143 答えは〝当然〟です!
異世界(恋愛)ではあまり見ないと思いますが、「合体技」が出てきます。
私は、このジャンルは異世界(恋愛)だと言い続けます。
ジャンル詐欺疑惑を「薙ぎ払え!」
「しかし、驚きました。これほどのスキルだったとは……」
私と王子の間の少し長い沈黙を破るように言ったのは、アシュラフ様だった。護衛のファイデュメさんもシナエのカイディンさんも頷く。
詳しくスキルを伝えてはいないけど、各国で結んだ協定では、私たち異世界人に関することは深く詮索しないことになっているけど、それぞれの王様や元首には概要だけ伝えてあった。多分、私が切り札になることをね。
そして、その詳細を明かす権利は私たち自身に委ねてくれている。
少し探り合いはあったようだけど、二大国であるレンダールとセリカのそれぞれのトップが、自分たちが私たちを恣意的に利用しないことを誓ってくれているので、各国は納得してくれたそうだ。
まあ、その会談に白虎さんとシロさん、お父さんが顔を出したというので、おそらくその圧力に人間が屈したんだと思うけど、私たちにとってはありがたい結果だった。
『ハル、大丈夫か?』
何かを察したガルが、私を下からジッと見つめる。ガルは、いつも私のことをちゃんと見てくれているんだよね。
お父さんの抑止力のためと一緒に来てもらったけど、本当は私が近くに居て欲しかったっていうのもあるんだ。
「大丈夫。しんどくなったら、ちゃんとガルに言うね」
『なら、いい』
カッコつけて言うのが可愛くて、私はガルをぎゅーっとした。冬毛が気持ちいい。
なかなか離せないでいると、ガルが『そろそろ離せよ』と文句を言いながら、パタパタとしっぽを揺らす。ちょっと嬉しい時にするしっぽの動きだ。ツンデレが可愛いなぁ。
『寛いでいるところ悪いが、そろそろ第二陣が来るぞ』
緊張感の無さに、白虎さんが少し笑いながら教えてくれた。そうだ、まだ終わってない。
見れば、またさっきみたく、地面を黒い瘴気のシミが覆い始めた。ガルをギュッとする手にちょっと力が入る。
「そうだ。波瑠、ちょっと試したいことあるんだ。見てて!」
急に綾人君がやる気をMAXにして、私に言ってくる。一体何だろう。
「イヴァン!」
「おう、勇者殿」
何故か綾人君はイヴァンさんを呼んで駆け寄っていく。イヴァンさんが駆けて来た綾人君の足を掴むと、ぐいーんと持ち上げた。そして、二人で「「合体!」」と言うと、イヴァンさんは綾人君を肩車して、二人で神話級武器を構える。
すると、「キュィィィィン」という音がして、二人の剣に力が籠った。イヴァンさんは高熱を示す白い光で、綾人君が淡藤色の刀身に透明な水を纏わせている。カラドボルグは炎熱系で、グラムは水属性攻撃の剣だ。
周りの空気がザワザワと揺れ出した時、綾人君が「薙ぎ払え」と言った。
……え?
イヴァンさんの熱線に綾人君の水流がらせん状に絡んで、目の前の瘴気に飛んでいく。
超高温の熱線にお水って、まさか……。
王子が不穏さにいち早く気付いて「イリアス、もう一回〝断絶〟だ!」と、慌てて指示する。
そして、イリアス殿下が〝断絶〟を張った直後、着弾(?)したかと思ったら、ユーシスさんがガルごと私の頭を抱え込むように咄嗟に覆ってくれたけど、凄い轟音と一緒に目を瞑っても目の前が真っ白になった。続いて、震度六くらいはありそうな揺れが来る。
……これ、多分水蒸気爆発だよね。
「ぉあ、ビックリした」
「ちょっと、やりすぎちゃった」
「「瘴気より先に世界を滅ぼす気か!!」」
のんきなイヴァンさんと綾人君に、王子とイリアス殿下がブチ切れる。
イリアス殿下が〝断絶〟を張ってくれなかったら、本当に火の七日間を実現しそうだったけど、お陰で目の前の瘴気は薙ぎ払われた。
いつの間に二人で連携を話し合ったのか分からないけど、息ぴったりだった。
でも結局、肩車が本当に必要だったのかは分からない。
イヴァンさんと綾人君が正座させられてシュンとしているのを見て、ガルを解放してユーシスさんと目を見合わせて苦笑していると、そんなユーシスさんのマントをちょいちょいと誰かが引っ張った。
見ると、無表情なのに熱い眼差しでユーシスさんを見つめるレアリスさんがいた。
……敵いなくなっちゃったけど、レアリスさんもユーシスさんとやりたいんだね、合体技。
「ユーシス」
「一人で頑張りなさい」
被せ気味にユーシスさんがお断りすると、レアリスさんの目が驚きで見開かれる。むしろ何でOKだと思ったんだろう。
この局面を前に、完全フリーズしたレアリスさんに頭をポンポンして、「今度、鍛錬に付き合うから」と言う。あ、レアリスさんが復活した。
テンショウさんがファルハドさんに「やりますか?」と聞いたけど、ファルハドさんは「誰がやるか」と返す。あ、スイランさんも落ち込んだ。こっちもやりたかったのかな?
