18 騙されたぁ!
レジェンド素材入りまーす。
ドラゴンさんにはこの庭は狭いのではないかと思って尋ねると、なんと縮んでくれた!
今はお父さんよりもちょっと大きいくらいになった。
どうやらドラゴン種は、結構洞窟みたいな場所が好きで、小さな入り口から中に入ることもあるから、みんな身体を小さくすることができるんだって。不思議生物だね。
それはそうと、ドラゴンさんってどういう人なのかレアリスさんが教えてくれたけど、現在の竜種の頂点の人なんだって。あ、人じゃないか。
お父さんと張れるくらいの強い魔獣らしい。
ドラゴンさんはガチンコパワーファイター、お父さんは俊敏な技巧派タイプって言っていた。
『それでは始めてもらおうか』
そう言ってドラゴンさんは、手に持っていた何かを、私の前にぽとっと落とした。お父さんの牙と形状は似てるけど、私の肘の先くらいの大きさのちょっと湾曲した……爪?
そう言えばさっき、「大爪」がどうのこうのって言ってた。
「え、大丈夫?痛くなかったんですか?」
人間が爪を差し出すと言ったら、もう言語に尽くせない痛い思いをするだろう。
『ほう、我の心配をしてくれるのか?』
「だって、お父さんのご迷惑のせいでドラゴンさんが痛い思いするのは、ちょっと……」
『フフ、大丈夫だ。こやつの牙と同じく、我の牙も爪も生え変わるのでな。それを持ってきたまで』
何でも、長い年月を生きる魔獣は、爪も牙も摩耗するから定期的に生え変わるらしい。サメの歯と似てるのかな?
で、今回お持ちの爪は、ちょうど半年くらい前に抜けたものらしい。
ちなみに、なんで半年前の爪があるかというと、最上位種の一部は何であれ、人間や魔獣にとっては相当に魅力的な素材らしいので、抜けたらしばらくねぐらに保管しておいて、弱ってきたら自分で壊すんだって。抜けたては摩耗してても状態が良くて、自分たちでも壊すのが難しいらしいよ。
『我も運がいい。前の勇者が、良い武器になると言っていた爪がちょうど良い状態で残っていたのだから。あの時は話半分で相手にしなかったが、さて、いったい何になるのか楽しみだ』
あれ?その勇者って人、もしかしてお父さんの牙も魔剣になるって言った人かな?
だったら、相当な武器マニアかも。
こんなレジェンドに会いに行って、「お前の爪がいい武器になるから、くれ」って言ったんでしょ?
心臓強すぎでしょ、その人。
さて、それではさっさと面倒な仕事は終わらせちゃいましょう。
早くしないと、夕飯の支度が遅くなっちゃうからね。
「最初に言っておきますけど、ドラゴンさんの爪が何ポイントで、何の武器になるか分かればいいんですよね?」
『ああ、そうだ』
「鑑定終わったら爪、返しますからね」
『ああ、だから好きにしろ、と……ん?』
訝し気にドラゴンさんが私を見て、ふと気付いたらしい。
『待て。確かこの犬っころの牙の時は、「ぽいんと」とやらにした後に武器が見られるようになったのではないか?』
私はにっこり笑って、ドラゴンさんの爪を投入口にインした。
“赤い竜の大爪(状態:良好)8億P ”
う、やっぱりすごいポイントだ。天恵が無かったら4億。状態はお父さんの牙よりも劣るのにこのポイントってことは、最良の状態だったら10億行ってたかも。
私を疑いの目で見ていたドラゴンさんは、取りあえずその結果に満足したみたい。
やっぱりドラゴンさんも人間の文字が読めるんだね。
で、私は、ポイントの後の不自然な余白をスクロールした。
『ぬぬ、前はそんなこと出来なかったではないか』
ここに至り、お父さんはようやっと私の余裕の訳を知ったようだ。
そう、お父さんのポイントを手に入れた後、レベルが上がったせいか、事前鑑定の項目が簡易なものから詳細に変わったんだ。
「という訳で、爪を返しても大丈夫なのでした」
私が得意げに言うと、お父さんとドラゴンさんが、ちょっとスンとした顔になった。
「というか、早く何の武器になるのか見せてくれ!」
いつの間にか、ドラゴンさんとお父さんを遠巻きにしていた王子たちが、私にじりじりと近付いていた。
ああ、ここにも武器がお好きな人たちがいたんだった。あ、有紗ちゃんまで。
私以外、全員興味津々だ。仕方なく私は、皆に公開することにした。
そう言えば、スキルボードはスマホと同じく、ピンチアウトでボード自体を大きくすることが可能だった。
それを見て、人間組は一様にじっとりとした目で私を見る。何だろう、とても居たたまれない視線だった。
取りあえず、その視線を無視して、鑑定結果をスクロールして開示する。
“聖剣『カラドボルグ』の開放条件 『カラドボルグ』交換ポイント3億2千万P”
やっぱりね。っていうか、今度は聖剣が出た!
