12 お父さん素材、交換します
真面目回ですが、一部不真面目です。
またまた痛い表現あります。
『ハル、起きろ』
お父さんの脳みそ溶けそうなイケボが耳元で聞こえる。
どうやら、食後に眠くなってしまい、お父さんに寄り掛かってお昼寝してしまったらしい。
鼻先で頭をつつかれて、ようやく目が覚めた。
「……ハル」
どこかで聞いた覚えのある声が私の耳に届く。
起き上がると、そこには王子の大きく目を見開いた姿があった。
その後ろに、顔を手で覆うユーシスさんと、私を呆然と見つめるレアリスさんもいた。
王子がフラフラと私に近付いて来たけど、一瞬ユーシスさんが前に出ようとしてそれを王子が手で制する。
そして、私の横で唸り声を上げる仔犬たちに気付いて、その歩みを止めた。
「ま、待ってみんな。あの人たち、私のお友達だよ」
初めて見る子供たちの本気の威嚇に、慌てて説明するけど、あれ、お友達って言っちゃって大丈夫だよね?子供たちを止めたのはいいけど、私は不安になって王子を恐る恐る振り返った。
すると、これまで不機嫌な表情か不敵な笑みしか浮かべなかった王子が、ふわりと優しく微笑んだ。え?だ、誰?
「そうだ。俺たちはハルの友達だ」
よし、王子公認。
子供たちに確認するように告げると、青いマフラーのハティが真っ先に王子に近寄ってお座りし、ジッと顔を見上げていた。一番人見知りしない子だ。
『ハティもハルとお友達なの』
「そうか。ハルのこと好きか?」
王子、普通に魔獣とお話ししてる。凄いコミュ力だ。
『うん、好き。ハルのご飯は美味しいの。あと一緒にお風呂に入ったり、お布団で寝るの好き』
ちょ、ハティちゃん、それ恥ずかしいからやめて。好きって嬉しいけど、なんか本人の目の前でやられると、軽く拷問よ、これ。
『あとね、優しくて、いい匂いなの』
思わず口に力が入って、頭がカレーパンなヒーローみたいになってしまった。
王子はハティに目線を合わせると、また見たこともないふんわりとした笑顔を浮かべた。
「本当は俺たちがやらなくちゃいけなかったことだが、お前たちがハルを守ってくれていたんだな」
『うん。お兄ちゃんがね、頑張ったんだよ』
『やめろよ。ここは俺の縄張りなんだから、別にハルの為じゃねえよ』
ちょっと軽い反抗期に入ったのかな、お兄ちゃん。
ツンデレ、可愛い。
「ありがとう。ハルに近寄ってもいいか?」
子供たちが私を守ろうとしていたので、王子は律儀に許可を求めた。普段のキレキャラから信じられないくらい優しい顔をしている。
まあ、サモエドたちの可愛さは天使級だからね。
王子の葡萄みたいな目が私をジッと見る。
不意に、王子が近付いたかと思うと、気付けば王子にギュッと抱きしめられていた。
「うえ、ええ、王子⁉」
「うるさい。少し黙ってろ」
ビックリして離れようとした私を、さらに強く拘束した。
その王子の手が小さく震えていることに気付き、その言動からはかけ離れているが、どれほど王子が私の身を案じてくれたのか分かった。
「……ごめん。心配、掛けたよね」
「分かってんなら、いなくなるな、馬鹿」
「うん。でも、案外大丈夫だったんだよ」
私は言い訳ではないけど、精一杯明るい声を出した。
王子は、私から離れると、ふとお父さんを見る。
「フェンリルとお見受けする」
『いかにも』
「ハルの守護、感謝する」
『なに、私自身がハルを気に入ったまで。それに、魔物から守っていたのは我が息子だしな』
やっぱり普通にコミュニケーション取ってる。王子凄いな。
「王子凄いね。全然お父さんに驚かない」
「馬鹿、相手はフェンリルだぞ。口から心臓出そうだわ」
あ、ちゃんと緊張してたみたい。
「えっと、この子がね、ずっと守ってくれてたんだ」
そう言って、赤いマフラーのサモエドを紹介する。
「マーナガルムって言うんだけど、私はガルって呼んでる」
「また、なんて大物を……」
王子がなんかポソッと呟く。
『おう。お前がハルの番か?ちゃんとハルのこと見とけよな』
「ちょ、ガル!変なこと言わないの。友達って言ったでしょ」
まだあれ、引きずってたの?
「そうだな。残念だが番ではない。だが、ハルのことを守ってくれて礼を言う」
『美味い物を食べさせてもらってたからな。礼を言われるほどのもんじゃないし』
もう、本当に男前だな、ガルって。
ん?そう言えば、さっき王子、「残念」って言った?