そんな訳で、水蒸気と砂塵でモワモワしていた目の前が晴れると、ぐっちゃぐちゃになった大地が現れた。
『我ら、いらぬのでは?』『人間を侮っておったわ』と白虎さんとお父さんが楽しそうに話していて、リウィアさんに抱っこされたレッドさんはあくびしている。
「お前ら、もっと緊張感持てよ!」
王子がツッコむと、レジェンドたちは『『『はぁい』』』と仕方なく返事をした。
セリカの人たちは慣れてるけど、シナエとエスファーンの人たちは驚いているね。きっと、レジェンドってもっと神聖で気高いものだと思ってたんじゃないかな。
私たちは、本当に気が緩んでいたのかもしれない。
その音に気付いたのはガルだった。
ドーンドーンと、どこからか聞こえてくると言ってから、警戒するように体の毛を膨らませた。私たち人間の耳には聞こえないけど、レジェンドたちも気付いた。
『とうとう業を煮やしたようだ。来る』
お父さんが前を向く。すると、私たちにもその音は聞こえてきた。
最初は、遠くで上がる尺玉の打ち上げ花火のような音がした。以前、セリカ行きの時に襲われたドレイクの群れの行進のようではなく、巨大な何かが地面を突き上げているような音だった。
一回ごとに大きくなる音だけど、音の大きさに比例するように振動も伝わる。もしここに水たまりがあったら、有名な恐竜の映画のように、大きな波紋が水面に見えただろう。
恐怖を誘うその音と振動がひと際大きくなった。それと同時に、立っていられないほどの揺れが来て、地面が裂けたかと思うほどの亀裂入った。そして、地面が吹き飛ぶように盛り上がった。
「……古の神……」
イリアス殿下がソレを見て呟く。そう言った気持ちがよく分かった。
多分私たちからは数キロは離れていると思われるけど、その姿はその位置でさえ巨大だった。
辺りは、もう真夜中に近いはずなのに、ずっと曇り空の昼間のような明るさだったけど、その明るさも翳るような巨躯で、更には漏れだす瘴気も尋常でない量だった。
その黒い巨躯の半分は地面にとぐろを巻き、上半分はゆらゆらとしながら低く鎌首をもたげるようだった。
そう、その姿は、レッドさんのような西洋の竜型ではなくて、青龍さんのような東洋の長大な龍神と呼ばれる形をしていた。
きっと起こした体躯だけでも百メートルはある。見えない部分やヒレ、尾まで合わせれば、二、三百メートルはありそうだった。
ニズさんのような光沢のある黒でもなく、ファフニールのとろりと蕩けるような濃紫を深めた色でもなく、この世の全ての汚濁を煮詰めたような凝った色だった。
その黒というよりも闇色という色彩の中、こちらを見つめるうつろのような目だけが、血で染め上げた大地を不吉な夕焼けが照らすかのような錆びた赤色。
そして、何より私たちの目を奪ったのは、喉元と思われる場所と、体躯の割に華奢な手足から生える、巨大な鎖のようなものだった。
喉には何重にも食い込むほどに巻かれ、手足には枷すらなくて直接穿たれているように見える。ピンと張る鎖はそれ以上余裕もなく、その先端は地面に吸い込まれていて、龍が飛び立つことを許さないかのようだった。
本来なら、どれほど優美なんだろうと思わせる姿に見えるのに、気高く首を上げることも許されない姿は、禍々しさを上回る悲しさを感じさせた。
〝……コノ世界ナド、滅ビレバ良イ……〟
突然頭に響いたその声は、老若男女、高音低音すべてを混ぜ合わせたような、それでいてどの声音でもない空虚なものに聞こえた。
呪詛のはずなのに、そこに込める感情すら忘れてしまったような声だった。
今はただ、自分を滅ぼしに来ただろう私たちを、ただ排除するためだけに動いている。
この世界も、そこに住む生き物も、自分の心でさえも関係なく、ただ目の前にあるものの滅びだけを願って。
『主上よ。もはや恨みや痛みさえ、貴方を繋ぎ留められぬのか……』
白虎さんが、遠くそびえるような龍を見ながら、悲し気に呟く。
