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126 宴の残滓

前回から時間が空いてしまいましたが、筆が鈍ったのには訳があります。

今作は、なろうの異世界(恋愛)初のヒーローが誕生する問題作となるかもしれません。

この作品は、乙女の夢も希望も捨てました。

Let‘s 毛祭り!

 王子が目を大きくして綾人君を見る。綾人君も王子を見たけど、ハッとなってもう一度夕奈さんの手記を見た。


 王子と綾人君は遠い血縁がある。夕奈さんは王子とイリアス殿下のご先祖様。

 でもそれって、やっぱり綾人君が覚悟していたことが起こったということ。みんなもそのことに気付いた。


 夕奈さんとテオドールさんのお子さん、ユノさんは約二百五十年前の人。それならば、夕奈さんは、もう……。


「……夕奈」

 綾人君は、夕奈さんの名前をポツリと呟く。

そして、今度は私を見た。


 綾人君がこの世界に再び来た夜。あの時よりもずっと頼りない瞳だった。

「ちょっと、一人になってもいい?」

 そう言って綾人君は笑ったけど、全然笑顔に見えないよ。なんでか、綾人君を一人にしたくない。

 私たちは同じ気持ちなのか、みんな似たような感じで沈黙した。それを綾人君は敏感に感じ取ったようだ。


「大丈夫。世を儚んだりしないから」

「綾人君」

 そういうのは、冗談でも言わない方がいい。気持ちって、言葉に引きずられることがあるから。


 私が名前を呼んだら、綾人君は少し首を傾げて自嘲するように笑って、「一時間だけでもいいんだ」と言う。それを誰が止められるだろう。


 アルレット伯母さまが上の棚から降りてきて、綾人君に私たちが来た道と別の横穴を指し示す。どうやら一人になれる場所を提供してくれるようだ。 

 私は人をダメにするビーズクッション(小)を綾人君に渡した。顔を埋めると気持ちいいよ。


 すると、綾人君はちょっときょとんとしたあと、少し寂し気だけど柔らかく笑った。

「ほんと、波瑠のこういうとこ好き」


 謎の告白を受けて私こそきょとんとしていると、イリアス殿下をおんぶして戻ってきた王子が、私の足を軽く蹴ってくる。それを見てから、綾人君は伯母さまが空けてくれた場所へ入っていった。


 その頃には、リヨウさんも檻から救出されて、お酌をしてくれていたノームたちに手を振っている。リヨウさんはファルハドさんが転移で迎えに行ったようだ。セシルさんは……ええと、他の伯母さま二人とまだ楽しそうにおしゃべりしていた。


「おい、ばばあ。なんで今この話をしたんだ?」

 王子が伯母さまに少し険がある声で問いかける。それに伯母さまは「まぁ、こわぁい」とおどけた様子で返す。


「あれね、多分勇者君以外には開けないような魔術が掛かっていて、あの中身は正直誰も解読できなかったの」

「……やっぱり俺の誕生日と全然関係ねぇな」

 もう手記は、王子が見られないの前提だったんだね。もはや王子のへのプレゼントは、この不可解なダンジョン体験以外なく、綾人君のついでであることが判明。

 伯母さまはそんなことは気にせず先に話を進める。


「でも、長に引き継がれた言い伝えがあって、またこの地に勇者が舞い戻るだろうって。オーリィの召喚の話を聞いてから、絶対にその予言は今を指していると思ったの。それで時期を待っていたんだけど、なんか女の子二人が召喚されちゃうし、最上位魔獣がこぞって関わってくるし、なんだか分からないスキル持った子が現れるし、もっと変なことになっていたから、ちゃんと勇者が召喚されるまで様子見をしていたのよ」


 意外と重要なことをおっしゃった。昔から綾人君の再召喚は予言されていたんだ。

 でも、誰によって?

