125 王家の血脈
週一更新、ちょっと取り戻せたかな?
そんな訳で、ダンジョン第三弾!
え?タイトル違うって?
レアリスさんの産卵宣言に周りが沈黙していると、また別の道から人の声が聞こえてきた。有紗ちゃんたちだ。
あれ?アルジュンさんがイヴァンさんにおんぶされてる。……まさか。
有紗ちゃんが私に駆け寄ってくる。
「ああ、波瑠たちだ!良かった。アルジュンが変な銀色の小人に絡まれて……」
「婿にされそうになった?」
「生贄にされそうになった」
「……え、なんて?」
なんでも、有紗ちゃんたちが遭遇したノームたちは、なんか魔物っぽくなっちゃって、土魔法で作った檻にみんなを閉じ込めて、「ココヲ通リタクバ、供物ヲ捧ゲヨ」と言うので蹴散らしたらしい。
それ、魔物っぽいんじゃなくて、ノームたちの通常運転だね。
そしたら、ノームの長老らしきおじいちゃんが「先生、ヤッチャッテクダサイ」と言ったら、大きな銀色のスライムが出てきたんだって。まさかのメ〇ルキング!?
そして、ノームたちは「オ前タチノ武器ヲ先生ニ食ベラレタクナクバ、何カ寄コセ」と言って脅迫してきたようだ。
金属を食べる用心棒の登場に驚いたけど、スライムは驚くほど弱かったって。アルジュンさんが檻の中から剣でベンって叩いたらササッと逃げて行ったみたい。ノームたちが「アァ、我ラノ掃除係ガァ」って嘆いていたらしいから、多分そのスライムに生活ゴミみたいなのを掃除してもらってたんだね。
けど、「カクナル上ハ、出デヨ〝マンドラゴラ〟!」と言ってキノコ大根を召喚したようだ。どこにでもいるのかなぁ、キノコ大根。
で、例の白い粉をアルジュンさんが掛けられて、スライムを呼び戻す生贄にされそうになったとのこと。アルジュンさんは、いっぱい金属製の武器を持っていたから生贄に選ばれたみたい。
アルジュンさんが被った粉は、どうやら痺れ薬だったようだ。
スイランさんが、「あ、ファルハドがやられたのもそいつだ」と言ったので、ノームとマンドラゴラとスライムに共生関係があることが判明した。ちなみにファルハドさんが浴びたのは眠り薬だったようだ。王子の粉が一番酷かったね。
幸いアルジュンさんは、竜化したイヴァンさんが檻を壊して助けてくれたので事なきを得たようだ。なんか、キノコ大根の粉は強力すぎて、有紗ちゃんの〝聖戦〟でもリウィアさんの〝解毒〟でも効かなかったみたい。
そんな訳で、例のキノコの絞り汁の出番だ。
うわぁ、と有紗ちゃん、イヴァンさん、リウィアさんの顔が青ざめる。でも効果覿面だ。
「なあ、俺も記憶が抜けてる時間があるんだが、まさか……飲んでないよな?」
王子がまずいことに気付いてしまった。私とユーシスさん、レアリスさん、綾人君が一斉に目を逸らしてしまい、王子は逆に察してしまった。そして、ファルハドさんも「え?」ってなる。
記憶がない人は、自分が受けた仕打ちを察してしまったようだ。
二人の絶望に染まった顔を見たくなくて、全員が沈黙した。ただ一人、今目覚めたアルジュンさんを除いて。
ただ、私たちは、王子がニャンコ化していたことだけは死守した。
とりあえず、偶然にも全員が揃っちゃった。この場合、一緒にゴールしたら、誰の勝ちになるのかな?もしかして、全員失格とか?
