116 大問題
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お父さん、神話級武器、スキル、亀
よし、いつも通りです。
何か微妙な空気になったけど、とりあえず気を取り直して行こう!
私がスキルボードを閉じると、ユーシスさんから受け取ったハティと、心配してくれて足元でお座りをしていたスコルをギュッと抱っこして、カッコつけてちょっと遠くにいたガル君をなでなでしていると、トコトコと玄武さんが近付いて来た。
メイさんがジッと私を見る。きっとこの〝万能の霊薬〟についてだ。
『お前、伝説を舐めてる』
開口一番ディスられた。
分かっています。元の世界でも〝賢者の石〟ってなんか凄いヤツって聞いたことがあります。それを、総額4,800Pで物々交換しちゃった。
『ノームがくれたと言ってたが、あいつら自分たちが興味ないものはいくら人間にとって価値があっても無頓着だからなぁ』
クロさんも呆れたように私に言ってくる。
どうやらノームというのは、自分たちが〝加工〟できる素材は大好きだけど、そうじゃないものは正体が分かれば興味がなくなるらしい。〝賢者の石〟は自然の中で生まれる物体だけど、鉱物のプロ中のプロのノームでも加工できないようだ。〝賢者の石〟は、様々な媒体として完璧な素材だけど、石としてはまったく使えない代物で、錬金術師くらいしか利用することができないから、ノームにとっては屑石同然だったんだろうって。……いるんだ、錬金術師。
もしかすると、夕奈さんが貰った石も、伝説級の物だったかもしれないね。
『何にしても、大きな前進』
メイさんがぼかして言った。そう、これを足掛かりに〝万能の霊薬〟の材料を集める。スキルボードに名前が出てきたということは、〝万能の霊薬〟は作れるってこと。
リュシーお母さまに誓った、この世界に残って王子を助けるということを、王子本人にはまだ知られたくない。王子はそれを私の自己犠牲だと思ってしまうだろうから。
だから、メイさんは内緒にしてくれている。
私が力強く頷くと、王子は怪訝そうに顔を顰める。王子は〝賢者の石〟の価値に意識が向いているみたいだから、何の素材になるかは気にしていないようだ。
「なんか、楽しそうだな」
「そお?でもヒミツ」
心の底から嬉しさが溢れて、私は泣きたくなるのを堪えて笑った。
「まあ、お前が楽しいなら、何よりだな」
王子が苦笑して私の頭をポンポンとする。これ、私好き。幸せだなぁ。
私たちがほのぼのしていると、何やら泉の方からガヤガヤと聞こえてきた。
「どうしてくれるんですか?フェンリルの旦那。これ以上傷が広がったら折れちまいます」
『ぬ。私のせいではない。ノームたちがハルとオーレリアンを攫うから悪いのだ』
イヴァンさんがカラドボルグを出して、仔犬化お父さんを抱っこしながら苦情を申し立てている。イヴァンさんは浴衣が気に入ったらしく、着流しのように着こなしている。
『ああ、我の分身たるカラドボルグが。どうしてくれる犬っころ』
普通サイズのレッドさんがお父さんとイヴァンさんを囲むように寝そべって、厭味ったらしく(楽しそう)に文句を言っている。カラドボルグがどうしたんだろう。
「どうかしたんですか?」
「ああ、お嬢ちゃん。カラドボルグなんだが、前のファフニール戦の時にこれを盾にして攻撃を防いだの覚えてるか?」
ああ、尻尾で攻撃されて吹き飛ばされたけど、竜化してかすり傷で済んだヤツか。あの時、確かにカラドボルグで庇っていた。
「その時にほんとうに小さいヤツだが、傷が付いてな、今日フェンリルの暴走の時も同じように使ったら、ほら見ろ。亀裂が入っちまった」
そう言って見せてくれたカラドボルグは、真ん中辺りに横に二センチくらいのヒビがあった。このままだと真ん中で折れるかもしれない。でも、ファフニールのあの攻撃をほぼ防ぎきったのに、お父さんの癇癪だと折れそうになるんだね。
「すみません。私と王子が攫われたばかりに」
「お嬢ちゃんは悪くないさ。全部、フェンリルの旦那の自制心が足りないのが原因だしな」
出会って日の浅いイヴァンさんにも、お父さんが心の成長の無いまま大人になったことを見破られている。
『私は、ハルが心配だったのだ!』
お父さんが慌てて弁明する。イヴァンさんが抱っこしている、そんなお父さんのほっぺを王子がつつくように撫でる。あ、気持ちよさそう。
「……俺は心配じゃないのかよ」
『そなたは自分でどうとでもできるだろう。ついでに助けてやらんこともないが!』
お父さんは文句を言うけど、結局私たちが地下に飲み込まれた時、お父さんは王子の名前も呼んでいたから、本当は心配しているの丸わかりだけどね。何だかんだ言って、お父さんは王子のこと大切にしていると思う。
それはさておき、イヴァンさんのカラドボルグをどうにかしなくちゃ。
私たちがヒビの入ったカラドボルグを囲んでいた時だった。
ピロリーン、と音が鳴った。
「いやぁ、自己主張の激しいスキルだなぁ」
のんびりとした声で、イヴァンさんが感心する。ですよね。
「もう、常時解放でいいんじゃないか、そのスキル」
わぁ、すっごい呆れ顔で王子が面倒くさそうに言う。ちょっと私も思ったけど、多分開けてたら開けてたで面倒くさいと思うよ?
