、王子のテントに押し掛けたようだ。
無論、スコルはユーシスさんの所だよ。
ごめん、ガルと王子。そして、私は寂しい。
その様子を、私の隣のお布団で、ハティと一緒に寝ていた有紗ちゃんが見ていて、にゅっと私に手を差し出してきた。
「波瑠、手を繋いで寝ていい?」
「はぅ!」
なんで、今日はみんなどうしたの?私の心臓、もたないよ!
でも有紗姫の仰せのとおり、私は手を差し出したよ。それをギュッと握られた。
「なんか、波瑠とはもうずっと一緒にいる気がするけど、まだ再会して半日ちょっとしか経ってないのよね」
しみじみ言われて、私も本当だ、と気付いた。まあ、随分と濃い半日だったけどね。
「ねえ、波瑠」
「なあに?」
「波瑠はずっとここにいて。でもたまに、王宮に私を訪ねに来て。それで、美味しいご飯を食べさせて、私に元気をちょうだい」
さっきとは違う意味で胸が苦しくなった。有紗ちゃんは強い人だけど、完璧じゃない。
私という頼りない支柱でも、時たま何か支えが無いと折れてしまうだろう。
「うん、行くよ。美味しいご飯作って、いっぱいお喋りして、こうやってパジャマパーティーをして、楽しいことをいっぱいしよう」
「うん」
「有紗ちゃんは、卵焼きは甘い派?しょっぱい派?」
「甘い派。大根おろしにお醤油垂らしたのを乗せる。ニラ玉のお味噌汁も好き。あとは生姜焼きも食べたい」
「ふふ。じゃあ明日は、朝からガッツリ生姜焼き定食にしよう」
「うん、嬉しい。……ありがとう、波瑠」
そう言うと、有紗ちゃんの方からすぅすうと寝息が聞こえた。
私はランタンを消して、真っ暗な天井を眺めた。
有紗ちゃんは、私を優しい世界に居させてくれるつもりだ。きっと自分もずっと日本に触れていられるここに居たいだろうに、自分は課せられた責務の中に帰っていくんだ。
私ももう、いつまでもこのままではいられない。
なかなか眠気の来ない静寂の中、ふと外で人が動く音がした。
私は、それが何となく誰か分かった。
前回の時もそうだったけど、彼は一人で夜中に起きていた。
ガルが言っていたけど、とても眠りが浅いんだって。
有紗ちゃんの手をそっと外すと、私は毛布を2枚と小さなマットを持った。
音をたてないように静かに戸を閉め、私は、庭で一人空を眺めるその背中に近付いた。
「王子。眠らないの?」
「……ハルか」
「私、眠れないの。少し星を見るのに付き合って」
地面にマットを敷いて、そこに王子を座らせると、私は背中合わせに座った。私が背中を付けるとびっくりしてたけど、すぐに動かなくなった。
そのまま去る様子がないので、私は王子に毛布を手渡して、自分は毛布を鼻先まで被った。
王子も似たような恰好になって、隙間風がなくなった。
背中は、ぴったりとくっついたお互いの体温で温かかったから。
他の男性二人と並んでいると華奢に見えるけど、王子の背中は広かった。
何か、今日は私も変だね。男の人とこんなにくっついても平気だもの。
しばらくは無言で、本当に星を見ていた。
日本の空に浮かぶ、特徴的な星座は一つもなかったけど。
昼間の楽しい時間を過ぎると、時々、こんな時には胸に迫るものがある。
「王子。私、王宮に行く」
王子は少しだけ身動きしたけど、何も言わなかった。
「私が行かないと、決着のつかないことがあるでしょ」
「ああ」
王子は私に必要なことは困難なことでも突き付ける。だけど、見離したりはしない。
「だから、一緒に居てね」
「……ああ」
普段の雄弁な王子は隠れてしまったようだ。でも、この沈黙は心地いい。
ユーシスさんは、全ての困難から私を遠ざけ、優しく守ってくれようとする人。
レアリスさんは、どんなダメなことでも、私の願いを叶えてくれようとする人。
有紗ちゃんは、躓いたときに、支えてあげるべき人。
王子は……。
私が辛い思いをすると知っていても、大切なことを隠さず、私に向きあってくれる人。
最初は怖かったけど、全部私には必要なことだった。
「あったかいね」
「ああ」
「明日も晴れるといいね」
「……そうだな」
王子の返事がだんだん間遠になってきた。
今夜はちゃんと眠れるといいね。
テーマは、波瑠にどれだけ変な声を出させるか、でした。
王子は一部妖怪と化してましたが、にんにくはやめられないとまらない、ですよね。
そして、レアリスの特技がバリスタの他に千切りキャベツが追加。
人間にスポットを当てた今回のお話はいかがでしたでしょうか。
ここで御礼を。
3月12日、総合ポイントが1万を超えました。
こちらのポイントは、この物語を読んでくださった皆さんにいただいた、大切なポイントです。
どっかのポンと10億とか行くあほなポイントとは重みが違いますね。
それでは、またの閲覧よろしくお願いします。




