115 奇跡の対価
今話、王子が愛の告白を受けます。
私と王子は、子供たちに心配されながら、しばらく放心状態だった。
心配したガルが王子に近付くと、王子はガバッとガル君を抱き締めていた。分かる。モフモフって精神安定剤的な効能があるよね。
私もスコルとハティをギュッとしてスーハーした。いい匂いだぁ。
取りあえず心臓が正常な状態になって、吐き気とか手足の震えとかが収まったので、辺りを見てみた。まだ、生まれたての子鹿のような足で、立ち上がれなかったけど。
『この泉が魔力溜まりだな』
お父さんがその泉の淵に立って、私たちに見るように促す。
さすが二回目でいち早く立ち直った王子が、スタスタと歩いて泉を覗き込んだ。ガル君を小脇に抱えたままだけど。
平気そうにみえても、まだ手放せないんだね、モフモフ。
私も泉を見たくて、スコルとハティに連れて行ってもらった。
二人に介護されながらタブレットを見ると、ゲージがいい感じに溜まっていく。
「まさかとは思うが、魔力溜まりって、水辺が多いのか?」
『うむ。あまり法則性は分からぬが、澄んだ水には魔力が宿りやすいかもしれん』
お父さんも王子と一緒に泉を覗き込んでいる。
そう言えば、セウェルス侯爵邸の魔力溜まりも、イヴァンさんとオクタヴィア様が逢瀬の場所に選ぶほど静謐で綺麗な水辺だった。
「ああ、黒の森も湖沼群の中にある場所だからな」
王子の故郷でもあり領地でもあるヴァンウェスタは、大小さまざまな湖沼が点在して、とても美しい場所だと言っていた。深い森に佇むその水辺は季節だけでなく、時間でも様々な顔を見せるほど、多彩な景色を生んでいるそうだ。
お父さんが言うには、魔力が豊富だからこそ生まれる景色かもしれないとのこと。
『そなたの故郷であるヴァンウェスタを知っているが、あそこほど清廉な魔力がある地はそうはない。魔力は瘴気と親和性が高くてな、多少でも触れると恐ろしいほどの速さで汚染されてしまうのだ。我らのような名前を持った魔獣は、自分の縄張りが汚染されぬよう魔物がおれば排除しているが、ヴァンウェスタは湧き出る魔力自体が魔物を寄せ付けぬのだよ』
お父さんが珍しくレジェンドらしいことを言っている。油断するとお父さんがカッコよく見えてしまう不思議現象だ。
「フェンリルが真面目だと調子狂うな」
「ホント。お腹でも痛いのかな?」
『そなたら、私を普段、どのような目で見ているのだ』
「言わせるな。俺たちにも情けはある」
私が王子の言葉に頷いていると、お父さんが『何がだ!』とギャンギャン文句を言う。
お父さんがゼーゼー言う頃には私も回復していて、泉に手を浸そうとして、タブレットを持っていたことに気付いて、そっと平らそうな草の上に置いた。でも、私の予想に反して、タブレットの背面に何か固いものがあたる感触がした。良く見ると、草が絨毯のように生い茂っているけど、その下は石畳のような明らかな人工物があった。
「王子、ここ、石が組んであるよね」
「そうだな。ああ、そうか。ここは旧街道の名残だな」
今は古都アルテからヴァンウェスタに行くまでに、所々に魔術で作った隧道があって、昔の道よりも随分と距離が短縮されているらしい。その便利な道ができる前の道にあった休憩所みたいな所のようだ。
「そういえば、勇者の足跡にこの辺のことがなかったか?」
「ああ、あったかも。山の峠近くの泉で、夕奈さんと護衛の人が穴に嵌まったとか」
「確かにこの辺は鉱山跡で、穴は結構ありそうだが、そんな喜劇みたいなことあるか?」
「ねえ。いくら私が鈍くさくても、穴に嵌まったことはないなぁ」
私と王子が苦笑いで綾人君から聞いた話を検証していた時だった。
突然、私と王子の下の地面が消えた。
「「……え?……」」
さっき体験したばかりの無重力感がまた襲ってきた。
「「うそぉ、これぇーーー!?」」
『ハル!オーレリアン!』
上からお父さんの声がしたけど、すぐ辺りが真っ暗になった。そのあと、どこかの空間に放り出された。ポスンと軽い衝撃があって、身体の下に温かいものを敷いている感触がした。
恐る恐る目を開けて見ると、うつ伏せになっている私の下に王子がいた。どうやら王子が受け止めてくれたようだ。
「王子、大丈夫!?」
「脂肪って、いいな」
私がすぐにどいて、王子に怪我が無いか確認すると、王子は何か手をワキワキさせながらボソッと言った。良く聞こえなかったけど、「て、いたいな」って聞こえた気がする。
やっぱり王子の手を敷いちゃったんだ。
私は慌てて王子の手にポーションを振り掛けておいた。
辺りを見ると、出入り口がどこにもない、天井の高い洞窟のような場所だった。王子が、「多分、地下に落とされたな」と言っていた。
なんで窓もドアもない場所で周りが見えるかって言うと、洞窟の壁全体に、所々光る青い石が嵌まっているからだ。人工的な配置じゃなくて、光る石が無造作にむき出しになった鉱脈みたいで、「石たちが妙に騒ぎおってな」と呟きたい感じ。
ふと何かの気配を感じて、座り込んだ足元を見ると、何かがスニーカーの靴底に集まっていた。
十センチくらいの大きさの髭が生えた……おじいちゃんとかおじさん?
