SS2 サンちゃんがクラーケンに飲み込まれる話
お久しぶりです。SS第二弾です。
今回のお話は、エピローグにあった有紗が孫にした異世界のお話の一つですが、タイトルでお分かりのとおり、今回のヒロインはリヴァイアサンです。
EP129「氷の竜」にチラッと出てくるアスピドケロンのお話ですが、まったく重要な部分じゃないです。
時間軸はEP140「共に生きる未来」で、主人公が王子に告白する直前のお話となります。
最初にお断りしておきますと、また前回と同じ轍を踏んでいます。
「なあ。アスピドケロンって、何食って生きてるんだろうな。あと、どんだけデカいもの出すんだろうな。見てみたいな」
決戦を控えた秋。
王子の故郷である〝黒の森〟で短い休暇を取っていたある日の午後、王子がおかしなことを言い出した。
素晴らしい紅葉の景色が目の前にあるのに、ボーっと外を眺めているなぁと思っていたけど、何故そんなことを思ったのか本当に理解できなかった。
前回夏に黒の森に滞在したときに、男性陣は確か、北の海に住む島のような大きさの亀の魔獣〝アスピドケロン〟を見に行ったけど、そのままサンちゃんの事件を感知して見られず終いだったんだっけ。
夏の時はセリカの人たちもいたけれど、今回はあの時のレンダールのメンバーだけで黒の森に来ている。人間組は、王子にユーシスさん、レアリスさん、リウィアさん、イリアス殿下にアズレイドさん、有紗ちゃん、綾人君に私。魔獣組はフェンリル一家とレッドさん、白虎さんだ。イヴァンさんはイヴちゃんとオクタヴィア様と家族一緒に来たよ。玄武さんは、強制的に一度お家に帰されたけど。
お父さんとハティと綾人君を除く全員が、そんな王子を気の毒そうに見た。
「王子、疲れてるんだね」
「んな、可哀想なヤツ見る目で見るな」
疲れが取れるように、ハティちゃんをそっと王子の膝の上に乗せておく。
「はい! 俺もどんだけでっかいのが出るのか気になる!」
元気よく綾人君が手を挙げた。
「だよなぁ、アヤト。絶対出したヤツで陸ができるよな」
「……小学生か」
盛り上がる王子と綾人君に、有紗ちゃんがツッコむ。いい大人が、そんなに大きな声で言うことじゃないのは確かだよね。
「フェンリル。あんた、見たことあるか?」
こうなると、綾人君は熱量が上がるし王子はしつこい。
クアッとあくびをしているお父さんに話しかけると、お父さんは興味なさそうに言った。
『排泄物など興味ないわ。それにあやつの食い物などそんなもの、そこらの魔素をエサにしているに決まっておろう。そもそも我ら上位魔獣は、腹を満たすための食事は必要ないからな。従って排泄もせん』
初耳です。だってお父さんもガルも、すごい細かい食事のリクエストするのに。
「……初めて聞いたんだが」
それにイリアス殿下が眉を顰めて苦言を呈する。どうやら人間にとってはかなり衝撃的な事実だったらしい。
『下級の魔獣は、上手く大気中から魔素を取り込めんから、植物や生き物に宿る魔力を取るのに食事をするが、我らのような上位魔獣は余程のことがないと食事から魔力を取り込むことはないな。我らが取る食事は、完全に嗜好品だな』
そういえば、お父さんもレッドさんも、よく食べると言えば食べるけど、大きな体にしては少食だし、小さくなっている時はもっと少ししか食べないと思っていたんだ。
『考えてもみよ。我らくらいの大きさならまだしも、アスピドケロン級の魔獣が毎日体格に見合う食事をしていたら、この世の海からすぐ生き物はいなくなるわ』
ごもっともです。でも、大気中とかの魔力だけでいいとしたら、すごく燃費いいよね。
「だったら、あんたら上位魔獣が食べた物はどうなるんだ?」
また王子が聞く。そこツッコむの?
