119 婚約?
襲い来る時間外勤務と眠気と戦いながら書いたので、作者自身も「え?」ってなってます。
静かに眺めている月が、雲で少し翳った。それと一緒に綾人君が身動きする。
「ありがとう、波瑠。少しここに居る勇気が出た」
「うん。良かった」
綾人君は照れたように言って、元の位置に座った。勇者だって、時には誰かに寄り掛かってもいいと思うよ。
またさっきみたいに、片足をベンチに引き上げて、そこに膝に頭を預けてこっちを見るのを感じた。何か分からないけど、ちょっとソワソワするような空気が流れた。
「そろそろ寝よっか」
立ち上がろうとして、引き留められる感覚に、お尻がベンチに逆戻りした。私の手を綾人君が掴んでベンチに留めていた。まだ話足りないことがあるのかな?
「何回か話しをしていたけど、波瑠とは今日会ったばかりだったんだよね。でも、ずっと前から知っているような気がして、とても初めてに思えないんだ」
「……うん。そういえばそうだね」
綾人君のことは、お父さんたちから聞いていて、なんか一方的に知っていたから、最初から「綾人君」と呼んで知り合いみたいな感じで接していたかも。でも、何故かそれは綾人君の方でもそう感じていたようだ。
「だからかな。いつもは、初対面の子にこんなことしないんだけど……」
さっきの肩を貸したことを言ってるのかな。
気にしないで、と言おうとしたら、急に綾人君が距離を詰めてきた。ベンチの座面に重なってる手とは反対の手が、ベンチの背もたれに掛かって、私は綾人君に囲われた。
ど、どうしたの?
「ねえ、波瑠。このままキス……うっ!」
「ぶふっ!」
綾人君が何かを言いかけたけど、突然顔面にモフッとした感触が壁となって張り付いて、何が何だか分からなくなった。
息が苦しくなる寸前で、私はそのモフモフをなんとか剥がすと、それは私の膝に乗ったガルだったと気が付いた。ガルは大きいから、膝に乗るとちょうど胸のふさふさしている所が顔面に来る。
今日もお風呂を拒否していたのに、BBQの残り香も無く、いつものいい匂いがする。
でも、地味に重!
「ガル、どうしたの、急に」
『ん。気にするな。迎えに来ただけだ』
ガルは、何故か私の膝から微動だにせずに言った。急に甘えん坊モードになったの?
全視界がガルだったけど、何とか顔をずらしたら、綾人君が地面に尻もちをついていた。
最初訳が分からないという感じでキョトンとしていたけど、私の膝から動かないガルを見て、ちょっと苦笑したようだった。ガルが邪魔でちゃんと見えないけど。
「半年分の信頼度には勝てないか。王子愛されてるね」
綾人君は、立ち上がってお尻をパンパンと払うと、ガルをクシャクシャっと撫でた。
「心配性のナイト君も迎えに来たし、もう寝るよ。おやすみ、波瑠」
「あ、う、うん。おやすみ、綾人君」
視界が白い中、一生懸命身体をずらして綾人君に手を振った。
綾人君がテントに戻ったら、ガルが膝から降りた。
「そういえば、ガルって王子のテントにいなかった?」
『ああ、人間の王子は良く寝てたぞ。代わりに置いてきた父さんをギュってしてた』
良かった。最近王子は良く眠れるようになったようだけど、ガルの気配で起きちゃわないか心配だった。でも、今日は久しぶりのビール解禁だったからか、良く寝てるみたい。
『心配なら見ていくか?』
ガルがそう誘うので、私は良くないと思いつつ、王子のテントを覗くことにした。
音が静かなファスナーだけど、開けたらちょっと音が響いた。私はドキドキしながら頭をテントの中にツッコむと、横を向いて可愛らしくお父さんを抱っこしながら、気持ちよさそうに眠る王子がいた。お父さんは私に気付いたみたいだけど、王子は眠ったままだ。
広めのテントの中で近付いても起きる気配が無かったので、枕元にしゃがんで、王子の暗くても仄かに煌めく髪をそっと撫でた。その途端、王子がモゾッと身動きしたから、慌てて私は手を引っ込めたけど、それでも王子は起きなかった。寝顔を無断で見たちょっとした罪悪感もあったけど、私は嬉しかった。
眠れるということは、少しでも王子の心が癒えてきたということだよね。
王子には、このままずっと安らかでいてほしい。
起こさないように静かに立ち上がると、来た時のようにそっとテントを出た。
『どうだ、安心したか?』