そ、それはともかく、今はレアリスさんが抱っこしてるファフニールのことだ。
「で、わたくしの納得いく説明をしてもらえるのでしょうか、殿下」
スイランさんはあえてレアリスさんの方を見ないで、王子に問いかけた。何故なら、レアリスさんがファフニールの赤ちゃんに頬ずりしているからだ。いつもどおり無表情だけど。
「黒紅色の鱗、金の目。そやつは、悪竜ファフニールでは?」
バレてる。
スイランさんは、ファフニールにいい感情を持ってないみたい。
「もしそやつがファフニールであれば、我がセリカの北西を不毛の地にした元凶。危険な存在であれば、いえだからこそ、幼い今、排除せねばなりませぬ」
セウェルス侯爵も言っていたけど、ファフニールって数百年前、世界の半分を毒の大地に変えたって言っていた。それは、今のレンダールの北東からセリカの北西にかけて、荒れ地と砂漠が広がる広大な場所のことで、私たちも通った〝龍の道〟もその一部らしい。
当時は、今ほど人口がいなかったから、一国にも及びそうな広大な場所が不毛の地になったので、世界の半分っていうのもあながち誇張じゃない。
その理由が、金や宝石類の鉱床が点在する地域で、人間が発見したその財物を奪おうとしたからとのこと。だから名前も〝貪欲の竜〟という二つ名があるらしい。
そんな悪名しかない竜なら、確かにスイランさんの行動は正しいかもしれない。
でも、と私は思う。
レアリスさんの手に楽しそうにじゃれながら、全身で懐いている今の姿を見たら、〝回帰〟ってやり直しができるってことじゃないか、って。
私が王子を見たら、王子が頷いてくれた。
「スイラン殿。これは、ハルが全てを無効にして回帰させたファフニールだ。おそらく能力も消えて、今はまだ〝名前持ち〟ですらないこいつを、悪竜だと断じるのは尚早だと思う。少し、時間をくれないか?俺が責任を持つ」
王子が私の言いたいことを言ってくれたので、私はスイランさんに頭を下げるだけだった。スイランさんは、そんな私たちを呆れたように眺めた。
「本当に、レンダールの王族ともあろうお方が、甘いのお」
スイランさんの黒い瞳がキラッと光って拳を握ったと思ったら、ゆらっと何か陽炎のようなものがスイランさんの体から立ち上がった。「スイラン!」と鋭いファルハドさんの声と一緒に、数人が動いたみたいだった。
私には全然見えなかったけど、気付いたら、ユーシスさんが左手でスイランさんの右の拳を包むように受け、レアリスさんがファフニールを庇うように逆手に持ったレーヴァテインを構えていた。ファルハドさんもスイランさんの腕を組むように引き止めている。遅れて、スイランさんの双子の護衛のメイシンさんとメイリンさんが「姫様!」と言って、スイランさんを拘束する背の高い男性たちの間に割って入った。
赤ちゃん竜は、何が起こったか分からないから、レアリスさんがギュッと抱きしめたのを「きゅいきゅい」と喜んでいた。
一触即発の雰囲気になったけど、スイランさんがその赤ちゃん竜の声を聴いてすぐに「すまない、頭に血が上った」と言って謝罪し、拘束は解かれた。そして、「頭を冷やしてくる」と言って、みんなに背を向けて、私たちが来た方の道に入っていった。その後を双子が追いかけていく。
「悪いな。あいつ、身内を黒竜にやられてから、魔物や黒い魔獣が駄目なんだ」
ファルハドさんが、あまり多くを言わずに、それだけ教えてくれた。
知能が低いワイバーンという黒い翼竜の亜種だったと。
「スイラン殿の事情は配慮すべきだが、俺はファフニールの扱いは変える気はない」
少し重みを増した雰囲気の中、王子はきっぱりとそう言った。確かに、スイランさんの事情と、ファフニールの赤ちゃんを処分することは別の問題だ。
「承知しております。むしろそうしていただけるとありがたい」
あいつも本質は分かっています、とファルハドさんはスイランさんをフォローする。結構淡泊な付き合いだと思っていたけど、ファルハドさんもスイランさんもお互いを兄妹としてちゃんと認め合っているようだ。
「あと、ユーシス。ハルにポーションで治してもらえ」
王子がもう一つ言う。え?ユーシスさん怪我したの?
慌ててユーシスさんの左手を見ると、赤黒く腫れていた。スイランさんの拳を受けた時にこうなったようだ。
「フォルセリア卿でなかったら、この程度ではすまなかったな。ありがとう。この不始末の責任は俺に。そして、必ずあいつにも責任を取らせる」
「そのお言葉だけで十分です。公主殿下にも同じようお伝えください」
ファルハドさんに謝罪されて、ユーシスさんは笑って返す。本来なら外交で相手国の重鎮を怪我させたら、各国間で協議が必要な案件だろうけど、怪我した本人が不問としたら、それを受け入れるのも礼儀だ。
ファルハドさんは、ユーシスさんに深く頭を下げた。
ファルハドさんも西戍王として、軽々しい謝罪はアウトだけど、これはどこまでも非公式にするようだ。
私がポーションを掛けると、あっという間に打ち身も腫れも引いた。
「痛い、ですか?怪我は嫌です」
本当に誰にも怪我はしてほしくない。ユーシスさんは「ありがとう、痛くない」と言うと、私の頭をポンポンと撫でた。それから「俺で良かったんだよ」と軽く笑った。
スイランさんは素手で魔物を粉砕できるだけあって、あとはイヴァンさんくらいしか止められないけど、イヴァンさんが竜化して止めれば、竜化の鱗は魔獣でも最高硬度で、スイランさんが怪我しちゃうらしいからね。でも、これも別問題だ。
「ほんと、怪我なんかすんな、馬鹿」
私に便乗して、王子もユーシスさんに言う。