みんなでため息を吐いていると、ピロリーンピロリーンと矢の催促が。はいはい。
〝神話級武器のメンテナンス機能が使えます〟
「ああ、そういえば、そんな機能あったね」
あれは、初めて神話級武器を交換した時の特典だった。確か、上位素材で強化とかメンテナンスできるんだったっけ。
でも、今回のは、私が交換した武器じゃなくてイヴァンさんのものだ。メンテナンスできないんじゃ……。
〝互換機能として、勇者作成の武器は強化・メンテナンス機能が使用できます。メンテナンスを行いますか?YES/NO〟
「……心を読まれた」
「大丈夫だ、ハル。今のはみんな思ったことだから」
何故かユーシスさんが慰めてくれる。抱っこされているスコルも私の手をペロッと舐めて元気付けてくれたよ。ありがとう二人とも。
「ほぉ、すげぇな。あんたのスキルは武器も直せるのか。お願いできるか?」
イヴァンさんはメンテナンスを躊躇わず依頼してくれた。なんか、イヴァンさんの大らかで肯定的な対応を見ていると、ちょっと心が癒されるね。
私はさっそくイヴァンさんにカラドボルグを投入口に入れてもらうと、スキルボードのYESを押した。
ピロリーンとお知らせが鳴って、すぐにメンテナンスが始まるかと思ったら、違うお知らせのようだった。
〝既存の保有武器:カラドボルグを素材に機能を強化できます。既存のカラドボルグを消費し、強化を実行しますか?YES/NO〟
スキルが改造を提案してきた。みんなは興味深々で見ているけど、オクタヴィア様がイヴァンさんの一族の誇りと言っていたカラドボルグを改造していいものなのかな。
私はイヴァンさんを見上げて尋ねた。
「多分、効果は保証できますけど、でもいいんですか?一族の宝を変えても」
「あはは。変なことを聞くな、お嬢ちゃん。いくら改造したって、こいつが一族の誇りなのには変わりねえし、今以上に世の中の役に立つようになるなら、一族の奴らもやれってケツを叩くだろうさ。それに、あんたのことは信頼してるからな」
清々しいくらいに言い切るイヴァンさんに、信頼していると言われて嬉しい。イヴァンさんは良くも悪くも嘘を吐かない人だから、その言葉はそのまま受け止めていい。でも、ちょっと気恥ずかしいね。
私は軽く頷いてからYESを押した。すると間髪入れずにメンテナンスが終了して、お知らせと共に、説明が流れた。
〝カラドボルグを強化し、カラドボルグ(改)となりました。カラドボルグ(改):全機能が30パーセントプラスされます。特殊機能:使用時に使用者の保有スキルの効果も30パーセント上昇します〟
「……思ってたよりは常識的な強化だが、元の効果がおかしいから、三割も効果が上がったら、ちょっとした都市ぐらいなら沈められるな」
イリアス殿下の独り言が怖い。思ったけど誰も口に出さなかったヤツだから。
収納口から出てきたカラドボルグをみんなで見てみたけど、外見は刀身の蔦模様がちょっと豪華になって、柄に付いた宝石がちょっと大きくなったっぽい。鞘もちょっと豪華になった感じだけど、大きさや色味は一緒で、イヴァンさんが持ってみても変わりないみたい。
そして、またピロリーンと音がする。こうなったら、毒を食らわば皿まで!