 そのあたりは伝承が古くて伝わっていないとのこと。


「まあ、勇者君に宛てた言葉が綴ってあったのは意外だったけど、もしかしたら長に伝わっていた予言は、聖女本人が残したのかもしれないわね」

 伯母さまは綾人君が向かった先の道に視線を向けて、「でも、手にするべき人の手に渡って良かったわ」と、そう呟いた。本当にそうだね。


 それから三十分ほどで綾人君は戻った。あまりに早かったから心配になったけど、綾人君は何事もなかったかのように平静だった。

 覚悟をしていると言っていたから、無理やり感情を押し込めたのかもしれないけど、それでも強い人だと思った。


「波瑠。なんか、こう、ガ~ッてなるご飯が食べたいんだ!」

 クッションをギュッと抱っこしながら、綾人君が宣言する。

 そういえば、午後いちで攫われたから、多分もうちょっとしたら夕飯の時間か。この前はカレーうどんで、お昼はパンで、さっきのおやつもパンだったから、ご飯も食べたい頃合いだろうし、ガ~ッてなる食べ物ってなんだろう。

 突然の綾人君のご飯リクエストに、私は頭を悩ませた。


「あ、じゃあ、鍋なんてどう?」

「夏に鍋。いいね、クレイジーかつガーッとなるね!ちょうどここは涼しいし、締めにおじやが食べたい!」

 どうやらお鍋で正解だったようだ。

 よし、伯母さまたちも酒盛りの途中だったし、いろんな種類を作ろう。


 綾人君と有紗ちゃんと相談して、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋、キムチ鍋、ポトフ風トマト鍋、あとはセリカの人もいるから餃子入り海鮮寄せ鍋だ。


 みんなにも協力してもらって、夕飯の準備をする。特に、私のスキルを初めて見る伯母さまたち黒の森の方たち、あとノームたちも興味深々だった。

 っていうか、ノームたちも夕飯食べたいのね。


 ユーシスさんは、まだ痺れているスイランさんのお世話を双子にお任せして、お料理に参戦だ。ファフニールはイヴァンさんがスリングごと引き受けてくれて、レアリスさんもお料理に加わってくれた。あ、レアリスさん離れて、ファフニールがピーピー鳴いてる。

 伯母さまたちに脅……協力的なのか、ノームたちも食事の準備を手伝ってくれているけど、時折ガサッと動いて「ケケケ」と声がするレジ袋を見ながら『〝マンドラゴラ〟カラ良イ汁ガ出ルゾ』「いらねぇ」と王子と不穏な会話をしていた。

 アレって、キノコなのかな、それとも大根なのかな?いや、絶対ノーサンキューだけど。


「そういえば、ガルたちはどうしたんですか?」

 ふと私が尋ねると、伯母さまは「忘れてたわ」と言う。セシルさんやアズレイドさんが嚙んでたから怪我の心配はしてなかったけど、一応お父さんとかハティがパニクってないか確認だ。


「大丈夫よ。外でリュシーが相手しているから」

 ああ、やっぱりそこも噛んでたんですね。そうじゃないかと思ってたけど。

 王子の誕生日祝いなのに、リュシーお母さまが絡んでないことはあり得ないね。


 そうして、伯母さまが何かの魔術で合図を送ると、すぐに転移でお母さまが現れた。仔犬化したお父さんを抱っこしながら。


「いやー、結構早かったわね。三日ぐらい彷徨わせるつもりだったのに」

「……それはふつうに遭難だろ」

 リュシーお母さまが楽しそうに言うのを、その息子が突っ込む。ぎゅってされてるお父さんの表情が無になっているけど、王子はあえて突っ込まない。


『ハル!』

 可愛いハティちゃんの声がして、お母さまの後から子供たちとレジェンドのみんなも合流した。そして、何故かレジェンドのみんなが生ぬるい顔で王子を見る。


「ハティちゃん。大丈夫だった?」

『うん!リュシーがね、面白いもの見せてくれるって言ったから一緒にいたの』

「へぇ、何を見せてもらったの?」

『うん。内緒だけどね、王子が猫「わぁぁぁぁぁ!!」』

「あ?俺がなんだって?」

 ハティがなんか凄いことを暴露した。私が遮るように悲鳴をあげたけど、ほぼ同時にユーシスさんが「失礼します」と言って、絶妙なタイミングで背後から王子の耳をふさいだ。グッジョブ!「いきなり何すんだ、ユーシス」と王子が不審そうにユーシスさんの手をどける。


『ハルの膝に乗ったり、胸筋男に抱き着いたりしていたな、オーレ「わぁぁぁぁぁ!」』

 王子の耳からユーシスさんの手が外れると、今度はメイさんがなんか言う。私の悲鳴と同時に、クロさんが頭突きをして嫁を止めてくれたけど、再び光速で王子の耳をふさいだユーシスさんに、王子はキレ気味で「だから、なんなんだよ!」と言った。今度もセーフだ。


