15 戻る、戻らない
ちょっとメイドカフェサービスあります。
あと、一部下ネタ的なものがあります。ご注意を。
魔剣交換を拒否ったことで、お父さんはブツブツ文句を言っていたけど、無視!
私がジト目で睨むと、お風呂に入る前のガルみたく、お父さんの耳が下がった。
「たまに、俺はあいつが最強なんじゃないかと思う」
「奇遇ですね、私もです」
「同感だ」
遠巻きに男性陣が何か言っているけど、私は朝食の準備で忙しかった。
今日は、朝からお父さんがいるので、とりあえず大量にウィンナーを焼く。あとジャガイモをこふき芋にして、ガーリックバターを投下。
それと、手抜きのキノコのクリームスープ。しめじとまいたけとしいたけをザクッと切ってたまねぎと炒め、生クリームと牛乳、それにコンソメをほんの少し入れるだけ。火の番をレアリスさんに頼んだよ。スープかき混ぜるのは眼鏡が曇るからありがたいね。
あとは、これまた大量にチーズオムレツを作る。チーズは子供たちが大好物だ。
子供たちのリクエストで、オムレツにはケチャップで名前を書く。子供たちは何故か日本語がいいらしい。お父さんには「父」と漢字で大きく書いた。ユーシスさんとレアリスさんはこちらの文字で、王子には日本語で「おーじ」と書いた。「なんか、馬鹿にされてる気がする」と鋭いことを言ったが、気のせいであると言い切っておいた。
パンはバゲットを切って焼いてもらうのを、器用なユーシスさんにお願いする。
王子は邪魔になるので、スコルとハティを撫でる係だ。
出来上がった朝食をみんなで仲良く食します。
「遠征でもこの飯を食べられたらなぁ」
「おそらく、ドレイクくらいなら瞬殺できますね」
「ああ、まとめて5、6匹はいけるな」
しみじみと王子とユーシスさんが呟く。
ドレイクって、大きなトカゲみたいなヤツで、竜の下位眷属ってヤツみたい。でも竜が別格なだけで、普通ドレイク1匹は魔術師や兵士10人以上で倒すくらい強いらしい。「あの二人がおかしい」とレアリスさんが教えてくれた。
ちなみに、レアリスさんなら1匹「秒殺」がせいぜいだって。レアリスさんもおかしいね。
食後は、ユーシスさんとレアリスさんが洗い物を引き受けてくれた。
王子は邪魔になるので、ガルを撫でる係。
私はその間にコーヒーを淹れる。みんなコーヒーを知らないみたいだけど、飲んでみたいというので、念のためミルクと砂糖を用意する。お子様舌の王子は甘いカフェオレだ。
豆をミルでガリガリして、ドリッパーでポタポタ。
私は、朝はブラック派なのでそのまま。フェンリル親子にも出したことがあったけど、全員お気に召さなかったようなので、みんなにはホットミルクだよ。
で、食後のブレイクタイム。
「いい香りだ」
「香ばしい匂いと苦みが何とも言えないな。鼻の奥に残る余韻がいい」
お、この良さが分かるね、大人のお二人。最初はミルクを入れたけど、2杯目からブラックでいけたから、相当な通になれるね。
負けず嫌いな王子も挑戦したが、ミルクと砂糖は必須だった。で、断念して、「俺はカフェオレ派だな」となんか強がっていた。別にブラック派じゃなくてもカッコ悪くないよ。美味しいものカフェオレ。
フェンリル親子は食後のまったり中。「くあ」とあくびして横になっている。
この後、みんなそれぞれ自分の縄張りでパトロールする。で、お昼ご飯前に戻って来るんだけど、スコルもハティも縄張りは随分遠いみたい。
でも、一夜で千里を駆けるというその足なら、全然余裕で往復できるんだって。
50メートル走で10秒弱かかる私には未知の世界だ。
「ハル。少し話がしたいんだが、いいか?」
改まって王子が私に尋ねる。わざわざ聞くってことは、それだけ大事な話ということだ。
私が神妙に頷くと、王子は深い溜息をついた。
「なあ、ハル。王宮へ戻りたいか?」
お父さんとガルの耳が、そっくりな動きでパタパタする。
そう、だよね。多分、召喚の責任者である王子にしたら、私の所在は目の届く所に置いておきたいだろうな。
でも、王子の尋ね方は、最大限私の気持ちを尊重してくれようとしている。
「真っ先に言うべきだったんだが、まずはあんな根も葉もない噂を放置したことを謝罪させてくれ」
あの無謬を豪語していた王子が謝った。でも、王子が本当は思慮深い人だって知ってるから、茶化すような事はしない。