「ぎゃぁぁ!出たぁ!!!」
『『『『『『『ぎゃぁぁぁ』』』』』』』
咄嗟に王子に抱き付いて私の上げた悲鳴に、小さいおじいちゃんたちも悲鳴を上げる。
「ハル、大丈夫だ。大地の妖精、ノームだ」
ポンポンと私の頭を叩く王子の声に、ビクビクしながら王子の胸から顔を上げてみると、何故かキノコや葉っぱを盾のようにしてこちらを窺う妖精……いや、おじいちゃんやおじさんたちがいた。
……妖精。博識な王子の言葉をこれほど疑う光景があろうとは。
じっと見つめ合っていた私とおじいちゃんたちだったけど、一番髭の長いおじいちゃんが一人歩み出てきた。
『人間ノ娘。変ナ素材ノ履物。見セテクレ』
そう言って、私が履いているスニーカーを指した。どうやら、ゴム素材が気になるらしい。
って言うか片言だけど、喋れるんだね。
私がびっくりしていたら、王子がノームと呼ばれるおじいちゃんたちのことを教えてくれた。
ノームは土属性の妖精で、器用さと高い知能を持った種族らしい。鉱石に詳しく、採掘や石を加工する技術は凄いらしい。あまり外と交流を持たないから人間の国に出ることは滅多にないけど、彼らが作った宝飾品は国宝扱いになる物も多いという。
この世界はやっぱり妖精っているんだね。そうだ、オクタヴィア様もバンシーという妖精の血を引いているって言ってたっけ。
いやぁ、オクタヴィア様は〝妖精〟って感じするからすごく分かるけど、おじいちゃんたちも妖精かぁ。いろんな種類がいるんだね。
その妖精さんたちが、私の靴に興味を示しているようだ。
「おい、ノーム。こいつが履いている物が見たくて、俺たちをここに落としたのか?」
『ソウダ。ソノ娘ノ持ッテル物、違ウ世界ノ気配ガスル。三百年前ノ娘ト同ジ』
「……もしかして、夕奈さんのこと?」
思わぬ場所で、思わぬ人の消息が掴めた。私と王子は顔を見合わせる。どうやらノームって凄く長生きらしい。最高齢で四百歳って言ってた。
「ねえ。私の靴が欲しいならあげるけど、その代わりその異世界の人の話、聞かせて?」
私が提案すると、おじいちゃんやおじさんたちはこしょこしょと相談を始めた。
そして、代表のおじいちゃん妖精が『他ニモ何カクレ』と言ってきた。結構欲深いね。
珍しい素材がいいかな。そしたら、なにがいいかな。
「あれがいい。レンチンする時のラップ」
王子がそう提案してきた。私がセリカに行っていた時、お父さんたちの食事のレンチン当番があったからね。
ちなみに王子も、最初にラップを見た時、あまりに好奇心が刺激されたようで、一本丸々遊んでしまった犯歴がある。
さっそく王子が使い方を教えてあげると、おじいちゃん妖精たちがワッと群がった。反応が、初めて遭遇した時の王子と同じだ。
だけど、みんなは妖精さんサイズなので、どうやったらそうなるのか、キャンディ巻になる妖精さんが続出した。ある意味器用だ。
数人を解放すると、救出方法を覚えたのか、自分から巻かれにいっている妖精さんが続出した。私は、呼吸ができなくなるから、メッと怒って巻かれるのは禁止にした。その後、ちょっと妖精さんたちは大人しくなっていた。
王子が、「分かるぞ。怖ぇよな」と言っていたけど、何が分かるのか謎だ。
みんなは私の靴も寄越せと言ったので、新しく交換した男性サイズの靴をあげた。さすがに履いているのをそのまま渡すのは、私のメンタル的にアウトだから。
わぁっと群がった妖精さんたちは、二、三人ずつお風呂のようにぎゅうぎゅうで靴の中に入っていた。なんか、こういう絵本あったよね。なんか、段々可愛く見えてきた。
そろそろ興味も落ち着いて来たようで、本題を切り出した。
「さっき言っていた女の人って、ここに何しに来たの?」
どうやら長老らしい交渉に立ったおじいちゃん妖精がお話してくれるようだ。
『弟ト旅ノ途中ト言ッテイタ。何ヤラ腕ニ珍シイモノヲ着ケテイタノデ、ココニ落トシテ奪オウトシタガ、一緒ニイタ剣ヲ持ッタ男ニ返リ討チニサレタ』
