SS1 バリスタの目覚め
皆様、本当にお久しぶりです。
完結したお話ですが、本編後のショートストーリーをお送りします。外伝ではないので、完結作品に付け足させてもらっています。
タイトルでお察しかと思いますが、このお話一の不思議ちゃんレアリスのお話です。
最終決戦後のお話ですが、最初に謝っておきます。
お食事中またはお食事前の方は閲覧にご注意ください。
レアリスはこだわりの強い男だ。
一度こうと決めたら、納得がいくまで突き詰めていく性分だ。
変化の無い神殿の生活では、自分を鍛えることがその最たるものだった。
同僚からは呆れられるほど、任務以外の時は鍛錬に明け暮れていて、スキルの「隠密」が隠蔽系のスキルの中でも異例の効果を発揮するのも、一重に無駄とも思えるほどの鍛錬を重ねた結果だった。
神殿を離れてからは、神話級武器のレーヴァテインを授かり、また違った剣技を磨けて、剣士として冥利に尽きる生活だった。
欲を言えば、剣に重みが足りないので、もう少し体重が欲しいところだったが、ユーシスのような理想的な体型にはならないことを、一緒に食事や鍛錬を重ねて痛感し、諦めていた。
オーレリアンにそのことを零すと、「お前、俺に喧嘩売ってんのか」と暗い声で言われたが。
その分、速さや身軽さに重きをおくように切り替えられ、スキルとの相乗効果を生んで、かえって技量は上がった。波瑠がいつも言っている「結果オーライ」というものらしい、とレアリスは学んだ。
もう一つ、レアリスに貴重な趣味ができた。
コーヒーとの出会いだった。
最初は、ベースキャンプと波瑠が呼ぶ迷いの森の一角で、異世界のものとして供されたのが始まりだった。
初めて見た時は、その真っ黒な見た目と苦みに驚いたが、飲めばこれまで味わったことのない豊かな香りとふくよかな後味にすっかり魅了されていた。
二度目以降は、波瑠の動作を見て再現してみれば、波瑠が淹れてくれたものより少し風味が劣っているように感じ、自分の観察眼や動作再現力には自信があっただけに、かなりの残念さを覚えた。多分、動きを再現するだけではない要素があるのだろうと気付き、豆の挽き方や蒸らし方を変えてみた。
すると、試行錯誤が功を奏したのか、徐々に味が上がっていった。
キャベツの千切りも楽しいのだが、コーヒーには気を抜くと微妙に味わいが変わってしまう不安定さがあり、味の是非もだが、思わぬ挑戦で新しい味を発見する面白味が段違いであった。
元々、あまり口にするものを作ることが少なかったこともあり、コーヒーの探究は目新しさもあって、レアリスのライフワークとも呼べるようになっていた。
東に良い豆があると聞けば、エスファーンのアシュラフ王子に会って、その販路をレンダール国へと広げ、南に珍しい飲み方があると聞けば、物見高い白虎や赤い竜に乗って秘境探検も辞さなかった。
一度、意気投合した赤い竜と休暇を使ってエスファーンへ行き、面白半分でついてきたフェンリルと共にアシュラフ王子を訪ねた。その時に、フェンリルが調子に乗ってアシュラフ王子を咥えて砂漠のオアシスの街へ拉致したため、レンダールに帰ってから、波瑠とオーレリアンに泣きが入るまで怒られた。赤い竜と共にひたすら謝ったのはいい思い出だ。
アシュラフ王子は「面白かったからいいよ」と応じてくれたが、一歩間違えば国際問題になっていたと思われる。それからは却ってアシュラフ王子との交友が深まったのは、怪我の功名と言えるだろう。
またある時は、シナエの山深い地方でとても希少な豆があると聞き、興味津々だった白虎に乗って行ってみた。今度もフェンリルが付いて来たがったが、波瑠に怒られてフェンリルは留守番となった。
そこで見つけたのは、ジャコウネコが食べたコーヒーの実が未消化の糞として排出されたものだった。
あまりに希少であるということでほんの少ししか手に入らなかったので残念であったが、ふとレアリスは白虎を見た。
『いや、俺はネコではないぞ。それに、ジャコウネコはネコとは言っても厳密にはネコではない。……だから、そんな目で見ても俺からはコーヒー豆は取れないぞ』
その後何度か白虎に目で訴えたが、『置いていくぞ』と密林の上で言われたので、レアリスは後ろ髪を引かれる思いで断念した。
のちに白虎は、『三千年生きていて、あんな目で人間に見られる日が来ようとは、思いもしなかった』と、しっぽを足の間に入れながら声をひそめて朱雀に語った。