『うむ。成長のための歯や体毛の抜け換えや脱皮の代謝的なものはあるが、そなたらの消化器官に当たるのは魔力への変換器官で、食べた物は全て魔力として吸収されるから、体内には何も残らんし、排泄の必要がない』
「何だと! だからこれまで、上位魔獣の消化物の文献が無かったのか!」
どうやら王子の長年の疑問が解けたみたい。良かったね、王子。
『ああ、だがアスピドケロン程ではないが、同じ北海に住むクラーケンは、知能が低いから餌を獲るのではなかったか?』
話が一段落したと思っていたら、レッドさんが思い出したように言った。
「ああ、北の内海の方へ迷い込んだヤツが、商船や漁船を襲ったことがあると記録で見た。大きいのだと大型帆船よりもデカいって言うよな。何十年かに一度くらいの頻度で遭遇するようなヤツらしくて、俺は見たことないが」
「うっそ。クラーケンいるの? 見たい!」
ええ、また王子と綾人君が興味持っちゃったよ。
『確か、アスピドケロンの縄張りの近くに、大きい個体がいたな。見に行くか?』
レッドさんが誘っちゃった。ほら、目がキラキラしちゃってるし。
「でも、そんなに都合よくクラーケンが現れるか?」
そうだよね。諦めようよ。
『いや、あやつは魔力の多い魚が好きだから、良いエサがあれば来るぞ』
「そんなエサ居るかぁ?」
白虎さんがアドバイスをくれるけど、博識な王子もそんなにすぐ思いつかないみたい。
そんな中、サッとユーシスさんが手を挙げる。
「リヴァイアサンを使ってはいかがでしょう。良質で膨大な魔力を有していて、ヒレがあるので魚の括りでよろしいかと」
結構酷いこと言ってるよ、ユーシスさん。
あ、そういえばちょっと前に、ユーシスさんとファルハドさんが二人でいた時に、サンちゃんとオネエさま組合のアジ・ダハーカさんが、二人を攫って巣に持ち帰ろうとした事件があったっけ。
ユーシスさんはその時の恨みかな?
「……ユーシス、お前……。よし、その手で行こう!」
ユーシスさんを窘めるのかと思ったら、王子は何も無かったかのように、ユーシスさんの案を採用した。
サンちゃん、協力してくれるかなぁ。
「それじゃあ、行きたいヤツ挙手!」
私とイリアス殿下とユーシスさん以外、全員サッと手を挙げてるし。有紗ちゃんとリウィアさんも興味津々だ。
「全員だな!」
「行くと言ってないぞ。お前たちだけで勝手に行け」
勝手に王子が全員で行こうとしているのを、イリアス殿下が冷静に止める。
結局、イリアス殿下とアズレイドさん、イヴァンさん一家は残ることになった。私とユーシスさんは強制参加だ。特にユーシスさんは必須らしい。なんで?
「行けば分かる」と王子が意味深に言って笑う。
こうして私たちは、お父さんに私と王子、レッドさんに有紗ちゃんとリウィアさんとユーシスさん、白虎さんに綾人君とレアリスさんが乗り、子供たちは並走してサンちゃんの巣へと出発したのだった。
*****
『ハッ、何故!? どうしてアタシは捕まっているの!? ご褒美!?』
小さくなったサンちゃんが、魔コンブとロープに巻かれて絶叫している。
時は遡ること一分前。
サンちゃんの巣に着いた私たちは、砂浜に降り立つと、それぞれのスタンバイ位置に就いた。
そして、のこのこと出てきたサンちゃんに、特に何も説明せずに、ユーシスさんが微笑んで両腕を広げて見せると、小さくなって吸い込まれるようにユーシスさんの胸に飛び込んだ。
条件反射みたいにユーシスさんにクンクンスリスリするサンちゃんだったけど、そこにすかさずレアリスさんが魔コンブでサンちゃんを巻き、次いで綾人君が頑丈な長いロープでサンちゃんを縛った。(いまここ)
あっという間の出来事だったけど、サンちゃんはあっさり捕まった。
なるほど、王子がユーシスさんは必須だと言ったのはこういう事か。
当のユーシスさんは、何か大切なモノを失ったような光を無くした目をしていたけど。
「よし、エサは手に入った。次、クラーケンを釣りに行くぞ!」
王子は、端からサンちゃんに協力を仰ぐつもりはなかったらしい。
『ちょ、待って♡ 何!? どういうことぉ!?』
レアリスさんが握るロープの先に揺られながら、サンちゃんは案外楽しそうだ。
それほど長い移動にならずに目的地に着いた。
ちょっとした島のような岩礁があるけど、その上に私たちは上陸する。このすぐ近くに海溝があるらしくて、日向ぼっこするクラーケンを見掛けるという有力な場所らしい。白虎さんが言うから信憑性が高い。
あとは、釣りの要領でサンちゃんを海に落として待つらしいんだけど、誰が一番釣りが上手いかと言う話になった。エサは一個しかないから、失敗はしたくないということらしい。
え? サンちゃん、消費しちゃうの?