慌てて王子を見るが、本人はしゃがんでガルに「触っていいか?」と真剣に尋ねている。私の聞き違いか?
っていうか、やっぱり触りたくなるよね、サモエド!
「ハル!」
後ろから、焦れた声で呼び止められた。ユーシスさんだ。
王子の側から離れて、ユーシスさんを迎えた。
「ユーシスさん!ユーシスさんにもご迷惑をお掛けしました」
ユーシスさんも近付いてきて、私の頬っぺたを両手で挟んだ。みんな久々に会えたからか、スキンシップ多いね。
「ハルが無事ならいい。それにこれは君のせいだけではない。だが、本当に二度と黙っていなくならないでくれ」
「はい。皆さんのご迷惑になりたくなかったのに、本当に申し訳ありませんでした」
ふとユーシスさんの顔を見ると、ほんの少しだけ、目元が赤かった。もしかして、私の無事に涙してくれたの?
何か、心配性のお母さんみたい。
私は嬉しくて笑うと、ふいと横を向いてしまった。
いつも大人なユーシスさんが、今日はちょっと可愛い。
「でも、何がどうなってこんな状況になったんだ?」
何かを誤魔化すように、ユーシスさんがぶっきらぼうに尋ねる。
ごもっともです。私はふと思い出した。
「あ、そうだ。ユーシスさん、私、スキルが使えるようになりました」
「何だって?」
「はい。スキルボードを触ると起動するみたいで、前にユーシスさんが触っても何も起きませんでしたが、自分で触ったら動いたんです」
「まさか、そんなことがあるのか……」
さすがのユーシスさんもショックだったみたいだ。あまりに盲点過ぎて、自分で触れないといけないとは気付かなかった。でも仕方ないことだったと思うよ。
「何だと、見せてみろ」
下の方から声がするので見たら、王子がしゃがんだまま、ガルといつの間にか寄ってきたハティを両脇に抱えて、真剣にわしゃわしゃしてた。
……王子、犬、好きなのね。
「ええと、じゃあ……」
『ねえねえ、ハル』
スキルボードを開こうとした私に、くいくいと服の裾を引っ張って、緑のマフラーのスコルが話しかけてきた。
「ん?スコル、今お話し中なんだけど」
『あの人、ハルの『コート』と同じ匂いがするよ』
……あ、そうだ、レアリスさんもいたんだ。
いや、忘れてた訳じゃないけど、ありがとう、スコル。
私は王子とユーシスさんに断って、まずはレアリスさんと話をすることにした。
結構勇気がいるけど、ちゃんとしなければ。
「レアリスさん。ここへはどうして?」
相対したレアリスさんは、最後に見た時の記憶よりもとてもやつれていた。顔色も悪いし、目も落ちくぼんでいる。きっと、あまり普通の生活が出来ていなかったのかも。もしかすると、私を始末しなかったことで何か不都合が起きたのかもしれない。
「お前に、いや、あなたに会わなければと思った」
静かな口調は、後悔が滲んでいた。
「神殿の上層部は、あなたに『聖女』の資質が現れると、オーレリアン殿下の台頭を許すと考えていて、御しやすいアリサ様の邪魔になると判断した。私はあなたを知らないまま、誤ったあなたの情報だけで、聖女様に仇なす存在だと思い込んでいた」
やっぱりそうだったんだ。あの誹謗中傷は、神殿の偉い人たちが流してたんだね。
確か、王宮と神殿は仲が悪くって、聖女を取り合ってるって。ただでさえ、召喚に成功した王子は株が上がっているから、私にまで力があるってなったら、そりゃ王子のお株はうなぎ上りだね。神殿側が私を邪魔に思う気持ちも理解できた。
でも、人ひとりを犠牲にするなんて、やったらダメだ。
「許してほしいとは言わない。私がしたことは、あなたに直接手を掛けていないだけで、殺したも同然だった。ただ、あなたの無事が確認できれば、私は……」
その次になんて続けようとしたのか、分かった。それは死も覚悟した言葉だって。
私が口を開こうとした時、スコルが何かを咥えて来た。それは、ログハウスに掛けておいたレアリスさんのコートだ。
『これ、いっぱい魔よけがしてあるよ。あと、あのお家の周りも、いっぱい魔よけの模様が書いてあった。この人がやったんだよ』
「え?そうだったの?」
そういえば、ガルが最初にこの辺はいっぱい魔除けがあるって言ってたような。私はスルーしたけど、私が無事だったのはレアリスさんのおかげもあったんだ。
私はレアリスさんを振り返るが、レアリスさんは何も言わなかった。
「レアリスさん」
私が近付くと、レアリスさんは同じだけ下がった。
そして、不自然に彼の左袖が揺れたのを見て、今更ながらに異変に気付いた。
「……レアリスさん、その腕、どうしたんですか?」
その不自然な袖の揺れは、その中にあるべき存在が無いことを示している。レアリスさんは、私から目を逸らした。
「その男は、お前を助けに戻ろうとして、枢機卿に監禁されていた。そこから逃亡する際に、拘束されていた腕を、自分で落としたんだ」
王子が、隠さずに私に教えてくれた。
ユーシスさんは止めようとしたけど、王子はそれを良しとしなかった。
絶句するしかなかった。
自分で、自分の腕を切ったの?