言い方はすごく悪いけど、王子もユーシスさんのことをとても大切にしているものね。でなきゃ、猫化した時、あんなにユーシスさんに懐かないもの。
そんな王子の態度に、ユーシスさんも「はい。殿下」と優しい笑みを浮かべた。
少しみんなの雰囲気が和らいだ、と思った瞬間。スイランさんたちが行った方向から「んぎゃ!」という声が聞こえた。スイランさんの声だ!その後から「姫様ぁ」という双子の声と、ケケケケケという不気味な声が遠ざかって行った。
慌てて駆け寄っていくと、入り口付近にスイランさんが軽く痙攣しながら仰向けに倒れていた。泣きながらスイランさんを介抱する双子が言うには、頭を冷やそうと岩に腰掛けようとしたら、へんな柄の花を咲かせた大根がいて、誤って座ったら怒って何かの粉を出したそうだ。それがスイランさんに命中してしまったとのこと。
奇跡の材料って、群生してたんだぁ。
スイランさんはどうやらキノコ大根の痺れ薬の粉に当たったらしく、「むれん(無念)」と言っていた。
急いで私はキノコ大根の絞り汁を出すけど、スイランさんは「いやら(嫌だ)、のむくらいららここひふへへいへ(飲むくらいならここに捨てていけ)」と駄々をこねた。
「まあ、恐らく数時間もすれば効果が切れてくるだろう」
と、自分の身に置き換えた王子が同情し、テキトーな診断を下して、とりあえずこのままファルハドさんがおんぶすることになった。でもそれをスイランさんが「ふぁるはろらいやらぁ(ファルハドじゃ嫌だ)」と言う。
ファルハドさんが平謝りしたあと、協議の結果、おんぶや抱っこに定評のある安定のユーシスさんがおんぶすることになった。でも、スイランさんは体が痺れて腕がだらんとなってしまうので、結局お姫様抱っこで行くことになった。
「ふあう(すまぬ)」「お気になさらず」
なんか、呂律が回らず泣きそうになっているスイランさんが可愛らしい。ユーシスさんも思わず微笑んでしまったようだ。
それを見たスイランさんが目を逸らす。心なしか陶器のようなほっぺが赤くなった気がする。おや?
そんなこんなで、ちょっと仲直りムードになって、全員でゴールに向かうことになったんだけど、その前に、と綾人君がちょっと待ったを掛けた。
「一つだけやらせてほしいことがあるんだ」
そう言って綾人君は、レアリスさんがまだ肩から掛けているスリングから、ファフニールの卵の殻を取り出した。
「……もしかして」
「うん。これ、絶対何か武器を作らないともったいない」
そう言って綾人君が「もらっていい?」とみんなに許可を取る。全員一致でOKが出たので、すぐに武具創造に入るようだ。
殻を掌に載せて目を瞑ると、パァッと殻が光輝いた。その光の形が崩れると、綾人君はその手を合わせてしまった。でもすぐに手を離していくと、そこには細く長い光の形に変わったものが現れた。
光が収まるとそこにあったのは、レーヴァテインより少し細身で長い淡藤色の刀身で、黒い柄に王子みたいな紫色の宝石が嵌った、シンプルだけど、それはそれは綺麗な剣が現れた。
「どう?カッコいいでしょ?魔剣〝グラム〟だ」
わあ、こうやって綾人君は武器を作ってたんだ。なんか、感動。
そういえば、綾人君って虫取り網以外持たせてなかったな、と思い至った。「とんだ勇者の持ち腐れだろ」と綾人君が言う。そっか、綾人君って軍に匹敵するくらい強かったんだったっけ。
残る道はあと一つ。四つの道のうち、三組が来た以外の残った道を選んだ。
イヴァンさん、アルジュンさんを先頭に、真ん中にスイランさんを抱っこしたユーシスさんを中心に三列で地下空間を歩いた。しんがりは何故かファルハドさんと綾人君だ。ちなみに、四匹のキノコ大根が入ったレジ袋は、有紗ちゃんが持ってくれることになった。好奇心からか、中身をチラッと見てしまったようで、有紗ちゃんは後悔していた。
また私たちは、ケケケと奇妙な笑い声のするレジ袋と、「きゅいきゅい」と楽し気に鳴く竜の赤ちゃんと歩くこと二十分ほど。この間、誰もレジ袋について聞かなかったけど、とうとう私たちは大きな空間に出た。
そこは、最初に私たちが拉致された空間だった。
予想どおりというか、そこには王子の叔母さまとお姉さまたち、そしてセシルさんが楽しくまったりとお茶をしている光景があった。セシルさんが「やっほー」と手を振ってる。
「まあ、グルだよな」
王子がポツンと言う。
そういえば、イリアス殿下とリヨウさん?とキョロキョロしたら、檻の中でノームたちに接待されているリヨウさんと、何故かスライムに埋もれているイリアス殿下がいた。
イリアス殿下はとりあえず服も体も溶けてないように見える。ウォーターベッドかゲルクッション?みたいな感じで寝ている。よく見ると、リヨウさんのお尻にもスライムが敷いてあるね。
「あら、意外と早かったわね、オーリィちゃん」
「ばばぁたちが丁寧にもてなしてくれたお陰でな」
「危なくないように頑張って作ったんだから。楽しかった?」
「……まあまあ命の危険があったがな!」
王子は、怒り笑いしながら言った。
「おい、イリアス。迎えに来たぞ。いつまで寝てるんだ」
「あ、えっと、イリアス殿下はですね……」
王子がイリアス殿下に声を掛けると、リヨウさんが言葉を濁していた。
「イリアスはね、飲み比べ(強制)で負けて、今スライムでアルコール抜いているの」
「もう、俺たちの勝敗、ぜんっぜん関係ねぇな!」
どうやら待っている間暇なので、みんなで酒盛りしようとしたら、真面目なイリアス殿下はお酒を断ったそうだけど、伯母さまたちが無理やり飲ませたようだ。
アルコールハラスメント、ダメ絶対!