レジェンド素材、おそるべし。
『ワハハハ、見たか犬っころよ。我の剣の方がお主の剣よりも高額だぞ!』
『チッ。しかし、聖剣よりも魔剣の方がカッコイイわ』
『ハッ!負け惜しみを』
怪獣お二人はそんな大人げない喧嘩を始めたよ。もう止めない。
「俺たちは今、伝説を目にしている……」
「はい。神話でのみ存在を知らしめる魔剣と聖剣が、実在するとは」
「……夢だろうか」
「チートも度を超すと、なんか楽しくなるわね」
感無量といった男性陣と、ワクワク感半端ない有紗ちゃん。
みんなが満足するまで、取りあえず画面を展開させておいた。交換カテゴリの一覧と違って文字しか出ないんだけど、何かみんな飽きずにその画面を眺めていたよ。
そして、チラチラと私を盗み見る視線を感じる。諦めないね、みんな。
私は非情だとは思うけど、その画面を閉じた。みんなの「ああ」と嘆く声がする。
絶対に絆されないぞ!
「さあ、みなさん、散らばってしまったキャンプ道具を片付けましょう」
パンパンと手を叩いてみんなを解散させる。人間組は「はあい」と渋々返事をして、キャンプ道具を片付け始まった。子供たちも散らばった自分たちの食器を拾っている。
さて、私もお片付けしちゃおう!
と思ったけど、ふとお父さんとドラゴンさんを見ると、二人でなんかコソコソしていた。
「あの二人、何してるの?」
私がガルに尋ねると、呆れたようにため息をついた。
『あんまり良いことじゃないのは確かだろ』
息子は放置の姿勢。そしてそのまま自分のお皿を咥えて行って、王子に「洗ってくれ」と頼んでいた。いいように使われてるね、王子。
私も放置しておけば、そのうち二人の気も済むだろうと思った。……そんな時もありました。
何故私は、あの二人が鑑定画面を見せるだけで済むと思ったのだろう。
『ハルよ。トカゲが、どうしても大爪をもらってくれと言っている』
背後から、ヌッとお父さんが話しかけてきた。やっぱり諦めてなかった。
「何度も言いますけど、お父さんからもらったもう一個の牙で、私のキャパはいっぱいいっぱいですから」
返してもいいとドラゴンさんが言ったのは、私がポイント換価してしまえば戻せないと思ってのことだったようだ。どうしても私に素材を押し付けたいらしい。どうせポイント化しておけば、後々剣と交換するチャンスが来るとでも思っているのだろう。
『欲しいと言われるとやりたくないが、要らないと言われるとやりたくなる』
「そういうの、私たちの故郷の言葉で『天邪鬼』って言うんですよ」
『ククク、随分強気のようだが、これでも耐えられるかな?』
そう言ってお父さんは悪い顔をして、頭を下げると、お父さんの頭から赤い小さいものがひょっこり顔を出した。
『ハル、お願いだ。我の爪をもらってくれ』
幼い、そうハティよりも幼い声で、その赤い物体が喋った。
パタパタとお父さんの背中から飛んできて、私の腕の中にすっぽり収まる。
『犬っころの牙は貰ったのに、我の爪は貰ってはくれぬのか?』
時代がかった喋り方なのに、声は天使の声。それに、この手触りは!
「……もしかして、ドラゴンさん?」
『いかにも』
小さな頭をコテンと倒して、私の腕の中の赤いスベスベが言った。
「グッ!」
あまりの可愛さに、私の喉が変な音を発した。
平屋程の大きさだった、雄大で厳めしいドラゴンさんは今、小さなお顔に大きな金のおめめをウルッとさせて、短くて小さい手を私に差し出してきた。
幼体化して、頭のとげとげとかも無くなって、お腹がぷっくりとして、鱗も柔らかくなっていた。
赤い竜の赤ちゃん。
完全に私のドストライクです!