妖精とは言っているけど、やってることはほぼ山賊だ。
多分その剣を持った人って護衛の人だと思うんだけど、アレだよね、夕奈さんとセリカの将軍と三角関係を繰り広げたテオドールさんって人だよね。
『ソノ娘ハ〝いしゃりょう〟ダト言ッテ、我ラガ採掘シタ魔石ヲ巻キ上ゲテ、隧道ノ魔術ノ技術ヲ強奪シテイッタ』
山賊紛いの妖精さんたちが一番アレだけど、夕奈さんも夕奈さんだし、それを止めないテオドールさんもテオドールさんだ。
それからしばらくは、人間は恐ろしいということで、山賊行為はしていなかったようだ。
王子が、「あの魔術もクソ聖女の魔術かよ!」と罵っていた。トンネル掘りの便利な魔術は、どうやら夕奈さんが残していった魔術のようだ。妖精さんから巻き上げた技術を使って。
『ダガソノ娘ハ、数年シテ再ビ、同ジ男ト一緒ニココニ来タ』
まだ続きがあったことに私たちは驚いた。
『人間ニ追ワレテイルカラ、ココニ入レロト言ッテイタ』
「……追われている?」
不穏な言葉に、私も王子も声を詰まらせた。
それも魔物とか危険な動物じゃなく、人間に。
『匿ッタ礼ニト、我ラガ最初ニ貰オウトシテイタ腕ニ着ケタ物ヲクレタ。〝でんち〟ガナイカラモウ使エナイト言ッテイタ』
おじいちゃん妖精たちの話を聞くと、多分夕奈さんがくれたのはスマートウォッチだ。
充電器も電気もないから、きっと使うことは諦めてたんだろうね。
でも、使えなくても数年間大切に持っていたものを譲って感謝を伝える程、追われている状況は深刻だったんじゃないの?
でも、綾人君の話しぶりだと、最初にこの穴に来た時は知っているけど、二度目の時は知らないようだ。お姉さんが危ない状況なのを知っていて、あんなに面白そうに話すはずないもの。
『珍シイモノヲ貰ッタ礼ニ、我ラモ魔石ヲヤッタ。人間ハ魔石ガ好キダカラナ。微弱ナ雷シカ宿セナイ屑石デモキット有難ガルダロウト思ッテナ』
本当に、言ってることは最低な妖精さんたちだ。だけど、おじいちゃん妖精は首を傾げながら言った。
『ダガアノ娘ハ、大層喜ンデイタ。〝でんち〟ノ代ワリニナルト』
どうやら妖精さんたちは、電池が何に関係するのか分からなかったようだ。
でも分かるよ。有紗ちゃんがそうだったように、ネットに繋がらなくても、思い出が詰まったスマホの電源が入るだけで、きっと夕奈さんにとっては何より嬉しかったはずだ。
そして、綾人君がこちらにいる時にタブレットを起動できなかったということは、夕奈さんが電池代わりの魔石を手に入れたのは、綾人君が日本に帰った後ということ。夕奈さんは間違いなく、綾人君が帰った後もこの世界に残っていたんだ。テオドールさんと一緒に。
「そうだ、妖精さん。その女の人から貰ったのって、まだありますか?」
もしスマートウォッチがあれば、綾人君と同じように連絡が取れるんじゃ……。
『モウ無イナ。スグニ解体シタ』
「「……だと思った……」」
ガッカリ感はもの凄いけど、でも偶然とはいえ、重要な情報が手に入った。
私たちはお礼に、ラップを更に二本と、電池を一パック進呈した。
妖精さんたちは狂喜乱舞するほどの喜びを見せ、最後に私たちに紅くキラキラ光る五百円玉大の石をくれた。強欲な妖精さんたちが高い物をくれる訳が無いので、きっとその辺にあった綺麗な石をくれたんだろうね。
それを見た時、王子が凄い顔を顰めていたけど、何か聞こうとしたら、長老のおじいちゃん妖精と短い髭を生やした屈強そうなおじさん妖精が王子に話しかけた。
『オ前、エルフノヨウニ美シイ男ダカラ、娘ガ婿ニ欲シイト言ッテイル』
『種族ヲ超エタ愛、大丈夫』
そう言って頬を染めてはにかんだのは、体長十センチの短い髭を生やした屈強そうなおじさん妖精だった。
……ノームって、女の人にも髭が生えるんだね。
「わ、悪いが……!」
王子が急に大きな声を出して、私を急に抱き寄せた。
「俺にはもう心に決めた女がいる!」
ええぇ!?し、知らなかったぁ!誰なの!?もしかして私が知らない人!?