「聖女様からお借りした〝すまほ〟にオーリィちゃんが猫「わぁぁぁぁぁ!」「殿下、私を見てください!」……」

 お母さまの手には、どこから撮影したのか猫化した王子が映った動画が流れるスマホ(いつ借りたの!?)があって、私が絶叫と共にお母さまからスマホを奪い取り、ユーシスさんが王子の耳をふさぐように、今度は正面から顔を両手で包んで自分に向けた。


「……ユーシス、お前まさか……。いや、気持ちは嬉しいが、俺はお前をそういう目では見れない……」

 私が動画を削除している間に、なんか王子が気まずそうに目を逸らして何か呟いている。有紗ちゃんも「ああ、そういえばスマホ、アズレイドに貸したわね」と呟いている。


 動画を抹殺した私がユーシスさんに頷くと、ユーシスさんも頷き返してくれて、「失礼しました。御髪が少々乱れていたもので」とササッと王子から離れた。王子も「あ、ああ、そうだよな」と何か釈然としない様子で頷いた。気付けばその様子を、周りの人たちが何とも言えない顔で見ていた。


 そこへメイさんがトコトコとやってきて、「お前もとうとう目覚めたな」とユーシスさんを見上げて言って、私とユーシスさんはその生温い空気の意味に気付いた。

 つまりは、なんかユーシスさんが王子に強引に迫ったようにみんなには映った、ようだ。私とレアリスさん、綾人君は事情を分かってるけど、他の人はドン引きしていた。


「「も、申し訳ございません!!」」

 私とユーシスさんが思わず土下座で謝ると、それで何かを察した王子が問いかける。

「お前ら、俺に何を隠してる。吐け」

「「……いえ、何も……」」

 私たちは王子から目を逸らして追及を逃れようとするけど、正座する私たちの前に、ヤンキー座りしてメンチを切る王子が顔を近づけてきたので、その圧に負けてしまいそうだった。王子の目、瞳孔が開いちゃってる。それでも私たちは貝になろうと決めた。


 そこへお父さんが王子の膝にお手をした。

『許してやれ、オーレリアン。そもそもそなたが猫になってしまったのが悪い』

「お父さん!!??」「フェンリル!!」

 サラッとお父さんが暴露してしまった。私とユーシスさんの絶叫が響く。


「そうよ。ほら、これが証拠よ」

と、お母さまがさっきの有紗ちゃんのとは別のスマホを取り出した。「あ、俺がアズ君に貸したヤツ」と綾人君も言う。これもアズレイドさんの仕業のようだ。


 そこには、猫化した王子がユーシスさんにスリスリしているヤツからの~レアリスさんにレーヴァテインで遊んでもらってる動画が流れてた。


「#$&%*+<>!!!!」

 王子の言葉にならない悲鳴が地下世界に響き渡った。


 私とユーシスさん、レアリスさん、綾人君がそっと、発狂する王子から目を逸らした。

 私たちの願いも空しく、王子の猫姿は白日の下に晒されたのだった。


「大丈夫。王子、可愛かったからね!」

「ガハッ!!」

 私が慰めようとしたら、何故か王子が胸を押さえて倒れた。『今のがトドメだったな』とお父さんが物悲しそうに王子を見ながら言った。うそ!?


 こうして屍と化した王子をイリアス殿下の隣のスライムに乗せ、真夏の鍋タイムに突入した。


 ハフハフと、熱々の鍋を堪能した。ノームたちも一列に並んでワクワクしている。スイランさんも痺れが取れて、ノームたちと並んで配給を受けていた。

 最後には寄せ鍋とミルフィーユ鍋にはおうどんを入れて卵でとじ、キムチ鍋とトマトポトフ鍋にはご飯とたっぷりのチーズを投入。具材の旨味が全て絡んだおうどんと、アルプス並みのとろけるチーズに包まれたキムチ&トマトリゾット風おじやに、大量に作ったお鍋は、おつゆ一滴残らず全部消費されてしまった。


 私は、顔を覆ってしくしく泣きながらスライムに埋もれる王子に、各お鍋をお口に持っていってあげると、泣きながらも全部食べた。途中から口を開けて待っているので、わんこそばみたくどんどんお口に具を突っ込んでいくけど、面白いくらいあっという間に王子の胃に消えていった。それに、締めまできれいに平らげ、誰よりもたくさん食べていた。