その声に反応したのかは分からないけど、無理に首を上げて「グオォォォォン」という、ひび割れた咆哮を上げた。それと同時に、血のように口から瘴気を吐きながら、体から滴り落ちる瘴気で大地を穢しながら、それでも前進してくる。
鎖は、龍の首を上げさせはしないけど、前に進むのを邪魔することはなかった。
多分、私が回帰を使うのには、ファフニール戦の時のように相手の動きを一度止めてもらわなければならない。
レジェンドの三人が動いた。
レッドさんはリウィアさんの手から飛び立って元の大きさに戻り、龍の周りを炎で囲んだ。それに白虎さんが風を送って燃え上がらせ、炎の檻を作る。そこにお父さんが、初めて見せる重力の魔法で押さえつけ、炎で瘴気を焼いた。
でも、すぐにその炎は更に湧いた瘴気に消されてしまう。そして、身をくねらせた龍に、お父さんも白虎さんもレッドさんも払われてしまった。
人間の私たちは、龍から漏れる瘴気を減らすため、もう目前にいる龍の周りの瘴気を祓っていく。
気の遠くなるような攻防が続いて、体力や魔力が尽きそうになったり、怪我をした人たちは後方の私たちの所に来て、私はポーションで、リウィアさんはスキル〝解毒〟で、ウルズ……ウルスラさんは加護の掛け直しでサポートする。
じわりじわりと瘴気を削っていくと、その分龍の体が小さくなるような気がした。今では三分の一になっている。まだ百メートルくらいあるけどね。
そうして動きを鈍らせ切った時に、お父さんはみんなを下がらせて特大の雷を撃つと、それまで低くても首を上げていた龍が、一度どおっと倒れた。
お父さんはそのまま私の隣まで飛んでくる。
「え? 倒しちゃった? もしかして〝破壊〟を使ったの?」
びっくりして私が聞くと、お父さんはまだ油断しない目線を龍に向けていた。
『ハル。私の〝破壊〟は、神を滅せても、救うことは出来ぬのだよ』
そう言ったお父さんの声は、普段なら表に出さない悲しみがあった。
龍は、この世界を支えるために、地球の神々がこの世界に縛った礎だ。きっとあの鎖は、龍を縛る神々の力を象徴しているんだと思う。
私はずっと疑問だった。
お父さんは、自分のスキル〝破壊〟は神をも滅ぼせる、と言っていた。でもお父さんは、これまで龍を滅ぼすことはなかった。
お父さんは、龍を滅ぼしたいんじゃなくて、あの鎖から解き放ちたいんだ。
『神を滅するだけであれば、私一人でもできた。だが、それでは真にこの世界を取り戻すことはできない。だから、そなたがこの世界に来たのだと思う』
そう静かに言ってから、私の頬に顔を寄せた。
「……救えるのかな、私……」
途方もなく大きな話に、不安で胸が苦しくなって、私はお父さんの首に顔を埋めた。
『ああ、そなたならできる。私たちが一緒にいる。できぬはずがないだろう』
いつもどおり、脳みそが融けそうな甘い声で、いつもどおり自信に満ちた答えをくれる。どうしてだか分からないけど、王子がくれる安心感とはまた別の力が湧いてくる。
私が顔を上げると、お父さんがドヤ顔で笑っていた。
『私があの楔を断つ。次はイリアス、そなたが〝断絶〟で龍を包め。そしてオーレリアンがハルをアヤツの傍に連れて行くのだ』
お父さんの言葉にみんな頷いた。
『そして、ハル。この世界の神を、救ってやってくれ』
「はい!」
私の返事を合図に、お父さんがまた空に翔け上がった。それと同時に真上に陣取り、澄んだ遠吠えを放った。すると、バリンという轟音がして、龍を縛っていた鎖が全て砕け散った。
すかさずイリアス殿下が龍を〝断絶〟で包む。自由になって中で暴れても、龍は〝断絶〟を壊せなかった。
「本当に〝断絶〟は神をも封じるんだな」
感心して、王子が思わず呟く。
以前、私たちとイリアス殿下が敵対した時、確かにそう言っていた。イリアス殿下も自分の言葉に少し驚いていたけど、苦笑するのにとどめた。
王子は、周りを見渡して、リウィアさんに目を止めると、今までほぼ出番がなかった神弓の烏号を借りた。何かあった時のために、念のため武器を持っていくとのこと。王子は中遠距離の攻撃が得意らしく、弓ならばユーシスさんにも引けを取らないと言っていた。ほんとかな?
