16 聖女がやってきた
聖女来ました。
肉じゃがは豚バラがいいです。
その日も朝からまったりと過ごしていた。
王子たちが王宮に帰ってから4日経った日。
庭先の茂みがガサガサと揺れた。
以前も王子たちが現れた時と同じだ。それに、ガルも何も言わないから、きっと危険はない。
「ハル、変わりはないか?」
やっぱりそうだ。ユーシスさんが私に声を掛けた。後ろから相変わらず無口なレアリスさんも続く。まだ4日だけど、もう懐かしい気がする。
「お久しぶりです。お疲れでしょう、こちらへどうぞ」
亜空間収納から素早くあの椅子を出す。
「お茶とコーヒー、どちらがいいですか?」
「ああ、コーヒーを頼む」
「私も」
すっかり二人はコーヒーが気に入ったみたい。
「ガルも元気か?」
『ああ。今スコルは見回りに行ってるぞ』
「はは、ありがとう」
ユーシスさんのお気に入りがスコルだと分かっているみたい。ユーシスさんへ挨拶したら、今度は少し離れてレアリスさんにも『よう』と挨拶してた。レアリスさんもガルは無暗に近寄って来ないと知っているのか、「ああ」と穏やかに返事をしていた。
男の子同士の謎の空気感、凄いね。
コーヒーを飲んで人心地ついたのか、二人とも「ふう」と息をついていた。
「そう言えば、王子はどうしたんですか?」
「うん。あれからいろいろと後片付けをして、ようやく目途が立ったからここへ来る予定だったんだが、急用、というか出がけに揉めてな」
何と言ったらいいか、というユーシスさんだったけど、あっさりとレアリスさんが言った。
「アリサ様がここに来たがって、殿下と揉めた」
なるほど。北条さんって行動力ありそうだからなぁ。あと、王子と相性悪そう。
「ここは、殿下と俺とレアリスの3人だけで、場所を秘匿しようということになった。だから部外者を案内することはしたくなかったんだが。同郷の人間に会いたいと強く言われれば、断りづらくてな」
聖女の願いは無下にはできないか、確かに。
「そこで、殿下が転移でここに連れてくることにした」
なるほど。それなら場所は特定されないかな。
「だが、神官たちが騒いでしまってな。また聖女に危害を加えるつもりか、と」
「……また?」
不穏な単語が出たのに、初回じゃないってどういうこと?
「君を探す過程で、聖女殿に殿下が尋問されたんだ」
「ただの尋問じゃなかった、ということですか」
「そう、だな。ただ、緊急だったから、胸ぐらを掴んで脅したが、実際に傷つけてはいない」
「……王子、女の子になにしてるの」
「まあ、あの時は仕方なかった。殿下が問い詰めてなければ俺がやっていたよ」
ユーシスさんが珍しく悪い顔で笑った。なんか、相当怒っていたんだね。
「それ以来、聖女殿は大人しくはなったが、殿下とは水と油のように合わなくて」
それの発端が、私の失踪というのが申し訳なさすぎる。
「神官たちを撒ければ、そろそろじゃないか?」
レアリスさんがそう伝える。神官さんたちを撒かないといけないのか。
ユーシスさんの隣にいたガルが、突然耳をぴくぴくさせた。
『ハル、来たぞ』
「え?」
ガルが、ユーシスさんたちが来た方を見る。
「見ろ、こんなに座標軸がずれたじゃねぇか」
「私のせいって言いたいの⁉あなたの腕が悪いんじゃないの?」
「お前が途中で暴れたせいだ!」
「やだ、怒りっぽい男って嫌われるわよ。あと責任転嫁」
「してねえよ!」
ええ、と。顔見る前から誰か分かっちゃうね。
「やっぱりレアリスの案内がないとキツイな」
そう言って茂みをかき分けてきたのは王子だった。
「よお、遅くなった。元気だったか、ハル」
「王子。いらっしゃい」
私が出迎えると、王子が私に歩み寄って、頭をわしゃわしゃする。ガル達と間違ってない?