 結局、ビールやハイボールも解禁になって、なし崩しに宴会になってしまった。

 綾人君は王子やラハンさんと一緒で、お酒を飲むと陽気になって、虫取り網でノームやスライムを捕まえていた。その後綾人君は私に太マジックを所望し、お父さんとラハンさんにマジックで太い眉毛を描いて喜んで、王子と鼻毛を描きっこしていた。

 酔っ払いたちの醜態は、子供たちの情操教育にはよくないので、子供たちは先に寝かしつけることにした。


 王子とラハンさんと綾人君は、お互いを見て爆笑していたけど、お母さまがその様子を有紗ちゃんのスマホで撮影していたよ。あとで地獄を見ないといいね。


 宴もたけなわになって、何人かウトウトし始めたので、お開きにしてこのまま地下世界で就寝することにした。

 酔っ払い三人は、先に潰れてしまって端の方に転がされていたので、私はタオルケットを掛けてあげようと準備した。多分、綾人君の気持ちを紛らわせようと、みんな必要以上に明るく振舞ったのかもしれないものね。


 大げさに笑う綾人君が、笑いに紛れて、ちょっとだけ目尻を拭ったのが思い出された。

 ほんの少しだけでも、今日の笑いが綾人君の心を軽くしてくれるといいな。


 ……と、しんみりしたけど、左鼻からワンループした長い鼻毛が出ている王子と、両鼻から三本ずつ鼻毛が出た綾人君を見て、私なりに思うところがあったのは確かだ。


 翌日、正気を取り戻した王子と綾人君とラハンさんは、それぞれの顔を見て盛大に吹き出し、その後レアリスさんが差し出した鏡を見て絶叫したのでした。



 顔を洗って元に戻った王子と綾人君、ラハンさんが意気消沈しているけど、そろそろこの地下世界からお暇しないといけない。今日は王子の誕生日だ。

 とりあえず、地下世界じゃなくてちゃんとした場所でお祝いをしてあげたいと思うけど、昨夜ほどのインパクトは出せない自信がある。


 伯母さまが「せっかく他の罠も用意したのに」とぶちぶち文句を言うけれど、私たちはもうずいぶんとお腹いっぱいだ。王子が、「また今度付き合ってやるから」と言っている。

 なんだかんだ言って、王子と伯母さまたちは仲がいいんだと思う。


 私たちが伯母さまたちが用意した転移陣で帰ろうと支度をしていると、隅に追いやっていたレジ袋がガサガサと動き出し、キノコ大根たちが出てきた。キノコ花の部分が刈り取られているから、今は大根か。

 あ、王子が劫火の呪文を唱えそうになって、レアリスさんが後ろから王子の口をふさいだ。

この地下空間で火を使ったら、みんなイチコロだよ?

 あ、スイランさんも、指を鳴らすのやめてください。スイランさんが殴ったら、大根潰れます。


 その大根たちが、ユーシスさんと綾人君の足にひしっと抱き着いた。まるで連れて行ってくれと言っているようだった。懐いているので可愛いと思うのだけれど、どうしてもビジュアルが可愛さを死滅させている。


「君たちは、とても貴重な生き物だから、外の世界に出たら危険なんだ」

 ユーシスさんが膝をついて大根たちを説得するけど、今度は膝に抱き着いていやいやしている。

 珍しくユーシスさんが途方に暮れて、王子を見上げる。

 王子は嫌そうな顔をしていたけど、真剣に王子を見上げてくる大根たちを見て、ふぅぅと深いため息をついた。

「仕方ない。連れてってやる。ただし、ちゃんと言うことを聞くんだぞ」

 王子が言い聞かせると、大根たちは大喜びして、四匹で手をつないで円を作って踊り出した。マイムマイム?


 ほんと、こういうところみんな優しいよね。


 そんな訳で、私たちは大根たちも一緒に連れて帰ることになった。

 王子が「鉢に戻れよ」と言ったら大根たちは、「ケケケケケ」と笑って「はいはい」といった感じで肩(?)を竦めた。舐められてるね、王子。

 代わりにユーシスさんが戻るように言うと、大人しく鉢にみっちりと収まる。また王子が劫火の魔術に手を染めようとしていたけど、でも鼻で嗤われた時よりは王子の身分が向上していると思うよ。