根も葉もないことだったから放置したんだと分かってる。下手に反応すると、そういう噂はなんか却って広まりやすいしね。だから王子の行動が拙かった訳じゃない。
「ううん。謝らないで。それを言ったら、あの生活に甘えていた私こそ、皆さんに謝らなくちゃね」
噂は悪意のある見方をしていたけど、表面だけを見ればあながち間違ってもいなかった。
本来付くべき北条さんから、二人を遠ざけていたのは事実だし、名誉を奪っていたのも確かなことだ。
でも、二人がいてくれたからこそ、王宮で穏やかに生活出来ていたんだ。
だからこそ、身を引くくらいで二人の本来あるべき地位を守れるなら、安いものだと思った。
「結果、私はこうしてスキルを使えるようになったし、また皆さんに会うこともできた。何より、ガル達と出会えた。私にとっては最善だったと思うし、あの噂はそのきっかけになってくれた、そう思うよ」
思うところがなかった訳ではないけど、結果は良いものだったと思う。だから、王子の謝罪は必要なかった。
こうして捜索や迎えに来てくれたことを考えると、どちらかというと私の方が迷惑を掛けている訳だし。
「でも……」
ただ、そのまま何もなかったことにして、王宮に帰ることはできなかった。
おそらく未だに残る私への批判に、私は耐えることができるだろうか。
多分、今度こそ王子やユーシスさんの背中に隠れることしかできないだろう。それは噂の助長にしかならない。
はっきり言えば、命まで狙われるような人の悪意が渦巻く場所へ行きたくなかった。
「ハルが恐れていることは分かっているつもりだ。あと伝えておかなければならないことがあったな。アリサのことだ」
王子は、私が躊躇するのを責めることもなく、選択を強いたりもしなかった。
そして、私が知りたかったことを教えてくれた。
「アリサは、お前のことを伝えたら、あの傲慢な女が謝罪してきた」
……北条さん、傲慢な王子に傲慢って思われてるんだ。
それはさておき、王子の話だと北条さんは、私が行方不明になったことを聞いて、相当なショックを受けたらしい。
本人は、私が悠々自適とまではいかなくても、城下で安全に暮らしていると思っていただろうから。そういうことにまで無頓着な人じゃなくて良かった。
取りあえず、北条さんが触れ回った周囲の人たちには、噂の火消しを積極的にしているとのこと。そのお陰で、少なくとも王宮では私の痛いハーレム女の醜聞は消えつつあるみたい。
「神殿側は、お前をゴミスキル扱いした手前、そうそう態度を変えられないだろうがな」
王子がレアリスさんを見ると、レアリスさんは気まずそうに頷いた。
レアリスさんが汚名を着てでも排除しようとしたくらいだから、私の醜聞って相当だったろうとは想像がつく。ちょっとどれくらいのものか知りたいような、知りたくないような。
私のモヤモヤを感じ取ったのか、王子が意地悪い顔をした。
「知りたいか?お前が神殿でなんて言われていたか」
「う……、優しめなヤツをお願いします」
「そうだな。俺とユーシスは夜な夜なお前の寝所に招かれていたな。あと、王宮騎士はもうすぐ一巡だったか?一晩最高7人とか。ここまでくると幻想だよな」
「ぎゃん!」
下ネタ全開だ。私が気を失わなかったのは褒めてほしい。ソフトなヤツでそれなの⁉
ようやくエスコートで手をつなぐことができるようになったばかりの私なのに、なんてハードルの高いことをやってのけてるんだ、噂の私は。そりゃ、北条さんだって私を王宮から追い出したいわ。
恥ずかしくて顔を上げることができずに、私は眼鏡を取って両手で顔を覆って俯くしかなかった。耳まできっと赤くなってるだろうな。
「ご、ごめんなさい。こんな私とそんな噂が立ってしまって、お二人のご家族やお付き合いしている人に申し訳ないことを……」
本当に、こんなちんちくりんとあられもない噂のお相手なんて、二人や騎士さんたちに申し訳なさ過ぎて、穴があったら入りたい。
そう言ったら、慌ただしく椅子が動く音と、人が近付く気配がした。
「な、お前、誤解してるようだけどな、付き合ってる女なんていないからな。それに、家族とはそんな噂に踊らされるような浅い関係じゃねえよ。」
「俺もそうだ、ハル。君が気に病むことは何もない。だから、顔を上げて」
そっと私の手に何かが触れる感触がした。多分、この固い指の感触はユーシスさんだ。
少し手を下げてみると、ほど近い場所にぼんやりと白髪と金髪っぽい茶色の色彩が目に入った。顔はぼやけてても王子とユーシスさんだと分かる。