たった半日一緒にいただけの私を助けるために?
私がまた一歩近付くと、今度は、レアリスさんは動かなかった。
そっと手を伸ばして、恐る恐るその身動きの度に揺れる袖に触れた。目の前が、膜に覆われたように歪んで見えなくなった。
「……あなたの涙は二度目だ。私などのために泣かないでほしい」
眼鏡は外されなかったが、あの時と同じように、頬を流れる涙を残った手で拭われた。
「私は、無事だったんです。こんな犠牲を払わなくても……」
「それは、結果論だ」
「でも、あなたの魔除けがあったから」
「マーナガルムがいなければ、結果は同じだった」
レアリスさんは、あくまで否定する。
「腕は、騎士の方にとって命と同じなんじゃないんですか?」
「無辜のあなたを手に掛けようとした時点で、私は騎士失格だ」
レアリスさんは、決して揺らがなかった。どれだけ意志の強い人なんだろうと思った。
きっと、私が国の為にならないと信じ込まされて、自分が汚れ役を引き受けたのだと今なら分かる。
でも、どれだけ意志が強くても、痛みが無かった訳じゃないよね。
私は、お父さんを振り返った。
「お父さん、あの牙、使わせてね!」
高らかに宣言すると、お父さんは不敵に笑うように、青い目を細めた。
『あれはもうそなたのものだ。好きに使え』
「ありがとう。お父さん、大好き!」
『……フ、魔獣に『大好き』、とはな』
お父さんが何か言ったようだったが、私は既にスキルボードに集中していた。
「開け」
フォン、と軽い音が鳴って画面が現れる。
交換用収納から牙を選択し、交換を押す。それと同時に通知音が流れるが、私は無視して、レンダールの薬品カテゴリを開いた。
傷薬のポーションから、一番下にあるものを選択する。
“特級ポーション(1億P)と交換しますか? YES/NO“
私は迷わずYESを押した。また通知音が流れる。それも無視する。
交換後の収納を開いて、交換したばかりのポーションを取り出した。使い方はガルに使った時と同じだ。
「レアリスさん、腕、見せてください」
唖然とする王子たちに構わず、私はレアリスさんの袖をまくり上げた。
傷口を見て、一瞬顔を顰めてしまった。
多分何かポーションを使ったようで、この短期間で新しい肉芽で傷口は覆われているけど、それはどうしても痛々しい傷跡にしか見えなかった。
ポーション瓶のコルクの蓋を開けると、その傷口にそっと流した。
レアリスさんの腕がビクッと震える。表情を見ると驚いているようだったので、痛みではないようだ。
「……何なんだ、これは……」
それは、誰が呟いた言葉だったか分からない。でも、みんな同じ気持ちだったと思う。
レアリスさんの失われた腕が、どんどん再生していった。骨が生え、腱や筋肉が盛り上がり、最後に皮膚がそれを覆う。指先には爪が生えて、再生が完了した。
「もしかして、特級ポーションか……」
王子が固い声で尋ねるのに、私は頷いて答えた。
「元に戻って、良かった」
私はホッとして息をつく。レアリスさんは呆然として自分の左手を何度か返していた。
「痛くはないですか?」
私が恐る恐る尋ねると、レアリスさんは切なげに目を眇め、突然私の前に跪いた。
そして、私の右手を取ると、そっとその額に戴いた。
「私の命と剣を、あなたに捧げます」
そう言って、私の手の甲と、その後指先に口付けた。
私を見つめるヘーゼルの瞳が、ゆっくり細められる。
「私の聖女」
何故か、声が甘く聞こえた。
「にょ⁉︎」
変な声が出た。そして、思考も身体も固まった。
『おい、いいのか、人間の王子と騎士。あいつが番になりそうだぞ』
「いや、対処案件だな」
「同じく」
ガルと王子とユーシスさんの声が聞こえたような気がしたけど、沸いた私の頭では内容なんて処理できない。
背後からの、楽しげなお父さんの笑い声だけは、やけに鮮明に覚えていた。
この中で、仔犬が一番賢そうという事実。ガルのツッコミ属性は貴重です。
そして、いろいろ波瑠のやらかし感が出てきました。
さて、次回も波瑠の罪深さが冴えわたります。
また明日、閲覧よろしくお願いします。