サンちゃんがそれを聞いて、『エサ? アタシ、エサなの? アンタたちひどいワ、鬼なの♡!?』と言っていた。なんで本人は満更でもないんだろう。
その中で、レアリスさんが手を挙げる。
「狩人の一族として、狙った獲物は逃がしません」
「さすがレアリスだ」
自信満々に言うレアリスに、王子も誇らしげに言う。
「へえ、森の狩りだけじゃなくて、海釣りもできるのね」
有紗ちゃんも感心したように言うと、レアリスさんは得意げに返した。
「初めてです」
「「却下!」」
王子と有紗ちゃんに言われて、あえなくレアリスさんからサンちゃんは奪われた。
結局は、クラーケンの引きを考えた時に、一番力があるユーシスさんに任せることになった。
さっそくユーシスさんはサンちゃんをむんずと掴むと、力いっぱい海に向かって投げた。それはもう、容赦なく。『あぁぁ~、鬼畜ぅぅ~、でも好きぃぃ~』と叫びながら飛んで行って、二百メートルくらい先にポチャンと落ちる。
しばらく凪いだ海が目の前に広がっていた。
三十秒後、突然ザッパーンと波飛沫が上がり、海から白っぽいタコだかイカだか分からないけど、吸盤がいっぱい付いた巨大な足がたくさん現れた。ユーシスさんが持ったロープがバインバインと波打つ。
その足に弾かれて、ロープの先にくっついたモノがポーンと空に舞い上がり、それを追って北海の主とも言える巨大なクラーケンが姿を現した。
『ちょ、アンタたち! 早く引き戻しなさいよ! アタシを……あっ』
遠くからサンちゃんの声がしたけど、途中でクラーケンの中に吸い込まれた。どうやらクラーケンにとってサンちゃんは、魚類の括りだったようだ。
「本当にいたんだ。クラーケン……」
その光景を見ながら、綾人君の感動に震えた声がする。
みんなもその堂々たる魔獣の姿に感動して、佇んだまま静かに見つめた。
……じゃなくて!
「ぎゃぁぁぁぁ、サンちゃぁん!! ユーシスさん! 早く、早く引き揚げてぇぇ!!」
私は思わずユーシスさんの腕をバンバン叩いてしまった。サンちゃんが消化されちゃう!
「「「いや、いっそこのままで」」」
何故か、ユーシスさん、王子、レアリスさんの声がハモった。特にユーシスさんが力強かった。
駄目ぇぇ!
私が微動だにしないユーシスさんをガクガク揺さぶって(全然ビクともしないけど)絶叫していると、急に足元がグラグラと揺れ出した。え、地震!? とちょっとパニックになりかけたら、目の前の海から急に大きな山が生えてきた。
違う、亀!?
そのうち、私たちの目線がぐんぐん上に上がっていく。いつの間にか海面が物凄い下になって、私たちが立っていた周りは、ごつごつした岩山のようになっていた。地面が海底から隆起したの?
