142 選択
迷子注意報発令中
真面目な話の時は、真面目回、真面目回とずっと言い続けてきましたが、そういう時は大概真面目じゃない話が紛れ込んでいるとお気付きかと。
はい、今回も真面目回です。
黒いシミは徐々に広がっていって、私たちの視界いっぱいの地面が黒く染まった。
「イリアス。いつでも〝断絶〟を使えるようにしておけ」
「分かった」
王子がイリアス殿下に静かに言う。それに合わせて、ユーシスさんとファルハドさんも手で他のみんなに指示を出す。
「ハル。イリアス殿下の傍から離れないように」
隣にいたユーシスさんが私に下がるよう言って、イージスの盾とグングニルを構える。
それに倣うようにファルハドさんは、セリカの人たちを左側に配置する。「私が前に出る」と言うスイランさんを、「お前は主力だ。温存しておけ」と言って前に出られないように自分が前に立った。
戦略もあるだろうけど、間違いなく後先を考えないスイランさんを心配してだ。こういうところはお兄ちゃんぽい。緊張する場面なのに、ちょっとほっこりするね。
そうする間に、多くのシミがふつふつと沸騰するように波立ち、立体的な形を取り始めた。
「レアリス、イヴァン。小範囲で神話級武器を使え。他は防御態勢を」
まだ、シミたちがどういう攻撃をするか読めないため、王子は小出しの指示をする。また入口の呪いのように、攻撃が跳ね返ってしまったら大変だからだ。
レアリスさんがレーヴァテインの黒い炎を、イヴァンさんがカラドボルグの熱線を放つと、その範囲は何かが蒸発するような音がして、一瞬元の大地の色になったけど、すぐにシミが戻る。特に呪いみたいな反射はないけど、シミの湧きが減る様子はなかった。
「なるほどな。物量戦か」
イリアス殿下が不快そうに鼻で嗤う。あちらは、数に物を言わせて私たちの体力を削るつもりのようだ。
私はポーション類で、みんなが十分に戦えるようにサポートする。魔力も体力も簡単に尽きないことは、少数の私たちには大きな強みだ。
でも、ポーション類で回復はできるだけしてほしくない。回復しても、それだけ体に負荷が掛かったという事実は変わらないから。
今は王子の体調は大丈夫だけど、もしもの時の玄武さんは入り口の保持で外にいるから、なんとか力尽きる事態だけは避けたい。
「物量戦か、上等だ。人数を削いでも意味がなかったことを教えてやるぞ」
みんなを鼓舞するように、王子が言う。大軍と変わらない力を見せるというその言葉に、みんなの意気が上がるのを感じる。
普段はヘタレなのに、こういう大切な時に引っ張っていく力をカリスマ性と言うんだと思う。
「多少の瘴気は気にせずとも大丈夫ですよ」
ウルズ……ウルスラさんがそう言って、戦闘前の全員を何かの力で覆った。「防御膜のようなものです」とシレッと言ったけど、アレ、半神様の御加護だね。
それを知っている私とファルハドさんは冷や汗を掻いたけど、お父さんは涼しい顔であくびをしていた。
そうして、それぞれが連携しながらも攻撃を開始した。
魔獣のみんなは、お父さん以外瘴気を祓うことができないから、いざという時のために後ろで睨みを利かせている。
神話級武器を持っている人たちはもちろん、それ以外の人たちも強かった。
シナエのカイディンさんは、聖属性魔力が込められた大きな剣で薙ぎ払うように瘴気を吹き飛ばし、エスファーンのファイデュメさんは、〝圧縮〟というスキルで範囲内の瘴気を集め、アシュラフ王子は、その瘴気を〝聖なる炎〟で浄化する。アシュラフ王子は有紗ちゃんと同じスキルで、威力はやっぱり有紗ちゃんより劣ってしまうけど、ファイデュメさんと連携すると凄い威力になる。カイディンさんは、イヴァンさんくらい強くて安心感しかない。
この攻略メンバーに選ばれたのは、瘴気の浄化ができるのが条件のようだ。
私が読み取った瘴気の情報が各国でも活用されて、これまでより効率的な魔物の討伐が出来たと聞いていたけど、こうして役に立ったのを目の当たりにすると感慨深い。