ちょっと疑ったら、額を小突かれたけどね。
「じゃあ、俺たちの出番だな。行くぞ、ハル」
「うん。お願い」
王子は私の手を取ると、さっと呪文を唱えて龍の前に飛んだ。
今は重力の魔法で、お父さんが龍を抑えてくれている。
私がスキルボードを展開して、龍に向ける。この時龍は五十メートルくらいまで小さくなっていたけど、特大のスキルボードになった。
そして、難なく龍を飲み込んだ。と思った。
安心した次の瞬間、スキルボードから龍を引きずり出すかのように、突然地面から鎖が伸びてきて、再び体を絡めとってしまった。
お父さんが何度も〝破壊〟で鎖を壊すけれども、私にスキルを使わせる前に復活して、執拗に龍の体を拘束した。
いくらこれが地球の神様たちが定めたことだと言っても、一片の救いも龍に許さないかのような執拗さに、怒りが込み上げてきた。
白虎さんも言っていた。自分の恨みも痛みも分からなくなってしまったほど、龍は疲弊していると。
瘴気は、龍はこの世界を守るために地球を捨てたのに、地球の神様たちがこの世界を隔離するために騙し討ちのようにして犠牲にして、楔にされた龍の怨嗟が生んだものだ。
もう、この世界に、こんな鎖はいらない!
私は、近くにいた王子の空いた手を取った。
「王子。よく考えた結果なんだけど、〝自己犠牲〟の使いみち、決めちゃっていい?」
「……お前なぁ。よく考えたって、ほぼ一瞬で決めただろう」
私が聞くと、王子は呆れたように言って、私の額を小突いた。でも、すぐ後にニッと不敵に笑って言った。
「だが、俺もちょうど考えていた。多分、お前と同じことだ」
「うん」
二人で目を見て、せーの、で答え合わせをする。
「あの鎖を完膚なきまでに滅する」
「あの鎖が届かないようにスキルボードに入れる」
……微妙に違うことを言った。自信満々で「同じ」って言ったのが気まずい。
「……俺たち、あんま気が合わないのかもな」
「……なんか、将来を考え直す?」
「……それは絶対に嫌だ」
なんかお互いにシュンとしてたら、頭上から話を聞いていたお父さんがマジ切れしてきた。
『そんなのは、「龍を楔から解き放つ」で十分だろうが!』
「「ああ、頭いいね(な)」」
そんな訳で、私たちは折衷してお父さん案で行くことにした。
スキルボードを開けて、さっき取得した『呪いの護符』を取り出した。普通の銀とは違う、七色に反射する不思議な銀の護符をギュッと握りしめる。
残った手をまた王子に差し出した。
「王子、我儘言ってもいい?」
「なんだ?」
「亜空間収納の中に、一緒に入ってほしいの」
覚悟はできている。でも、王子に傍に居て欲しかった。
前にお父さんと玄武さんが亜空間収納の中に一緒に入ったけど、みんな一緒にいられたみたいだから、きっと私たちも一緒にいられるはず。
私がお願いすると、王子はきょとんとした顔をしていた。
「なんだ。お願いっていうから何かと思ったら、そんなの最初から一緒に決まってるだろ」
何を今更、と言われて、私は笑いが込み上げる。
そうか、当たり前なんだね。
「うん。そっか、そうだよね」
王子も私につられて笑う。それを見たお父さんが怪訝そうにしている。
『そなたたち、気でも触れたか?』
「いや。これから、ちょっと二人で亜空間収納の中に入って、あの鎖を断ち切ってくるから、あんたはみんなに『心配するな』って伝えておいてくれ」
王子が軽く伝えた言葉に、お父さんがなんか慌ててピュンと私たちの所に降りて来た。
でも、私と王子の顔を見て、少し何か考えた後、ボソッとした声で聞いてきた。
『そなたたち、ちゃんと一緒に「戻る」のだろうな?』
お父さんの心配が伝わって、私と王子は思わず顔を見合わせた。でも、それもすぐに笑いに溶けてしまう。
お父さんの心が嬉しい。
「「当然!」」
私と王子は、今度こそ同じ答えを言った。
そして、もう一回握った手に力を込める。
「じゃあ、行ってくる」
お父さんに手を振って、私はスキルボードの〝自己犠牲〟を押した。
地球の神様たちが思い描いていた、いや、忘れ去っていた結末じゃない、私たちにとって当然の未来を掴んでくるよ。
作者の大好きな「薙ぎ払え!」
何度でも使いたい。
そして「合体技」に憧れるのは、必然です。人間だもの。
でも、葛藤の末、巨大ロボを出すのはなんとか我慢しました。
そんな訳で、終幕へのカウントダウンが始まりましたが、どこに転がるか分からないお話と、気の合わない主役二人ですが、どんな結末に落ち着くのか、もう少しお付き合いください。