『なんと、この島はアスピドケロンだったのか』
サッと有紗ちゃんとリウィアさんを背中に乗せて飛びながら白虎さんが言う。とりあえず女性を優先する、さすがフェミニストの白虎さん。子供たちは自主的に白虎さんの隣に避難してる。
どうやら私たちがいたのは、アスピドケロンの背中のほんの一部だったらしい。
真っ先にすっ転んだ私は、お父さんが襟首を噛んで持ち上げてくれた。私もできれば背中が良かったな。
男性陣は何とか揺れに耐えていたけど、ひと際大きく揺れて、サンちゃんを飲み込んだクラーケンを、アスピドケロンがパクッと咥えた。
「サ、サンちゃぁぁぁーーーん!!??」
私が思わず絶叫すると、一瞬アスピドケロンはスンと静かになった。
その直後、ブオェェェェ! という物凄い音がして、アスピドケロンが鳴きながら揺れ出した。それと同時に海に沈み始める。
お父さんは慌てて私と王子を背中に乗せて、レッドさんの近くにいたレアリスさんとユーシスさんはレッドさんの背中に、揺れに脚を取られた綾人君は、間一髪でレッドさんが手で掴んで空に飛び立った。
その下で、今まで私たちが立っていたアスピドケロンの背中が、海へと沈んで行った。
みんなで、沈んで行くその様をただ黙って見ていた。
いや、サンちゃんは!?
「お父さん、雷、雷は!? サンちゃんが沈んじゃう!」
『尊い犠牲だった……』
私がお父さんの背中をバンバン叩くと、沈痛な声で言った。すぐに諦めたぁ!
私が「うわぁん」と泣いていると、海面にブクブクと泡が立っていた。
『とう! 竜、なめんなぁぁ!!』
ざばぁ! と海面から何かが飛び出してきて、すっごい野太い声がした。
大きくなったサンちゃんだった。お口になんかクラーケンの足を一本咥えてる。
ぜぇぜぇと息をしながら、私たちがいる上空まで飛んできた。
『クソタコとクソカメ、命は取らないでやるよ』
なんかハードボイルドな声で、海に沈んでいるアスピドケロンとクラーケンに、大きなサンちゃんが言い捨てた後、サンちゃんは私に向き直った。
『アンタのアタシを呼ぶ声、アタシの胸にまで届いたわヨ』
オネエ様の声に戻ってそう言って、私に『お土産♡』と言ってクラーケンの足をくれた。
私は慌てて亜空間収納で受け取ると、いつも「ピロリーン」という音がした。
〝クラーケンの足(状態:獲れたて) 500万P 食用可(タコのようなイカのような味がする 美味)〟
あ、はい。ご丁寧な味の説明、ありがとうございます。
それはそうと、サンちゃんは怪我もなさそうだった。
どうやら、アスピドケロンがクラーケンを飲み込んだ後、クラーケンがびっくりしてサンちゃんを吐き出したみたい。その隙に元の姿に戻って、クラーケンの足を引っ張って、アスピドケロンの口から出てきたんだって。クラーケンも外に出られたけど、足を千切って逃げちゃったみたい。
普段食事をしないアスピドケロンがパクってしたのは、クラーケンとサンちゃんの魔力が混ざって見えて、美味しそうに見えたからじゃないかって、白虎さんが言ってた。
「サンちゃぁん、ホントに無事で良かったぁ」
私が手を差し出すと、サンちゃんが小さくなって私に抱っこさせてくれた。『ふん、アタシは本来、男にしか抱かれないのヨ』と言っていたけど、嫌ではなさそうに聞こえたよ。でも、ちょっと昆布臭かったな。
そんな私たちを見て、王子がしみじみと呟いた。
「帰って、たこ焼きパーティーだな」
『アンタ、アタシに言う事、それだけ!? 鬼畜ね♡ いいわヨ!』
こうして和解した(?)私たちは黒の森へ帰り、クラーケンの足は、みんなでたこ焼きパーティをして美味しくいただきました。
このお話は、遠い未来、有紗ちゃんの孫の太陽君の大好きな異世界のお話の一つになった。
……これのいったいどこが気に入ったんだろう。
おーい、俺の大人の良識、どこ行ったんだーい。
何度「排泄物」について語ったんだ。
でも楽しかったです!
次回は、もっとちゃんとしたお話が掛ければいいな、と思っています。
ただ、ちゃんとしたお話を書いている自分が一番信じられないな、とも思っています。
また、次回投稿しましたら、閲覧していただけると嬉しいです。