私がパニックになっていると、王子が早口で耳打ちする。
「お前しかいないだろ。話を合わせろ」
な、なるほど。嘘も方便って訳だね。ここには私しかいないものね!
「ど、どうも、私がこの人の心に決められた女です!」
上擦った声でおかしなことを言ってしまった。
それを聞いて王子がため息を吐いて「やっぱダメか。わかってねぇよなぁ」と呟いていた。ごめん、王子。上手に出来なくて。
だって、嘘でも嬉しくて、言葉がうまく出ないんだもん。
「だから、好意は嬉しいが、断る!」
断るの部分が凄く力強かった。
『ソノ女、髭ガ生エテナイゾ。イイノカ』
心底心配そうにノームの女性に聞かれた。ノームにとってはそこが最重要らしい。
「ああ、俺は髭の生えていない女が好きだ!」
なんか、好きのハードルが地べたスレスレの低さだ。なんか、急に嬉しくなくなった。
『ソウカ。変ワリ者ダナ、オ前。仕方ナイ、諦メル』
「……なんだろう。俺が異常者だから断られた感がするんだが」
「……それ、私もだよ、王子」
物凄い敗北感を残して、私たちはノームから解放された。そして、無責任なノームたちに地下空間に置き去りにされたので、王子が転移を使って地上に戻った。
地上に戻ると、そこは地下より更に混沌としていた。
私たちが地下に落とされた後、お父さんとハティがパニックになって、お父さんがガルに『焼き払え!いや、私が薙ぎ払う!』と言って雷電を起したり、ハティが泣いて泉の水を上空に巻き上げちゃったりしたらしい。
ガルが二人を抑えている間に、スコルがユーシスさんとイヴァンさんとイリアス殿下、レッドさんと玄武さんを呼びに行って、玄武のメイさんがお父さんを仔犬化し、ハティの水をレッドさんが蒸発させて氾濫を防ぎ、ユーシスさんがハティを抱っこして宥め、イヴァンさんが筋肉でお父さんを拘束して、ようやく事態は収束したそうです。
でも、みんなを連れてくる時、レッドさんが元の姿でみんなを運んだし、お父さんの遠吠えとハティの竜巻は盛大だったから、きっと目撃者がいたら、街は大変なことになっているかもしれないとのこと。
ノームの皆さんに対して、お父さんの「焼き払え!」を実行してもいいかなぁと初めて思いました。
王子が真剣にイリアス殿下に、「ノームって害虫扱いでいいよな。親父に駆除許可もらってもいいよな」と言っていた。どうやらイリアス殿下の答えはNOだったようで、王子はがっくりと項垂れていた。
取りあえず、さっきの出来事は悪夢だと思って忘れよう。
私はユーシスさんからハティを受け取ろうとして、手にもらった石を握っていることを思い出した。落とさなくて良かった。
ポケットに戻すのも何なので、失くさないように亜空間収納に入れることにした。
ピロリーンと、高価な物にしか反応しないはずの通知音が鳴った。まるで私たちの疲労に追い打ちを掛けるかのように。
悪い知らせは早く見てしまった方がいい、という今までの教訓から、私は通知を開けた。
〝賢者の石(状態:良好) 50億P 万能の霊薬の材料〟
みんなの方から、ブハッという音が一斉に聞こえた。私も信じられない思いで、その文字を見つめた。
〝万能の霊薬〟
王子の命を救うための奇跡の名前だ。
予期しない出来事だったけど、私が探し求めていた物の手掛かりが今、手の中にあった。
でも、できればもっと、ちゃんとした方法で手に入れたかった。
何故だろう。
伝説級を越えて幻級の素材の対価がスニーカーとラップ三本と乾電池セットって、何かを冒涜しているように感じてしまうのは。
ノームは、繊細で美しいものを最も尊びます。その次が髭です。
ノームの美的センス:王子>髭 となりますが、王子のセンスは受け入れられなかったようです。
万が一、ラップにくるまった妖精を発見したら、そのままそっとゴミに出しましょう。
燃やせるゴミが好ましいですが、自治体の指示により廃棄してください。