「お前も早く来いよ」
そう言って王子が後ろを振り返ると、そこには神官服みたいなヒラヒラの服じゃなくて、動きやすそうな騎士服みたいなのを着た北条さんがいた。
相変わらず凄い美人だ。
北条さんは、キャンプ場と化している庭やログハウスを見て、唖然としていた。
「北条さん、お久しぶりです」
まだちょっとあの時のことを思い出すと怖いけど、私は北条さんに近寄って挨拶をした。
「え、ああ。結城さん」
私が話しかけてようやく我に返ったようだった。
「ねえ、なんなの、ここ。日本の物が……」
「うーん、詳しくは後で説明するね。取りあえず座ろうか」
北条さんにも、みんなと同じ椅子でいいか尋ねると、ぎこちなく頷いた。
「飲み物は何がいい?みんなはコーヒーだけど、王子は……」
「カフェオレだ」
うん、知ってた。
「北条さんは?」
「……え、コーヒー、あるの?」
「うん。ミルクと砂糖は?」
「ミルクだけ」
「ハル。私がやる」
コーヒーを淹れようとしたら、レアリスさんがやってくれた。それをお願いすると、私は北条さんに椅子を交換して出してあげた。
「……アウトドアチェアだ」
素材を確かめるように、北条さんは椅子に指を這わせて、ドカッと座った。それは何かを確かめる動きだったから、全然乱暴じゃなかった。
「どうぞ。レアリスさんが淹れてくれたコーヒー」
「ありがとう」
私がミルクポットと一緒に差し出すと、アームの所にあるドリンクホルダーにカップを入れた。王子もユーシスさんもレアリスさんもホルダーの使い方分からなかったのに、やっぱり北条さんは日本の人なんだなと思った。
それがなんだか嬉しい。
「美味しい」
コーヒーを一口含んで、まるで感情が抜けたような淡々とした声だったけど、どうでもいいという響きじゃなくて、思わず出たものだと思った。
「そう。良かった」
私は思わず微笑んでしまった。それを見て北条さんが顔を歪める。
あ、そうか。私あまり良い印象持ってもらってなかったんだった。
「……結城さん。あの……」
「はい」
「ごめんなさい!」
北条さんがいきなり立ち上がって、私に深く頭を下げた。
「私、ここに来た時、今流行りの『聖女』って言われて舞い上がっちゃって、あなたのこと私が巻き込んだのに、あなたの方にみんなが注目したら、って保身に走ったの。それにあの時、私に付けるはずだったその二人をあなたがわざと奪ったと聞いて」
流行りって、ああ、北条さんってそういう本読むんだ。ファッション誌とか情報誌とかしか読まなさそうだったから意外だったな。
それよりも、その話を聞くと、もう当日には神殿側が私を悪く言っていたみたい。
「王子様は性格こんなだけど、二人とも顔はいいし、私も意地になってあなたから取り戻そうと思った。そうしたら、あなたの悪い噂がどんどん耳に入って来て、周りの人が迷惑しているなら、同郷の私が何とかしなくちゃって思って、街に下りてもらおうと思ったの。なのに、まさか命を狙われていたなんて、私知らなかった」
そうか。そうだよね。連れてこられてから一度も話をさせてもらえなくて、お互いを知る機会なんてなかったもんね。私がそういう人間だって思っても不思議はないか。
なるほどね。北条さんなりにいろいろ考えてのことだったんだ。
「あなたがいなくなったって聞いて、オーレリアン様から事情を聞いて、なんて馬鹿なことをしたんだろうって。あなたは、私と同じ世界が共有できる、たった一人の人だったのに」
顔を上げた北条さんは、血の気が失せて震えていた。
この誰も日本の頃の自分を知る人のいない世界で、急に自分の存在を見失っちゃったのかも。
「謝って済むことじゃないって分かってるけど、でも、ごめんなさい!」
10センチくらい私より背が高い北条さんが、今はとっても小さく見える。
私は、北条さんの椅子の前に膝を突いて、そっと彼女の綺麗な手を取った。北条さんはびっくりして私の顔を見る。
「北条さん。今、スマホ持ってる?」
「……え?うん、持ってる」
やっぱり、何となく日本から持って来たものはいつも持っていたい気持ちは同じだ。
ポケットからスマホを取り出してみせてくれた。意外と言っては失礼だけど、シンプルなケースを使ってて、実用性重視の人なんだなぁと思った。
「ちょっと待っててね」
そう言って、私はスキルから「スマホ充電(1日分)」を選んで、北条さんのスマホを持った手をスキルボードの上に導いた。間髪をいれずに“充電終了”とボードに表示された。
「使ってみて」
「まさか……」
電源ボタンを長押しして、起動音が鳴った。北条さんは急ぐように操作する。
そして、1枚の写真で手が止まった。それを私に見せてくれる。