「うん。ガル、ありがと」
ガルを撫でると、ちょっと尻尾が大きく揺れた。ガルって、本当に気遣い屋さんだ。
『よし。人間の王子への義理は果たしたし、寝るか』
「うん。……ん?義理?」
私が首を傾げていると、とっととガルは私のテントへ入っていった。王子のテントじゃなくて、私の所で寝るようだ。私のは家族用の広いテントだから、有紗ちゃんとリウィアさんと魔獣一同とで使っている。
狭いかな、と思ったけど、ちゃっかりガルは私の寝ていた所に陣取ってた。仕方がないので、私はガルをギュッとしながら横になった。
ガルは夏仕様で、ちょっとひんやりして心地よかったよ。
次の日は、少しどんよりとした日だった。朝から風も強かったので、もしかしたら嵐になるかもしれない。何故か、波乱がありそうな雰囲気で落ち着かない。
今日到着する街は、北部で一番大きな街でルミリンナという、昔の城塞都市だ。
成り立ちが、豪雪地帯で不足した資材の代わりに、雪で城塞を作ったとされる都市で、立派な城壁や鐘楼が名物となっている。
城門を抜けて街に入ると、夏の日差しに晒されて埃っぽくなった石畳を、いろんな種類の馬車や行商の人や旅人みたいな人たちが移動し、少し煙たいような空気だった。
でも、古都アルテ程じゃないけど、昔からの魔物狩りの最前線で、人の出入りも多くてかなり活気のある街だった。
私たちはもちろんイリアス殿下の顔パスで入って、そのままお城に行った。
ここは、アルテのように、セウェルス侯爵家が治める領地ではなくて、王領の直轄地だから、お城の一番偉い人は派遣されてやってくる役人さんだった。
って言っても貴族の武門の人で、補佐の文官の人とセットで五年任期の地方長官みたいな人らしいよ。
今のトップのアンスバッハさんは、元々中央部に領地を持つ一族の魔物狩りで有名な人で、五十代だけどまだ前線に出ちゃうような屈強なおじ様だった。でも、笑うと朗らかでとってもいい人だった。
アンスバッハさんは、部下や一般人にも好かれていて、彼ほどここを上手く回せる人がいないということで、本当は任期が五年なのに、在任期間が今年で十五年目になるらしい。
イリアス殿下に「この目の黒いうちは、魔物はアリ一匹逃しません」と言って、「まあ、うちのアリはデカいですがね!」と言う。二メートルほどある昆虫型の魔物を指して魔物ジョークを言うまでが定型文のようだ。
王子が、「出た、年寄りの戯言」と言っているけど、別に嫌そうじゃない。多分、魔物退治をしたことがある人には共通の鉄板ネタのようだ。
事前に連絡をしていたお陰か、変な歓迎会とかあいさつ回りとかが無くて、今までの領地訪問で一番楽だったんじゃないかな。簡単な昼餐だけで、すぐに転移陣のある広場へ案内された。
歓迎会は夜やるって言ってたけど、どうやら名物のトナカイ料理が出るらしい。なんでもアンスバッハさんが自分で獲って来たって。凄いね。
そんな訳で、広場の大きな魔法陣の前で、約束の時間になったので待機した。
この段階になって、ようやく向こうから来る人の名前を教えてもらった。
代表になるのは、やっぱりリヨウさんだ。リヨウさんは秋には皇太子となる予定で、忙しい中を来てくれるみたい。
そして、その護衛には、セリカ行きの時もいた皇族護衛の期門という武官のアルジュンさんとラハンさん、新しくメイシンさんとメイリンさんという武官、あと文官としてスイランさんという方が来るようだ。
あと、今拘禁中の白陵王さんの後任として、西戍王と新たに封じられた方が来るみたい。半分が会ったことが無い人だ。
定刻になると、地面がブワッと光った。広場は結構な広さがあるけど、そこを覆う程の光が広がって、すぐに収束していった。
そこには、二台の馬車と数人の騎乗した人がいた。
「あ、アルジュンさんとラハンさんだ」
その二人はすぐに分かった。その声に気付いたのか、ラハンさんがブンブンと私に向かって手を振ってくれた。その隣のアルジュンはぺこりと頭を下げた。どうやら人見知りはリセットされなかったようで良かった。
そのアルジュンさんが馬車の扉を開けると、最初にピョンと降りてきたのは、小柄な可愛らしい女の子と、……あれ?もう一人同じ顔の人が降りてきた。もしかすると、メイシンさんとメイリンさんって双子の人なのかな?