攻撃開始から三十分ほどで、既に目に見える範囲から瘴気が一掃されて、少しずつ私たちは前進していた。
ふと王子が空を見上げたのに、私も釣られて空を見る。
迷宮内なのに、何故か空と認識できるのが不思議だったけど、それを目にした瞬間、私はそんな考えも吹き飛んだ。
「……飛竜の群れです」
一番目のいいレアリスさんがみんなに伝える。みんなもじきに同じ光景が見えて、目を見開いていた。
最初は大地と同じく黒い点に見えたけれど、それはどんどん大きくなって、やがて雲霞のように湧いたかと思ったら、その一つ一つがあの〝無慈悲〟だと分かった。今、大地から生えているのは純粋な瘴気だけの魔物だけど、あれは間違いなく元が竜の魔物だった。
そのことに気付いたスイランさんが、顔色が変わるほどの怒りで駆けだそうとしていた。
「スイラン、戻れ!」
ファルハドさんが呼ぶけれど、スイランさんの目には〝無慈悲〟しか映っていない。
スイランさんは昔、〝無慈悲〟と化したワイバーンに、大切な人を奪われたと聞いた。
スイランさんが武を磨いてきたのは、トラウマになっている〝無慈悲〟をなくすためだ。スイランさんの思考が奪われるのは分かるけど、今はそれが危険なことだと私でも分かる。
少し離れてしまったファルハドさんがスイランさんに駆け寄ろうとするけど、横から大きな顎だけの形をした瘴気に阻まれてしまう。
「スイランさん!」
私の目に、スイランさんの背後に生えた瘴気の手が見えた。
その手にスイランさんが捕まるか、と思った瞬間、スイランさんの華奢な体が浮いて、背後の瘴気が霧散した。
ユーシスさんが、盾を持った方の腕でスイランさんを抱え上げて、グングニルで瘴気を両断した。
さすがに瘴気は素手で粉砕しないけど、なんて鮮やかな片腕抱っこなんだろう。
「フォ、フォルセリア卿! は、放せ!」
「失礼いたします。勇敢な公主様は、こうでもしないとお止めできないようでしたので」
焦るスイランさんが、さっきと同じくらい顔を赤くしているけど、ぜったい怒ってじゃなくて恥ずかしくって赤くなってるんだよね。それをユーシスさんは、ニコリとしながら平然と受け流している。
遠くで綾人君が、「ああ、役得~」と言っている。
「おーいユーシス、公主殿をそのまま連れて下がれー」
いつの間にか、王子は全員を下がらせていて、ちょっと呆れたような声でユーシスさんに命令している。「放してくれ~」という泣きそうな声でお願いするスイランさんだったけど、ユーシスさんは忠実に王子の命令を遂行して、抱っこしたまま後ろに下がった。多分、しばらくは拘束したままになりそう。
「よし、全員下がったな。イリアス、〝断絶〟を張れ」
殿のユーシスさんがイリアス殿下の結界の〝断絶〟に入ると、王子は一人前に出た。
「オーレリアン。まさか、お前一人であの〝無慈悲〟を墜とすというのではないだろうな」
空には一体でも死の象徴とも言える〝無慈悲〟が、少なくとも五十はいそうだった。一体がレッドさんに匹敵するくらい大きいので、空を埋め尽くすと言ってもいいくらい。
それに王子は軽く肩を竦めて応えて、胸のポケットから一枚の赤い羽根を取り出す。
あれってもしかして、セリカ行きで〝無慈悲〟を鑑定した時に朱雀さんから貰った羽根なんじゃ。確か、魔力を倍増させるって言っていたような……。
王子はニッと笑ってイリアス殿下を見ると、魔力の気配が分からない私でも感じるほど、凄い力が湧くのが分かって、それが王子の髪を揺らしている。
そして、手をスッと横に切ると、その手を追いかけるように、直径が五十センチくらいの青白い光の魔法陣がたくさん並んだ。
「流星」
前にサンちゃんに使った劫火の魔術の時と同じく、静かな呪文が聞こえた。それと同時に、目の前に並んでいた魔法陣が空に消える。
その後起きたことに、私たちは言葉を失った。
本当に「空が落ちてくる」という言葉があるんだ、と思った。
満点の星が全て流星になったかのように、空から無数の光の矢が降り注いで、空を埋め尽くしていた〝無慈悲〟を次々と撃ち落としていく。