〝メンテナンス機能初使用特典。交換した勇者オリジナル武器のポイントで、同種の既存武器も強化できるようになりました。強化しますか?YES/NO〟
「NO!」
まさか、セウェルス侯爵から奪ってポイント化したオリジナル武器が、こんな形で影響を及ぼすとは。今のところ綾人君のと被っている武器はレーヴァテインだけだけど、キャパオーバーなのでちょっとお休みさせてもらいたい。
お父さんは強化しろ、とわんわん文句を言ったけど、取りあえず今日は帰って寝たい。
温泉卓球トーナメントに夜空の散歩、ノームの拉致に賢者の石、最後は神話級武器と、今日の午後からの短い時間で、これだけ濃い時間を過ごしたから、疲労が半端ないよ。
ああ、そういえばタブレット!と焦ったけど、ノームに攫われた時に手放してしまったタブレットは、どうやらガルが避難させておいてくれたようだ。一安心したからか、どうしようもなく眠くなっちゃった。
帰りは、ユーシスさんが持ってきてくれた、貴重なスクロールの転移陣でみんなで帰った。だって、レッドさんが輸送機になってくれたら、今度はレッドドラゴンの襲来とかで街の兵が動きそうだものね。あと、王子の転移は厳禁だ。
私は宿に帰ってすぐに寝てしまったけど、何故か見た夢が、ドヤ顔したお父さんが映った大きな月が浮かんだ星いっぱいの夜空を、ホウキに乗った魔女っ子王子が飛び回っていて、流れ星を捕まえたら、ラップに包まれた色とりどりの全身タイツのノーム達だった、という悪夢だった。一緒に寝ていた子供たちや、小さくなったレジェンドたちに、『うなされてたぞ』と言われた。
精神的に疲れてたんだなぁ。
でも、今日は大切なことをやならきゃならない日だ。綾人君に伝えなきゃならないことがあるから。
朝から、綾人君をこちらの世界に呼ぶことについて、有紗ちゃんともよく話し合った。
そして、みんなでスキルボードを見ながら、異世界召喚が私に及ぼす影響を検証した。
結果、説明書きに「ポイント以外の魔力、生命力等の動力消費はない」と記載されていた。このポイント自体が、どうやら私のスキルの原動力のようだ。ちょっと理不尽なこともあるけど、今までスキルは嘘を吐いたことはなかったから、信じてみることになった。
ちょうど朝の9時頃に、私はタブレットを起動させた。スマホのカレンダーで確認したら、今日はあちらの世界は日曜日だから、綾人君は大学の講義を受けなくていいはずだ。
異世界アプリ〝エルセ〟で通話を押すと、ほぼワンコールで綾人君が出た。
『おはよう、結城さん、北条さん。もしかして何か進展があった?』
「おはよう、綾人君。今日は、お姉さんの足取りが少し掴めたから連絡したよ」
私の言葉に綾人君は冷静だけど、少し急ぐように話を促した。
最初は「うん、うん」と相槌を打っていたけど、最後の方は無言になっていた。
『……夕奈、やっぱりこっちに帰ってきてなかったんだな。それも、追われてたのか』
「少なくとも護衛の人一人は味方で、元気そうだったみたいだよ」
『多分、テオだ。あいつなら、どんな汚い手を使っても、夕奈を守るだろうな』
ポツリと言った言葉に、テオドールさんへの信頼と、多分願望も詰まっていた。
綾人君からは、痛いほど夕奈さんを思う心が伝わってきた。だから、私は切り出すことにした。
「綾人君。実は、今通話しているこのタブレットを消費して、綾人君をこちらの世界に召喚することができるの」
『……え、本当に?』
「うん。一度こちらに来たら、最初の転移みたく帰れないかもしれないけど」
ここが有紗ちゃんと二人だけで話し合った点だ。王子は帰せると言ったけど、それには絶対王子の犠牲が伴う。王子の魔力に代わる何かを私が探すまで、有紗ちゃんにはここに留まってほしいと頼んでいた。
そして、それは綾人君も同じだ。やっぱりすぐ帰りたいと言われても、いつになるか分からないことだけは覚悟してもらわないといけない。
有紗ちゃんには、王子の状態をぼかして説明したけど、帰還の術は王子の命の危険が伴うことを何となく察してくれて、二つ返事で同意してくれた。
だから、綾人君にも同じように覚悟をしてもらわなければならなかった。
『結城さん。この世界には、夕奈がいないんだよ』
また綾人君が小さく呟いた。そして、今度は震える声だった。
それは唐突な言葉だったし、さっきから話していることだったから変に思えたんだけど、多分言いたいことは違うんだと思った。