その後は、見慣れた顔のリヨウさんが降りて来る。以前の文官のようなシンプルな服装じゃなくて、皇子様に相応しい豪華な服装だった。
「まだあれからひと月も経っていませんが、何故か久しく感じます。会えて嬉しいです」
そう言って、変わらない優しい笑顔で挨拶してくれた。本当に懐かしく感じるね。
後は、スイランさんと言う人と、偉い人の西戍王さんだ。
で、次に降りてきたのは、……え?なんで?名前無かったけど。
ちょっと戸惑ったのは、馬車から降りてきたのが、リヨウさんと張るくらいの豪華な中華風な服を着たファルハドさんだったからだ。
「本名がスイランさん?え?」
「スイランは女性名だ」
パニックになる私に、イリアス殿下が教えてくれた。
ん?じゃあ、西戍王さんって……。
「ここんところセリカの動きを聞いてなかったからな。びっくりだな」
王子も驚いたようで、マジマジとファルハドさんを見ていた。
そんな私たちに、略式の拱手で挨拶したあと、あのニカッとするガキ大将みたいな笑い方をして、ファルハドさんが近付いてきた。最初、イメージに無い皇子様姿でびっくりしたけど、見慣れたその笑顔にちょっとホッとする。間違いなくファルハドさんだ。
「このような形での再会となるとは、夢にも思いませんでした、オーレリアン殿下」
「おう。びっくりした。皇子通り越して郡王になってるとか、どうなってんだ」
「ああ、あの皇帝陛下が、面倒だからお前やっとけ、と言って五日前に勝手に封じられました。本当に身勝手な方で困ったものです」
以前の名残か、一応王子に丁寧に話しているけど、副音声がヤバい。それもつい五日前に郡王に就いたらしいけど、ここに来ていていいの?
「身分で言ったら、俺よりあんたの方が高くなったんだから、普通に話してくれ」
「はは、でも殿下は俺の師匠だからなぁ」
「まあ、すぐ慣れるだろ。だが、その前にあんたとは話したいことがある」
なんか和気あいあいとした雰囲気で挨拶を交わしていたけど、急に王子が私をチラッと見た後、怖い笑みを浮かべた。ん?ファルハドさんは、「覚悟してきました」と笑った。何か、重大な話し合いがあるみたいだ。もしかして、私のこと?
ふとファルハドさんの目が私に向いた。その途端、なんかチョコレートケーキハチミツメープル生クリーム掛けみたいな笑顔を私に放った。
「ハル、元気だったか?」
「ギャッ!」
その笑顔だけで溶鉱炉に放り込まれたように溶けそうです。
思わず手を翳した私の目の前が陰った。見たら、山脈が私の前に出来ていた。
「お久しぶりです、ファルハド殿。今は西戍王殿下とお呼びしなければなりませんね」
「ああ、フォルセリア卿、レアリス。またよろしくな」
「ええ、我々もあなたとお話がしたいと思っておりました」
朗らかな声でユーシスさんが私とファルハドさんの前に立ち塞がり、その横からレアリスさんがファルハドさんに握手を求めていた。
旧交を深めるためか、私は割って入った二人の背中しか見えない状態になっている。でも、なんかちょっとピリピリしてるけど、気のせい?
背が高い二人のお陰で溶け具合が半壊くらいで済んだ私がため息を吐いていると、綾人君がリウィアさんに「あのエキゾチック王子、誰?」と聞いて、「これは一筋縄ではいかない訳だ」と言っていた。一筋縄ってなに?
リヨウさんが苦笑するファルハドさんの肩をチョンチョンと突いて、視線を綾人君の方へ向けた。
「もしや、そちらの方が……」
遠慮がちにイリアス殿下に確認すると、イリアス殿下が紹介した。
「ああ、いかにも。ハルが召喚した勇者アヤトだ」
「……何度聞いても、おかしな話ですね」
リヨウさんが、真面目にそう言って私を見た。本当に、私もそう思います。
「勇者よ、こちらが現セリカの次期皇太子リヨウ殿と、セリカ西方域の郡王、西戍王となられたファルハド殿だ」
淀みなくイリアス殿下が紹介すると、リヨウさんは目をキラキラさせて綾人君を見た。
「お会いできて光栄です。貴方にお会いできるなんて、夢にも思いませんでした」
「俺もです。伝説の中の方がこんな身近にいるなんて」
「セリカかぁ、懐かしいなぁ。セリカでは本当に世話になったんだ。三百年前とは違うけど、あなたたちとも仲良くできたら嬉しいです」
そう言って友好的な雰囲気で綾人君はリヨウさんとファルハドさんと握手を交わした。こういう雰囲気なら大歓迎だ。
そんな中、馬車の方から軽い咳払いが聞こえた。あの双子の女の子の武官がこちらを見ていた。あ、そういえば、スイランさんという人がまだ馬車にいたんだった。