「ひ、卑怯です!こ、こんな、こんな手を使うなんて!」
『どうだ、こやつの完全擬態は。そなたの好みであろう?』
この能力、誰得⁉いや、私得だよ‼
『貰ってくれぬのか?』
とどめに悲しそうな声で訴えられた。
「……も、もらう、だけです、よ」
『良い良い。褒美に、なでなでをしてよいぞ』
「うわぁん」
私は泣きたい気持ちになった。
ドラゴンさんを片腕で抱っこして、頭とか下顎とかを全身全霊でなでなでした。
「波瑠って、チョロいわ。それにあの取り引き、おかしいって気付いてないわね」
「うん。完全に手玉に取られている。ハルが得しかしてないはずだが、ハルが全面的に損をしている構図だな」
「まあ、あの可愛さにひれ伏す気持ちは分からなくはないですが」
「ああ」
「……レアリス。竜ならいいんだな」
人間組が、私を見ていたようだけど、私はそれどころではなかった。
こうして、私はドラゴンさんの擬態に屈し、私の亜空間収納の封印物が増えた。
ドラゴンさんとの交流もいち段落し、私の気持ちも落ち着くと、みんなでお茶にしようという運びになった。
午後も深くなってきたので、今度はみんなに温かい紅茶と、子供たちとお父さんにはホットミルク、ドラゴンさんには「スッキリしたものがいい」と言われたので、何となくジンジャーエールにしてみた。
ドラゴンさんにはなんかそれが大好評で、お父さんが張り合って所望してきたけど、一口飲んだらびっくりして断念してたよ。
で、よほどドラゴンさんと張り合いたいらしく、何だか今度はお父さんが甘えん坊になって私になでなでを要求したので、膝に顎乗せスタイルなでなでをした。
何故か生ぬるい目でみんなに見られていることにも意に介さず、お父さんはあくまでマイペースで、私のなでなでに満足すると、ふと思い出しと言うふうに起き上がった。
『そうだ、ハル。そなたに土産があったのだ』
「え、いらないです」
お父さんのお土産は前科しかない。
即答した私だったが、お父さんがどこから取り出したのか、私の腕ぐらいの普通の木の枝を私の前にポトリと落とした。
「え?木の枝?」
『そなた、以前はこういった枝を集めていただろう。そなたのために、たまたま出向いた先のそこら辺にあったのを持ってきた』
確かにそうだけど、それはガルと出会う前の、本当に初期の頃の話だ。何でお父さんが知っているんだろう。
そんな疑問もあったが、意外と普通なお土産で逆に驚いた。
私がわざわざ拾っていたということで持ってきてくれたのだとしたら、何かお父さんが可愛く思えてきた。
「ありがとうございます。またなんかとんでもない素材かと、お父さんを疑ってました」
『気にするな。そういうこともあろう』
和気あいあいとお父さんと笑っていると、遠くでガルが『そんな訳ねぇだろ』と呟いていた。なんで?
取りあえず私は貰った枝を亜空間収納に入れた。
ピロリーン
ん?久々に聞いた、不吉な音。
私は慌ててトップ画面を見た。
“レジェンド素材を3点取得しました。神話級武器から分岐し、神話級防具カテゴリを追加します”
「……レジェンド素材、3点?」
私は急に恐ろしくなった。
だって、ここ数日亜空間収納に入れたのは、お父さんの牙とドラゴンさんの大爪、それにさっきの何の変哲もない木の枝だ。
グワッとお父さんを見ると、明後日の方向を向いてどことなく機嫌が良さそう。
か、確認しなくちゃ。
震える手で、私は先ほどの木の枝を見てみた。
“世界樹ユグドラシルの枝(状態:最上):12億P 魔槍『グングニル』の開放条件 『グングニル』交換ポイント4億P”
「ぎゃーーーーーー!」
なんか勉強不足の私でも何となく察することができる。
世界樹って、生命の根源とか星を支えるとかそういうとてつもない、世界に一つだけの樹だ。
しかもその価値、お父さんもドラゴンさんも上回ってる。
「ただの、木の枝じゃなかった!お父さんに、だ、騙されたぁ!」
『人聞きの悪い。私は嘘は言っていない』
「そこら辺にあったって言ったぁ」
『私の故郷のそこら辺にあったのだ。嘘ではないぞ』
「お父さんの故郷ってどこ」
『そう遠くはない。『鉄の森』と呼ばれるところだ』
森?なら、偶然落ちてた枝がたまたまレジェンド素材だったの?
『ハル、『鉄の森』は、世界樹の一部だし、たまたま行ける距離じゃないぞ』
『チッ』
「へ?」
ガルが呆れたように口を挟んだのに、お父さんが盛大な舌打ちをした。
「ま、また騙されたぁ!」
その夜のご飯は、ドラゴンさん(中くらいのサイズに戻った)もいるので、ガッツリ肉メニューにした。
大量の唐揚げと竜田揚げにたっぷりの千切りキャベツとポテトサラダ、あとは卵とキノコの中華スープ。お好みであつあつの白米とタルタルソースもね。
一体何羽の鶏を消費したか、もはや作った私にも分からなかった。
その後のまったりタイムの時、お父さんには大好きなホットミルクではなく、苦手なコーヒーを淹れた。
それは丁寧に、エスプレッソ並の濃いやつを。
お父さんの耳と尻尾が、ぺしょんとなっていたのは、みんな見て見ぬふりをしていたね。
自分の欲望のためなら手段を選ばない男、それがお父さん。
自分の欲望のためならあざとさを武器にする男、それが赤い竜。
ちなみに、レジェンド素材と神話と派生武器は、ほぼ作者の感覚で作ってますので、実際の神話と違うよ!って感じになっていると思いますが、大目に見てください。
派生武器も増えたところで、そろそろ次のステップへ進めて行く、のか?
またの閲覧よろしくお願いします。