一撃目を耐えても、二撃三撃と絶え間なく撃たれて、竜の硬い表皮も流星の攻撃を防ぐことはできなかった。
十年くらい前に、絶体絶命のユーシスさんが救われた時に見た光景も、きっとこんな風だったのかもしれない。
一方的な殺戮と言ってもいいのに、その幻想的な光景に見惚れてしまった。
永遠に降り注ぐように思われた流星だったけど、気付けばその光は収束していて、後には打ち滅ぼされた〝無慈悲〟たちの遺骸が地面を埋め尽くしていた。
「やっぱり王子って、ただの酔っ払いじゃなかったんだなぁ」
「おい! 褒めてないだろ、それ!」
綾人君がポツリと言ったのに、王子がツッコミを入れる。
いや、王子って大体酔って暴れてるか吐いてるか、マジックで鼻毛描いてるかじゃないかな。みんな改めて思ってるよ。
それはさておき、王子のメテオは〝無慈悲〟だけじゃなくて、その下の地面にいた瘴気もほぼ一掃してしまった。新しい瘴気が生まれるまで少し時間があるようだ。
「よぉし、今のうちに休憩だね。運動の後は水分補給だ!」
私はみんなにスポーツドリンクを出した。体力ポーション入りの特製スポドリだよ。
「緊張感ねぇなぁ」「波瑠っぽいよね」「世界の重要局面なんだが?」となんだかガヤガヤしているけど、体力気力を回復するって大切なんだよ。
特に王子には、紅葉したキノコ大根の汁入りのを渡した。本人には内緒だけどね。
みんなが釈然としない様子で休憩している中、暇つぶしにあげた骨型ガムに飽きたみたいで、お父さんが鼻先で私の背中をツンツンと押してきた。
『ハル。撃ち落としたヤツらは邪魔だ。私が消滅させてもいいが、せっかくだから『ぽいんと』とやらにしておけ』
お父さんがマイペースに言ってくる。確かに、実体を持たない瘴気は集めることができないけど、〝無慈悲〟は私のスキルで回収できるね。
「いらないけど、私が回収した方が環境には優しいよね」
「わぁ、利益よりSDGsっていうのが波瑠っぽいね」
「じゃあ、ちょっと行ってくる!」
「……ああ、ほどほどにな」
綾人君と王子が見送ってくれる中、レアリスさんが「私も行こう」と行ってついてきてくれた。ちょっと〝無慈悲〟って怖いから助かります。
私はスキル画面を前面に立てて出すと、そのまま端から掃除機をかけるように連続で〝無慈悲〟を吸い込んでいく。それに合わせてピロリーンピロリーンとお知らせ音が鳴るけれど、十体を超えた辺りで鳴らなくなった。お知らせ音鳴らすの面倒くさくなったのかな?
遠くでウルスラさんが「面白い娘だ」と言うのが聞こえたけど、とりあえずウルスラさんの加護が良く効いていて、結構瘴気がモヤっているけど、全く体調に変化はなかった。
半分くらいを回収した時、急にモコッと地面が盛り上がった。
新手の魔物か、とレアリスさんが身構えたけど、出てきたのは銀色の十人くらいのノームだった。
『ココハドコダ? 地脈活動ヲ感ジテオ宝ノ気配ガシタカラ来テミレバ、不穏ナ空気』『オオ! 鉱石ハナイガ、風竜ノ翼ガアッタ! 上物ダ』
「「………………」」
どうやらノームたちは、ここで起こった異変を何らかの方法で感じたけど、完全に勘違いで来ちゃったみたいだけど、結果素材が転がっていてOKみたいなようだ。
そういえば、方角的にはミスリルノームたちの巣って、ここから遠くない場所なんだっけ。
っていうか、〝果ての迷宮〟って、外は凄い強固な守りだけど、地下は防御ガバガバだね。
楽しそうに、〝無慈悲〟から素材を取ったり、そこら辺の石を拾ったりしていたノームたちだったけど、そのうち『ム、イ、息苦シイ』『オノレ、瘴気カ。ダマサレタ……』と言って、パタッと倒れてしまった。見る見るうちにノームが黒くなっていく。
「ノームぅぅ!?」
「……何しに来たんだ」
私が近寄ろうとしたら、ふら~っと立ち上がったノームたちが、ゾンビのようにゆらゆらと揺れながらこちらに向かって来た。
ノームが魔物化しちゃった!