凄く綺麗な女性と外国人の男性、それと高校生くらいの女の子の写真。
「私の、家族」
「そう。素敵な家族だね」
私が小さく笑うと、北条さんの涼し気な目に、大粒の涙が盛り上がった。それが後から後から溢れて流れ落ちた。
突然、私の身体が北条さんに抱きすくめられた。
「パパ、ママ」
そして、子供みたいな声で北条さんは泣いた。
私に縋りつく北条さんの背中に手を回して、ゆっくりトントンとあやすように叩いた。
「一人で、よく頑張ったね」
王子から聞いた。いろいろ我儘を言っていたけど、北条さんはきちんと自分に課せられた責務を果たしていたって。わたしよりずっと難しいことをして、怖い魔物と戦って、元の世界との繋がりを断たれて、ずっとずっと一人で頑張ってたんだ。
髪を撫でると、北条さんが私の服を掴む力が強くなった。
それと一緒に、春めいてきた空に、異世界から来て一人で立っていた女の子の泣き声が溶けていった。
北条さんが泣き止んで落ち着くまで、みんな何も言わずにいてくれた。
王子のカフェオレにと出した牛乳を温めて、少し多めにハチミツを垂らしたホットミルクを、北条さんに渡した。それを無言で啜って、北条さんは大きな息をついた。
「あなたたち、このこと誰かに言ったら承知しないから」
男性陣を睨んで威嚇するくらい元気になったみたい。
赤い鼻をスンスン鳴らして、私の手をずっと握って脅しているから、全然迫力はないんだけどね。
『ただいまー!』
そうするうちに、スコルとハティが帰って来た。
「え?何?犬がしゃべってる!」
そりゃ、初見は驚くよね。ガルはずっとユーシスさんの隣で黙ってお座りしてたから、喋るワンちゃんはスコルが初だろうね。
「紹介するね。緑色の子がスコル。青い子がハティだよ。あとついでに、そこの置き物みたいな赤い子がガル」
『ついでって何だよ』
ガルの正統派ツッコミが来た。空気が引き締まるね。
『あれー?だーれ、この人』
『なんか、ハルに匂いが似てるー』
そう言ってハティが北条さんに近づいていくと、ふんふんと匂いを嗅いだ。
「……可愛い」
でしょでしょ。さては北条さん、いける口ですね。
「ハティ、膝乗り!」
『きゃん』
私が言うと、ぴょんとハティが北条さんの膝に乗った。
「……ハルの奴、いつの間に魔獣を躾けてるんだ」
「この前は、全員で『いただきます』をしてましたよ」
「フェンリルも、だな」
なんか男性陣の雑音も聞こえるけど、今は美女と魔獣に釘付けだ。
だって、北条さんたら、ハティちゃんをギュってして頬ずりしてるんだもの。
眼福だ。
「そうだ!北条さん、和食食べたくない?」
私が尋ねると、クールな表情を捨てて大きく目を見開いた。
「あるの?」
「うん。何がいい?ご飯?麺?」
「ご飯!」
「お肉?お魚?」
「お魚!鮭の塩焼き!」
「お味噌汁は、お豆腐と油揚げでいい?」
「ネギも入れて」
うんうん。最初に鮭チョイスとは、何だか北条さんとは気が合いそうだ。それにネギを所望とは、なかなか渋いお嬢さんだ。
「という訳で、皆さん、お昼は和食です!」
私は男性陣に宣言する。ガル達は何回か和食に挑戦しているけど、男性陣は牛丼食べたきりだからね。口に合わないかもしれないけど、今日は北条さんを優先だ。
お腹いっぱいにするのに、肉じゃがも付けちゃおう。
「あの、結城さん」
「うん?波瑠でいいよ」
「じゃあ、波瑠。私、お料理できなくって」
北条さんが、テレッとして言う。
「大丈夫大丈夫。そこの王子と一緒に、子供たちをなでなでする係があるから」
「……あなたって、甘やかし上手ね」
口を尖らせて言う北条さんは可愛い。仕方ないよね、甘やかしたくなるもの。
私はユーシスさんとレアリスさんにお手伝いしてもらいながら、昼食の和食を作る。
バーベキューコンロで鮭の切り身を焼くユーシスさんを見て、北条さんが「あの鉄壁の副長が……」と何か呟いていた。ユーシスさんって、初めてのはずなのに何でも上手だよね。
レアリスさんも、ジャガイモを無駄なくスルスルと剝いてくれる。
この二人がいると、本当に食事の準備が楽だ。
「オーレリアン様って子ども扱い?情けないわね」
「うるせ」
『出遅れた感はあるよな』
「うるせ」
王子と北条さんとガルでなんか話してる。
来た時みたいに喧嘩はしてないみたいで良かった。
みんな仲良くね。
聖女がヤな子で、ざまぁを期待されていた方にはすみません。
ただの食いしん坊になりました。
取りあえず、頑張ってる子にはご褒美が必要かなぁと。
次回は、風雲急を告げる。お父さん帰ってきます。
では、また閲覧よろしくお願いします。