リヨウさんとファルハドさんが苦笑して顔を見合わせると、ファルハドさんが馬車に向かった。そして双子と向き合うと、馬車の扉を開けるよう目で指示する。
「たいちょ……西戍王様に介添なんてされたら、姫様が可哀想です」
「そうです。たいちょ……西戍王様は野生動物なので、リヨウ様でお願いします」
「分かった分かった。ちゃんと人間になるから、さっさと開けろ」
なんか、可愛らしい外見と声で、めっちゃファルハドさんのことを貶している。それに慣れているのか、ファルハドさんは軽く二人をあしらっていた。
「ああ、あの二人は、前にファルハドが期門を束ねていた時の部下なんです」
リヨウさんが耳打ちするように教えてくれた。
メイシンさんとメイリンさんは、女性皇族を警護するために期門に入ったので、ファルハドさんは元上司らしい。気安い感じで二人の頭にポンポンと手を乗せる。ラハンさんには拳骨だったから、女の子には優しいようだ。
リヨウさんが言うには、「あれは幼少の頃から面倒を看ていたので、双子はファルハドを兄のように慕って……はないですが、武術の師としては一応敬意を払って、気安い関係ではあります」と言葉を濁していた。双子の方はともかく、ファルハドさんが双子を可愛がっているのは間違いないようだ。
双子からは貶されつつ、ファルハドさんは優雅に扉に手を掛けて、中に手を差し入れた。その手に女性の綺麗な手が置かれた。どうやらスイランさんという人はお姫様らしい。
「何故ファルハドが介添えをする。もうあなたの顔も飽きたわ」
深層のお姫様かと思ったら、双子に劣らず毒を吐いている。
「一応人前では〝兄〟と呼べと言ってるだろう」
「レンダールの王家の方々には、今更取り繕う必要もないだろう?あなたがアホでリヨウ兄さまが軟弱だと知っておられるのに」
……お姫様…………だよね?
そうして馬車から出てきた人は、そんな毒を吐いたことを一瞬忘れるほど綺麗だった。
リュシーお母さまが妖精魔王なら、オクタヴィア様は妖精女王だけど、目の前の女性は仙女様という言葉がぴったりな東洋の美を集めたような人だった。
オクタヴィア様とは違った真っ直ぐな黒髪に、黒い宝石のような瞳をして、華奢でとてもなよやかだけれども、どこかファルハドさんのような武人にも見える硬質な雰囲気を持った女性だった。歳は、多分有紗ちゃんと同じかそれより下かも。
この暑いのに、袖や裾が長くて布地が大盤振る舞いされた服を煩わし気に捌きなら降りて来て、イリアス殿下に目を止めると、優雅に深く手を組んで挨拶をした。
「これは、イリアス・デュセ・レンダール殿下、御目文字叶い光栄にございます。わたくしは、セリカ第八公主スイランと申します」
「遠路、お越しいただき感謝する」
やっぱりこの女性がスイランさんだった。それもちゃんとしたお姫様だった。
イリアス殿下と軽く挨拶を交わしたスイランさんは、何故か私をジッと見た。
そして、しずしずと私に近付くと、ふわっと笑った。
うわぁ、硬い雰囲気だったのに、笑うと可愛い。
「話に聞いてはいたけれど、本当にどんぐりをあげたくなるわ」
え?なんて?
「リヨウ兄上やファルハドから聞いています。ハル、お会いしたかったです」
何故か私に敬語で友好的な雰囲気です。私はびっくりして「ああ、はい」としか答えられなかったけど、そっとスイランさんが顔を寄せてきた。
「ファルハドには本当にもったいない。困ったことがあったら、わたくしに言ってください」
……何か、事情が筒抜けになっているようです。しかも何か心配されている。
私が曖昧に微笑んでいると、スイランさんは「また後で」と耳打ちした。感触は良好なので、お友達になってくれるってことかな?
そんな私に笑いかけてくれていたスイランさんだったけど、ふと視線を王子に向けた。
「失礼ですが、あなたがオーレリアン殿下でしょうか」
「ああ、そうだが」
王子が軽く答えると、スイランさんはスッと表情を改めて、王子に軽く頭を下げた。
「この度、殿下との婚約を申し入れたく参上いたしました」
一瞬の空白があった。
え?
「「「「……えぇぇぇぇぇ!!??」」」」
数名の絶叫が響き渡った。
私はそれが誰の声かも分からなかった。ただ、その言葉だけがグルグルと頭の中を飛び回っている。
……王子。結婚するの?
勇者の攻撃からの婚約騒動。
王子、二人目の求婚です。でも、何故かモテ期に見えない不思議。
最近、更新が不定期となり申し訳ございません。
また、書ける時に書いて、できるだけ早くみなさまにお届けしたいです。