137 私ができること
ついでに半神ズアターック!
王子と瓜二つの顔でニコニコしながら、何故かフレイさんは近くにあった切り株に私たちを座らせた。神様 (?)のご指示に、私とファルハドさんは、なすがままにちょこんと腰掛ける。
「どうぞ。何もない所ですが、ゆっくりしてってね」
「おい。余所者のお前が勝手に仕切るな。あと何もないとか言うな」
私たちをもてなす気になっているフレイさんに、ウルズさんが苦い顔をしている。
ウルズさんって、たおやかな絶世の美女なのに、ざっくばらんなしゃべり方だ。
「ええ、いいじゃん。本当のことだし。それにこの子たち、俺の子孫となんか知り合いっぽいし。無関係じゃないかなって」
フレイさん、王子の顔でチャラ……軽い感じなのが違和感半端ないです。
どうやらフレイさんって一時期人間の里に下りていたらしく、今の黒の森を拓いたのがフレイさんらしい。でも、半神とはいえ神様の血を引くということを知られるのは、いろいろとややこしいことになるので、ちょっと伏せているとのこと。
どうりで黒の森の人たちは凄い魔術が使えると思った。
あと内緒にしてたけど、名前もヴァンウェスタにヴァン神族の名前が残っちゃったので、後からサンちゃんとかシロさんがいろいろと付け足してごまかしたみたい。
そういえば、シロさんがヴァンウェスタの名前の由来をドヤ顔で言ってた。あれがほぼ嘘だったとは。
「それにウルちゃん、根っこの管理で忙しいでしょ。俺が代わりにおもてなししてあげるよ」
「ウルちゃんはやめろ。お前は家に帰れ。暇なら実家に行け」
「あ、また来た。ほら、ウルちゃんが目を離した隙に、また根っこ齧ってる」
「なに!?」
フレイさんが泉の中を指差して言うと、ウルズさんが慌てて中を覗き込む。私も興味が湧いて、お父さんとファルハドさんと一緒に泉の中を覗いた。
多分、相当深いと思われる泉の底の方に、地上から続いている根っこに、何か黒いものが張り付いている。ニョロッとしているけど、黒くて丸い大きな目が付いた、……まっくろク〇スケ?っぽい蛇がいっぱいいた。
『何だ、アレは』
お父さんがフレイさんに聞いているその横で、ウルズさんが何か文字みたいなのが刻んである長い木の枝を泉に入れて、その黒いのを追い払っている。
「アレねぇ。ニーズヘッグちゃんのとこの眷属の蛇なんだけど、最近ちょこちょこ出かけちゃうから、あの子の魔力を食べてた蛇たちが、口さみしくてユグドラシルの根っこを齧りに来ちゃうんだって。それにしても、前は引きこもりだったのに、どこに行ってるんだろう。そういえばちょっと前にソワソワしたりぼーっとしてたけど、好きな男ができたか?」
「おやつ感覚で齧りに来るな!」
軽く暴露するフレイさんと、長い棒でグルグルと泉をかき回すウルズさんに、私とファルハドさんはハッと気づき、いたたまれない気持ちになった。
最近ニズさんは、ベースキャンプでファフニールのお世話をしてくれているね。
…………もしかして、私たちが原因?
「あ、お茶も出さずにごめんね」
「いえいえ。私たち、飲み物持参してますので」
俯く私たちにフレイさんが気を使ってくれるけど、気まずさに喉が渇いて、持っていたペットボトルのお水を飲んだ。
そんな私と横を向くファルハドさんを余所に、お父さんが明るく言う。
『ああ、ニズなら、この者の家にいるぞ。生まれ変わったファフニールの世話をしている』
「なに!?」
「へぇ。なんか知んないけど、すっごい興味深いことになってんね」
言っちゃった。
ウルズさんが驚きのあまり泉に落ちそうになって、近くにいたファルハドさんが慌てて助け起こしたけど、フレイさんは楽しそうに私を見てきた。
取りあえず、私が簡単な経緯を説明したけど、フレイさんが的確にツッコんできて、結局私と有紗ちゃんが召喚されたところから全部説明することになった。
「いつの間にか外は、そんな面白いことになってたんだ」
「なんか、すみません」
感心したように言うフレイさんだったけど、私が謝ると、ウルズさんは大きなため息を吐いた。
「まあ、そなたが悪い訳ではないし、ニーズヘッグも仕方のないことだと思うが、蛇たちは何とかせねば根が弱ってしまうな」
どうやら根っこは、ユグドラシルの下から湧き出る瘴気を止める役割をしているようで、いつも微量の魔力が出ているらしく、蛇たちには嗜好品みたいな感じのようだ。蛇たちはお腹が空いてる訳じゃないみたいなので、瘴気に汚染されないように取りあえず近寄らせないようにしたいみたい。
どうやらウルズさんは怒ってる訳じゃなくて、蛇たちを心配してのことのようだ。
それに、他にも瘴気を止めるユグドラシルの樹皮を求めて、瘴気に怯えるいろんな生き物が齧ってしまって、結構深刻な状態らしい。
どうしたものか、ともう一度泉を覗いてみると、誤って持っていたペットボトルが泉に落ちてしまった。中身がしっかり入っていたので、どんどん沈んでいく。
異世界物質の不法投棄になっちゃう!