「やっぱり無理。もうちょっとだけ待って」
私がヘタレた発言をすると、「我々は試されているのか」という謎のユーシスさんの声が聞こえてきた。
しばらくして気持ちが落ち着いてきたので、深呼吸をしていると、横からにゅっとマグカップが差し出された。新しく淹れたコーヒーの香りがする。
慌てて眼鏡を掛けて差し出された方を見ると、レアリスさんだった。
もうコーヒーの淹れ方覚えたんだ。スペック高いね、レアリスさん。
やっとまともな思考ができるようになったので、改めてみんなに謝罪した。
「取り乱してしまってすみませんでした。でもやっぱり、王宮に戻るのは……」
北条さんが火消しをしてくれているからと言って、ほとぼりはもう少し冷ましたい。人のうわさも七十五日と言うし。そうすると、あと50日くらいは必要になっちゃうか。
「まあ、そう言うと思った。けど、一応伝えておくが、アリサがお前に直接謝りたいと言っていた。レアリスも含めて、俺たちは事後処理もあるから、一度王宮に戻る。何か伝言があれば伝えるが?」
北条さんは、そう思ってくれてたんだ。
「うん。誤解が解けたならいいよ。でも、一度ちゃんと話がしたいな。私が戻る決心ができたら会いたいって伝えてくれる?」
「分かった。ちゃんと伝えてやる」
王子が力強く請け負ってくれた。
私たちの話がひと段落したのを察したのか、スコルとハティが駆け寄って来た。
『ハル、ここからいなくなっちゃうの?』
『寂しいよ』
はぁあ、うちの子たちマジ天使。
「まだ私はここにいるよ。私はここが一番好きだからね」
ハティのほっぺを両手で撫でて、可愛い鼻にチュッと軽いキスをする。それを見たスコルも私に鼻先を出したので、ここにもチュッとする。
すると、私の肩に、のしっとお父さんが後ろから顎を乗せた。ええ、お父さんも?
「いやぁ、お父さんはちょっと、恥ずかし……」
『私にはしてくれないのか?』
みなまで言わせず、グイグイと私のほっぺに顔を押し付けてくる。遠くからガルが、『大人げねぇよ、ホント』と呟いている。やるまで解放してくれなさそうだ。
仕方なく私は、お父さんのマズルに本当に一瞬だけ触れた。なんか違うけど、昔飼ってたレトリバーもこういうの好きだったな、と遠い目をしてしまった。
ちなみにこれは不倫ではない。
フェンリルはそれぞれ名前を継ぐ子供が必要だから、ナイトウルフの中から複数のパートナーと子を儲けるけど、奥さんに当たる番はいないらしい。つまりパートナーと番は別物だという。お母さんたちも淡白で、そういうものだと割り切っていて、お父さんとは別に番が出来る時もあるんだって。
と、ガルに教わった。ガルは本当に子供なの?と疑いたくなるほど事情通な時がある。
ガルとスコルとハティもそれぞれ違うお母さんみたい。なんていうか、群れの長って、凄いスパダリ感。
「殿下、今私は、初めて犬になりたいと思いました」
「奇遇だな、俺もだ」
「……」
『お前ら、闇が深いよな』
遠くで男性陣とガルがこちらを何とも言えない目で見ながら、ボソボソと何かを語っていた。私は満足したらしいお父さんのグリグリ攻撃で会話までは聞こえなかったけど、ガルとレアリスさんの、王子とユーシスさんを見る目が冷たかったので、印象に残った。
何話してたんだろう。
そんな訳で、男性陣は昼前に旅立って行った。
途中のお弁当にサンドイッチと水筒にお茶を作って渡したら、みんなに無言で固く握手された。
スコルとハティも縄張りのパトロールに行くのに、途中まで王子たちについて行くようだ。道中の安全は完璧だね。
ただ、レアリスさんの顔が少し固まってたけど。
お父さんも『少し遠いが、アレも……、いやアレもいけるか』という謎の呟きと、2、3日留守にするという言葉を残して去って行った。
いや、お父さんの拠点ってここじゃないよね。
そうして、賑やかな雰囲気がすっかり消えた後、ガルがべったりと私に甘えてきたのは、もう全身全霊で可愛がりました。
ハルの王子ディスりがどんどん強くなっていく。
噂の中の波瑠がえらい目に遭っていますが、書いたのは、まあほんの一部ですね。
R15なので詳しくは書けませんが。
さて、お父さんの不穏な一言は一体何を意味するのか。
王子と騎士はアブノーマルの沼に嵌まるのか。
またの閲覧よろしくお願いします。