『夕奈が生きていた形跡はあるのに、人の記憶から夕奈がいなくなったんだ。友達や親戚だけじゃなくて、俺たちの両親も、夕奈のことを知らないんだ』
部屋も服もそのままあるのに、ただ人の記憶だけに夕奈さんがいない、と綾人君は言った。
『このまま日本にいても、俺はエルセに囚われて前に進めないんだ。このままだと一生後悔する。お願いだ、結城さん!帰れないならそれでもいい。だから、俺を呼んでくれないか、そちらの世界に』
綾人君の懇願が耳に残った。この世界に残ると決めた私はいい。記憶が消えるなら、淋しいけれど誰も悲しまないならそれでいい。でも、有紗ちゃんは違う。向こうに家族がいるんだ。
私は有紗ちゃんの手をギュッと握った。有紗ちゃんも握り返してくれる。見れば有紗ちゃんの顔は蒼白だったけど、気丈に私に頷いて見せてくれた。
有紗ちゃんがこちらのみんなに綾人君の話を通訳すると、みんなも息を飲む。
これは、異世界召喚からの帰還に必ず起こることなのか、それとも人間とは違う偉大なる意思が介入しているのか……。
「分かった、召喚するね。でも、絶対独りでは後悔させない。するなら全部一緒に悩むから、安心して来て」
綾人君のやりたいことを後押ししたいと思った。
『ははは。結城さんって超良い女じゃん。ありがとう。でも、一時間だけ時間をください』
記憶に残らないかもしれないけど、別れの言葉を残したいって。
一時間の約束をして通話を切ると、重い沈黙が辺りを包んだ。
「ハル、アリサ。お前たちがいた記憶すら奪っていたなんてな」
絞り出すような王子の声がした。でもその目は、絶対にこの召喚を否定しない意思が宿っていた。
謝罪や後悔すらも、王子本人はすべきでないと思っているのだと感じる。この召喚を否定したら、それは私たちの存在すら否定するものだから。
だけど、そんなに気負うことじゃないと、私は伝えたかった。
「奪ってないよ。今、ここに私たちがいる記憶があるから」
人はどれだけ繋がりがあっても、他人の記憶は薄れていく。だから、離れている人たちの記憶に残らなくても、今一緒にいる人たちと繋がって気持ちを共有できれば、それは全然私たちから奪ったことにならない。私はそう思うよ。
だから、一緒にいて一緒に笑って、一緒に怒って一緒に悩んで、そして一緒に戦おう。
有紗ちゃんも、私の言葉に頷いてくれた。
何故か、その場にいたみんなが私を驚いたように見た。その静寂を破って、王子がフッと笑うように息を吐き出した。
「そうか。そうだな」
どこか、何かがふっきれたような声だった。
「ありがとうな、ハル、アリサ」
その場にいる全員が見惚れるような、そんな笑顔を王子が見せた。
さっきとは別の沈黙が下りるなか、トコトコとメイさんが近付いてきた。
『悪いが、大変な問題が生じた』
一瞬にして、その場がざわっとした。古の霊獣のメイさんの真面目な声に、私たちはいろいろな最悪の事態を想像した。
「メイ、何があった。話せ」
王子が膝を突いてメイさんに話しかけると、メイさんは苦悩が滲んだ声で言った。
『勇者の石板を犠牲に召喚したら、〝聖典〟も消えてしまう。大問題だ』
「「「「「「…………」」」」」」
『全然問題ねぇな!!』
人間の沈黙を破って、クロさんがスクリューのような頭突きと共にツッコんだ。
ああ、タブレットにデータが入っているからね。確かに、召喚に使ったら〝聖典〟も〝宗教画〟も全部なくなっちゃうね。
そこに追い打ちを掛けるように、ピロリーンと通知音が鳴った。もう、惰性で開けている。
〝消費前に、アイテム内の情報を分離し、電子または紙媒体で保存できます〟
どうやら、私のスキルはメイさんの味方のようだ。
こうして、夕奈さんの〝聖典〟と〝宗教画〟のデータは、有紗ちゃんのスマホへ住まいを移した。私のより、有紗ちゃんの方が、スマホの画面が大きいから。
「私たちは確か、三百年前の勇者の再召喚という、世界を揺るがす程の重要な話し合いをしていたはずだが?」
なんか、この前も聞いたようなセリフをイリアス殿下が宣った。
ホント、私もそう思う。
主人公が見た夢。たまに作者もそういうの見ます。悪夢ですね。
次話は、いよいよ勇者出陣か!
とご案内しましたが、もしかすると来週の更新はお休みになるかもしれません。
いつもどおり、投稿できたら「頑張ったね」と思ってください。