「ああ、すみません! 今すぐ拾ってきます!」
『そなた、水際でさえ溺れておっただろう』
「ハル! あんたには絶対無理だ! 俺が拾ってきてやるから!」
こんな綺麗な泉の景観を損ねちゃうから、私が慌てて回収しようとしたけど、お父さんが呆れて言ったのを聞いて、ファルハドさんが音速で私を羽交い絞めにしてダイブを阻止した。
で、ファルハドさんが泉に入るのに服を脱ごうとするのをウルズさんがガン見して、私が「ぎゃあっ」と喚いたけど、フレイさんが「待って」と言って止めた。
「あれ、蛇たちに効いてるみたい」
みんなで一緒に泉を覗いたら、ペットボトルが落ちた辺りの蛇たちが、ちょっと逃げた。未知の物体が現れたから驚いただけかと思ったけど、その後しばらくしても近付いてくる気配がない。
なんか、ペットボトルが怖いみたい。
「娘よ! その〝ぺっとぼとる〟とやら、まだあれば譲ってくれ!」
「え? はい!」
このお水はユーシスさんがお気に入りで、毎日鍛錬後に二リットルを一気に飲んじゃうから、結構空の容器が溜まっていたと思う。
そういえば最近、ペットボトルのリサイクルポイント交換してなかった。段ボールとアルミ缶の次にリサイクルポイント高いんだけど。あ、ゴミはちゃんと処分してるよ。
もう一本試しに紐を付けて沈めてみたら、やっぱり蛇たちはペットボトルを避けている。
そんな訳で、泉の根っこの周りには、地上と水中合わせて二十本のペットボトルが配置された。
アレだ。田舎のおじいちゃんちのご近所で、猫除けに水の入ったペットボトルを置いてあったお宅みたいだ。猫除けはデマだったけど、ニズさんの眷属の蛇たちには有効だった。
とっても神聖な泉なのに、蛇や根っこを守る為とはいえ、ペットボトルが立ち並ぶ光景は精神的に来るものがあった。
「ふぅ。取りあえずこれで、ニーズヘッグが不在の穴は何とかなろう。ありがとう、異世界の娘よ」
ウルズさんは一仕事終えた感で、私にお礼を言ってくれた。
半神と言っていたのに、ニズさんを無理に連れ戻すのでもなく、蛇たちを駆除するのでもなく、追い払うだけで何とかしてくれた。ぶっきらぼうだけど、とっても優しい人だと分かった。あ、神様か。
「そういえばそなた、〝聖水〟を探すと言っていたな。本来なら人間に与えることはしないのだが、この礼にこの泉の水を譲ろう。役に立つかは分からんがな」
「え? あ、ありがとうございます!」
神聖な水だから、譲ってもらうのに苦労すると思ったけど、思わぬ怪我の功名だ。
ファルハドさんがお水を汲んでくれるというので、災害用の折り畳みできるプラスチックの水タンクを出して渡した。それを見て、フレイさんとウルズさんが「へぇ」「ほぉ」と感心したような声を上げる。
「フェンリルよ。また面白い人間と知り合ったものだな。見ていて飽きぬ」
『やらんぞ。ハルは私の飼い主だからな』
「……うん。まあ、自分でそう言うのなら良いのだが。幸せそうで何よりだ」
またお父さんが、私を飼い主にしようとしてる。あれ、本人は面白いと思って言ってるけど、全然面白くないから。ウルズさんもドン引きしてるし。
私がそうファルハドさんに文句を言うと、「いや、あれは本気だと思う」と言われた。
……え? 本気で?