その苦労して手に入れた豆を持ち帰るが、ベースキャンプでその豆でコーヒーを淹れようとすると、「ありがとう、でも普通の豆でいいよ」「いや、いらねえ」「それはせっかくだからレアリス自身が飲みなさい」と逃げられてしまった。その日は珍しい〝いじけるレアリス〟が見られたという。
そんな苦い思い出もあったが、冒険譚もコーヒーの魅力だとレアリスが語ると、周囲は全員「普通はコーヒーで冒険譚は発生しない」とため息を吐くのだった。
今日も今日とてレアリスは、ベースキャンプに着くと、さっそく豆の選定からコーヒーを淹れる作業に入る。
豆を洗い、手網に入れてコンロの火の上で揺する。しばらくすると豆のザラザラと動く音の中にはぜる音が混じる。
普段は深煎りが多いが、今日は、波瑠の好きな浅煎りにするため、音や色、香りを慎重に見定めていく。浅煎りは難しく、何度か失敗しているためだ。良い頃合いになったので皿に広げ、スコルに頼んで風を送ってもらって冷ます。
苦みが好きなユーシスと、カフェオレ派のオーレリアンのために、深煎りも同じように作る。
いつになく渾身の出来になった豆を前に、レアリスは満足げに息を吐いた。
ベースキャンプには珍しく、波瑠、オーレリアン、ユーシス、有紗が揃っていて、昼食の後にレアリスはいつものように全員にコーヒーを淹れた。波瑠と有紗は浅煎りで、ユーシスには深煎り、オーレリアンには深煎りでカフェオレを。
「わあ、美味しい。私が好きな味だ。ありがとう、レアリスさん」
「ほんと、スッキリしているのに香りがいいわ」
波瑠と有紗がお揃いの色違いマグカップで飲みながら、嬉しそうに感想を述べて礼を伝える。元々波瑠はブラックが好きだが、いつもはクリームを入れて飲む有紗もブラックで飲んでいたので、世辞ではなく本当に美味しいと思ってくれているようで、レアリスは満足げに目を細めた。
「うん、お前が淹れるカフェオレって、なんか違うよなぁ」
オーレリアンは、両手で持つカフェオレボウルで飲み干して、満足げに息を吐く。直接美味いとは言わないが、表情を見れば気に入っているのは一目瞭然だった。子供舌なのになかなか注文の多いオーレリアンも、何も言わずにいるのでレアリスは少しニヤリとする。
そんな三人の様子を、キッチンカウンターに寄り掛かって眺めるユーシスの隣に並んでコーヒーを渡し、同じようにカウンターに寄り掛かりながら一緒にコーヒーを飲んでいると、ユーシスが驚く様子を見せた。
「また腕を上げたな。いつもありがとう、レアリス」
ユーシスは目を細めてレアリスの頭を撫でた。一番舌の肥えたユーシスに褒められるのは嬉しく、レアリスははにかむように笑った。
レアリスはふと思う。
自分自身がコーヒーを好きなことは間違いないが、自分はきっと皆から貰えるこの笑顔と「ありがとう」が何にも代えがたい程好きなのだ、と。
これほどコーヒーにこだわるようになったのは、皆のこの笑顔が見たいからなのだと、レアリスは気付いた。
午後のひと時に満ちる香ばしいコーヒーの香りと笑い声に、レアリスは確かな幸せを感じるのだった。
とある日。
ベースキャンプのリビングに、イリアスがやって来た。
レアリスは、いつもどおり、カフェラテでイリアスをもてなす。
「いつも思うのだが、この形は何なのだ?」
「ラテアートです」
「他の者と私だけ違うのだが?」
「殿下のものは、ハルたちの故郷の有名な伝統的意匠です」
「そうか。何故か他意を感じるのだが」
「気のせいです」
イリアスは、カップの表面に浮かぶ、ウニョウニョととぐろを巻く不穏な形のフォームミルクと、淡々と説明するレアリスに、不審そうな目を向けながら口を付ける。
「うむ、美味い」
何かが釈然としないながら、味は絶品で、イリアスがホッと息と共に感嘆を漏らす。
「恐れ入ります」
レアリスは何事もなかったかのように頭を下げた。
それを見て、他の面々はそっと目を逸らすのだった。
「レアリス、アレ好きよね」
「うん、そうだね」
「俺もアレ飲んだけどな」
そのラテアートの意味を知らないのは、きっとイリアスにとっては幸運なことだと、皆胸にそっとしまった。
というわけで、久々にお送りしましたポイント交換のバリスタのお話、いかがでしたか?
復帰の練習に書いたのですが、第一弾がう◯◯の話で本当に申し訳ございませんでした。まあ、全然反省してないですけど。
体調との相談になりますのでいつになるかは未定ですが、またショートストーリーができましたら、ぼちぼち投稿したいとは思っておりますので、その際は閲覧をよろしくお願いしますm(_ _)m