「「人間共~、何カヨコセ~」」
「……魔物化しても、生態に変わりないな」
「……うん」
レアリスさんがボソッと言って、私にニトリル手袋を要求した。相変わらずレアリスさんは、ニトリル手袋の防御力を信じきっているけど、とりあえず防御できるの汚れと雑菌類くらいなんだけどなぁ。
しゃがんだ後その手袋を嵌めると、ゆらゆら歩くノームたちを指でピンと弾いた。ノームたちは「ア゙」と言ってドミノ倒しになったんだけど、何故かみんなヨヨヨとオネエさま座りで倒れる。
そんなしょーもない事態に王子が気付いてこっちに来た。
「普通、魔物化すると凶暴になって攻撃力が増すんだがなぁ。知能が下がった分、弱くなってんな。こいつら最弱だな」
しみじみとノームたちを見て王子が貶していると、「婿ニナレ~」とノームが起き上がる。王子が「断る」と言うと、「オ前ジャナイ~、女顔ォ」と言ってレアリスさんを指さすので、「燃やすか」と口走る王子を取りあえず宥めて、さてどうするかと思案する。
「……そいつらまだ意識があるみたいだから、〝回帰〟を使えば元に戻るんじゃないか?」
「なるほど!」
そんな訳で、残りの〝無慈悲〟と一緒にノームたちを回収する。例の如く、ピロリーンピロリーンとお知らせ音が鳴るけれど、全部終わるまで無視。
辺り一面を綺麗にしたところで、お知らせの画面を開く。ここで有益な情報を逃すわけにいかないので、一応確認してみることにした。
〝魔物化した飛竜種を五十八体収納しました。魔物化した大地の妖精の希少種を十体収納しました。スキル『回帰』を使いますか? YES/NO〟
目新しい情報はないけど、なんか「希少種」っていう所がやけに引っかかるね。
「……こいつら、変異種じゃなくて希少種だったのか」
言いたいこと分かるよ、王子。
そんな空気の中、「ノームの黒いのが取れますように」と言いながらYESを押す。「瘴気を汚れみたいに言うな」と王子にツッコまれているうちに、『回帰』が終わったようだ。
〝瘴気に汚染された飛竜種を回帰しました。瘴気に汚染された大地の妖精の希少種を回帰しました。瘴気ポイント千二百八十P取得します。大地の妖精の希少種が浄化されました。取り出しますか?YES/NO〟
多分、最初に鑑定した〝無慈悲〟は一体十ポイントだったから、多分、ノームは一体七十ポイントはするみたい。サンちゃんが百五十ポイントだったから、結構な希少さだね。
YESを押すと、収納口からプッとノームたちが吐き出される。気持ちちょっと乱暴に吐き出された気がする。
元のピカピカの銀色に戻っててろ~んと地面に転がるノームたちを、取りあえずキノコ大根たちの鉢も入れていたレジ袋に入れてみんなの所に戻った。「ゔぅぅ」とうめき声の聞こえる袋は、レアリスさんが嫌々持ってくれてる。
気持ちみんなの視線が痛く感じるけど、コレ、私のせいじゃないよ。
そんな中で、またピロリーンとお知らせ音が鳴る。
〝瘴気ポイント千ポイント取得を達成しました。妖精の初ポイント化、妖精の希少種のポイント化を達成しました。複合特典を取得できます。特典『呪いの護符』を取得しますか? YES/NO〟
「……え? いらない」
思わずいらないって言っちゃった。「護符」は分かるけど、「呪い」って特典なの? それに、「呪い」なのに「護る」って、どっち?
そういえば、前に瘴気を鑑定した時に、確かに瘴気ポイントで「呪いの〇〇」っていう武具が作れるってあったけど。でもあれって、確か外せなくなって体力とか魔力とかを削るデバフが発生するけど、その代わり威力が何割かアップするんだよね。「聖水」があれば外せるとあったから、最悪駄目なら「聖水」でなんとかなるけど……。
「この際だ。貰えるものは貰っとけ」
王子が代表して言うけれど、なんかやけくそ気味だよね。
私も少しやけくそ気味になって、YESをちょっと勢いよく「えい」と押す。画面には、雪の結晶を何重にも重ねたような繊細な細工がされた、銀色の見惚れるくらい綺麗なお守りがあった。
効果を見ると、〝全保有ポイント及び亜空間収納にある全物品と引き換えに、自分に降りかかる災いを一度だけ相殺できる〟とあった。
しばらくの間、いろんなことが頭の中を過って、そして王子とふと目が合った。王子の紫色の目がスッと伏せられて、首を振られる。
王子と初めて心を通わせた日のことを思い出す。私がスキル〝自己犠牲〟を持っていることを、王子が知ってしまった日だ。
この効果なら、〝自己犠牲〟を使って願いを叶えても私、が死なない可能性が高くなった。そう思ったことが伝わってしまった。
でも王子は、自分のためにこのスキルを私が使うことを許さなかった。
私のスキルは、何を願うかによって、恐らくこの世界を救うことだってできる。
だからこそ、何が起きるか分からないこの局面で、絶対に自分を優先しない人だ。
「いいか。それは、最後の最後まで取っておけ」
私の我が儘を押し通せば、きっと王子は元の寿命を取り戻せる。でも、それをやってしまったらきっと、私と王子の間にある何かが壊れてしまうのが分かる。
私にあなたを選ばせてくれないなんて、本当に酷い人だよね。
そう思うけど、そんなあなただから、私はあなたを好きになったんだ。
「うん。最後の最後まで取っておくね」
私は笑って言う。ちょっと困った顔になっちゃったのは許してほしい。
どんな選択も、どんな運命も、私はあなたと一緒に受け入れていきたいから。
駄目だった。ちゃんと全編真面目にしようと思っていたのに。
何で出てきたんだ、銀色の妖精よ。
そして次回、まだ何が起きるか作者にもわかりません!