私は頭痛を感じる前に、他のことに集中するように亜空間収納の中にお水を入れてもらった。なんか、十リットルタンクを十個分くらいくれたよ。
よし。多分この後、勝手にスキルが鑑定しようとするから、それを待つ。
そう思ってスキルの応答を待っていたら、まんまとピロリーンと通知音が鳴った。
〝ウルズの泉の水(状態:良好)十リットル一億p取得〟
よしよし。思っていたより高額じゃなかった。足の震えは止まらないけど。
で、「ウルズの泉」の部分の文字が青くなっているので、それをタッチしてみる。
〝ウルズの泉の水:強い浄化作用があり、『聖水』の原料となる〟
「やった、お父さん! 『聖水』の原料になるって! さすがレジェンドだね!」
『そらみろ。私の偉大さと賢さが分かったか』
「「異議あり」」
私が褒めちぎると、案の定お父さんは得意げになった。それにボソッとフレイさんとウルズさんが抗議する。ファルハドさんに至っては、丁重に沈黙を貫いた。
そんな喜びに浸っていた時だ。またピロリーンと通知音が鳴った。
〝聖水の材料 聖水調合材料:地下聖堂の浄土 収納内に必要素材があります 調合しますか? YES/NO〟
「…………え?…………」
一瞬、全私が停止した。
初めて見る単語に、「地下聖堂の浄土」を開いてみる。
〝北のノームの聖地にある穢れのない土 マンドラゴラの養土になる マンドラゴラの養分が少し沁み出している〟
「えええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」
『……ふむ。『聖水』の材料、揃ったな……』
お父さんですら呟くにとどまった。
地下世界でノームがふわふわパン型のスクイーズと交換でくれた、あのキノコ大根たちの寝床の土が、「聖水」の原料でした。……ただの土じゃなかった。
「へぇ。この泉の水と土を混ぜると、こうなるんだぁ」
「浄土か。我らでも感知できぬ別領域の聖地だな。あの強欲な妖精たちに、いったいどんな対価を渡せば手にできたのだ?」
はい。六百円くらいのおもちゃと交換しました。
半神様たちも呆れた顛末に、ただただ「聖水」のありがたみが薄れました。
「ハル。調合した「聖水」の名前の色が違う。何かの説明があるんじゃないか?」
茫然自失の私に、ファルハドさんが教えてくれた。気付かせはいつもは王子の役目だけど、冷静なファルハドさんがいてよかった。こうなったら、なんでも来い!
〝ウルズの泉の聖水:滋養強壮のマンドラゴラの養分入り あらゆる呪いを浄化できる他、、マンドラゴラの養分(カカオ含む)も混入し、ユグドラシルの根を修復する効果あり〟
……そうだった。キノコ大根たちが、チョコを寝床の植木鉢に持ち込んで汚したから入れ替えてあげて、もったいないからまた収納にしまってたんだ。
そっかぁ。何かが沁み出してるのかぁ。
「なに!? 異世界の娘! その『聖水』を譲ってくれ!」
聖水の効果を見たウルズさんが、私の肩をガッと掴んで迫ってきた。
「え、は、はい。もちろん」
私が調合した十リットルタンクを一つ渡すと、「重いわ!」と怒っていたのでファルハドさんが支えてあげた。どうやら半神様は、あまり重いものを持たないので私より非力らしい。
ウルズさんの代わりにファルハドさんが、キノコ大根汁入り「聖水」を少しずつ泉に流し込んだ。十リットル全部入れる頃には、私の目にも見えていた蛇たちの齧り痕が、どんどん塞がっていくのが分かった。
「何という効果。ありがとう、異世界の娘。いや、ハルと呼んでいいか?」
「はい。もちろん」
ウルズさんが安心したように言って、初めて笑顔を見せた。絶世の美女の笑顔は、この世に幸せを運ぶよね。
「ユグドラシルを癒すのは難しいと思っていたが、そなたのおかげで大事に至らずに済んだ。これは礼だ」
そう言ってウルズさんは、何かの文字が書かれた木片をくれた。
「それは、悪い運命を一度だけ半減させる加護だ」
「え、こんな凄いもの貰えません! 泉の水をいただけただけで十分です」
だって、全部貰い物だし、一つはキノコ大根の食べ散らかしも入っているし。
「謙虚なことだ。だが、それだけの功績だと思っていい」
あまりの好待遇に泣きそうになるけど、お父さんが何故かドヤ顔で言う。
『どうだ。私の飼い主は凄いだろう』
それにウルズさんも、見守っていたフレイさんも苦笑しながら頷いた。
「ああ。それは認めよう」
なんか、心苦しいのと恥ずかしいので居たたまれない。
私がもじもじしていたら、ウルズさんが今度はファルハドさんを呼んだ。
「そなたにも世話になったな。その娘ほどのものはやれんが、褒美を授けよう」
「この身に余る光栄にございます」
ファルハドさんがそつなくお礼を言うと、ウルズさんは指でチョイチョイとファルハドさんに屈むよう命じる。お辞儀するように屈むと、リウィアさんくらいの身長のウルズさんとファルハドさんは、ちょうど目線が合う高さになった。