 こうして私たちの地下世界探検ツアーは幕を閉じたけど、まだ今日は終わってない。

 伯母さまたちの転移陣が発動して、私たちは約一日ぶりに外に戻ってきた。


 転移した先は、深い森に囲まれた村の広場だった。


 赤や緑の壁に古びても頑丈な木の扉と小さめの窓、雪がたくさん降るから三角屋根や中折れ屋根に煙突があって、家を覆うように庭木が茂って、北欧の片田舎の素朴でのどかな集落を思わせる、それ一つ一つが絵画のようにノスタルジックな家々。

 野花が彩を添えた石畳が各家を案内するように敷かれ、ところどころ涼しげな水音を奏でる小川が横切って、小さなアーチ形の橋が架かっている。小川がたまに光るのは、風で揺れた水面に映る日の光か、それとも小さな魚の群れか。


 初めて訪れたのに、どこか懐かしく美しい風景に、私たちは見入ってしまう。


「ようこそ、〝黒の森〟へ。歓迎するわ」


 リュシーお母さまが穏やかに微笑んで私たちを見た。青みのある銀髪に瑠璃色の瞳の(しゃべらなければ)妖精のようなお母さまが、とてもしっくりと嵌る場所だ。


「ああ、領都へ行く予定だったが、まあ、来ちまったものは仕方ない」

 王子が達観したように言う。お母さまたちが絡むと仕方ないよね。

 私たちの予定では、王子の領地の都であるエストラトへ行く予定だったけど、ずっと予定を前倒しにして先に黒の森に来ちゃった。領都には多分、お母さまが根回ししているはずだから、混乱もないだろうしね。


「とりあえず、何もない所だが、ゆっくりしてくれ」

 王子は何もないと言うけれど、こんな素敵な場所でゆったり時間を過ごせるなんて贅沢だ。


 でも、そんな寛ぎムードの私たちを見て、お母さまと伯母さまが鼻で嗤った。

「ゆっくり?何を寝ぼけたことを言っているのかしら、オーリィちゃん」

「ふふ、特別と驚きに満ちた宴は待ったなしよ」

「……勘弁しろよ」

 不吉な予感に、げっそりとした顔で王子が突っ込む。怖いね、「特別と驚き」って。


 あれ?そういえば、お父さんを昨日の夜から見掛けてないけど、どこ行ったんだろう。

 ふと気付いた違和感に、私たちは大いなる不吉を思い描いた。


「そろそろ頃合いね」と言うリュシーお母さまが、空を見上げて手を振った。

 次の瞬間、私たちがいる広場が急に狭く感じられた。

 何故なら、私たちやセリカ一行以外に、大きな影が空から広場に舞い降りてきたからだ。


『久しいなハル。それと、アヤトもおるではないか』

『なるほど、これは楽しくなりそうだ』


 赤い大きな鳥さんと、白い大きな虎さんがしゃべってる。そして、その白い虎さんの背中から、小さくて青い蛇?、ううん、小さい青い竜が現れた。


「……まさか」


 それは誰が呟いたか分からなかったけど、その場にいる人間組みんなが思ったことだ。


『おお、待たせたな、客を連れてきてやったぞ。ワハハハ!」

 最後に来たのは、この世界最大の問題生物、お父さんだ。


「何してくれてんだ、フェンリル!!!!……ぶはっ!」

 王子の絶叫が響く。あと、堪えきれなかった笑いも。


 私たちは頭を抱えたけれど、それよりもシリアスになりきれない要因が目の前に。

 昨夜、綾人君が書いた眉毛が消されないまま、お父さんはそこに存在した。


『きゃぃぃぃん!!!』という悲しい鳴き声が黒の森に響いたのは、それから間もなくのことだった。

そんな訳で、鼻毛の出ているヒーローと勇者、眉毛と共に世界を駆けたお父さんをお送りしました。

大切な所まで一話に入れ込みたくて書いていたら、いつもより1,000字くらい多くなりました。

気付けば、全然重要じゃない描写が9割9分を占めていた……。

次話こそ、ちゃんとします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おかえりなさーい♡ おとうさーん!
[良い点] 更新お疲れ様です。 鼻毛は体内に入ってくる悪いものから守ってくれる大切なお毛毛ですから、長くても良いんだよ! 頭部を守る髪と同じ位・迷信だけど御守りとして重宝(?)された、女性の大事なと…
[良い点] あはは!あはははは!! [気になる点] 綾ちゃんのシリアスが霞んでくぅ… [一言] ユーシスは王子で優しく男前だから、なんも問題なし!(腹黒だけど。大根相手だけど。) 注意!)あくまで…
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