そんなイリアス殿下を救出するため、王子が上まで飛んで檻を壊して、イリアス殿下がスライムからでろんと出てきた。
「すまない、イリアス。お前のことどうでもいっかって思ってた!」
「いいんだ、オーレリアン。すべては、魔女どもの、咎……」
「イリアスぅ!」
そう言ってイリアス殿下は青い顔をしながら寝てしまった。王子結構酷いこと言ってたけど、朦朧とする意識下で許すって、王子のこと本当に可愛いと思っていたんだね。
「あ、そうそう。〝聖女の手記〟だけど、はい、あげる」
「ほんと、勝負関係ねぇな!」
イリアス殿下をしり目に、伯母さまが軽く言ってリングノートを取り出した。え?胸の谷間から出てきた。
憤慨しながらも王子が手を出すけど、伯母さまの手から手記が飛んで、綾人君の手に収まった。それを綾人君はじっと見つめた。
「最初に読む資格があるのは、異世界の勇者君よ」
まあ、夕奈さんの手記って言ったら、間違いなく綾人君に権利があるだろう。
綾人君は慎重に一ページ目をめくった。周りの人たちも固唾を飲んで見守る。
「間違いなく、夕奈の字だ」
そうぽつりと呟いた後、ふと真ん中辺りにしおりが挟んであるのに気付いた。
「あ、これ、小学生の時、夕奈の誕生日にあげたしおり……」
それは、青い勿忘草と菫の押し花を閉じ込めたしおりだった。
そこを綾人君はめくって、その中身を読んだ。そして、その手が止まる。
「え?夕奈が、俺と一緒に戻れなかったのって、お腹に子供がいた、から?」
え?
「「「「「「ええええええ!?」」」」」」
みんなの絶叫が響く。え、なに?ナニがあった!?
「テオ!あいつかぁ!!」
テオドールさんなの!?なんか、夕奈さんからヴァルハラ宣告受けてなかった!?
「どうやら、こちらに繋ぎとめる〝楔〟ができると、あの召喚陣では向こうへ帰れなくなるらしいわ」
伯母さまがそんなことを言う。
存在自体がエルセのものでない私たちは、いつでも元の世界に引っ張られているらしい。だから、道さえあれば帰ることは難しくないようだ。
だから綾人君は、暗殺されそうになった時に、元の世界に引っ張られたんだ。
でも夕奈さんは、こちらの人との繋がりができて、赤ちゃんがエルセへ留まる力になった。つまりは、この世界の住人として存在が確立したということ。
王子の顔を見たら、少し苦しそうに目を細めた。王子は、私たちが帰る準備を進めていたはず。だから、私たちがエルセにとってどういう存在か分かっていたんだ。
「もう一つ。これは長だけに伝わる秘密だけれど、あなたたちには知る権利があるから」
アルレット伯母さまは、重大な秘密を淡々と語った。
「そう。初代聖女の伴侶はテオドール。そしてそのテオドールは、オーレリアン、お前の前に生まれた黒の森の男児。そして、現レンダール王家の始祖、ユノは二人の子よ」
情報が……情報が多すぎて、処理できない。
「……つまり……」
綾人君が王子をゆっくりと見た。
「そうね。オーレリアンやイリアスは、聖女ユウナの遠い子孫、ね」
とうとうきた、聖女の秘密その1。
こっそり紛れて、神話級武器も増えてます。
王子の遠い祖先のユノについては、117話「勇者召喚」で触れてまーす。
それでは、また更新できたら、来週更新します。