ウルズさんがちょっとファルハドさんの襟を引っ張って、もう少し高さを下げると、ファルハドさんの額に軽く口づけた。わ、わぁお。
そういえば、お父さんもラタトスクさんも朱雀さんも、加護をくれた時チュッてしてくれた。
「うむ。これくらいの祝福なら、向こう五年は瘴気からその身は守られよう」
「ありがたく頂戴いたします」
少しはにかむように笑ったけど、ファルハドさんが動じてないのが凄い。相手は半神で絶世の美女なのに。
それをウルズさんも面白そうに見て笑った。
「ふふ。何故だか気分がいいな、フレイ。二人とも、何か困ったことがあれば、ここを訪ねてくるがいい。フェンリル、お主が連れてこい」
『いいだろう』
なんだか、私たちを気に入ってくれたようで何よりだ。
さあ。これでユーシスさんの呪いは解ける。そのことが、王子の命を救う希望にもなった。
お礼を言って、お父さんに乗ろうとした時、フレイさんが私を引き止めた。
「ハル。君は世界の深淵を覗いたよね」
フレイさんは私の目を見ながら、明るい口調を変えて言った。
王子と行った、あの黒真珠に飲み込まれた時のことだ。何故そのことをフレイさんは知っているのだろう。
「魔獣や神獣たちはもちろん、神々でさえこの世界に来るために、地球での存在から変質しなければならなかった。そのおかげで、ほとんど原種はいないけどね」
フレイさんは、少し寂しげに笑う。
「そして、俺たち半神となってしまった神々は、自分たちの揺らぐ存在を確立させるために、人間という知覚できる生き物が必要だった。だから、人間を試行錯誤のうえに作り出した。黒の森は、その半神が自分たちに寄せて作った人間が最初に生まれた場所だ」
薄々気付いていたけど、黒の森の人たちがすごい魔力を持っているのはそういう理由があったんだ。
「その、人より神に近い黒の森の人間が、正真正銘の神として存在する女神の加護を受けた人間と血が混じったことは、俺たち半神にも予想ができない結果になった」
長い、この世界の秘密だ。
フレイさんは抽象的に言っているけど、人間より半神に近い黒の森の人と、女神の加護の厚いレンダール王家の人の血が混じったというのは、つまり王子のことだ。
その前のユノさんは、女神様が神々に背いて恣意的に与えた加護で、人としてはあまりに強すぎる力を持ってしまったため、その頃はまだエルセを監視していた地球の神々がその力を恐れて、黒の森の半神としての力を奪ったそうだ。
以降はレンダール王家と黒の森と血が交わらないように長く両家の交わりを禁忌としてきたけど、地球の神々もエルセを見放し忘れ去られたこの時代に、王子のお母さまと国王陛下が出会い、王子が生まれた。
「俺とそっくりな黒の森の子は、もう生まれるはずのなかった奇跡の子なんだ」
王子が大きな力を持って生まれたのは、必然だったのか偶然だったのか。
「そして、その子が引き寄せたのが、君だよ」
壮大な話が私へと繋がった。
「奇跡が繋いだ、神々でも予測しなかった存在が、君なんだ」
誰にも予測できなかった存在だからこそできることがある、と。
この世界を縛る地球の神々の思惑から、ただ一人外にいるのが私。
この世界を救いたいのに、地球の神々の制約で苦しむこの世界の女神が、その私の存在を媒介にして地球の力を揮うことができるようになった。それが私のスキル。
でも、私なんて、ただ私の周りの人が幸せになってほしいと願うだけの小さな存在だ。その私が、女神様の力になるなんて、信じられない。
困って正直に言ったら、フレイさんはクスっと笑った。
「君はそれでいいんだよ」
だから、君の願いが叶いますように。
そう言って、フレイさんは私たちを送り出してくれた。
話が大きすぎて分からないけど、今は私ができることをやればいい。多分そういうことだ。
さあ、レンダールへ帰ろう。
そして、ユーシスさんの呪いを解く。まずはそれからだ。
でも、ハタと気付く。……その呪いを解く「聖水」って。
泉の水はともかく、土とその成分が……。
「帰ったら、『聖水』の材料、説明しなくちゃダメ、かな」
「ギリギリまで隠そう」
『うむ。そうだな』
今から、この「聖水」を飲まされるユーシスさんを想って、私たちは口をつぐむことにした。
原材料が、蛇がにょろにょろしてる泉の水と、ノームが適当に掘った土。そしてそこには、キノコ大根の食べかけのチョコとキノコ大根の汁がちょっと沁みている。
いくら調合でも、口にしたくない「聖水」ができあがりました。
あとファルハドは、口か額か迷いましたが、作者の頭の中にいる小さい作者たちの会議で額になりました。僅差でした。
そんな感じで、来週はお休みかなぁ。わからないや。
お会いできたら、また来週お会いしましょう!




